第2話 意外な犯人 その2

文字数 2,437文字

 日付が変わっても香恵が病室に現れることはなかった。

「………」

 気分がだだ下がりなのは、見ればわかる。緑祁の目に光がない。

「そう気を落とさないで。これは何かの間違いよ。絶対戻って来るはずだわ」

 慰めの言葉をかけても、

「はあ……」

 ため息しか返って来ない。

(重症である。怪我や病気以上に、彼の体を蝕んでいるのだ。一番怖いのは人間が感情を持つが故の、心へのダメージか――)

 そんなことを考えていたら、時計の針が十二時を回った。

「お昼食べないと。ここの院内食堂、ちょっと美味しくないのよね。刹那、外で食べよ……」

 その時だ。唐突に病室の扉が力強く開いたのである。

「な、何?」

 男が二人、立っている。見るからに医者ではない。彼らは刹那たちの反応には目もくれず、黙って部屋の奥に進んで緑祁の横たわるベッドの側まで来ると、

「永露緑祁、だな?」

 眼帯をした方の男が確認を取る。

「はい、そうですが…?」

 恐る恐る答えると、隣の男が、

「悪く思うな。君を、『橋島霊軍』慰霊碑破壊の容疑で拘束する!」

 逮捕状のような書類を見せつけ、怒鳴った。

「えええ、ちょっとあなた、何言ってるのよ?」

 発現の意味を理解できていない緑祁の代わりに絵美が返事をした。

「言葉通りだ。緑祁君……君には今、慰霊碑破壊の容疑がかかっているんだ。退院してからになるが、身柄を【神代】が確保することになる」
「あなた、日本語通じないの? 何で緑祁にそんな疑惑が? そもそも誰よ、まずは名乗りなさいよ!」

 指摘を受けた男たちは、それも一理あると頷いて、

「紹介が遅れた。私は宗方(むなかた)重之助(じゅうのすけ)だ」

 眼帯をした男がそう言うと、

「意外。その人物は【神代】でも多くの者が知っているのだ。そんな彼が、今我らの目の前にいる――」

 刹那も絵美も知っている名だ。ただ会ってみるのは初めて。

「俺は鬼越(おにごえ)長治郎(ちょうじろう)。重之助さんとは違ってこの地方の霊能力者ではないが、休暇中に突然呼び出されてね…」

 そっちの名前も、【神代】では有名だ。

「……そんなお偉いさんが、僕に何の用ですか?」

 緑祁が聞くと、

「だから、君は昨夜起きた事件……『橋島霊軍』慰霊碑破壊事件の重要参考人なんだ。言っておくが、ここから逃げることは許されない……」

 セリフのトーンが急に下がった。

「重之助さん? 彼が本当に犯人ですかね? 全然、そういう感じの覇気が見られないんですが?」
「私も同じことを今、思った。あんな大掛かりなことをしたには、態度が落ち着きすぎている…! もしかしたら、結構な危険人物なのかもしれん!」

 ゴニョニョと相談する二人。ちょうどそこに看護師が緑祁の昼ご飯を運んで来たので、

「仕方がない、時間だ。私たちもお昼にしよう。だが、逃がしはしない。皇!」

 すると突然窓ガラスが開き、七階だというのに外から人が入り込んできた。

「彼のことを見張っててくれ。私たちは一旦お昼とする」
「承った」

 緑祁と同世代の女性だ。彼女はちょっと時代遅れな服装の和風美人な外見。この昼の間、緑祁のことを見張るために招集された、【神代】の監視役。

「ちょっと待って! 何が起きているのかを私たちにも説明してよ! 意味わかんないわ!」

 絵美が言うと、

「いいだろう。なんなら君たちも来い。彼が何をしでかしたのか、その説明をしよう」

 重之助は拒否しなかった。だから刹那と絵美は、彼らについて行った。

「………?」
「わちきは、(すめらぎ)緋寒(ひかん)じゃ。何か質問があるなら、何でもわちきに聞け。あと言っておくが、わちきを倒せるとは思わぬように!」

 ここで初めて、緑祁の罪状が明らかになる。まずはその説明の補足だ。

「『橋島霊軍』は知っているか?」
「ええ。義務教育レベルの知識だわ」

 かつて日本に存在していた、霊能力者の集団だ。江戸幕府が秘密裏に設立した集団の内の一つ。長崎にそれはあった。

「【神代】の初代、神代詠山によって滅ぼされた『橋島霊軍』。詠山は反対意見を唱える者を片っ端から排除する、血の気の多い暴君であったらしい。その逆鱗に触れた彼らは、あっという間に歴史の闇に消えた――」

 当時は、【神代】に反する意を唱える者は悪と決めつけられていた。だが昭和に入り、

「彼らが流した血、その身に宿した魂を忘れることは許されない」

 詠山の息子、神代(かみしろ)獄炎(ごくえん)が慰霊碑を建てたのである。

「霊能力者なら誰でも知ってることじゃないの? それが………」

 絵美の口が止まった。

「破壊されたって言ってたわね、そういえば……。本当にそんなことが?」

 重罪どころの話ではない。

「仮に慰霊碑を傷つけようものなら、たとえ【神代】の血を引く者であっても許されることではない。極刑しか、その人物には残された道はないんだ……」

 重之助はとても言いづらそうだった。事実、【神代】から犯人を拘束せよという命令が出ているのだが、捕まえたとしてもその人は、死を免れない。同じ霊能力者の命が失われることは、できればしたくない。

「でも意外ですね…。あんな大人しそうな青年が、まさか犯人だったなんて」
「待ちなさいよ!」

 ここは反論のチャンスと言わんばかりに絵美が、

「緑祁がやったっていう、証拠はあるわけ? アイツは昨日病院で寝てたはずだわ!」

 だが、

霊紋(れいもん)という言葉は知っているか? 指先に指紋があるように、霊気も一人一人違う……波紋がある。それを照合し、私たちは彼にたどり着いたんだ」

 曰く、それが決定的な証拠であり、そして緑祁のもので間違いないらしい。

「[ライトニング]と[ダークネス]は? その式神を持ってるのは、緑祁だけ!」
「式神は今回の件には関与していないらしい。それに式神の所有は全く関係がない。まあ、その式神のことは【神代】のデータベースに登録しておくが」

 どうにか反論の糸口を探そうとしたが、

「でも、でも! 腕にチューブ刺さってるんだから、病院を抜け出したとなれば機械が反応するはず……」
「そんなの霊障でどうとでもなる。犯行時のアリバイにはならない」
「………」

 絵美、沈黙。
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