第5話 二人、いる その3

文字数 2,711文字

「さ、覚悟はできてんだろう? なあ、紬! 絣!」

 わかりやすい挑発も入れる。

「そうね……。最初から、そういう気分でいるわ!」

 紬が機傀で斧を作り出し、それを構えて紫電に駆けた。

「どぉおおい!」

 勢いよく振り下ろす。だが紫電はこれを横に飛んで避ける。

「これじゃ駄目だ。じゃあ、こっち!」

 斧を捨てると、ナイフを作り出した。

「何でも変わらねえぜ!」

 紫電の目的は一つだ。礫岩を使える絣の動きを止めること。今、彼女は礫岩を使っており、地面が動いているのがわかる。

「くらえ!」

 稲妻が駆け抜けた。この距離だ、当たる。

「ひえええぇ!」

 二人とも、痺れて一瞬動きが止まった。

「このまま……」
「ま。待った!」

 と紬が叫ぶ。

「何だ?」
「動くと、ブスリといくよ?」
「はぁ?」

 紬は何もない空間へナイフを動かし、脅した。よく見るともう片方の手は、何かを掴んでいる様子だ。

(まさかコイツ……。人質を取った? 蜃気楼のせいで俺が見えてねえ人を、左手で掴んでんのか!)

 あり得ない話ではない。この二人にとって、自分たち以外の人間はどうでもよいのだ。だからこんな町中で平然と霊障を使えるし、赤の他人を電霊放の盾にできる。
 紬の作戦は、こうだ。機傀の持続時間は一分間。その間に紫電の動きを封じ、礫岩で地面を建物と周囲の人ごと地面の下に沈める。

 それが効いており、紫電は動きを止めた。

「さっきから見てればさ、わかるよ? あなた、あの電撃を曲げることができないんでしょう?」

 彼女は見えない人質を自分の前に移動させた。同時に紫電の足元のコンクリートが砕け、地肌が露出する。

「あと三十秒……。あってるよな?」
「…!」

 遅い。どうやら相手も疲弊しており、それが霊障の発生速度に表れているのだ。

「絣! もっと早く!」
「はい!」

 急かされた紬は全力を振り絞って礫岩を発揮。徐々に地面が陥没しはじめた。

「今しかあるまい!」

 紫電が、崩れる足場に足を取られる前に駆け抜けた。

「あっ!」

 突然の出来事だったので、紬も反応に遅れた。

「やはりな!」

 紫電は推測を立てていたのだ。

(あの人質は……ブラフ! 見えねえんじゃねえ、最初からいねえんだ!)

 どうして彼にそれがわかったのか。

「急かす必要はねえんだぜ、紬?」
「えっ?」

 機傀は一分しか持たない。しかし消える寸前に新しいナイフを作ればいいだけの話。機傀による金属の生成には、一秒もかからないのだから。そもそも脅すだけなら、時間に影響されない旋風でもできる。なのに時間の話をしたら彼女は、焦った。

「ということは……。お前は最初から、人質なんて掴んでねえ! 先入観を利用して、俺の動きを縛っただけのこと!」

 そして今の反応で、確信に変わった。

「……な、ならば!」

 紬は持っているナイフを、紫電に向けて投げた。

「図星だったな、紬!」

 そのナイフをダウジングロッドで弾き落とし、紫電は上にジャンプ。

「狙いは正確だぜ……!」

 右のロッドで紬を、左で絣をロックオン。同時に電霊放を撃つ。

「うばばばばば!」
「ひええええ!」

 威力が高められた電霊放だ。それに紬と絣の疲労や蓄積したダメージもあって、

「う、ううう……」
「…………」

 耐え切れずに彼女たちは地面に倒れた。同時に、さっきまで見えてなかった周囲の人たちの姿が元通りになる。

「……馬鹿野郎! 結構人がいるじゃねえか。注目されていたぜ……」

 紫電は焦った。警察や消防に通報されていてもおかしくない状況だ。それくらいには、礫岩が使われ過ぎている。

「……チッ、仕方ねえ! この場は逃げるぜ」

 スタスタと人混みの中に消える紫電。相手は同じ霊能力者なので、後で霊能力者ネットワークで探せる。それに【神代】に通報もするので、今すぐに彼女たちを捕まえる必要はない。


 だが、成田空港にてお土産を買っている時に雪女から驚きの連絡が入る。

「該当者がいない?」
「うん」

 紫電は確かに、メールで雪女にあの二人の名前を伝えた。どういう風貌かも事細かく。しかし、

「何度も調べてみたよ。でも、いない。【神代】に捕まってもないよ」
「いないわけがねえぜ! 確かに二人、いたんだ!」

 紫電が何度も強調しようと、雪女は電話の向こうで首を横に振るだけだ。
 その日の内に紫電は八戸に戻り、実家のパソコンで【神代】にアクセスする。

「漢字はどうだか知らねえが、読み仮名だけでも検索できる」
「だから、いないって」

 雪女の言う通り、データベースでは一件もヒットしなかった。

「……じゃあ何だ? あれ自体が蜃気楼だった?」

 いいやそれは違う。実際に浅草で起きた地震や陥没のニュースが、テレビで流されている。

「【神代】には、もう通報したんだよね?」
「ああ。だが、【神代】がこのことをどう考えているのかまでは聞いてねえな」

 すぐに確認した方がいい。そう考えた紫電は【神代】に電話を入れる。

「あ、もしもし? 聞きてえことがあるんだけど……」

 そこで、驚くべきことを知らされるのだった。

「まさか君も、あの事件に巻き込まれているとは……」
「あの事件?」

 聞くと、

「未確認の霊能力者が突然、出現したんだ。君を加えて目撃例は、三件だ」
「そんなことが、あったのか」

 詳しい話は教えてくれなかったが、【神代】は紫電に、

「もしかしたら、君の前にまた現れるかもしれない。警戒してくれ」

 と伝える。

「どういう人物だったんだ、あれは……」
「あの…」

 ここで雪女が紫電から電話を受け取り、

「他の二件は、どこで誰が?」
「最初のは、青森で永露緑祁という青年が目撃した。次のは俱蘭辻神という人物が、福島で……」
「り、緑祁?」

 それに二人は反応。

「どうかしたかい?」
「関係ありそうだぜ! 俺と緑祁はライバルだからな、そんな俺たちの前に未確認の霊能力者が出現!」
「でも紫電、辻神って人は知っているの?」
「いや、知らねえな…」

 と困惑していると電話の向こうが、

「紫電、いい線を行っている! 辻神は二月に背反行為未遂をしでかしたが、その対処にあたったのが緑祁だった! 彼らの弾劾裁判で辻神たちをかばったのも、緑祁!」
「何ぃっ!」

 その緑祁とライバル関係にあり、競戦を行ったのも霊能力者大会で組んだのも紫電。
 点と点が、緑祁という線で繋がってしまった。

「ここまで来ると、もう俺も無関係ではねえな……。警戒どころの話じゃねえ、こっちから積極的に攻めるぜ!」
「大丈夫なのか、紫電?」

 腕を問われるが、

「任せな! 緑祁が俺以外の奴に負けるのは、認めねえ! 俺も緑祁以外の輩には負けられねえからよ!」

 自信満々に紫電は答える。

「もう一度、首都圏に赴くぜ! 今度はあの二人を捕まえてやる!」
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