第8話 許したい その1

文字数 3,270文字

 紫電が秀一郎に勝利したことは、辻神の耳にも入って来た。それはつまり、【神代】で情報が共有されたということだ。

「孤児院は何と言っている?」
「拒む理由がない、と。例え子供が霊能力者になろうが、大切な仲間だ。受け入れる。そのつもりらしい」

 これで、彼ら……寛輔や結、秀一郎には帰ることのできる場所を確保できた。
 問題なのは、洋次である。まだ姿を見せていない彼は、どこに潜んでいるのか、どこを攻撃するつもりなのかが、一切不明だ。

「洋次は? アイツは春から東京の方の孤児院に移ると聞いていたが?」
「そっちの方はもう確認が取れた。福島同様、受け入れるって」
「そうか……」

 しかし【神代】が、罰を与えると思う。それが精神病棟送りだったら、孤児院が何を言っても意味がない。辻神の心配はそこだけだ。

「緑祁の方はどうなんだ?」

 気になって、香恵に電話する。

「もしもし、私だ。辻神だ」
「辻神? そっちは大丈夫? 紬と絣が実は一人で、結という女の子だったって聞いたわ」
「苦戦はしたが、同時に勝利もした」
「なら、良かったわ」
「そっちの方はどうなんだ? 今、おまえと緑祁はどこにいる?」
「銅鐸寺よ。でも、外れだったわ……」


 緑祁と香恵は、この銅鐸寺に夕方ごろ到着した。ここに来た目的は、豊雲や剣増を匿っているのではないかという疑惑があったためだ。しかし移動中に寛輔、結が保護されて尋問も行われ、おまけに皇の四つ子と処刑人たちがその情報を基に本拠地も暴き出してしまった。
 念のために確認に来たが、銅鐸寺が運営する会員用ページはただの懺悔サイトで、そういう理由があって一般に公開されていないだけだったのだ。それは骸と雛臥に行ってもらった銅鏡寺でも同じである。

「個人情報は伏せるけど、見てみますか?」

 寺院の僧侶や住職に理由を教えて見せてもらったが、そのページにはどこにも豊雲や剣増の名前がなかったのだ。

「疑って、ごめんなさい……。早計でした……」

 頭を何度も下げて謝る二人。

「いいさ。人間は誰でも間違える。それに今、【神代】では大変なことになっているんだろう? 今日はもう遅いし、ここで休んでいきなさい」
「お世話になってもいいんですか?」
「近くにホテルや民宿はないんだ。なのに放っておけるかい? でも、お酒はないし出せるのは精進料理だけだよ」
「ありがとうございます!」

 温かい心の僧侶の配慮で、緑祁と香恵はこの晩ここに泊まることに。

「紫電や辻神たちにも教えておかないと……。今日はこれ以上、僕たちは動けない」
「そうね。今からではもう無理だわ」

 銅鐸寺にいることを、【神代】のデータベースにアップ。数分後には、確認してくれたようでメッセージが送られてくる。

「これで良し! ご飯の時間はいつ頃だっけ?」
「あと一時間くらいじゃないかしら? お風呂はその後ね」

 客間に案内された二人。
 そこで緑祁が、香恵に切り出した。

「香恵、そっちは洋次に対してどう思ってる?」
「どういうこと?」
「恨んでいる? やっぱり憎い? 怒って当然だよね……」

 香恵のことを誘拐し、少し拷問もした洋次だ。香恵に怒りの感情が、ない方がおかしい。

「正直、もうどうでもいいわ……」

 だが香恵は、それほど恨んではいない様子だ。誘拐されて精神がちょっと蝕まれ、寂しさが心に残った。でもそれは、緑祁と一緒にいればすぐに埋められる。彼女としては、洋次のことはもう気にしていないのだ。

「謝って欲しい感覚はあるけど、あの性格じゃ無理そうね。なら、もう意に介さないのが一番だわ」

 やせ我慢ではない。事実、香恵は誘拐され虫をけしかけられたが、洋次に指一本触れられていない。みだらな行為やわいせつな暴行も受けていない。体は傷ついてないのだ。

「なら、これを言えるよ……」

 それを確認してから、緑祁が重い口を開いた。

「僕は、彼を……洋次を許したいんだ」

 香恵のことを誘拐し廃屋に幽閉した。さらに自分と辻神に危害を加えた。
 でも、緑祁はそんな洋次のことを許したいと言う。

「私もそれがいいと思うわ」

 香恵も反対しない。被害自体があまり大きくなかったし、もう解決したことだ。それにいつまでも縛られたくないのである。
 洋次のことを許す。普通では考えられない発想。香恵に直接手を加えて怪我を負わせておらず、そして緑祁特有の優しさがあってこそ、実現できる。

「あとは、豊雲と剣増だね。正夫の時は、僕の声が届かなかった。あの場では辻神の方が正しいよ。でも今度は! 洋次たちだけじゃなく、豊雲や剣増のことも許したい!」

 きっと、緑祁の頭の中であの一件がちらついているのだろう。
 天王寺修練。緑祁が思いやる前に処罰が決まってしまった相手だ。修練の手下の霊能力者も、彼と一緒に精神病棟に送られてしまった。

「間違いは正せる! 罪は償える! それは辻神たちが証明してくれているんだ! だから彼らも、必ず救える!」

 だから、この裏で渦巻く陰謀を止めたら、彼らを包む闇の中から救い出したい。

「立派ね、緑祁は」

 香恵は思った。正夫は偽りの優しさと言ったが、違う。緑祁の思いやりは本物だ。だからこそ、彼女もその志しに文句はない。上手くいくように全力でサポートするのだ。

「とにかく今日は、休息しましょう。明日に疲れを残すのは、駄目だわ」
「そうだね。まず夕飯を待とうか」

 二人は客間で、夕食の時間までテレビを見ながら休むことにする。


(こんな愚か者に、わたしは負けたというのか……)

 洋次は怒りに満ち溢れている。豊雲から教えてもらったパスコードを使ってとあるウェブページを開いた。それは霊能力者ネットワークだ。生年月日や住所、電話番号やメールアドレスがダダ洩れな連絡網である。流石に正式に登録がなされていない洋次の名前はどこにもない。
 問題は、それと一緒に閲覧できるデータベースにある。緑祁と香恵が、郡山市の銅鐸寺に行ったことが書き込まれていた。

(自分の行く場所を、こんな大勢が見ることのできるところに書き残すとはな……。馬鹿が過ぎる)

 現状を理解していないと、洋次は考える。緑祁は自分が狙われていることに気づいていない……または、そんなこと夢にも考えていないのだろう。全て、終わったと思っている証拠だ。

(ここからなら、八時頃には着くか……)

 寛輔や結、秀一郎と違い、洋次は最初から攻撃する場所を決めていなかった。情報を集め、緑祁がどこに来るのかを調べ、そこに攻め込むつもりである。
 理由は簡単で、復讐だ。優秀な自分が、劣等生である緑祁に負ける。そんなこと、あってはならないのである。味わった屈辱は山よりも高く海よりも深い。

(必ず仕留める! 覚悟していろ、緑祁!)

 洋次は反省を怠らない。以前の敗因は、奢りだ。霊能力者になったことで感情が高ぶり、自分が強いと錯覚してしまった。実際には緑祁の方が幾分か腕がいい。理由は、霊能力者としての経験が彼の方が多いからである。何せ洋次は最近目覚めたばかりなのだから。
 しかし、その経験値の差を埋める手段はちゃんと用意した。それが彼の持っている提灯に封じられている、業陰(ごういん)だ。プテラノドンの姿をしたこの幽霊は、人を乗せて羽ばたくことができる。

(空中戦に持ち込む! それで緑祁を叩く!)

 不慣れであろう場所での戦いなら、五分五分になるはずだ。いや少なくとも洋次の方に分があるかもしれない。というのも彼は鍾乳洞から出た後、情報がまとまるまで何度も練習をした。もう、飛ぶ業陰の上で逆立ちだってできる。

(行くか……!)

 提灯を破壊し、業陰を召喚する。

「ギギャアアアアオオオオオアアア!」

 その背中に跨って、

「目的地は……銅鐸寺だ!」

 夜空を羽ばたき移動する。方向さえわかっていれば、地図はいらない。それに銅鐸寺には一度行ったことがあるので、迷うことすらない。夜空を灯りなしに進む洋次と業陰を、補足できる者は誰もいない。

(到着したか!)

 やはり八時頃になった。業陰はそのまま銅鐸寺の上空を旋回し、洋次が霊障で攻撃を下すのだ。

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