第3話 黒ずんだ緑 その4

文字数 2,542文字

「泥が……!」

 業火と突風の防御が間に合わなかったが、それほど問題ではない。今二人にかかったのは、ただの土でしかないのだ。緑祁が礫岩を使えていた場合は、まだ話は違ったのだが。今のはただの目晦ましでしかない。
 刹那が放った空気の刃が緑祁を襲った。

「うぐっ!」

 今度は右肩が切れた。血が流れ出るほどの傷だ。

「よし、いいぞ刹那! 緑祁は傷ついても回復できない! あのダメージは大きいはず!」
「馬鹿にしやがって……!」

 後ろに数歩下がる緑祁。距離を取って状況をリセットしようとしている。

「させぬ。我らは汝を逃がさぬ。友の心を、取り戻す――!」

 突風が吹けば、緑祁は否応なしに前に突き動かされる。

「一々ウザいヤツらだ……!」

 次は脚を狙う。脚を怪我させれば、もう動けないはずだ。

「刹那は右を、僕が左だ!」

 この近距離、絶対に当てられる。そう確信し霊障発展を使おうとしたその瞬間に、

「邪魔なんだよ! 僕と香恵を離れ離れにするヤツらは!」

 緑祁が叫んだ。同時に急に、地面が動く。

「な、何だ? 礫岩? いいや、緑祁はそれは持っていないはず!」
「地面……。地の底……。もしや――!」

 先ほどの土が舞い上がった水蒸気爆発は、無駄ではなかった。緑祁は地面に穴を掘っていたのだ。その穴の中で水蒸気爆発を行ったのである。当然、体積が一気に千七百倍になるので地面が吹き飛ぶ。

「うおおおおおおおお!」
「油断した――!」

 土の中の石や岩まで飛び出る。それこそ本物の火山が噴火したように。おまけに足場が吹き飛んだので、体も宙を舞う。

「霊障発展・突風――!」

 何とか刹那は自分と雛臥の体を突風で拾い、地面に着地する。

「助かった、刹那! 緑祁は?」
「……いない。どうやら逃げたようだ――」

 目の前にいたはずの緑祁の姿がない。逃げられてしまったようだ。血の跡も途中から消えている。無理矢理止血したのだろう。
 車が一台、仙台城跡に入って来た。

「大丈夫か、雛臥、刹那!」
「無事だけど……」

 絵美と骸が駆け付けたのだ。ただ、ほんのわずか遅かった。もうここに緑祁はいない。

「逃げたのね……。でも、刹那と雛臥が無事でよかったわ……」

 とりあえず、後追いはやめておく。町中で暴れ回られては大迷惑だ。

「でも、怪我は負わせた! 右肩と左手だ! それ以外にも、わかったことがあるんだ」

 一旦、ホテルに戻ることを雛臥は提案。周囲を確かめ緑祁が隠れていないことを確認すると、四人は車に乗り込んだ、運転する骸も、念のために色々な場所を回ってからホテルに向かう。


「どうだった?」
「逃げられてしまった……。ごめん、香恵……」
「俺と絵美は、間に合わなかったよ」

 四人は事情を香恵たちに説明。一番驚いたことは、緑祁の目的だ。

「わ、私を……。殺す、って? 本当にそんなことを緑祁が言っていたの?」
「そうなんだ。だから、会わせるわけにはいかないよ。多分香恵の顔を見たら、正気を取り戻す前に、手を下そうとすると思う……」
「そんな、緑祁……」

 香恵は落ち込んだ。緑祁と一緒にいて彼の気持ちを理解していると思っていたのに、自分の力では正気にさせられないのだから。

「今日はもう休もう。明日、また瑞鳳殿と仙台城跡に行こう。今度こそ捕まえる」

 ここで育未が、

「【神代】にはお伝えしましたか?」
「まだ、だよ。これは僕たちで解決したいんだ」

 そう返す雛臥。しかし【神代】は待ってくれない。

「先ほど、応援が送られてくることがわかりましたわ」

【神代】も岩苔大社を焼き払った犯人を野放しにはできない。それに雛臥たちの事情を一々聞き入れては、確保が遅くなってしまう。これは当然の通達だ。

「本当に? そこまでは知らなかった……」

 文句を言う気はない。さっき捕まえられなかった自分たちが悪いのだから。香恵の命が狙われていることも、ここで報告しなければならない。

「あと、香恵! これを渡しておくよ」

 雛臥は二枚の札を取り出した。

「これ……[ライトニング]と[ダークネス]の札じゃないのよ。どうしてこれが?」
「今の緑祁には、この式神を召喚することができなかった。困惑している隙に、取り上げたんだ。じゃないと今の緑祁じゃ、破きそうだったから……」
「[ライトニング]、[ダークネス]……」

 彼女たちの気持ちを香恵も理解する。緑祁に元に戻って欲しいのだ。今の黒ずんだ緑祁には、従いたくないのである。
 香恵はその二枚の札を大切に、胸ポケットにしまった。


「ぐううう!」

 一方の緑祁は、まだ仙台城跡にいた。地中で水蒸気爆発を使った後、どういうわけか雛臥たちが自分を見失って、後から来た車に乗り込んでどこかに行った。
 しかし傷が痛む。左手はまだヒリヒリするし、右肩からは血も流れている。

「アイツら、殺す! 僕にこんなことを! 許さない!」

 その緑祁のことを木陰で観察している二人組がいる。雉美と峰子だ。二人は蜃気楼を使って、緑祁の姿を雛臥たちに見えなくさせたのだ。

「今、緑祁が捕まるわけにはいかないだろう?」
「そうだね、姐さん! アイツにはもっと悪いことしてもらって、【神代】に裁いてもらわなきゃね!」
「だが、結構苦戦していたな。おい峰子、慰療で傷を治せ」
「え? でもそんなことしたら、ウチらの姿が……」
「応声虫で虫を生み出して、慰療を中継させるんだよ。確か霊障合体・絆創(ばんそう)翅類(しるい)って言ったか? それを使うんだ。大丈夫、九月ならカブトムシの一匹飛んでても何もおかしくない」
「わかったよ!」

 こっそりと霊障合体を使う。慰療を持たせた数匹の蚊を放ち、緑祁の体に触れる。

「ん?」

 傷が治っていく。左手の火傷が治り、右肩の傷も塞がった。

「何だ? これは?」

 この突然の不自然な出来事に緑祁は困惑を隠せない。だが、周りには自分以外誰もいない。だから勝手に、

「そうか! 天も神も言っているんだ! 僕に香恵を殺せって! そうすることで、香恵は僕だけのものになる! それが必然! この世界が求めることなんだ!」

 都合よく黒ずんだ解釈をした。そして立ち上がり、ここから去る。
 峰子はついでに毒蟲も使って、思考を暗い方向に誘導もしている。

「後ろをつけるぞ」
「はい!」

 当然、峰子が蜃気楼で姿を応声虫で音を誤魔化しながら後を追った。
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