第8話 最後の恐怖の黄金 その2

文字数 3,516文字

「もうその手はくわ……」

 緑祁は今、確かに電霊放を避けた。しかしかわしたはずの稲妻が、向きを変えて緑祁に直撃したのである。

「う、うわぁああ!」

 これには衝撃を隠せない。予め巻いておいたアース線のおかげで深刻なダメージは負っていないが、

「電霊放が、曲がる……? そんなこと……」

 あり得ないと叫ぶ前に香恵が、

「それはできる人と、できない人がいるわ……。紫電はできないけれど、辻神にはきっとできるのよ…」

 と解説した。そしてそれが正解のようで、

「わかっているじゃないか。私の電霊放は、自在に曲げることが可能だ。だから避けようと思わないことだな。もっともおまえ、電気を無効化する何かを体に身に着けているな? ダメージがあまりないみたいだ……」

 辻神の電霊放について一つわかった。でも緑祁が持つ電気への対策について、一つ知られてしまった。

「しかし、このまま電霊放を撃ち続ければ! その抵抗を生じさせている何かを撃ち抜くこともできなくはないだろう? まあここは、焼き切ってしまうのが一番か…」

 分身の内の一人が、手のひらに火球を出現させた。鬼火だ。

「そ、そんなこともできるのか!」

 鬼火は緑祁に迫ったが、鉄砲水で十分に消火できた。

「いいやここは、体全体に電気を流せるようにするのが得策」

 また別の分身は、鉄砲水を繰り出し緑祁へ向けて放水した。

「電霊放に鬼火、さらに鉄砲水……? しかも蜃気楼もあるのに……?」

 霊障のレパートリーが多過ぎる。

(と、とにかく今はあの鉄砲水だ。僕も鬼火を使って…!)

 何とか蒸発させることで防いだ。

「ほう? 中々粘るな、緑祁……」
「当たり前だよ! 僕は辻神、そっちを救う! そのためにも転ぶことはできないんだ!」

 だが持っている霊障の数が、違う。一つ辻神の方が多いのだ。それは緑祁の心に絶望を産み落とさせるには十分すぎた。

(ま、負ける……?)

 心がマイナスの方向に流れ出した。それを察知したのは、緑祁の側にいる香恵。

「駄目よ、緑祁! その先を考えてはいけないわ!」
「で、でも……」
「緑祁、負けちゃ駄目! 勝つことを考えて! 緑祁なら絶対に勝てるわ! 緑祁は過去にピリオドを打てた! でも辻神はそれができていない! その差が、そのまま勇気を緑祁に与えてくれるはずよ!」

 この心の支えがなければ、緑祁は逃げていたかもしれない。

(そうだ! 僕が救わないで誰がするっていうんだ! 辻神は道を間違えている。でも僕なら! 連れ戻せる!)

 心に生じた曇りを、一気に払った。

「さあ来い、辻神!」
「……彭侯と山姫を退けた精神力は、偽りではなかったということか。おまえを倒して捕まえるのは、やはり難しそうだな」

 辻神の目は、緑祁の隣にいる香恵に移る。

(この際緑祁を無視してあの香恵を捕まえてしまえば、【神代】も交渉のテーブルに着くか? 持っている霊障は慰療と薬束だけ。相手するのに何ら難しいことはない。緑祁の妨害があっても、今の私たちなら十分にそれができる)

 そう考えた彼は、香恵に電霊放を撃ちこんだ。

「ああ…!」

 すかさず緑祁が動く。自分の体を盾にして、香恵を守った。

「大丈夫、緑祁…?」
「平気だよ、こんな電霊放ぐらい!」

 そしてこういう手法を使ってきたということは、一つ緑祁にわかったことがある。

(辻神、香恵に手を出そうとしているね? でもそうはさせない! 香恵は僕が守る! だから手は絶対に出させない!)

 それは辻神の思い付きだ。今、ターゲットを香恵に変更したということは、戦いをさっさと終わらせる方法を考えついたということ。

(そしてそれは、そのまんま利用できる!)

 緑祁がいる限り、電霊放を曲げても無駄だ。全部彼が受け止めるつもりだ。傷ついても香恵の慰療が緑祁の体を癒す。遠距離からの攻撃は、二人には通じない。

(だったら、やることは一つしかないはずだ…!)

 距離を詰めての、直接攻撃だ。

(紫電だって、ダウジングロッドを触れさせることで直接電霊放を流せるんだ。それは辻神にもできる、だってわざわざドライバーを握っているから! もし香恵を狙って優先的にこの戦いの場から排除するなら、直に流すしかない! 狙いはその時だ! その瞬間を、待つんだ!)

 劣勢を強いられている緑祁だが、打開する方法を一つ思いつけた。

(本物の辻神さえ見抜ければ、僕が有利になる! そこで霊障を叩き込めばいい!)

 まずは自分の作戦を悟られないように戦う必要がある。だから緑祁は、

「霊障! 鬼火と旋風の合わせ技……火災旋風だ!」

 赤い風を繰り出し、辻神一人を狙って撃ちこむ。

「フン!」

 しかしやはり炎は電霊放に弱い。干渉され中和され、無効化されてしまう。

(火は消せるだろうさ。でも、旋風の方は生きているよ! 電霊放は旋風には、干渉できないんだ!)

 その渦巻く風が辻神に迫った。今度は自然の風も吹かない。

(行ける!)

 だが突如、地面が揺れて岩石が飛び出た。それは緑祁の旋風を遮り消してしまったのだ。

「馬鹿な…? 礫岩すらも使えるのか…! いいやこれは蜃気楼? 違う、現実だ!」

 事実、緑祁の風は岩を突破できなかった。

「でもいい! 今度は台風! 鉄砲水と旋風を合わせるんだ!」

 水を含む風が辻神に迫る。

「何をしても無駄だ、緑祁。そんな時間稼ぎをしても私たちには勝てないぞ」
「いいんだ、それで!」

 台風はやはり電霊放に撃ち抜かれる。残った旋風も、弾けた水の風圧のせいでしぼんでしまった。

「ぐわわ!」

 後ろに回り込んだ辻神の内の一人が、電霊放を撃った。それが緑祁に命中したのである。

(も、もうアース線がボロボロだ……。これ以上電霊放を受けると………)

 かなりヤバい。
 でも香恵が、緑祁の手を強く握った。

「緑祁、心配しないで。電霊放によるダメージくらい、私が治せるわ」
「わかったよ!」

 アース線のことは気にしないで戦う。

「うおおおおおあああああああ!」

 今度は大きな旋風を起こした。

「やけを起こしたか!」

 辻神にはそう見えた。事実緑祁の足取りはやや不安定で、石に躓いて転んだほどだ。

「緑祁!」

 手を貸す香恵だが、緑祁は地に伏したままを選ぶ。

(喋ることはできない。でも、これでいいんだ! こうしていれば、辻神が選ぶ一手は一つしかない!)

 彼の思惑通り、辻神たちは動いた。

「もういい! 緑祁、おまえには用はない。香恵を連れて行く」

 向こうの方から、緑祁に近づいたのだ。

(まだだ! まだ逃げられる! もっと近づいて来ないといけない!)

 緑祁の中では、作戦の歯車は回る。でもそれを香恵に伝えていないので、

「緑祁、緑祁! 起きて!」

 焦る彼女。でもその焦りは本物なので、辻神の目を欺けていた。

「捕まえろ!」

 ドライバーを香恵に向け、一気に三人の辻神が駆け出した。

「い、今だ!」

 この瞬間を、緑祁は待っていた。

(蜃気楼で分身して誤魔化せても、存在していないものは流石に作れない。だから僕が旋風で土を起こして砂嵐を作っても、本物! ただ一人だけが土煙を貫いてくる! ソイツが辻神だ!)

 腰を上げて手も挙げる。すると緑祁と香恵を中心に、大きめの旋風が渦巻いた。それは土を掘って砂を乗せている。

「さあ! わかる瞬間だ!」

 近づき始めた辻神たちは立ち止まれても、逃げることまではできそうにない。それでも十分に判断できる。
 砂埃が緑祁たちの視線を遮った。つまりは辻神の方からも見えていない。

(旋風は、手に取るようにわかる! 後ろだ!)

 感触を掴んだ。緑祁はすぐに振り向いて、霊障を使う。

「そこだ! それが本物! 辻神! くらえぇえ、水蒸気ばくは……」

 しかしすぐに信じられないことが起きる。

「前よ、緑祁!」

 香恵の発言だ。彼女は前から迫ってくる辻神を指差して叫び、緑祁の肩を揺らしたのだ。

(え………? そんな、はずはない……)

 最初、彼女の言ったことを信じられなかった。でもすぐに、旋風の掴んだ感触が本物であることに気づく。

(前からも、来ている………?)

 今緑祁は腰をひねって後ろを向いている。その目の前の空間に、確かに辻神はいる。でも後ろ……香恵から見た前方にもいるのだ。

「一体どうなって……」

 混乱していると、何と三人目が左から乱入してくるのだ。ソイツは鉄砲水を放水し、砂煙を鎮めている。しかもソイツも、本物。

「……て、鉄砲水に旋風! 台風!」

 自分たちを中心に、台風を作って防御する。しかし三人の辻神はすぐに下がって、曲がる電霊放を撃って台風の目の中にいる緑祁を攻撃した。

「ぐぶぶえっ!」

 また緑祁は地面に倒れた。

「ど、どうなっているんだ、これは………」

 三人とも、本物。蜃気楼ではない。
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