第5話 討伐の難易度 その3

文字数 3,694文字

 だが、

「ば、馬鹿な……?」

 偽緑祁の姿は、そこにあった。

「傷一つ負っていない、だと? そんなことはあり得ない! あなたは逃げることも、防ぐこともできなかったはず! それに、ちゃんと手応えがあった!」

 平然としているその姿に恐怖を覚える二人。

「確かに、今のは僕もヤバいと思ったよ。でも、防御する方法を思いついたんだ」

 悪魔の閃きが、偽緑祁を味方したのである。
 白夜は氷柱を生み出すのに夢中で気が付かなかったのだが、偽緑祁は指先から鉄砲水を繰り出していた。それも白夜や極夜に向けてではなく、自分の足元の雪の結晶に。結晶にかけられた水は瞬く間もなく凍りつき、結晶が成長したのだ。そうして育てた結晶が、氷柱をガードしたのである。

「何でも貫くのは、嘘じゃないみたいだね。結晶を粉微塵にしてみせた。でも何でも防ぐ結晶の頑丈さも、伊達じゃない。氷柱を粉々にして、僕を襲わせなかった!」

 氷月兄弟の互いの霊障が、互いを邪魔してしまったのである。

「くっ……!」

 これでは、もう一度乱れ撃ちをしても防がれる。では結晶を解除するか? それはできない。せっかく殺した機動力を返上することになるからだ。

「今度は、僕の方からいかせてもらうよ?」

 目がギラリと光った気がした。

「させない!」

 白夜が氷柱を生み出した。今度は真っ直ぐ飛ばさない。頭上だ。

(上から落とせば、結晶による防御は間に合わないはず!)

 放物線を描くように、射出した。

「どこを狙っているんだい? 僕はこっちだよ?」

 幸い、偽緑祁は白夜の魂胆に気づいていない。

(もしくは、あえてわかっていないフリをしているのか! 彼は中々策士だ……。一瞬の油断が命取りになり得る!)

 偽緑祁はまず足の自由を取り戻すために、鬼火を出し結晶をあぶった。炎の攻撃を防ぐことはできても、熱を遮断することは完全にはできず、みるみるうちに溶けていく。

「えい!」

 拳で殴れば、ヒビが入る程度には脆くなってしまった。

「そう上手くいかせるものか!」

 極夜が前に出た。溶かされる結晶を直すのだ。

「や、やめろ! 弟者!」

 だが、白夜の忠告は間に合わなかった。
 偽緑祁の頭の上目掛けて落ちる氷柱が、突如軌道を変えたのだ。それらは全て、動き出した極夜を狙っている。

(旋風か! やはり私の狙いがバレていた!)

 既に偽緑祁の頭上には、旋風が渦巻いていたのだ。軽い氷柱はその風圧に耐えられず、向きを強引に変更させられたのである。

「何の!」

 それに極夜が反応する。一瞬で目の前に結晶を何枚も生み出し、氷柱を全て防いでみせる。この時、防御のために自然と足が止まった。
 その一瞬を、偽緑祁は見逃さない。

「今だね」

 足を掴む結晶を割って自由を手に入れ、今度こそ大きくジャンプした。

「これで終い、だよ!」

 上から極夜を狙うのだ。

「動きは読めている! それも防がせてもらうぞ!」

 極夜は自分の真上に結晶を出現させる。上からどんな攻撃が襲ってこようが、これなら直接彼を叩くことはない。

「そう。僕は直接そっちを攻撃できないだろうね。でも墓穴を掘ったのはどっちかな?」
「何い?」

 偽緑祁は両手から、膨大な量の鉄砲水を放った。当然それらは結晶に防がれるが、結晶の低温度にぶつかって氷に変わる。

「お、重い? こんなに重くなるはずは……?」

 結晶のせいで真上が見えていない極夜には、どうしていつも以上の重さが発生しているのかはわからない。だが側で見ている白夜には理解できる。

「結晶を逆に利用する、だと……!」

 重量を加え、押し潰そうという作戦なのだ。

「弟者! 今助けるぞ!」

 わかったからには、黙って見ているわけにはいかない。氷柱を生み出し、偽緑祁を攻撃する。

「おっと」

 だが、偽緑祁は旋風で生じた小さな竜巻の中心部に位置している。そのため風が壁になり、氷柱が届かない。

「ならば!」

 ここは直接攻撃だ。右と左の手に一本ずつ氷柱を握り、白夜は駆けた。

「弟者に危害を加えるのなら、これで切り裂いてくれる!」

 飛びかかって氷柱で切り付ける。風を切り裂ければ、偽緑祁のことを直接叩くことができる。そう思っての行動だった。
 しかし、直後に思い知らされることになる。

「そうくると思ったよ。だから待っていたんだ」
「何を言う……?」

 まるで白夜の動作を見切ったかのような発言だ。そして実際に、動きが読まれている。
 なんと偽緑祁は、足元の結晶を蹴りさらに上に飛んだ。それで白夜の一撃を避けたのだ。

「逃げた……?」

 両手から鉄砲水を放つことも忘れない。ただ、手から放たれる水には全く威力がなく、白夜の体を濡らしながら通過していくだけだった。

「それで逃げたつもりとは、お笑いだ! すぐにその口をはいでや……。み、水? まさか!」

 何故、鉄砲水の威力がまるでないのか。それはこの放水で白夜のことを倒すことは考えられていないため。
 白夜は下を向いた。既に腰のあたりまで、結晶が固まってしまっている。

「動け、ない……?」

 これが、偽緑祁の考えついた対処法なのだ。結晶の頑丈さは、身をもって味わっている。だからこそ、二人を拘束するにはそれが一番だ。

「お、弟者! 結晶を解除し……。いいや、駄目だ……!」

 結晶さえなくなれば、この後の行動に支障が出ることはないと普通は考える。現に白夜もその旨の発言をした。が、気づく。

(今結晶がなくなったら……。緑祁の霊障から身を守る術がない!)

 だが、その思いは重さに焦っている極夜には届かなかった。彼は自分の霊障を解いてしまったのだ。

「あ、兄者?」

 いきなり白夜が上から降って来たので、極夜は彼の体をキャッチした。

「それよりも、緑祁のことを……」

 上を見る。けれどもその姿がない。

(逃げられた? いやそれは考えられない。どこかに身を潜めているんだ!)

 二人はキョロキョロするが、一向に見つかる気配がしない。

「どこに消えたのだ?」
「わからん!」

 その返答の直後、横から現れた鬼火が二人を飲み込んだ。

「な、なにいい! どうしていきなり?」
「み、見えなかった? そんなおかしなことがあるはずが……!」

 いや、あるのだ。この鬼火は、偽緑祁が直接放ったものではない。彼は物陰に隠れており、様子を伺っている。二人が燃え死ぬ様を見ているのだ。
 極夜が下を向いた時、その存在に気付いた。
 札だ。一枚の札が、鬼火を吐き出しているのだ。

(いつの間に、札を仕掛けた? い、いや! いつでもできたのか?)

 思えばそれをする暇は、十分にあった。特に二人の目を盗める瞬間……白夜の乱れ撃ちの際に、結晶に隠れて地面に置いたのだ。だから偽緑祁は、その存在に気づかせないためにも上から攻撃を仕掛けたのである。

「うううぐううぐうう! お、弟者! 結晶は……?」
「だ、駄目だ兄者……! この熱さ、炎の中では作れない……」

 二人は完全に終わった。抜け出せないことを見て偽緑祁は、静かに笑う。
 しかしその直後、どこからもなく稲妻が鬼火に当たり、炎をかき消した。

「もう見てられん……」

 緋寒だ。流石にここまでされては黙っていられない。手と手をこすり合わせて生じた静電気を利用し、電霊放を放った。彼女にでも電気の霊障を扱うことはできるので、それで火を中和し、無力化する。

「ひ、緋寒! あなたも加わってくれるのか?」
「いいや駄目じゃ。んむむ、今はもう逃げるぞ」
「何だって?」
「黙っておれ!」

 このまま続けても氷月兄弟では、もう勝てない。緋寒はそう判断し、そして偽緑祁が隠れている今の内に撤退することに決めたのだ。偽緑祁がどこに潜んでいるかはわからないが、近くにいて姿を現しているよりはマシだ。それに突然の緋寒の登場に、少なからず驚いているはず。その隙をつく。二人の腕を掴んで緋寒は走る。

「……無念だ、兄者」
「弟者、私もそう思う。重之助さんになんて顔をすればいいのか……」

 マイナスなことを呟く氷月兄弟に緋寒は、

「命の方が任務よりか大切じゃ。生命を優先して何が悪い?」

 そのネガティブさを否定する。
 緋寒の狙い通り、彼女の唐突な登場に偽緑祁は驚いていた。一瞬の出来事だったので、

「あ、逃げちゃった……」

 唖然とすることしかできなかったぐらいだ。

「でもこれで邪魔者は消えたね」

 だが、すぐに思い直す。今日の偽緑祁の目的はそもそも、氷月兄弟ではない。外人墓地の破壊だ。
 邪魔する人がいなくなったので、偽緑祁は霊障を操ってそれを容赦なく石クズに変えた。


「……そうか」

 ホテルに駆け込んだ三人は、ことの経緯を説明した。氷月兄弟は地面に手と額をつけ、何度も何度も謝った。

「顔を上げてくれ。守れなかったのは確かに悔しいが、君たちの命が無事で何よりだ」

 逃げたことは咎めない。寧ろ二人は任務のために最善を尽くしてくれた。

(おそらく、氷月兄弟でなくても負けていただろう。緑祁はあの修練を追い詰めた人物なのだ、一般的な霊能力者で勝てなくて当然のことか……)

 ただ、次に派遣すべき人材に困るだけだ。

(予想以上に、この討伐は難しい……。一度、【神代】の上に相談してみるか? それとも……)
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