第5話 二倍差 その1

文字数 4,663文字

「この林道を通れば見えてくるのが、三色神社らしい」

 富山の田舎道を、カーナビを頼りに進んでいるのは辻神のチームだ。大会はもう二週間が経った。今のところ、彼らの旅は順調である。

「でも辻神、何で三色神社を目指すの? もっと岐阜に近い場所はあったヨ?」
「前に耳にしたんだ。『月見の会』の慰霊碑が近くにあるらしい」

 それを言うと、山姫と彭侯は息を呑んだ。

「じゃあ…?」

 コクンと頷く辻神。この旅はいい機会だ、一度行ってみたかった場所に立ち寄ることができるのだから。

「もっとも。暇がなければ寄れないが……。私たちの目的は優勝じゃない。【神代】の霊能力者たちと戦って、己を磨くことだ」
「そうだったな。なら行こうぜ?」
「ぼくも賛成だワ」

 もう『月見の会』とは決別した彼らだが、その先祖たちの霊を弔うことはしたい。

「まずは先に三色神社に行って御朱印をもらって……」

 車を神社の近くに停め、降りる。もう日が暮れて百メートルすらもよく見えない。

(今日はこれ以上進むのは無理だな。天気予報によれば今夜は強い雨らしいし、ここで泊めてもらう)

 本殿に入ると、

「あっ」

 ここで辻神たちは、夏目聖閃のチームと遭遇した。自分たちと同じ三人のチームだ。

「何だ? 僕の顔に何かゴミでもついてるのか?」
「そっちから睨んできたんだろう?」
「やる気かよ、おいおいおい……」

 一触即発のこの空気。だが御朱印を入れている原崎叢雲は、

「今日はやめてくれ、もう暗いんだ。夕食を出すからドンパチするなら明日に」

 と言ってバトルを起こさせる気がない。しかし、

「ちょっとあんた、今私のこと見たでしょ! 何よ?」
「……見てないヨ? 被害妄想やめて」

 聖閃の仲間である奥川透子は、このピリピリした雰囲気に点火しようとしている。それもそのはずだ。辻神たちは優勝を狙ってはいないが、聖閃たちは違う。ライバルと遭遇したら、蹴落とすまでだ。

「君も表出ろ」
「やってやろうじゃねえかぁ! 言っとくがオレは女には負けねえぜ!」
「それはやってみないとわからないだろう?」

 透子の隣にいる霧ヶ峰琴乃も、やる気満々だ。煽られた彭侯も、エンジンをオンにして返答。

「もうすぐ橋姫が夕食を持って来るから、客間に案内する」

 しかしこの状態でも、叢雲は戦いを促さない。

「もうここまで来たら、やるしかない。僕はそう思うが、お前はどうだ?」
「私も同感だ。おまえたちが【神代】において、どれくらいの実力を持っているのか! 興味がある」

 チームのリーダーである辻神と聖閃がその気になってしまったので、六人は叢雲の言葉を無視して一旦暗くなった外に出る。

「整列! 透子、琴乃!」
「任せなさい!」
「さあ、やろう」

 一列に並ぶ聖閃たち。自分たちの霊障を展開し、その強さをアピール。

「見せてやろう、電霊放を己の拳に宿す乱舞、招来(しょうらい)(けん)!」
「私の酸化炎で、全員毒殺してやるわ!」
釛虫(こがねむし)! 機傀でできた応声虫は痛いぞ?」

 それを見た辻神たちは、反対に自分たちの手を見せない。

「少しはできそうだな」

 余裕の態度である。

 ところが、この場に怒りをぶつけてくる人物が本殿から駆け出した。

「お前らぁああ! 飯だって言ってんだろうが!」

 叢雲である。さっきから発言を無視されてストレスが溜まっており、しかも彼は恋人である鵜沢橋姫が料理を作っているというのに食べないという選択をした辻神たちに対し、無性に腹が立っているのだ。

「戻れ戻れ、戻れぇ! 今日はもう飯食って寝ろ、大馬鹿者ども!」

 手に持っていた懐中電灯の電球から、叢雲は天に向かって電霊放を撃った。ぶ厚い雨雲が、太い電霊放の光にかき消された。雲に覆われていたはずの夜空から、星々の光が顔を覗かせるほどだ。

(コイツを怒らせたら、ヤバい! 絶対私たちよりも強いぞ、コイツ! 何で大会に出てないんだ? ってほどだ……。逆らったら最悪、失格にされかねない……)

 六人全員がそれを直感し、戦う手を止めた。

「わかったか。ならいい」

 食堂に案内され、静かにご飯を食べる。この時の辻神たちと聖閃たちは、さっきまで対立していたのを忘れて雑談を楽しんだ。

「じゃあ、優勝は狙ってないのか?」
「そうだな。私たちは、【神代】の霊能力者が強くあって欲しい。だから参加している」
「面白いな、その考えは。【神代】の跡継ぎが抱いてそうな発想だ」
「会ったことはないが、なんかそういう人物であるとは噂で聞いた」
「あんた、中々の飲みっぷりじゃないの!」
「そう? でもこれ、ただの水だヨ? それに神社にお酒あるの? スースー…」
「…言われてみれば、そういう娯楽とは無縁の場所ねここ。ゲームどころかテレビすらないわ…」
「さっきは煽って悪かった。私も随分と幼いものだ。もう少し沸点をコントロールしなければ…」
「売られた喧嘩を即座に買おうとしたオレたちも悪いんだ、気にすんなよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」

 食事が終わると、風呂の時間。交代交代で体を洗う。


 夜の十時頃、叢雲は辻神と聖閃を呼び出した。

「こんばんは。もう眠い?」

 食堂には橋姫もいる。

「何の用だ?」

 暗いこの食堂に、四人だけ。小さな電球に照らされている。

「お前たちはここで戦うつもりなのか?」

 切り出したのは、叢雲だ。

「どういう意味だ、それ?」
「ここでそういうことされると困るのか?」
「ええと、そういう意味じゃないよ。ここまで来れたのに、明日どちらかが脱落なんて悲しいじゃない? だから…」

 だから、出発する時間をズラそうと言うのだ。そうすれば衝突を避けることが可能。

「いい考えだ! そうしよう!」
「私は反対だが?」

 しかし首を横に振る辻神。

「私たちは優勝を狙ってない。出会った場合、必ず戦うと決めているから、聖閃たちともお手合わせしたいんだが……」
「その気持ちはわかる。でもここは折れてくれ。ここまで来た労力を無駄にさせたくない」
「……そこまで言うなら」

 条件を付け、辻神も頷く。それは自分たちが先に出発すること。

(聖閃たちがルートを変えなければ……いいや予想できれば、待ち伏せできる。それでいいか)

 それを聖閃が飲んだので、明日の出発時間が決まった。辻神たちは八時時に、聖閃たちは十時にここを出る。

「じゃ、決まったんなら僕は寝るぜ」

 聖閃はすぐに自分の部屋に戻った。一方の辻神はまだ食堂に残っていた。

「一つ聞きたいことがあるんだ、いいか?」
「何?」
「『月見の会』の慰霊碑がこの辺りにあると聞いたんだが、そう遠くない場所にある? 正確な位置がよくわからないんだ」
「『月見の会』?」

 その単語に、叢雲と橋姫は反応した。

「知ってちゃ変か? 二〇一一年の霊怪戦争で滅んだ『月見の会』の霊を慰めたいんだ」
「どうしてお前がそれをしたいと言う?」
「信じてもらえないかもしれないが、私たちの先祖は元々、『月見の会』にいたんだ」

 それを言うと橋姫が、

「もしかして……。俱蘭さん? 手杉さん? 田柄さん?」
「おまえに名乗ってなかったと思うが、どうして知っている?」
「知ってるよ。だって私と叢雲は……」

 その、件の『月見の会』の元メンバーなのだから。
 それを聞いた辻神は驚いた。

「そんなまさか! いいや、信じられん………。『月見の会』の人々は全員、四年前に死んでいるはずだ」
「実はそうでもないのさ。戦争末期、散り散りになった人たちは生き残れた。とは言っても俺は、俺と橋姫以外は知らないがね」

 証拠を橋姫が自室から持って来る。三日月形の勾玉だ。それを見せられると、もう信じる以外の行動がとれない。

「生きて、いたんだな……! 『月見の会』の人が、ここに!」
「霊能力者ネットワークには登録されてないけどね、私たち。でも今、君の目の前で呼吸してるよ?」

 この時、辻神がとった行動はただ一つ。謝罪だ。

「申し訳ない! 先祖の無礼をここで詫びる!」

 辻神たちの先祖は、作戦上必要な行動であったとは言え『月見の会』を飛び出した後、戻って来なかった。おまけに集落の場所が房総半島から富山の山中に移ったことを、戦争が終わった後に知ったレベル。

「裏切ってしまったこと、本当に申し訳ない。今ここで殴って蹴って罵って構わん!」

 土下座までしているが、叢雲と橋姫はその謝罪を受け取るつもりはなく、

「顔を上げてくれ」

 と言い、説明した。

「俺も親から聞いた話だし、その時のことは百年ぐらい前で集落には誰も直接目撃した人はいなかった。でも、あの三人のために、集落に三軒の空き家が建てられていたんだ。この意味、わかるよな?」

 それは、いつの日か帰ってくるであろう三人が住むところに困らないようにするためだ。つまりは『月見の会』は、辻神たちの先祖が裏切ったとは思っていなかったのである。

「おお……」

 そのことを聞いた辻神は、目から涙をこぼした。『月見の会』とは決別したつもりだったが、実は無意識の心に僅かだがわだかまりが残っていて、それが解消されたのだ。

「明日、出発前に案内しよう。ここからはそんなに遠くないから、すぐに着く。一緒に花と線香を備えようぜ?」
「ああ、そうしよう……」


 次の朝、夜が明ける頃に辻神と山姫と彭侯は、叢雲と橋姫と共に三色神社を出た。

「こっちだ」

 薄暗い林道を抜けた先に、その集落跡地はあった。

「ここが、か……」

 先祖が帰りたかった場所。『月見の会』の新しい故郷。それがこの、慰霊碑がある場所だ。

「ここは第一集落で、畑があって主に農業をしていたんだ。米は美味かったぞ」

 集落は三か所に分かれている。一番被害が少なく荒れていないこの第一集落に、慰霊碑は建っている。

「奥にも行きたい。いいか?」
「もちろん」

 第二集落は小さめで、寺院や移動させた墓があった。そのさらに奥に、居住区として使われていた第三集落。

「もう崩れてしまっているけど、あっちに学校があって、小中高一貫で。向こうには病院、役場。遊具のある公園もこの辺にあって。俺の家は端の方に…」

 そして、空き家だった三軒の場所に辻神、山姫、彭侯が立つ。

「戻って来たんだ……」

 もう『月見の会』は滅亡した。復讐も考えていない。しかし、帰ってくることに意味があった。
 慰霊碑の方に戻り、花を手向け線香をあげた。五人で合掌し目を閉じる。

(これでもう、本当に解放されたんだな、私たちは)

 緑祁との戦いの後、辻神たちは月見太陰の意思もあって決意していた。それでもまだ、心のどこかに『月見の会』について考えていたが、それをもうしなくていいのだ。理性でも本能でも、である。
 五分ほど経っただろうか。

「そろそろ、帰ろう! 朝食もまだだしさ」

 橋姫がそう言い、一同は三色神社に戻ることに。

「叢雲に橋姫、おまえたちに伝えないといけないことがあった」
「何だ?」

 それは、一か月前に辻神たちが聞いた、太陰の意思である。それを一字一句間違えずに教えると、

「もう私は気にしてないけど、それを言われるとちょっと、心が軽くなった気がするよ。ありがとう!」

 と橋姫が言い、

「いい言葉だね、大切にするよ。」

 ニコッと笑って叢雲も頷いてくれた。二人はきっとこの先、普通の霊能力者として生きるのだろう。でも二人がいる限り、『月見の会』の血は途絶えないはずだ。

(血の中に流れる魂は、未来へ紡いで欲しい……)

 ふと辻神は、後ろを向いた。

「どうしたのヨ?」
「いや、何でもない」

 聞こえた気がしたのだ、太陰の声が。

「これで、叢雲と橋姫も『月見の会』のしがらみから救えました」

 と、彼は言われたと感じたのだった。
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