第3話 無実の証明 その1

文字数 3,303文字

「くぬぬぬぬぅ……」

 緋寒は報告書を書いているが、筆が全然乗らない。

「どうやってまとめる? 二組とも、誰かに騙された? だから罪はない? 通じるか、そんな理屈!」

 供述通りの文言をそのまま報告すれば、絶対につき返される。

「緋寒! ここは一つ、もうちょっと事情聴取するべきでは?」

 紅華が言った。その通りであるので緋寒は神保総合病院に向かう。四人は大部屋に移されていた。病院側がスペースを無駄にしたくないと言ったのと、見張る側としてもその方が楽だからだ。

「もう交代か? 時間はまだ、四時間二十分残っておるぞ?」
「違う違う、朱雀。探りを入れるのじゃ!」

 朱雀も誘って四人に聞いてみることに。扉を開けた。

「……………」

 四人は無言。別に拘束器具とかはないし、喋ることだってできる。でも、雰囲気が死んでいる。無理もない。これからのことを考えれば北極よりも背筋が凍る。だからテンションの低いのだ。

「一つ、そなたたちに質問したい」

 手をパンパンと叩いて注目を集めてから、

「騙された、と言っておったな? そこを詳しく!」

 最初は責任逃れのために適当なことを言っていると思っていた。だから完全に聞き流していたのだ。

「誰がそなたたちを唆したのじゃ? それを言え」
「だから、美田園蛭児っていう男よ! アイツに私たちは騙されたのよ!」

 その名前は前にも聞いていた。しかし、

(蛭児は、高知にも秋田にも、縁もゆかりもない人物。それに雛臥と骸の一件の時に、どこにいたのかは確認済みじゃ。当然絵美と刹那の件についても。だから、絶対にあり得ん! じゃが………)

 ここは一つ、その話に聞き耳を立ててみる。案外、答えが隠されているかもしれない。四人とも嘘を言っているようには見えないことが、緋寒の背中を押して聞に回させた。

「蛭児が、私たちに依頼を頼んだのよ。悪さをする幽霊がいるから、祓ってくれって!」
「俺たちの時は、霊の力の源になっている岩を破壊して欲しい、と」
「ふむふむ。そういう、架空の依頼があったんじゃな?」

 でもデータベースには残っていない。この理由は不明だ。ハッキングを受けたのかもしれないし、電子機器に異常をきたせる霊障かもしれない。しかしこれを明らかにしても、真実にはたどり着けないだろう。
 ここで重要なことは一つだけ。それは、二組とも蛭児に騙された、ということだ。

(これが事実なら、慰霊碑を壊したかったのは蛭児ということになるが……)

 でもそこが、あり得ない。蛭児は心霊研究家として優秀だし、何よりこんな犯罪になることをする人じゃない。

(でも待てよ? 確か蛭児が使える霊障は、蜃気楼一つのみ! 仮に蛭児が本当に慰霊碑破壊に関与しているなら、自分では物理的な破壊をもたらせぬから、絵美たちに頼んだということか………)

 筋は通っている。
 蜃気楼では、物体に干渉できない。だからそれを使って、慰霊碑を壊させるよう巧みに仕込んだ。

(その原因は? 何が原動力となっておる?)

 ただ、蛭児の目的が不明瞭だ。純粋に慰霊碑を破壊したかった? それはない。彼は『ヤミカガミ』や『この世の踊り人』の生き残りではないので、先祖の恨みを晴らそうという魂胆は持っていないはず。
 ここで緋寒の思考に差した光は、研究家である点だった。

(もしも、じゃ……。何かしらの呪いを行うために、慰霊碑が邪魔だったら? もしそうなら、破壊に関与しても………)

 と、考え込んだところでハッとなる。今彼女は、感情に流されていた。目の前の四人が、実は無実なのではないかという思いに。監視役という重要な仕事を与えられているために、真実がわかるまで対象に同情してはいけない。

「そなたたちの話には、証拠がない」

 冷静に戻った緋寒は、冷たく突き飛ばすようなことを言った。

「肝心の蛭児は、そなたたちが犯行に及んだ時刻のアリバイがある。前にも言ったが、アイツは故郷の長野県からここ最近出ておらん」
「だから! それは……何か、こう、変な一手を使って…」
「それに! 仮に騙されたとしても、そなたたちが慰霊碑を破壊したのは事実じゃろう? 騙されたと言い訳して許されていいなら、人を殺しても無罪になってしまう。違うか?」
「もっともである……――」

 絵美たちは、慰霊碑のあった場所に行けば何かしら、手掛かりを掴めるかもしれないと主張したが、この病院から出ることを緋寒は絶対に許せない。

「じゃあ他の人を頼ろう!」
「そなたたち、置かれた状況を考えよ。容疑がかかっておる今、そなたたちは犯罪者! 協力したら、共犯じゃ! 誰が手を貸してくれると思う?」
「そう……だな…」

 そう言われると引き下がるしかない。自分たち以外に容疑者が増やせないので、緑祁や紫電に協力を仰ぐことは不可能。

「じゃあどうすればいいわけ?」
「わちきが決めることではない。じゃが、多分精神病棟送りは免れんじゃろうな」

 昔の【神代】なら、即刻死刑だっただろう。だが富嶽がトップのこの時代、そんな物騒なことは行わない。やるとしたら、絶対に外に出れない場所……【神代】における監獄に入れられることになる。

「そ、そんな………」

 本来なら死刑なので、期限はなく寿命が尽きるまで。まだ若い四人には到底、受け入れられないことだ。
 ピピピ、と緋寒のスマートフォンが鳴る。

「ちょっと待っておれ」

 席を外した彼女は病院の外で、電話に出た。

「赤実か? そっちはどうじゃ?」
「特には何も。やはり四人が嘘を吐いておるのでは?」


 赤実は一人で長野市の郊外に来ていた。

「ひょれ、ここか」

 霊能力者ネットワークに記載された住所にあったのは、一軒家。表札には『美田園』の三文字が。インターフォンを鳴らす。

「どなたでしょう?」
「【神代】からの回し者じゃ。一つ話を伺いたいのでな、入れてくれ」
「わかりました。少し待って」

 蛭児は素直に応じ、カギとチェーンを外す。その間に赤実は、バッグに隠し持っていたテープレコーダーを起動。

「どうぞ。【神代】が私に、何の用でしょう?」

 用意されたスリッパを履いて中に入る。一人暮らしのその家は、玄関も廊下も綺麗に整っている。

「人を招き入れるのは久しぶりです。散らかってますが……」
「どこが?」
「ここじゃなくて、書斎が、ですよ。研究室も兼ねているのですが、どうも書庫に入れていた文献を読みたくなる時があって……そうするとまた、他のを閲覧したいと感じ……んで、さらに別のことを考えてしまい……」

 その結果、中々本の整理整頓ができていないらしい。

「せっかく来たんじゃ。その研究の一部をわたいに見せてはくれぬか?」
「君は、他の寺院や神社に所属してます? それとも誰かの研究の助手などは?」

 研究者としては、誰にも先を越されたくないがために当然の質問を赤実に投げかける。それに対し、首を横に振る彼女。スパイではないという確信が持てたので、

「では、いいでしょう。その前に君が持ち込んだご用件を伺いますか…!」

 リビングに招き入れる。移動途中、廊下から和室を覗き込んだ。結構大きめの仏壇が会ったのを見ると赤実は、

「ちょっと、線香を? 良いか?」
「構いません。妻も喜ぶでしょうから」

 蛭児の妻の遺影の前で頭を倒し、拝む。線香に火を灯して合掌すると、

(ああ、伝わってくる。この死の無念さが。まだ若いのに、かわいそうじゃ。そしてもっと一緒にいたかったのであろうな……)

 仏壇に込められた思いが流れ込んでくる。

「もう五年になります……」

 事故に遭った。だから妻は死んだのだと言う。暴走車に乗っていた犯人は妻を跳ねた後、大型トラックに突っ込んで死亡。加害者側には遺族がいなかったために、行き場のない怒りを蛭児は抱いたに違いない。

「しかし、運命だと割り切ってますよ。大切な人と一緒に過ごせた時間は宝物、どんな物とも代えがたい。私は妻からたくさんの幸福をもらった。そしてその幸せがあるのなら、不幸だって訪れる」

 月には叢雲、花には風と蛭児は思っているらしい。

「………それは、すまんことを聞いてしまった」
「いいえ、君が謝る必要はないですよ。私が勝手に教えたことですから」
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