第7話 稲光の理 その1

文字数 5,638文字

「もう、夕方かよ……」

 紫電はため息を吐いた。移動に手間取り結構な時間がかかってしまったのだ。これだから陸路は嫌いなのである。

「その、時間がかかるところが旅っぽくていいんだよ」

 しかし雪女は満足気な表情。

「んで、目的の孤児院ってのは……」

 行方不明者を四人も出した、件の孤児院。地図で場所を確認すると、この郡山駅から少し離れている。今から出発しても、到着は夕方だろう。

「紫電、任務を確認しておこうよ」
「そうだな」

 実は紫電と雪女、最初に与えられていた指示と今下っている命令の内容が変わっている。それは状況が変化したからだ。当初孤児院に向かう理由は、行方不明になった洋次たち個人の所有物の調査である。そこから雲隠れしている場所の情報があるかもしれないので、押収せよという内容だった。
 しかし、今はもう寛輔と結が【神代】に保護されているのだ。二人から本拠地の場所を既に聞き出したので、探る必要がなくなった。だから紫電と雪女には、

「孤児院に聞いて欲しい。霊能力者となった寛輔たちがここに戻ってもいいのか。戻っても孤児院の仲間たちと一緒にやっていけるか、その環境が整っているか。孤児院は受け入れてくれるか」

 電話でやり取りしてもいいのだが、【神代】は霊能力者である紫電たちの目で実際に見て、それで判断し意見も欲しいと言った。ちなみにその会議が終わった後には、秀一郎と洋次の捜索任務が控えている。

「虎村神社に代わった本拠地の場所も、もう皇の四つ子と処刑人が突き止めたらしいじゃねえか。俺たちの仕事、もしかしてもうない?」
「それはいいことなのか悪いことなのか……。判断に悩むね……」
「思いっ切り悪いことだろうが! 不本意な陸路を進んだのに、報酬が減らされるんだぞ!」
「そんな文句いらない程度には、紫電の家は金持ちじゃん」
「タダ働きは嫌だって、言ってるんだ!」

 駅前でレンタカーを借り、乗り込む。免許は紫電が持っているので運転席に座るのも彼だ。雪女は助手席に座って、紫電のハンドル捌きを黙って見ていた。
 やはり到着は夕方になってしまった。雪女が孤児院に連絡を入れると、夕食を用意してくれると言われたので、孤児院で子供たちと混ざって食べることに。

「ふう。着いたぞ!」
「結構大きいね。私が育った集落の学校程度かな? あそこは過疎ってたけど、こっちは賑やか」
「さ、早速お邪魔しよう」

 紫電と雪女は、孤児院の門をくぐろうとした。その時だ。何と門の側に植えられていた松の木が動き、行く手を塞いだのである。

「何だ?」

 朽ちて倒れたというよりは動いて道を遮った感覚である。

「紫電、これって……」
「霊障だ。木霊か木綿……!」

 それはつまり、誰かが近くにいて二人を排除しようと霊障を使ったということである。

「誰だ!」

 振り返りながらダウジングロッドを構えた。その先端の延長に人影がある。

「あんたは確か、小岩井紫電とか言ったか? 金持ちのボンボンだ。隣のは稲屋雪女! 二人とも、緑祁の仲間!」

 それは、秀一郎だ。

「戻って来たのか、秀一郎? 何しに来た?」
「戻る? はは、馬鹿言うなよ!」

 彼は紫電の発言を笑った。

「じゃあ、何だって言うんだ?」
「オレはな、潰しに来たのさ!」
「それは、俺たちを相手するって意味だろう?」
「違う違う! オレが潰したいと思っているのは……この、孤児院そのものだ!」

 この発言に、驚く紫電と雪女。それは当たり前で、

「そんな馬鹿なこと言うの? ここはきみの帰る家なのに?」
「おいおいおい、『月見の会』を見捨てたあんたがそんなこと言える口かよ?」

 秀一郎は言う。

「オレはな、前からこの孤児院が気に食わなかったのさ! 親に見捨てられた社会のごみ溜め! こんな場所が、オレの帰るべき家だと、ふざけるな!」

 きっと、ずっと不満に思っていたに違いない。自分の出生からして特殊で、偏見を向ける人も少なくなかったのだから。そんな冷たい視線に対し、孤児院では気にしないというスタンスを貫いていた。まるで愚痴られても反撃できずに黙り込むかのように。悪口を言われても身内で慰め合うだけだ。
 その、孤児院の態度が気に入らないのである。

「それに【神代】からしてもだ、孤児院を攻撃されるのはマズいんじゃないのかよ?」
「それがお前…いいやお前たちの目的か!」

 情報から判断するに、そういう作戦なのだろう。寛輔が郡山駅を塞いで霊能力者が市内に入り込むのを防ぐ。結が予備校を攻撃する。そして秀一郎が孤児院を襲撃するのだ。

「となると、残る洋次は神社か寺院を攻撃対象にしているって感じだな?」
「察しがいいじゃんかよ」
「全ては【神代】にダメージを与えるため、か……。馬鹿が、【神代】を敵に回したらどうなるか、何も想像できないのか? 蛇田正夫がどうなったのか、知らないわけではねえだろうに…」
「オレに説教するな!」

 怒り出す秀一郎。その態度を見て紫電は、強引であっても無理矢理彼を倒して捕まえるしかないと判断。

「大人しくしておけばいいものを……。もう、容赦はしねえぞ!」
「望むところだ! あんた程度の人間に、オレは負けない! 前に辻神のクズにやられたのは、何かの間違いだ! 今度こそオレの強さを証明してやる!」


(辻神の報告が正しければ、秀一郎の霊障は四つ! 鬼火、鉄砲水、木綿、毒厄だ。当時は霊障合体を用いてなかったらしいが、寛輔や結は使っていた! だからコイツも習得済みである可能性が高い!)

 だとしたら一番警戒すべきは、毒厄。何かしらの病気を発現させられたら、マズい。

(ま、近づかないで戦うのは俺にとっては好都合だぜ!)

 紫電は右手でダウジングロッドを構え、秀一郎に向ける。

「くらえ、電霊放!」

 その先端が、瞬いた。稲妻が生み出され、発射される。

「……電霊放か!」

 しかしこの動きに反応できない秀一郎ではない。

(電霊放は鬼火に干渉し、中和して、無効化してしまう! アイツには鬼火では攻めない方がいいな。だとしたら、これだ!)

 今度は秀一郎の番だ。

「鉄砲水!」

 指先から、放水した。勢いよく放たれた水は真っ直ぐ紫電に向かうが、

「甘いよ?」

 雪女が前に出て、雪の結晶でガードする。電霊放は秀一郎に当たり、わずかだが痺れた。

「何、この女も霊能力者なのか! チッ! 面倒なことを!」

 状況は二対一。これを紫電も雪女も、卑怯とは思わない。人数で勝っているので、そのアドバンテージを活かすのは当たり前のこと。

「不用意に近づくな、雪女! アイツに触られると、毒厄を流し込まれるぞ!」
「なら、遠距離から雪の氷柱を」

 指と指の間に細い氷柱を生み出して挟み、腕を交差させて構える。そして振り下ろすと同時に、秀一郎目掛けて放つ。

「く、来る!」

 焦る秀一郎。鬼火を使えば氷は溶けるとは思う。しかし、電霊放の使い手である紫電が鬼火を許すとは思えない。

(でも今のオレには、霊障合体がある!)

 前に辻神と戦った時とは違う。

「霊障合体・水蒸気爆発!」
「な、何っ!」

 彼が選んだのは、鬼火と鉄砲水の合わせ技だ。これなら、起こした火は水とすぐに混ぜてしまうので電霊放に邪魔されないし、爆風で飛んで来る氷柱も弾き返せる。

「緑祁と同じ霊障合体を、使った!」

 少し衝撃を受ける紫電。しかし雪女は、

「何もおかしなことはないよ、紫電。霊障合体は、条件となる霊障を扱えるのなら、文句なく使用できるんだから」
「わかってる。でも……」

 ライバルの力を利用されたと、彼は感じているのだ。それはちょっと屈辱的だ。

「どうした紫電とかいうヤツ? オレを前にして、もう威勢がなくなっちまったのかよ?」
「じゃあ見せてやろうか?」

 紫電には、他の霊障がない。だから霊障合体もない。そして霊障発展自体が、電霊放にはない。しかも紫電は、電霊放を曲げることも、拡散電霊放を放つこともできない。
 だが彼はわかっている。

(俺に与えられたのは、電霊放ただ一つ! しかし極めれば、それは他の物をはるかに凌駕する!)

 自分の電霊放がいかに強力なものか、を。

「オレが今か……」

 秀一郎が動こうとした時だ。一歩踏み出したらその足に、痺れが。

「ら……。ぐ、ぐわ? 撃たれた、のか!」

 速い。隣にいる雪女ですら、発射がわからなかったくらいだ。しかもさっきまで何も持っていなかった左手から、電霊放を撃っている。

「こ、コイツ……! 速い!」

 すかさず反撃を試みる秀一郎。手を挙げると、その腕に電霊放を叩き込まれる。

「くぅわああ!」

 狙いも正確だ。辻神の時とは違う。

(だ、だが! 電霊放しか使えないんじゃ雑魚同然だぜ! オレが負けるわけがない!)

 それでも彼は、自分が勝つ道を考えた。

(まずはあの、雪女とかいう女をどうにか! 雪を操るアイツも厄介だが、毒厄を使えば!)

 致命傷を与えられなくても、発病させて動けなくさせることができる毒厄。それを雪女に流し込むのだ。

「くらいな、酸化炎!」

 鬼火と毒厄の合体だ。炎色反応を示しながら燃える鬼火が雪女に迫るが、

「それは通じないぜ?」

 紫電が酸化炎に電霊放を撃ち込み、消した。

「馬鹿め! それは囮だ!」

 秀一郎もすぐに消されると予想していた。だから本命は違う霊障合体。その正体は上に放り投げられた、植物の種。

「木綿?」

 構える雪女。すると落ちる前にその種が急成長し、根や茎を伸ばして花まで咲かせる。

「後ろに下がれ雪女!」
「でも紫電、こんなの雪で……」

 氷柱を使えばバラバラにできる。だが紫電は、

「いいから!」

 再度忠告する。雪女もそれに従い、後方にジャンプ。すると地面に落ちた途端に、近くの雑草が枯れた。

「毒厄入り……」
「やはりな。毒草だったか!」

 これをバラしてかわしたと思ったら、毒厄を含んだ植物の樹液や残骸に曝されやられていたところだった。

「危ないね、こんなことするなんて……。お仕置きしないといけない」

 自分が狙われたことで、闘志が湧きだす雪女。彼女は大きな氷柱を生み出し握ると、

「紫電、私が前に出る。援護して」
「わかった。毒厄には気をつけろ!」

 前に出た。鋭利な氷柱で秀一郎を攻撃するのだ。

「こ、この女にオレが負けるか!」

 彼は激昂し、雪女に掴みかかる。しかし避けられた上に、紫電が隙だらけの体に電霊放を撃ち込んだ。

「く、クソ!」

 痺れているところに、雪女の氷柱が襲い掛かる。腕が浅く切られた。服の袖が、ベロンと垂れる。

「くたばれ、この雑魚どもがああ!」

 ここで秀一郎が手のひらから繰り出したのは、汚染濁流である。

(この鉄砲水……多分毒厄が混ざってる)

 反射的にそれを悟った雪女は、雪の結晶で防いだ。毒厄が合わさっている汚染濁流であるので、一滴たりともこちら側へ侵入を許してはいけない。

(いいぞ、馬鹿丸出しだ! 前が見えてないだろう? この隙に……!)

 また、毒草を投げた。

「そう同じ手が何度も通じると思っているか! 青いな!」
「なっ?」

 その毒草は、成長する前に電霊放に撃ち抜かれてしまった。

「紫電…! この邪魔者が!」
「邪魔するぜ? 触らぬ毒に祟りなし!」

 これはマズいと感じた秀一郎。汚染濁流を終わらせ、後ろに下がる。すかさず雪女が追いかける。

(どっちを先に倒せばいいんだ? 雪女か! だが、後ろで紫電がサポートしてやがる! なら紫電……いや、雪女がそうなると邪魔だ!)

 少し混乱する秀一郎。しかし直後に彼は決断する。

(ならば……二人とも、同時に始末すればいい!)

 シンプルだが難しい。でも彼はやってみせる気である。まずは汚染濁流を試す。上に向けて鉄砲水を放てば、雨を降らせることができる。それが全て、汚染濁流ならかなりの効果があるはずだ。

「終わらせてやるぜ!」

 手を挙げ、その指先から汚染濁流を放った。秀一郎の頭上に解き放たれた水は数メートル上に行くとそれ以上は上がらず、下に落ちてくる。

「多分……」

 察する雪女。これにも毒厄が含まれている。だからとにかく後ろに下がらなければいけない。しかし、

「逆だよ……」

 今がかなりのチャンスだ。この時の秀一郎は隙だらけで、攻撃するには絶好の機会。

「はあっ」
「ぐぶ!」

 すれ違いざまに肩を切り裂いた。深い傷は作らなかったが、血が噴き出た。

「おのれ、雪女……!」

 汚染濁流が下に落ちてくる時、既に射程圏内に二人はいない。

(でも雪女のヤツを遠ざけることはできた!)

 前向きに考えると秀一郎は、さらに霊障合体を使う。

「これであんたらも終わりだ! 霊障合体・空善(くうぜん)絶護(ぜつご)!」
「何だそれは……?」

 名前だけでは全く……何と何を合わせたのか、何をするのかがわからない霊障合体。答えは鉄砲水と木綿の合わせ技であり、水を植物のようにうねらせることができるのだ。

「きゃあっ」

 それに雪女が巻き込まれた。植物のつるのように彼女の体を締め上げ持ち上げる。

「こんなことが、できるの……?」
「ゆ、雪女! 大丈夫か!」
「いいや、終わりさ! ここでこの女だけでも仕留める!」

 もっと力を入れれば、雪女の体を締め潰すことができるだろう。実際に秀一郎はそれを行おうとした。

「んん?」

 だが、何故か水に力が入っていかない。

「どういうことだ? オレの霊障合体なのに、どうして……?」
「私の霊障が、雪じゃなかったら……終わってた」

 その答えは雪女が握っている。彼女は雪の氷柱を、自分を縛る水に刺したのだ。そこから水が凍っていき、空善絶護の影響から外れていく。

「んなあああああ? オレの霊障合体が、通じてない、だと?」

 やがて完全に凍りつくと、雪女がちょっと力を加えただけで空善絶護は砕け散った。綺麗に着地する雪女。

「ビックリはした。でも、それだけ。その霊障合体には驚きがあったけど、そこまで脅威ではないね」
「く、こんな馬鹿な!」

 次の手を考えようとした秀一郎だったが、

「終わりだ、秀一郎!」

 紫電が撃った電霊放が、喉に直撃。

「じゅぱっ………!」

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