第3話 遭遇した その2

文字数 3,102文字

 勝つ自信はある。以前刹那と緑祁の戦いを、絵美は見ている。さらに別の場所での活躍を聞くに、緑祁が操れる霊障は鬼火、旋風、鉄砲水の三つだけ。

(どこまで本物に似せてくるかはわからないわ……)

 同時に、負ける可能性もある。相手は緑祁ではないので、全然違う霊障を駆使してくるかもしれない。

「せいっ!」

 旋風がまず飛んできた。それほど鋭くないので、これは罠か?

「ええい!」

 絵美は自分の後ろに激流を放ち、反動で前に飛ぶ。旋風を強引に突っ切ったのだ。その時、

(この感触……。さっき慰霊碑の周りで感じたのと同じだわ!)

 慰霊碑を破壊したのは、目の前にいるコイツだ。そう確信した。
 しかしそれは、刹那の意見を考えるとおかしい。彼女は、霊気は緑祁のもので間違いない、と断言している。また【神代】の連中も同じことを主張しているのだ。
 でも今はそんなことを気にしている場合ではない。偽緑祁を倒すことだけに集中するべきなのだ。

「誰よ、あなた!」

 眼前に躍り出た絵美は力一杯手を振って、ビンタをした。

「い、痛い……」

 偽緑祁は痛みを感じたらしい。だが絵美は、

(い、今触れたけど、コイツは生身の人間で間違いないわ! で、でも、だとするとどうやって緑祁の霊気を再現したって言うの?)

 実は彼女、この偽緑祁の正体はドッペルゲンガーではないかと疑っていたのだ。だが、頬に触れた時、体温があった。脈打っていた。皮脂の滑りがあった。これは正真正銘の人間であることの証明でもあるのだ。

「今度は僕から行くよ?」

 手のひらに出現した鬼火が、絵美の体を飲み込もうと激しく燃える。

「させないわ!」

 指先から激流を放ち、その火を消す。

「いいや、させてもらっているよ」

 偽緑祁が言った瞬間、絵美の足元が崩れた。いきなり彼女は転んだのである。

「旋風がまだ生きていたことに気づかなかったね? 足元をすくってみたよ」
「こ、この、知略的な戦い方は……」

 それも緑祁のものだ。

「早いけど、トドメだね。刹那も残っているから、早くしてしまいたいんだ」

 両手を合わせて鉄砲水を繰り出す。偽者にしては素晴らしい勢いで、そのままあの世まで流されてしまいそうである。
 だが絵美はこれに抗って、いや寧ろ勝って見せた。尻餅を着いた状態で激流を手から繰り出し、偽緑祁の鉄砲水に押し勝ったのである。今度は偽緑祁がのけ反る番だ。

「水の霊障は私の専門分野よ? それで勝てると思うわけ?」

 反撃に出るなら今が絶好の機会だ。しかし絵美は立ち上がりながら、考える。

(最初の旋風、次の鬼火、そして鉄砲水……。これ全部、緑祁の操る霊障………)

 三つしか操れない緑祁。その特徴をこの偽者は、こんな時にまで再現しているのだ。

(どういうこと? やっぱり本物なの? で、でも、紅華は病院で緑祁のことを見張っているって……)

 疑問を一つ解決したと思った矢先に、新たな疑念が生まれる。その負のスパイラルの真ん中に絵美は位置している。だから彼女はこの戦いに、集中できていない。それが明暗を分けた。

「隙だらけだよ…!」

 突然足元に熱を感じた。

「あっつ!」

 鬼火だ。絵美のふくらはぎの隣で燃えている。偽緑祁は水の打ち合いの最中に既に手を打っていたのだ。そして絵美の注意は一瞬だが、下に向く。それが更なる隙を生んでしまっている。

「よいしょっと!」

 態勢を整えると偽緑祁、一気に絵美との距離を詰める。彼女の腹に手を当てて、ゼロ距離で鬼火を繰り出した。

「う、うぐっ!」

 燃やす方の威力は控えめで、服が一部焦げただけで済んだ。だが突き飛ばす方の威力は高く、絵美の体が飛んだ。弾かれた彼女は、刹那の上に落ちる。

「マズいわ……!」

 何故一気に体を燃やさなかったのか。絵美は刹那とぶつかって気が付いた。
 刹那は意識を取り戻しつつある。だから偽緑祁は、二人をまとめて葬るつもりなのだ。

「これでカタをつけるよ。じゃあさようなら」

 旋風に鬼火を乗せ、赤い風を生み出した。絵美は当然、激流で消火を試みるのだが、風のせいで水の軌道がブレてしまい、上手くいかない。

「こんなところで……」

 死ぬ。そう思ったその時である。突然偽緑祁は顔の向きを変えた。

「何…?」

 見上げた先には、何かがいる。ペガサスとグリフォンだ。

「あれは……! [ライトニング]と[ダークネス]?」

 二体の式神が、二人の窮地に駆け付けてくれたのだ。おそらく先ほどの電話が不自然に切れたことで本物の緑祁が、危機を察知し召喚したのだろう。
[ライトニング]は精霊光を、[ダークネス]は堕天闇をそれぞれ放った。

「僕に通じると思うかい?」

 偽緑祁には、それが自分を叩かないという自信があった。まずは赤い風の動きを変えて周りの空気を熱し、陽炎を発生させる。同時に鉄砲水で水の膜をいくつか作っておく。陽炎と水の膜が、光を屈折させるので、精霊光は狙い通りに進まず地面に当たる。
 次に対処するのは、堕天闇だ。既に炎で灯は確保できているため、それをより光らせて影の軌跡を把握し、器用に動いてかわす。

「どうだい? 実際に体験して破ったことのある僕なら、いつでも攻略できるんだ……。って、アレ?」

 見誤ったのは、偽緑祁の方。二体の式神は、チカラを使えば必ず偽緑祁がそちらに注目し、対処すると見切っていた。
[ライトニング]と[ダークネス]の目的は、最初から偽者と交戦することではない。刹那と絵美の救出だ。二人を背中に乗せて羽ばたき、偽緑祁の霊障の射程範囲外に速やかに飛び去っていく。

「………逃げられちゃったか。まあ、いいや。そもそも今日の僕の目的は、彼女たちじゃないんだし……」

 徐々に姿が小さくなっていく二体の式神と二人。偽緑祁は黙ってそれを見ているしかなかった。逃げられたのはもう手が出せないと割り切り、本来の目的の方に向かって動いた。


「あ、ありがとう……!」
「感謝の意を表する――」

 命の危機を抜け出せた二人は、自分たちを乗せて夜空を羽ばたく式神に感謝した。[ライトニング」と[ダークネス]は人語を喋れないが、二人の気持ちはよくわかる。だから頷いて返事をする。
 病院のとある一室の窓が開いており、そこにまずは絵美が、続いて刹那が飛び込む。

「おお、無事であったか!」

 二人の体をキャッチしたのは、紅華。一卵性の四つ子であるらしく、姿や声は緋寒とほとんど変わらない。

「良かった。そっちらが大丈夫で……! 本当に何よりだよ…!」

[ライトニング]と[ダークネス]は病室には入らず、本物の緑祁の指示で病院の周りをパトロールする。

「で、何があったのじゃ? 電話では意味不明なことを言っておったが…?」
「それは、私たちも同じだわ……」

 相手にわかりやすく伝えるなら、言葉を選ぶべきだ。だが混乱していた二人にはそれは不可能。だから刹那は、

「緑祁がいた。あの姿、声、記憶、霊障……。その全てが、本物である――」

 ありのままを伝える。すると

「うぬぬ? それはあり得ぬ。わっちはずっと緑祁を見張っておったが、一秒たりとも病室からは出ておらぬ。……そもそも寝てたし、無理じゃそれは」
「でも、本当よ? 本当にアレは緑祁だったわ! 偽者なんだろうけど、見分けでは判別不可能なほどそっくり……と言うか、分身? 双子? それとも……」

 頭の中が整理できていない。そう判断した紅華はカバンからスポーツドリンクのペットボトルを二本取り出し、二人に与えて、

「今晩はよく休め。明日また重之助と長治郎が来る。その時に詳しく話すのじゃ。もちろん、他人が理解できるように、な?」

 受け取った飲み物をゴクゴクと喉を鳴らし、二人は一気に飲み干した。
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