第6話 逆恨み その2
文字数 2,840文字
緑祁と香恵が負けて民宿に逃げ込んだ一方、ヤイバと照はアパートにいた。
「もらうぞ」
冷蔵庫に入っている缶ビールを取り出し、開ける。初めて飲むその味はよくわからずワインの方が美味いと思ったが、最後まで飲み干す。照は普通に座っていて、その様子を見ていた。
「あなたはどう思う?」
と照が尋ねる。
「どうって、何をだ?」
「文与のヤツは、他の霊能力者を呼んで守りを固めてた。ということは、皐も多分……」
「オレが負けるのが心配か?」
「そうじゃない。昨日の二人は逃げたでしょう? 顔を覚えられていると思う…。だから次の行動は慎重に……」
「そう怖気づくな」
ヤイバは言った。
「オレたちは既に、皐とその仲間がオレたちの仕業であると知っている前提で動いているんだぞ? 今頃そんな心配しても無意味だ」
「【神代】を敵に回すの?」
「ああ、そういうことか」
照の心配事。それは、ヤイバが犯人であるとわかった以上、【神代】が全総力を挙げて彼の捜索に乗り出しても不思議ではないというものだ。その場合、逃げ切ることは不可能に近い。
「一応霊能力者ネットワークを信じるなら、まだ動きはないけど、いつ始まってもおかしくないよ?」
幸い、照は昨日緑祁と香恵に見られていない。だから彼女は【神代】にアクセスし、どういう命令や依頼が生じているのかを確認できた。その中に、懸念すべきものはない。だから、
「動くなら、今の内だ。今なら流石の【神代】だって、霊能力者を集めて捜索することはできない」
「なるほど。でも皐はどうやって探すの? あの女は電車を利用してないみたいだよ?」
ヤイバは釘を一本、ポケットから取り出した。配置した時に余ったものだ。
「道路全てに打ち付けるのは、流石に非現実的だな。だが、あの女は自分が賢いと思っている。それがボロを出す。その瞬間を、見逃さなければいい」
地味だが、少しずつ探すしかない。照は当初、自分の名前で依頼を出して皐を引っ張ることを考えたが、一度皐と関りを持ってしまった彼女の動きを皐が不審がる可能性もあって、ヤイバが却下した。
「まずは他の二人……高師と霜子を。……ん、何だ…?」
持っていた釘から、反応を感じる。
「照、どうやら今日中に霜子を仕留める必要がありそうだ」
「どういうこと?」
ヤイバは説明した。たった今、路線に仕掛けた釘が一本拾われたことを。それは一般人ではなく、よく知っている霊紋の人物。
「これは……霜子のだ。移動している!」
「待ってヤイバ! その人の罠じゃないの?」
これは確実に、ヤイバをおびき出そうとしている。そういう動きだ。だからこそ照は心配する、またヤイバがはめられてしまうのではないか、と。
「上等だ。挑発? 挑戦? 乗ってやろう。死に急いでいるのなら、是非とも死んでもらう」
地図を広げ、移動する釘の位置を確認する。どうやら舞浜駅で電車を降り、そのまま遊園地に向かったらしい。
「夢の海だね。そこに霜子…だっけ? が、いるって?」
「ああ、そうだ」
昼間に行っては、大勢に見られてしまう。だからヤイバは閉園時間を狙ってそこに行くと言った。当然照もついて来るのだが、
「オマエはここで待っていろ」
ヤイバはそう念を押す。
「どうして?」
「オマエが復讐したい相手は、皐と神奈だけだ。昨日の文与も、今日の霜子も、その後の高師も、オマエには関係ない人間。無意味にオマエの魂を汚したくはない」
ヤイバなりの優しさゆえのセリフだった。だが、
「私の心はもう完全に穢れてるよ。それこそ、呪われてるって」
照はもう、後戻りできないところにいると自分でもわかっている。
「なら、駅で待っていろ」
だからヤイバは同行を許可した。ただ彼女は戦力にはならないので、戦闘には参加させることはない。
舞浜駅の目の前にあるテーマパークは、午後十時には閉まる。だからこの時間、昼間の多くの客が嘘のように人気がなかった。
「わかるぞ、霜子! オマエの場所がな……!」
入場ゲートを飛び越えてヤイバは、プロメテウス火山を目指す。その場所に、自分の釘の反応を感じる。
「一気にこの世から退場させてやる。後悔する時間も、反省する機会も、与えない」
彼にはもう殺す気があった。だから機傀でアーミーナイフを生み出し握る。暗い園内を一人、走り抜ける。周りに霊能力者の存在は感じない。今この園には、ヤイバと霜子しか人はいない。
「……!」
ここで、彼は気づいた。釘は、地面に投げ捨てられているのだ。
「そうか……!」
霜子がここに運び込んだのは事実だが、今も持っているとは限らない。既に手放し、ここまで誘導したのだ。
「となると……!」
火山の方を向いた。するとその火口から、あまり品性を感じさせない女…霜子が勢いよく降りて来たのだ。
「死ね死ね! ヤイバ!」
彼女は手にスタンガンを持っており、その電力を利用して電霊放を撃ち込んだ。
「やはりか!」
機傀では、電霊放は防げない。金属は電気を通してしまうために、握っていれば体に電流を流されてしまうのだ。だからヤイバはジャンプしてその稲妻を避けた。
「ヤイバ! あなたがどうやってあの牢獄を抜け出したのか! それもかなり興味がある! 協力者がいるんじゃないの? だとしたら、ソイツにも死んでもらわないとね!」
血の気が多いことに、霜子は叫んだ。
「オレの意見は反対だな。死ぬのはオマエの方だ」
「ほほうそうかい? なら殺してごらんよ?」
できないだろう、と言いたげに再び電霊放を撃つ霜子。近づいてこなければ、機傀など怖くないという考えだ。それに、
「その手はくらわないよ!」
ヤイバの手のひらから発射された釘も、電霊放で撃ち落とせる。
「攻守において隙がない。やはりそれだけに強い霊障だな。これは相手をするのが面倒だ」
試しにナイフも投げてみたが、やはり電霊放でガードされる。
「神奈を殺したのは、あなただね? 最低なヤツ! 生きているゴミ! タンパク質の無駄使い! 吸われた酸素がかわいそう!」
「言ってくれるな。そもそもオマエたちが悪ささえしなければ、そういう状況にはなっていない。違うか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ! あなたが正しいってか? そんなわけないでしょう? 皐が正しいんだよ!」
「だから、破壊活動をしたのか、オマエが?」
虚偽の書類を作成する時、霜子は電信柱や自動車を破壊した。そしてそれをヤイバのせいにしたわけだ。
「そうだよ。でも、私のせいじゃない。悪いのは全部、あなただ! ヤイバが悪者で、私たちは被害者! 神奈を殺された私たちの恨みは深いぞ!」
「どうしてそうなるのか、理解に苦しむな……」
本来霜子たちは、ヤイバをはめた立場。だから恨まれて当然なのだが、彼女は逆にヤイバを恨んでいる。
「文与はどうした? 気にかけなくていいのか?」
「もちろん、忘れてない。痛かっただろうに、苦しかっただろうに……。神奈と文与の恨み、ここで晴らす! 同じ目に遭わせてやる!」
「晴らすのは、オレの恨みの方だ!」
「もらうぞ」
冷蔵庫に入っている缶ビールを取り出し、開ける。初めて飲むその味はよくわからずワインの方が美味いと思ったが、最後まで飲み干す。照は普通に座っていて、その様子を見ていた。
「あなたはどう思う?」
と照が尋ねる。
「どうって、何をだ?」
「文与のヤツは、他の霊能力者を呼んで守りを固めてた。ということは、皐も多分……」
「オレが負けるのが心配か?」
「そうじゃない。昨日の二人は逃げたでしょう? 顔を覚えられていると思う…。だから次の行動は慎重に……」
「そう怖気づくな」
ヤイバは言った。
「オレたちは既に、皐とその仲間がオレたちの仕業であると知っている前提で動いているんだぞ? 今頃そんな心配しても無意味だ」
「【神代】を敵に回すの?」
「ああ、そういうことか」
照の心配事。それは、ヤイバが犯人であるとわかった以上、【神代】が全総力を挙げて彼の捜索に乗り出しても不思議ではないというものだ。その場合、逃げ切ることは不可能に近い。
「一応霊能力者ネットワークを信じるなら、まだ動きはないけど、いつ始まってもおかしくないよ?」
幸い、照は昨日緑祁と香恵に見られていない。だから彼女は【神代】にアクセスし、どういう命令や依頼が生じているのかを確認できた。その中に、懸念すべきものはない。だから、
「動くなら、今の内だ。今なら流石の【神代】だって、霊能力者を集めて捜索することはできない」
「なるほど。でも皐はどうやって探すの? あの女は電車を利用してないみたいだよ?」
ヤイバは釘を一本、ポケットから取り出した。配置した時に余ったものだ。
「道路全てに打ち付けるのは、流石に非現実的だな。だが、あの女は自分が賢いと思っている。それがボロを出す。その瞬間を、見逃さなければいい」
地味だが、少しずつ探すしかない。照は当初、自分の名前で依頼を出して皐を引っ張ることを考えたが、一度皐と関りを持ってしまった彼女の動きを皐が不審がる可能性もあって、ヤイバが却下した。
「まずは他の二人……高師と霜子を。……ん、何だ…?」
持っていた釘から、反応を感じる。
「照、どうやら今日中に霜子を仕留める必要がありそうだ」
「どういうこと?」
ヤイバは説明した。たった今、路線に仕掛けた釘が一本拾われたことを。それは一般人ではなく、よく知っている霊紋の人物。
「これは……霜子のだ。移動している!」
「待ってヤイバ! その人の罠じゃないの?」
これは確実に、ヤイバをおびき出そうとしている。そういう動きだ。だからこそ照は心配する、またヤイバがはめられてしまうのではないか、と。
「上等だ。挑発? 挑戦? 乗ってやろう。死に急いでいるのなら、是非とも死んでもらう」
地図を広げ、移動する釘の位置を確認する。どうやら舞浜駅で電車を降り、そのまま遊園地に向かったらしい。
「夢の海だね。そこに霜子…だっけ? が、いるって?」
「ああ、そうだ」
昼間に行っては、大勢に見られてしまう。だからヤイバは閉園時間を狙ってそこに行くと言った。当然照もついて来るのだが、
「オマエはここで待っていろ」
ヤイバはそう念を押す。
「どうして?」
「オマエが復讐したい相手は、皐と神奈だけだ。昨日の文与も、今日の霜子も、その後の高師も、オマエには関係ない人間。無意味にオマエの魂を汚したくはない」
ヤイバなりの優しさゆえのセリフだった。だが、
「私の心はもう完全に穢れてるよ。それこそ、呪われてるって」
照はもう、後戻りできないところにいると自分でもわかっている。
「なら、駅で待っていろ」
だからヤイバは同行を許可した。ただ彼女は戦力にはならないので、戦闘には参加させることはない。
舞浜駅の目の前にあるテーマパークは、午後十時には閉まる。だからこの時間、昼間の多くの客が嘘のように人気がなかった。
「わかるぞ、霜子! オマエの場所がな……!」
入場ゲートを飛び越えてヤイバは、プロメテウス火山を目指す。その場所に、自分の釘の反応を感じる。
「一気にこの世から退場させてやる。後悔する時間も、反省する機会も、与えない」
彼にはもう殺す気があった。だから機傀でアーミーナイフを生み出し握る。暗い園内を一人、走り抜ける。周りに霊能力者の存在は感じない。今この園には、ヤイバと霜子しか人はいない。
「……!」
ここで、彼は気づいた。釘は、地面に投げ捨てられているのだ。
「そうか……!」
霜子がここに運び込んだのは事実だが、今も持っているとは限らない。既に手放し、ここまで誘導したのだ。
「となると……!」
火山の方を向いた。するとその火口から、あまり品性を感じさせない女…霜子が勢いよく降りて来たのだ。
「死ね死ね! ヤイバ!」
彼女は手にスタンガンを持っており、その電力を利用して電霊放を撃ち込んだ。
「やはりか!」
機傀では、電霊放は防げない。金属は電気を通してしまうために、握っていれば体に電流を流されてしまうのだ。だからヤイバはジャンプしてその稲妻を避けた。
「ヤイバ! あなたがどうやってあの牢獄を抜け出したのか! それもかなり興味がある! 協力者がいるんじゃないの? だとしたら、ソイツにも死んでもらわないとね!」
血の気が多いことに、霜子は叫んだ。
「オレの意見は反対だな。死ぬのはオマエの方だ」
「ほほうそうかい? なら殺してごらんよ?」
できないだろう、と言いたげに再び電霊放を撃つ霜子。近づいてこなければ、機傀など怖くないという考えだ。それに、
「その手はくらわないよ!」
ヤイバの手のひらから発射された釘も、電霊放で撃ち落とせる。
「攻守において隙がない。やはりそれだけに強い霊障だな。これは相手をするのが面倒だ」
試しにナイフも投げてみたが、やはり電霊放でガードされる。
「神奈を殺したのは、あなただね? 最低なヤツ! 生きているゴミ! タンパク質の無駄使い! 吸われた酸素がかわいそう!」
「言ってくれるな。そもそもオマエたちが悪ささえしなければ、そういう状況にはなっていない。違うか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ! あなたが正しいってか? そんなわけないでしょう? 皐が正しいんだよ!」
「だから、破壊活動をしたのか、オマエが?」
虚偽の書類を作成する時、霜子は電信柱や自動車を破壊した。そしてそれをヤイバのせいにしたわけだ。
「そうだよ。でも、私のせいじゃない。悪いのは全部、あなただ! ヤイバが悪者で、私たちは被害者! 神奈を殺された私たちの恨みは深いぞ!」
「どうしてそうなるのか、理解に苦しむな……」
本来霜子たちは、ヤイバをはめた立場。だから恨まれて当然なのだが、彼女は逆にヤイバを恨んでいる。
「文与はどうした? 気にかけなくていいのか?」
「もちろん、忘れてない。痛かっただろうに、苦しかっただろうに……。神奈と文与の恨み、ここで晴らす! 同じ目に遭わせてやる!」
「晴らすのは、オレの恨みの方だ!」