第3話 ぶつかり合う心 その3
文字数 3,154文字
「僕の相手が君か!」
珊瑚に睨まれた雛臥は、彼女と戦うことを察知。
「そうだね」
相手の声からは、どこか余裕を感じる。
(きっと、自分の霊障に自信があるんだ。今までにそれを使って、他の参加者を落としているに違いない。気をつけないと僕もやられるかもしれない!)
でも一向に、珊瑚は仕掛けて来ない。待ちの姿勢を貫いているのだ。
「なら僕から行かせてもらう!」
雛臥は火球を指先に生み出すと、それを珊瑚目掛けて投げた。
「やっぱり、鬼火! だから君を相手に選んだ!」
待ってましたと言わんばかりに珊瑚の手のひらから鉄砲水が放たれ、火は消火された。
「相性は最悪だ……」
常識を考えればわかる。炎が水に勝てるだろうか? 百人に聞いても無理だと言われるだろう。
でも雛臥は知っている。その中で一人だけ、
「勝てるよ」
と答える人物を。緑祁である。彼は何度も常識を覆してきたし、それを見せてくれた。
(もしも緑祁だったら、相性だけで諦めたりはしないはずだ。その常識、破れ壊せ! そうしないと緑祁どころか、珊瑚にすら勝てないんだ)
そう思い自分をやる気にする。勝つつもりではなく、勝つのが当たり前という心構え。
「そおれ、鉄砲水!」
両手のひらをこちらに向け、消防車並みの放水をする珊瑚。これを雛臥は避けに避けて、
「あまり焦らせないでくれ! 勝負は始まったばかりだ。じっくりと戦おう!」
「そうだね」
珊瑚も頷き、放水をやめた。
「でもね。もう君は負けてるんだ」
「は、はい?」
思わず聞き返した。まだ、一発も直撃を受けてないのに勝利宣言されたからである。
ハッとなって周囲を見回した。地面が濡れている。水溜りができている。
「そうか、これが狙いだったのか!」
先ほどの大量の鉄砲水は、雛臥自身を狙ったものではなかった。周りを水浸しにするための、下準備だったのである。
(自分が生み出してない水は激流じゃないと操れない。が! 水溜りの水は、珊瑚が生成した水! 鉄砲水で十分に操作できてしまう!)
そして雛臥はその湿った場所の中心部にいる。これがいかにヤバい状況か、雛臥じゃなくても理解できる。
「さあ、終わりだね!」
パッと珊瑚が手を挙げると、周りの水が上に動いた。
「いいや! まだ終わらない!」
瞬時に自分の体を業火の炎で包む。
(ほんの少しでいい! 服が濡れなければそれでいい! 水を蒸発させてしまえば、防げる!)
業火故に自分の炎で熱さは感じないし火傷もしない。包み込んだ炎は十分に役割を演じてくれ、何とか濡れずに珊瑚の攻撃をかわせた。
「やるじゃん、意外だね。もっとササっと倒せると思ってたから」
「当たり前だ。こんなところで負けないよ僕は」
雛臥は思い出した。自分の名前の由来を。臥竜鳳雛という言葉がある。優れた才能を秘めてはいるが、まだ知られていない大物の例えだ。
(ここで負けたら、僕は生んでくれた両親の期待に応えられない! もっと上を目指す! そのためにもこの炎と水の勝負、負けられないんだ!)
自分に才能があるかどうかは、正直判断しにくい。主観が入ってしまうためである。でも、大物になれているかどうかと聞かれれば、答えはノー。今の彼はまだ、その辺にいそうな霊能力者でしかない。
ではどうやればいい? その方法はこの霊能力者大会で結果を残すことだ。
「もっと水力を上げる。それでどう?」
まだまだ上があることを知らせる発言を、ワザと珊瑚はした。少しでも精神状態で上を行きたいのだ。でも、
「やれるもんなら、やってみなよ?」
その挑発にあえて乗る雛臥。逆にイラつく珊瑚。
「そう? じゃ、いくよ?」
拳を握りしめ、開く。その動作だけで大量の水が生じ、彼女の上に現れた。
「これほどとは……」
頭上に川が出現したかと思えるほどだ。
「よし、行くよ!」
「おっと、それはまだだ。君が見せてくれたんだ、僕も見せなきゃ失礼だ」
「何を?」
指で輪っかを作り、そこに息を吹きかける。それだけで炎の塊が四個ほど生み出された。どれも軽自動車ぐらいの大きさである。
「僕もやる、のさ! さあどうだ? この業火の炎塊、君の水で消火できるかな?」
「そう言うなら、してみせなきゃ無礼じゃない?」
水が滝のように上から下に流れた。それは炎塊を飲み込み火を消した。
「どう? 大した事ないみたいだよ?」
「そうかな? ちゃんと見てみたら?」
「何を負け惜しみしちゃって……」
しかし雛臥の言う通りだ。
「え? 何で…?」
まだ燃え残っている炎塊があるのだ。確かに珊瑚は全てが水をかぶるように流した。
「君の水は何度だろう? 十度? 二十度? それくらいだろう? でも僕の業火は軽く千度を超える! 消し切れないのさ、水が少なすぎて!」
蒸発する分を考えると、あの二倍の量の水が必須だったはずだ。
「なるほど…。でもまだ、勝負は見えないよ?」
危機感を抱いた珊瑚は後ろに飛んだ。距離を取って仕切り直すつもりだ。
(いい判断だ)
直後に雛臥の炎塊が動き、珊瑚がさっきまで立っていた場所を焦がした。
(彼の炎は面倒……。全部消すのに結構な水が必要になってくるから…)
なら一番手っ取り早いのは、雛臥自身を水浸しにしてしまうこと。そうすれば火の気を出すことすらできなくなる。でもそれは当然、彼も警戒しているだろう。だから実際には難しい。
(でも勝つには、避けては通れない。私が勝つのなら、雛臥をびしょ濡れにしないと駄目。それ以外では逃げられるし、少し濡れた程度では自分の炎で乾燥させることもできそう)
あれこれ色々考えるが、最終的には鉄砲水を着弾させることに着地する。
対する雛臥も、
(一瞬でも炎で包んでしまえば、僕の勝ちだ。水を出せない状況にしてしまえば、降参するしか道はなくなる!)
同じようなことを考えている。
このままだとジリ貧になりそうだと感じた雛臥は、勝負をしかける。一旦動きを止めて、
「珊瑚、もうこの戦いを終わらせようじゃないか! 勝負だ!」
叫ぶ。それに、
「そうだね。このまま続けてもいたちごっこ、これじゃあ埒が明かない。だったら!」
珊瑚も応じて足を止めた。
二人は向き合った。まるで西部劇の決闘のようだ。今は手もブランと下げているが、どちらか動かすのが早い方が勝つ。撃ち合いなら、炎よりも水の方が有利と感じたから、この誘いに珊瑚は乗ったのである。
二、三秒経った。
(勝つのは私だ!)
先に動いたのは珊瑚の方だ。目にもとまらぬ速さで腕を動かし指先から鉄砲水をありったけ放水する。
(決めに来たか!)
負けじと雛臥も業火を繰り出した。
ぶつかり合う炎と水。最初、珊瑚の鉄砲水の方が押していた。
(いける、勝てる!)
だが、徐々に押し返される。目でも見えるし、それが感覚でも伝わる。
「な、何で……?」
この時雛臥が使っていたのはただの業火ではない、青い鬼火だ。通常よりもはるかに高い温度の炎が、鉄砲水を根元から蒸発させて珊瑚の体を包んだ。
「うああああ……!」
気を失って地面に倒れる珊瑚。雛臥はそれを見て、自分の勝利を理解する。
「やったぞ!」
炎が水に勝った瞬間であった。
「まあそんなに気を落とすことはないですぜ。そもそも私はこの大会に出場すらできてないんですから」
負けた氷月兄弟と彩羽姉妹を、窓香は慰めた。
「あなたの言う通りだ。いつまでもうじうじしていたら、成長できない」
「そうだね」
脱落したのは悔しいことだ。でも真剣勝負の結果なので潔く受け入れる。
「絵美、刹那、骸、雛臥…! 私たちの分まで、この大会を頑張ってくれ!」
「わかってるわ!」
勝負とは心と心のぶつかり合いだ。ほんのわずかな時間だが、相手のことがわかる瞬間。
絵美たちは氷月兄弟と彩羽姉妹の思いを受け取り、次のチェックポイントを目指す。
珊瑚に睨まれた雛臥は、彼女と戦うことを察知。
「そうだね」
相手の声からは、どこか余裕を感じる。
(きっと、自分の霊障に自信があるんだ。今までにそれを使って、他の参加者を落としているに違いない。気をつけないと僕もやられるかもしれない!)
でも一向に、珊瑚は仕掛けて来ない。待ちの姿勢を貫いているのだ。
「なら僕から行かせてもらう!」
雛臥は火球を指先に生み出すと、それを珊瑚目掛けて投げた。
「やっぱり、鬼火! だから君を相手に選んだ!」
待ってましたと言わんばかりに珊瑚の手のひらから鉄砲水が放たれ、火は消火された。
「相性は最悪だ……」
常識を考えればわかる。炎が水に勝てるだろうか? 百人に聞いても無理だと言われるだろう。
でも雛臥は知っている。その中で一人だけ、
「勝てるよ」
と答える人物を。緑祁である。彼は何度も常識を覆してきたし、それを見せてくれた。
(もしも緑祁だったら、相性だけで諦めたりはしないはずだ。その常識、破れ壊せ! そうしないと緑祁どころか、珊瑚にすら勝てないんだ)
そう思い自分をやる気にする。勝つつもりではなく、勝つのが当たり前という心構え。
「そおれ、鉄砲水!」
両手のひらをこちらに向け、消防車並みの放水をする珊瑚。これを雛臥は避けに避けて、
「あまり焦らせないでくれ! 勝負は始まったばかりだ。じっくりと戦おう!」
「そうだね」
珊瑚も頷き、放水をやめた。
「でもね。もう君は負けてるんだ」
「は、はい?」
思わず聞き返した。まだ、一発も直撃を受けてないのに勝利宣言されたからである。
ハッとなって周囲を見回した。地面が濡れている。水溜りができている。
「そうか、これが狙いだったのか!」
先ほどの大量の鉄砲水は、雛臥自身を狙ったものではなかった。周りを水浸しにするための、下準備だったのである。
(自分が生み出してない水は激流じゃないと操れない。が! 水溜りの水は、珊瑚が生成した水! 鉄砲水で十分に操作できてしまう!)
そして雛臥はその湿った場所の中心部にいる。これがいかにヤバい状況か、雛臥じゃなくても理解できる。
「さあ、終わりだね!」
パッと珊瑚が手を挙げると、周りの水が上に動いた。
「いいや! まだ終わらない!」
瞬時に自分の体を業火の炎で包む。
(ほんの少しでいい! 服が濡れなければそれでいい! 水を蒸発させてしまえば、防げる!)
業火故に自分の炎で熱さは感じないし火傷もしない。包み込んだ炎は十分に役割を演じてくれ、何とか濡れずに珊瑚の攻撃をかわせた。
「やるじゃん、意外だね。もっとササっと倒せると思ってたから」
「当たり前だ。こんなところで負けないよ僕は」
雛臥は思い出した。自分の名前の由来を。臥竜鳳雛という言葉がある。優れた才能を秘めてはいるが、まだ知られていない大物の例えだ。
(ここで負けたら、僕は生んでくれた両親の期待に応えられない! もっと上を目指す! そのためにもこの炎と水の勝負、負けられないんだ!)
自分に才能があるかどうかは、正直判断しにくい。主観が入ってしまうためである。でも、大物になれているかどうかと聞かれれば、答えはノー。今の彼はまだ、その辺にいそうな霊能力者でしかない。
ではどうやればいい? その方法はこの霊能力者大会で結果を残すことだ。
「もっと水力を上げる。それでどう?」
まだまだ上があることを知らせる発言を、ワザと珊瑚はした。少しでも精神状態で上を行きたいのだ。でも、
「やれるもんなら、やってみなよ?」
その挑発にあえて乗る雛臥。逆にイラつく珊瑚。
「そう? じゃ、いくよ?」
拳を握りしめ、開く。その動作だけで大量の水が生じ、彼女の上に現れた。
「これほどとは……」
頭上に川が出現したかと思えるほどだ。
「よし、行くよ!」
「おっと、それはまだだ。君が見せてくれたんだ、僕も見せなきゃ失礼だ」
「何を?」
指で輪っかを作り、そこに息を吹きかける。それだけで炎の塊が四個ほど生み出された。どれも軽自動車ぐらいの大きさである。
「僕もやる、のさ! さあどうだ? この業火の炎塊、君の水で消火できるかな?」
「そう言うなら、してみせなきゃ無礼じゃない?」
水が滝のように上から下に流れた。それは炎塊を飲み込み火を消した。
「どう? 大した事ないみたいだよ?」
「そうかな? ちゃんと見てみたら?」
「何を負け惜しみしちゃって……」
しかし雛臥の言う通りだ。
「え? 何で…?」
まだ燃え残っている炎塊があるのだ。確かに珊瑚は全てが水をかぶるように流した。
「君の水は何度だろう? 十度? 二十度? それくらいだろう? でも僕の業火は軽く千度を超える! 消し切れないのさ、水が少なすぎて!」
蒸発する分を考えると、あの二倍の量の水が必須だったはずだ。
「なるほど…。でもまだ、勝負は見えないよ?」
危機感を抱いた珊瑚は後ろに飛んだ。距離を取って仕切り直すつもりだ。
(いい判断だ)
直後に雛臥の炎塊が動き、珊瑚がさっきまで立っていた場所を焦がした。
(彼の炎は面倒……。全部消すのに結構な水が必要になってくるから…)
なら一番手っ取り早いのは、雛臥自身を水浸しにしてしまうこと。そうすれば火の気を出すことすらできなくなる。でもそれは当然、彼も警戒しているだろう。だから実際には難しい。
(でも勝つには、避けては通れない。私が勝つのなら、雛臥をびしょ濡れにしないと駄目。それ以外では逃げられるし、少し濡れた程度では自分の炎で乾燥させることもできそう)
あれこれ色々考えるが、最終的には鉄砲水を着弾させることに着地する。
対する雛臥も、
(一瞬でも炎で包んでしまえば、僕の勝ちだ。水を出せない状況にしてしまえば、降参するしか道はなくなる!)
同じようなことを考えている。
このままだとジリ貧になりそうだと感じた雛臥は、勝負をしかける。一旦動きを止めて、
「珊瑚、もうこの戦いを終わらせようじゃないか! 勝負だ!」
叫ぶ。それに、
「そうだね。このまま続けてもいたちごっこ、これじゃあ埒が明かない。だったら!」
珊瑚も応じて足を止めた。
二人は向き合った。まるで西部劇の決闘のようだ。今は手もブランと下げているが、どちらか動かすのが早い方が勝つ。撃ち合いなら、炎よりも水の方が有利と感じたから、この誘いに珊瑚は乗ったのである。
二、三秒経った。
(勝つのは私だ!)
先に動いたのは珊瑚の方だ。目にもとまらぬ速さで腕を動かし指先から鉄砲水をありったけ放水する。
(決めに来たか!)
負けじと雛臥も業火を繰り出した。
ぶつかり合う炎と水。最初、珊瑚の鉄砲水の方が押していた。
(いける、勝てる!)
だが、徐々に押し返される。目でも見えるし、それが感覚でも伝わる。
「な、何で……?」
この時雛臥が使っていたのはただの業火ではない、青い鬼火だ。通常よりもはるかに高い温度の炎が、鉄砲水を根元から蒸発させて珊瑚の体を包んだ。
「うああああ……!」
気を失って地面に倒れる珊瑚。雛臥はそれを見て、自分の勝利を理解する。
「やったぞ!」
炎が水に勝った瞬間であった。
「まあそんなに気を落とすことはないですぜ。そもそも私はこの大会に出場すらできてないんですから」
負けた氷月兄弟と彩羽姉妹を、窓香は慰めた。
「あなたの言う通りだ。いつまでもうじうじしていたら、成長できない」
「そうだね」
脱落したのは悔しいことだ。でも真剣勝負の結果なので潔く受け入れる。
「絵美、刹那、骸、雛臥…! 私たちの分まで、この大会を頑張ってくれ!」
「わかってるわ!」
勝負とは心と心のぶつかり合いだ。ほんのわずかな時間だが、相手のことがわかる瞬間。
絵美たちは氷月兄弟と彩羽姉妹の思いを受け取り、次のチェックポイントを目指す。