第10話 表彰台の裏側 その1

文字数 3,668文字

 岬には勝てたものの負傷が激しく、かつ彼女が仲間を呼び寄せたために脱落してしまった緑祁たち。

「ま、文句はねえよ。俺たちも井の中の蛙だったってことだな」
「本当は? 本当に悔しくないの?」

 緑祁は悔しく感じている。それは賞金が得られなかったからではない。岬には勝利したが、その直後に降参しなければいけなくなったからだ。要するに、勝ったのに敗退した気分。これがいい雰囲気で終われたわけがない。

「俺だって! 本来ならここで優勝してよ、均等に分けても一人当たり二億五千万だろう? 開業医になるための軍資金が、ボシャンっ! パアァンッ、だぞ!」

 彼に言われると、心中を露わにした紫電。実はこのチームで誰よりも金が欲しかった。

(紫電って、医学部だったんだ……。僕よりかなり頭良いんだ……)

 今から青森に行っても意味がない。

「どうせ優勝は、岬のチームでしょうね。圧倒的な実力を持っているわ、彼女たちは」
「香恵の予想と一字一句違わないと思うよ」

 勝つ人が誰なのか、まだ大会中だが緑祁たちは直感でわかった。おそらく彼女たちを超える霊能力者は、この世にはいないだろう。あの世にもいるかどうか怪しいレベルだ。
 まだ春休みなので、ちょうど福島にも来たので観光して帰ることになった。香恵は福島について全く知らないし、雪女は訪れたことすらない。だから緑祁と紫電は、

「まずは鶴ヶ城に行こう。白虎隊や戊辰戦争について学ぶなら一番手っ取り早いよ」
「飯盛山はその後だな。言っておくが…あの場所から城を見るのは難易度高いぜ?」

 ホテルで夜を明かし、午前中になってからもう一度会津若松の町に繰り出す。

「気持ちいい朝だね。そんなに寒くないのが、ちょうどいい!」

 心の曇りを晴らしてくれる晴天だ。

「昨日は結局山に登れなかったけど、この先はどうなってるの?」

 お土産屋が繁盛している道を通って、いよいよ階段に足をかける。隣のエスカレーターは使わない。

「さざえ堂があるんだ。その奥を行くと、白虎隊のお墓だ。さらに奥には水路があって…」
「水路? 何の?」

 詳しい話は登ってから。ちょうど供養車があって緑祁が、

「香恵、あの回し車を回してみて」

 促し香恵が回す。その供養車はバクの形をした土台の上に立つ柱についており、鈍い音が響いた。

「これで亡くなった人の魂が供養されるんだよ」
「なるほどね。あっちの柱は何? 鳥があしらわれているみたいだけど?」

 それはローマが寄贈したポンペイの柱だ。白虎隊の魂は外国人の心までも震わせる。

「あ、ここだね。そのお墓っていうのは」

 白虎隊の墓石が並んでいる場所に踏み入れた。線香をあげ、一つ一つの墓の前で目を閉じ手を合わせ拝む。

「安らかにお眠りください」

 この山で命を絶った者はみんな、緑祁や香恵たちよりも若かった。そんな人たちが戦った戊辰戦争、失われた命の数だけ未来はあっただろう。しかもこれは遠い昔の出来事ではなく、百五十年ほど前の話なのだ。

「戦争は残酷ね……。生まれる時代と場所を選べないことも悲しいことだわ」
「一、二、三……。十九人がここで死んだんだ。白虎隊って小さい部隊なの?」
「いや? 三百四十人くらいはいたはずだが」
「え? 墓の数足りないよ?」
「ここまで来れたのは、二十人だったってわけだ」
「なるほど……。待って、その一人はどうしたの?」
「ああ……飯沼(いいぬま)貞吉(さだきち)のことか。彼だけは死に至らなかったんだ」

 何の因果だったのだろうか、飯沼貞吉は年齢を偽って白虎隊に入った人物。そんな彼だけがここで、生き残ったのである。

「よく、白虎隊は鶴ヶ城が燃えているのを見て負けたと勘違いして自決した、って言われるが……。まだ戦えるという意見もあったらしいし、捕虜になって恥を晒したくないとも。でもここで命を切り捨てることになっちまうんだよな、だってそれが武士としての生き方だから……」

 紫電の言葉は重たかった。会津藩の武装は旧式で、しかも幼い彼らが新政府軍に勝つどころが深手を負わせることすらできるはずがない。戦いに負けて生き残ることよりもここで武士として死ぬことの方が、自分たちの精神や魂の誇りを失わずに済むと判断したのだろう。現代を生きる香恵や雪女には、到底理解できない考えだ。
 奥に進むと、水路が見える。弁天洞窟である。

「何の水路なの?」
「白虎隊がここを通って逃げたんだぜ。寒かっただろうに……」

 香恵と雪女は、信じられないと言いたげな表情だ。

「奥に進もう。ちょうど自刃した場所があるよ」

 その場所からは、会津若松の町が一望できる。しかし城の場所はよくわからない。

「どこ? 香恵、あった?」
「全然見えないわ。雪女、方角はあってるの?」

 ここで香恵が紫電にあることを聞いた。

「そもそもどうして白虎なの? 朱雀や青龍、玄武はないの? さっき言ってた、お城が燃えてるって何のこと?」

 その疑問は、紫電の中のある感情を突き動かしてしまう。

「どうやら……。お前たちには白虎隊が何なのかをみっちり教え込む必要がありそうだぜ。行くか、白虎隊記念館に! なあ、緑祁?」
「賛成だね。その後に鶴ヶ城に行こう」
「………」

 ここまで来たからには、無知のまま帰すわけにはいかないのだ。


「もう、十分よ……」

 いやと言うほど白虎隊や戊辰戦争について叩き込まれた。荷物になるからと言って白虎刀を買わされなかったのが幸いだ。ちなみに今、飯盛山を降りて鶴ヶ城を回ってからタクシーに乗り込み、日新館にまで来ている。

「もう疲れた。どうせ二度と来ないんだし、もういいでしょ?」
「そうだな……。よし、合格だ! 講義だったら単位が出るぜ」

 もう夕方だ。今日はまたホテルに泊まり、明日帰ることに決めた。

「ご飯はどこで食べる? 駅の近くなら色々と……」

 その時緑祁は男性とすれ違いそうになったので、横に退いた。しかし相手はそれでも彼にぶつかって来たのだ。

「あ、すみません……」

 謝ったが、その男は、

「見つけた。あなた、ここにいたね……」
「……はい?」

 意味不明なことを呟き、さらに緑祁の顔を睨む。

「永露緑祁、でしょう?」
「そうですけど……」

 香恵たちもこの違和感丸出しの男の方を向く。

(誰、この人? 緑祁の知り合いではなさそうだけど?)

 すると男は懐から札を取り出し、

「あなたの命は今日までだ」

 と言って、札を破いた。

「え……?」

 突然、周囲が暗くなった気がした。日が落ちたのか? いいや違う。何かが夕日を遮っているのだ。それは巨大な幽霊だった。

「ガオオオオ……!」

 札は悪霊を封じているものだったのだ。

「これは…! 何だ、一体!」

 続けて男は提灯と十字架も取り出して、

「緑祁…! 他人を思いやることだけが優しさとは限らない。厳しさのない思いやりは他人の心を傷つけ台無しにするだけだ」

 と言いながら、その二つも壊してしまう。すると突然この男…豊次郎は、糸を断ち切られたマリオネットのように地面に崩れ落ちた。

「う、うわっ!」

 提灯と十字架からも幽霊が飛び出る。

「め、迷霊か?」
「違うわこれは!」

 香恵は悟った。明らかに迷霊とは異なる形状と気配だ。それもそのはず、豊次郎がここに解き放った三体の幽霊は、その辺の悪霊とはレベルもランクも違う。彼女の知識では表現できないのだ。

「……!」

 急に、緑祁の視界に小さな子供が入った。だが、顔に生気がない。まるで幽霊みたいだ。

「おいおい! これって……霊界重合じゃねえか!」

 紫電が叫んだ。この、この世とあの世が重なる現象、以前にも体験したことがある。

「一体どういうわけ…?」

 雪女には、何が起きているのかわからない。そこで香恵が彼女に、

「かなりヤバい状況だわ。気をつけて、雪女! 幽霊がこの世に迷い込んでしまっているのよ」
「どうすればいい?」
「今繰り出された幽霊を倒せば! 霊界重合は止められるわ」

 逆に言うと、それ以外の方法では絶対に解くことは不可能である。その幽霊たち……害神(がいしん)救神(きゅうしん)故神(こしん)は、飯盛山の方を向いて雄叫びを上げた。

(もしかしたら、飯盛山に到達したら何か力が上がるのか?)

 特別な霊気が込められているのかもしれず、それを狙っていると感じた四人。

「ここでこの三体の幽霊を、止めよう! そうすれば霊界重合も終わる!」

 日新館から飯盛山までは結構な距離がある。だがこの三体の幽霊は霊界重合の範囲を広げながら、山を目指しているようだ。そして辿り着けば、そこに眠る霊魂の無念や未練を吸収し、さらに力強くなれる。当然そうなれば霊界重合の範囲と精度も格段に上がる。

(それだけは、どうしても阻止しないといけないっ!)

 緑祁は香恵と、紫電と雪女は一人で行動することに。

「大丈夫かい?」
「笑わせんなよ、緑祁! こんな幽霊なんかに俺もお前も、負けねえだろ! 雪女でも勝てる! それにもう大会は関係ねえんだ、式神だって使える!」

 紫電は札を取り出し、[ヒエン]と[ゲッコウ]と[ライデン]を召喚して雪女の味方をするよう命じた。

「よし、じゃあ行こう!」

 それを確認すると緑祁と香恵も動く。
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