第10話 子孫に慈悲を その2

文字数 2,683文字

「えっ! そ、その声は……!」

 威厳に満ち溢れた、低い声。その主は、

「富嶽様! いつの間にそこにいたのですか……! っていうか、これに参加する予定ではなかったのでは…?」

 富嶽だった。彼は蜃気楼を使って自分の姿を消し、この会議に潜入していたのだ。これはもちろんこの裁判が公正に進むかどうか、満にそれができるかどうかを見極めるため。

「吾輩も気が変わるのでな……」

 と言い、蜃気楼をやめて姿を出した。

(あ、あれが、神代富嶽……さん? 【神代】の、トップの……!)

 緑祁も香恵も間近では初めて見る。意外と普通の男性という印象だ。緑祁ぐらいの子を持つ父親の年齢なのではないだろうか。そうも二人は思った。
 突然の富嶽の出現に、会場はさっきよりもうるさくなった。しかしすぐにみんな、黙る。

「では、どうするつもりですか? まさか何の罰則も与えずに、無罪として世の中に放つのですか?」
「それは流石にできんな。それに【神代】に背くこと自体、貴様が言うように罪である。だが…」

 富嶽は緑祁の方に歩み寄り、彼の肩を叩いて、

「ここにいる永露緑祁! コイツは吾輩が許可した競戦を乗り越えた者だ! それに、天王寺修練を追い詰め事件を事前に防ぐこともできた人物」

 だから、彼に免じて許してやろうと言い出したのである。

「無論、罰則は与える。辻神、山姫、彭侯の三人が本当に【神代】に忠誠を誓えるのか! それを確かめる名目で何かしらの仕事をこなしてもらえばいい。背信が罪なら、奉仕が罰だ」

 この発言に一番驚いたのは、彼の隣にいる緑祁自身である。

「あ、あの……。僕の意見が本当に採用されていいんですか……?」
「いいとも! 吾輩は紫電の我儘を聞いたが、貴様の我儘はまだ聞いておらん。それに罰を与えて済ませる以外の方法も試したくなってきた! 貴様が、それは奉仕で許しを与えるべきと言い出したのだろう? 自信を持て!」

 反対意見を富嶽は、会場にいる人に尋ねた。中には、

「緑祁という小僧が何だ、罰を与えるべきです!」
「その理屈は意味不明です、富嶽様!」

 という声もあった。しかし、

「富嶽様が言うのなら、従います。時には飴も必要ですね」

 という人が半数以上。

「し、しかし……」

 決断を渋る満。ここで富嶽、辻神たちに、

「貴様ら本人に聞く! この吾輩に忠誠を誓えるか? 吾輩のために働けるか? 怨んだりしていないか? また謀反を企んだりしないか? 『月見の会』のこと…復讐を忘れられるか? 正直に心の中を白状せよ!」

 早速忠誠心を試した。

「………先祖の受けた屈辱は、今も私の血の中にある。だが太陰様は言った。【神代】に尽くすことが、今を生きる霊能力者に求められること。私はその精神に従い、【神代】のために生きる!」

 まずは辻神が、続いて、

「ぼくもです。両親や祖父母のことを考えれば、屈辱を晴らすことが一番かもしれません。でもぼくの人生、決めるのはぼくです。ならば辻神について行きます。その辻神が【神代】のために尽くすと言うのなら、ぼくも同じ船に乗ります!」
「断る理由がないぜ。オレたちはもともと、居場所がなかった。でも【神代】にいるべきだと太陰様は言ってくれた。それが一番の供養になるとも、だ! 先祖のことを本当に思うのなら、その思いに応えるべきだ。ならば【神代】の指示を何でも聞いてやる!」

 山姫と彭侯が、己の覚悟を述べた。

「どうだ満? これでも精神病棟に入れる気か?」
「……とんでもございません!」

 富嶽は満が持っている、処罰の内容が記された和紙を彼から取り上げると、折りたたまれたままのそれをビリビリに引き裂いた。

「これで、閉廷! 『月見の会』の子孫は許された! これからは世のため人のため、そして【神代】のために尽くしてもらおうではないか! 反対意見がある者は名乗り出よ。しかし、覚悟せよ……はたしてその者は、競戦を打ち破った緑祁に勝てるかな? 意見を出すのなら、それ相応の実力を吾輩に見せてもらおうか!」

 不満そうな顔をしている人たちはいないわけではなく、全員、下や横を向いた。何も発言できないのだ。

「富嶽様がおっしゃるのなら、それが一番正しい」

 空蝉ら四人も、反論する気はない。富嶽の言うことは絶対であり、頷く以外の選択肢が思いつかないのである。ここで琥珀は辻神の方に駆け寄り、

「さっきは悪かったでござる。処刑せよ、など早計の至りで候。富嶽様が言うのでござる、貴殿たちはきっと、更正できる! 拙者たちのように!」

 謝るとともにエールを送った。

「結論を言え、満……」

 改めて判決を下すよう、富嶽は言った。

「無罪ではありません。が、罪に問うようなことでもない、です。ただし三人には、【神代】に奉仕してもらいます」
「よろしい」

 今度こそ、この裁判は終わった。


 傍聴していた人物がぞろぞろと帰る中、緑祁と香恵はまだ教室に残っていた。

「辻神……」

 彼らの今後が気になったのである。

「心配することはない。さっきの判決は覆らん! 貴様らには、人一倍働いてもらうつもりだ、覚悟しておけ」

 後で全然違うことがなされることはない様子。

「緑祁、礼を言う。おまえのおかげで、私たちは裁かれなかった……」
「違うよ! 全ては太陰の言葉があったからさ!」

 あの時、辻神たちと一緒に聞いた太陰の発言。その時緑祁は口を挟まなかったが、

(彼らを救ってくれ! どうか!)

 と、聞きながら考えていた。それに彼自身、辻神たちを救いたいという思いがあった。それはただ戦って負かせて、そして裁判にかけるというのとは違う。それ以上のことをしなければならないのだ。
 それが、辻神たちへの救済だ。太陰の言葉を聞いた時緑祁は、

(わかり合えるはずだ)

 とも確信した。
 結果、今緑祁と辻神は恨みつらみのない言葉を交わしている。わかり合えたのだ。

「ぼくは、緑祁ともう一度戦ってみたいヨ。結構楽しかったからネ、それに勝負はまだ途中じゃなかったけ?」
「おい山姫、それを言うならオレもだぜ! 勝ち逃げなんて、させないぞ!」

 二人は明るくそう言った。同じ勝負でも、前のとこれからのとでは本質的に異なる。

「……私もだ。緑祁、もしもまたおまえと再会したのなら、今度は白黒ハッキリとつけたい。先祖の恨みや【神代】の任務など、何も絡まない勝負をおまえとしてみたい」

 今の辻神の言葉からもそれは読み取れる。三人は過去からの束縛から解き放たれ、現在を生きると決め、未来に向けて進みだしたのだ。

「いいよ! いつでも挑戦、待ってるよ!」

 同じく過去から解放された身。緑祁は元気な返事をした。
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