第10話 因果応報の結果 その5
文字数 3,322文字
【神代】の本店の会議室では、裁判が始まろうとしている。もちろん蛭児の処罰を決めるものだ。司会を務めるのは凱輝。今日は午前中に別の弾劾裁判もあったが、そちらが終わったので参加する人が多い。
「富嶽様、上の階での会議が終わりましたか。では、始めましょうか」
「うむ。では頼んだぞ」
この日既に【神代】の跡継ぎは東京を出てしまっているらしく、富嶽は息子と一緒に参加することはできなかった。
「まずは、復習をしたいと、思います。今回の事件、その発端は、大鳳雛臥、猫屋敷骸、廿楽絵美、神威刹那の四名が慰霊碑を、破壊したことであります。前者二名は『この世の踊り人』の、後者は『ヤミカガミ』の慰霊碑を、破壊しました」
当初四人は、とある人物に騙されたと証言。その人物も、既に捕まえた。
「しかしそれは、ある人物の命令……というよりも、騙し凶行をさせた、ということ。間違ってはないか、美田園蛭児?」
「………」
蛭児はすぐには答えなかった。きっと、自分がどう発言すれば無実になるのかを考えているに違いない。
「慰霊碑を壊した人はどうするんだ?」
「重罪じゃないのか? その四人の処罰は?」
代わりに参加者が騒ぎ出した。
「言ったはずだ、吾輩が。当事者間でしかわからないのなら、彼らに解決されればよい。それで派遣した範造と雛菊、結果はどうだった?」
プロジェクターにノートパソコンを接続してファイルを開くと、範造は、
「結果としては、絵美たちは白ですね。蛭児、貴様はやってはいけないことをしでかした。この映像が証拠です」
彼と雛菊が録画した映像が流れると、会場にどよめき声が溢れる。
「これは、禁霊術じゃないか!」
「死者を蘇らせた? そんなしてはいけないことをよくも躊躇いもなく……! ああ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」
映像の次は、皇の四つ子がフィルムにおさめた写真。どれも蛭児が『帰』を行っている場面が、よくわかる。
「【神代】の法では……!」
ここで絹子が言う。
「これを犯した場合は、死罪! 一年以内に実行する! 例外はなく、実刑あるのみ!」
もしもトップが富嶽じゃなく前代の標水だったら、間違いなく本日中に処刑されているだろう。でも富嶽はそういう物騒なことがあまり好きじゃないので、
「まあまあ、トーンダウンだ絹子。無暗に命を絶つでない。死ぬ側も殺す側も、悲しいではないか。ここは一つ、精神病棟で死ぬまで過ごしてもらうこととしよう。外に出さないのなら、死罪と何ら変わらん」
「ですが……」
それでは霊能力者に示しがつかないのではないか、というのは絹子の反論だ。悪行をした者は全員、同じ罰を与えるべき。そうでないと以前に同じ罪で裁かれた者から不満が出る。
「今回の一件。蛭児だけが悪いわけではないのだ……」
慰霊碑の破壊、その実行犯にも罰を与えなければいけない。そのための富嶽の発言だったが、なんとここで蛭児は、
「そうです! あの四人も私と同罪だ! 慰霊碑を壊したのは、アイツらだ! アイツらがそれをしなければ、私だってこんなことにはなっていない!」
自分勝手な弁解をした。
「貴様、己の身可愛さに棚に上げるか? 貴様が命じなければ、絵美たちは慰霊碑に手を加えることはなかったはずだが?」
「それは…………。じ、実は、アイツらに私は脅されていたのです!」
ここで開き直る蛭児。
「ちょっとあなた……」
流石に黙っていられなかった絵美が立ち上がって反論をしようとした。だが、
「あれ、おかしいな? おれたちの調査によれば、『月見の会』の慰霊碑に迷霊を寄越したのは君じゃないのか?」
空蝉が資料を読みながらそう言った。彼らが守っていた『月見の会』の慰霊碑は、迷霊が襲った。それを撃退することはできたのだが、迷霊を出撃させた犯人はその時わからなかった。でも調べを進め霊紋や霊気の痕跡から、蛭児にたどり着いたのである。
「それも絵美たちの仕業で……」
「大馬鹿! 四人とは無関係だ! それに禁霊術を行っているのは紛れもない君だろう? 言い逃れができると思うか、普通?」
「だが! それもあの四人に脅されてやったことだ!」
「弱みを握られているようには見えないぞ、映像からも写真からも!」
「静粛に! ここで聞くに堪えぬ口論はやめろ。吾輩に聞かれたことのみ答えればよい」
富嶽が全員を黙らせる。
「まず絵美たちに聞く。貴様らに、慰霊碑を破壊させたのは蛭児、間違いはないな?」
「ええ。確かに私たちが、壊してしまったことだわ……」
「慰霊碑の破壊は重罪だ。でも今回は状況もある。それに犯人捜しの手柄、蛭児の暴走を止めたことも。これらを踏まえれば、罰を軽くした方が賢明だろう」
流石に完全に無罪とはならなかった。でも課された罰は軽く、数か月の【神代】への奉仕程度。要するに依頼料はもらえないが仕事をこなせ、ということである。
「次に蛭児!」
「はいぃ…!」
「貴様、禁霊術を使って何を企んでいたのだ?」
「じ、実験です! 私は心霊研究家なので……」
「違うだろう?」
どうやら全て、富嶽はお見通しの様子。【神代】や社会への攻撃を目論んでいたことをすぐに看破してしまった。
「………以上、解き明かされた真実とその罪を考慮すれば、貴様は問答無用で精神病棟行きだな」
「ま、待ってくだ……」
「異議があるのか?」
睨まれると、何も言えない蛭児。首をガクリと下げて判決を受け入れた。
終わってみれば、一時間も費やさなかった裁判だった。
「緋寒が言ってた通りだったわ……」
予備校の飲食コーナーで、四人はジュースを飲む。
緋寒は絵美に言った。犯人を捕まえたところで、慰霊碑を破壊した事実は動かない、と。確かにその通りで、その件について絵美たちは【神代】に罰を課されたのだ。
「でも軽いじゃないか。良かったよ、精神病棟行きを免れて……」
安堵のため息を溢す雛臥。一時期は本当に危ないところだった。
「やってしまったことにはかわりはないんだ、精一杯奉仕するさ。ボランティア活動と思えばいい」
骸は前向きだった。
「しかし気になるのは、蛭児。まさかあの場でも無実を訴えるとは、なんという厚顔無恥。研究者としての面子が丸潰れである――」
「変に逆恨みとか、されなければいいんだけどね。あの人、割と本気で私たちがいなければ全て上手くいっていたって思ってそうだわ……」
とりあえずの乾杯をしたら、四人はあるところに向かう。それはあの谷だ。
「報告したいのよ。大刃と群主に、ね。あの谷を汚した犯人は捕まえて、【神代】の法で裁けたことを! 彼らの霊の供養にもなるわ」
「賛成だね、それには僕も。彼らがいなかったら、僕たちは蛭児を止められなかったし有罪になるし……。救世主だよ!」
救世主。それは面白い考えだ。今はもう失われた古を生きた精神が望まずに蘇り、自分たち黄泉の国の人の安息のためだけに、生者に助け船を出した、ということ。それにうまく乗れたのが、絵美たち四人だったわけだ。
「じゃ、行くか! まずは富山付近のホテルを予約して、今日は移動だ。明日は谷に行って弔いをしてさ、それから観光でもしようぜ」
「それ、目的が観光じゃないの?」
「何かおかしいかよ? そもそも俺と雛臥はお前たちを誘って旅行しようと思ってたんだぜ?」
慰霊碑破壊について処罰されたとは言え、真犯人は自分たちではないと、蛭児を捕まえて自分たちの無実を証明できたのだ、その祝福のための旅行も悪くない。
「良し、決まりだな! 富山に岐阜、新潟とか……。思えば訪れたのに観光してないじゃん! もっと見て回ろうぜ! もちろん神社や寺院への巡礼も!」
「賛成である――」
早速スマートフォンを操作して、旅行のプランを立てることに。こうなると絵美も自分の意見を言って、より良い旅へと昇華させようとした。
この二月は、激動の時期だった。絵美たちは心霊犯罪に巻き込まれて、その解決のために動いた。しかし大変だったのは彼女たち四人だけではない。緑祁や香恵、紫電や雪女も同じ時期にそれぞれの試練とも言える事件を経験していた。
そしてそれらは全て、【神代】に関係していることでもあった。だから、【神代】にとっても長く厚い月だったのである。
「富嶽様、上の階での会議が終わりましたか。では、始めましょうか」
「うむ。では頼んだぞ」
この日既に【神代】の跡継ぎは東京を出てしまっているらしく、富嶽は息子と一緒に参加することはできなかった。
「まずは、復習をしたいと、思います。今回の事件、その発端は、大鳳雛臥、猫屋敷骸、廿楽絵美、神威刹那の四名が慰霊碑を、破壊したことであります。前者二名は『この世の踊り人』の、後者は『ヤミカガミ』の慰霊碑を、破壊しました」
当初四人は、とある人物に騙されたと証言。その人物も、既に捕まえた。
「しかしそれは、ある人物の命令……というよりも、騙し凶行をさせた、ということ。間違ってはないか、美田園蛭児?」
「………」
蛭児はすぐには答えなかった。きっと、自分がどう発言すれば無実になるのかを考えているに違いない。
「慰霊碑を壊した人はどうするんだ?」
「重罪じゃないのか? その四人の処罰は?」
代わりに参加者が騒ぎ出した。
「言ったはずだ、吾輩が。当事者間でしかわからないのなら、彼らに解決されればよい。それで派遣した範造と雛菊、結果はどうだった?」
プロジェクターにノートパソコンを接続してファイルを開くと、範造は、
「結果としては、絵美たちは白ですね。蛭児、貴様はやってはいけないことをしでかした。この映像が証拠です」
彼と雛菊が録画した映像が流れると、会場にどよめき声が溢れる。
「これは、禁霊術じゃないか!」
「死者を蘇らせた? そんなしてはいけないことをよくも躊躇いもなく……! ああ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」
映像の次は、皇の四つ子がフィルムにおさめた写真。どれも蛭児が『帰』を行っている場面が、よくわかる。
「【神代】の法では……!」
ここで絹子が言う。
「これを犯した場合は、死罪! 一年以内に実行する! 例外はなく、実刑あるのみ!」
もしもトップが富嶽じゃなく前代の標水だったら、間違いなく本日中に処刑されているだろう。でも富嶽はそういう物騒なことがあまり好きじゃないので、
「まあまあ、トーンダウンだ絹子。無暗に命を絶つでない。死ぬ側も殺す側も、悲しいではないか。ここは一つ、精神病棟で死ぬまで過ごしてもらうこととしよう。外に出さないのなら、死罪と何ら変わらん」
「ですが……」
それでは霊能力者に示しがつかないのではないか、というのは絹子の反論だ。悪行をした者は全員、同じ罰を与えるべき。そうでないと以前に同じ罪で裁かれた者から不満が出る。
「今回の一件。蛭児だけが悪いわけではないのだ……」
慰霊碑の破壊、その実行犯にも罰を与えなければいけない。そのための富嶽の発言だったが、なんとここで蛭児は、
「そうです! あの四人も私と同罪だ! 慰霊碑を壊したのは、アイツらだ! アイツらがそれをしなければ、私だってこんなことにはなっていない!」
自分勝手な弁解をした。
「貴様、己の身可愛さに棚に上げるか? 貴様が命じなければ、絵美たちは慰霊碑に手を加えることはなかったはずだが?」
「それは…………。じ、実は、アイツらに私は脅されていたのです!」
ここで開き直る蛭児。
「ちょっとあなた……」
流石に黙っていられなかった絵美が立ち上がって反論をしようとした。だが、
「あれ、おかしいな? おれたちの調査によれば、『月見の会』の慰霊碑に迷霊を寄越したのは君じゃないのか?」
空蝉が資料を読みながらそう言った。彼らが守っていた『月見の会』の慰霊碑は、迷霊が襲った。それを撃退することはできたのだが、迷霊を出撃させた犯人はその時わからなかった。でも調べを進め霊紋や霊気の痕跡から、蛭児にたどり着いたのである。
「それも絵美たちの仕業で……」
「大馬鹿! 四人とは無関係だ! それに禁霊術を行っているのは紛れもない君だろう? 言い逃れができると思うか、普通?」
「だが! それもあの四人に脅されてやったことだ!」
「弱みを握られているようには見えないぞ、映像からも写真からも!」
「静粛に! ここで聞くに堪えぬ口論はやめろ。吾輩に聞かれたことのみ答えればよい」
富嶽が全員を黙らせる。
「まず絵美たちに聞く。貴様らに、慰霊碑を破壊させたのは蛭児、間違いはないな?」
「ええ。確かに私たちが、壊してしまったことだわ……」
「慰霊碑の破壊は重罪だ。でも今回は状況もある。それに犯人捜しの手柄、蛭児の暴走を止めたことも。これらを踏まえれば、罰を軽くした方が賢明だろう」
流石に完全に無罪とはならなかった。でも課された罰は軽く、数か月の【神代】への奉仕程度。要するに依頼料はもらえないが仕事をこなせ、ということである。
「次に蛭児!」
「はいぃ…!」
「貴様、禁霊術を使って何を企んでいたのだ?」
「じ、実験です! 私は心霊研究家なので……」
「違うだろう?」
どうやら全て、富嶽はお見通しの様子。【神代】や社会への攻撃を目論んでいたことをすぐに看破してしまった。
「………以上、解き明かされた真実とその罪を考慮すれば、貴様は問答無用で精神病棟行きだな」
「ま、待ってくだ……」
「異議があるのか?」
睨まれると、何も言えない蛭児。首をガクリと下げて判決を受け入れた。
終わってみれば、一時間も費やさなかった裁判だった。
「緋寒が言ってた通りだったわ……」
予備校の飲食コーナーで、四人はジュースを飲む。
緋寒は絵美に言った。犯人を捕まえたところで、慰霊碑を破壊した事実は動かない、と。確かにその通りで、その件について絵美たちは【神代】に罰を課されたのだ。
「でも軽いじゃないか。良かったよ、精神病棟行きを免れて……」
安堵のため息を溢す雛臥。一時期は本当に危ないところだった。
「やってしまったことにはかわりはないんだ、精一杯奉仕するさ。ボランティア活動と思えばいい」
骸は前向きだった。
「しかし気になるのは、蛭児。まさかあの場でも無実を訴えるとは、なんという厚顔無恥。研究者としての面子が丸潰れである――」
「変に逆恨みとか、されなければいいんだけどね。あの人、割と本気で私たちがいなければ全て上手くいっていたって思ってそうだわ……」
とりあえずの乾杯をしたら、四人はあるところに向かう。それはあの谷だ。
「報告したいのよ。大刃と群主に、ね。あの谷を汚した犯人は捕まえて、【神代】の法で裁けたことを! 彼らの霊の供養にもなるわ」
「賛成だね、それには僕も。彼らがいなかったら、僕たちは蛭児を止められなかったし有罪になるし……。救世主だよ!」
救世主。それは面白い考えだ。今はもう失われた古を生きた精神が望まずに蘇り、自分たち黄泉の国の人の安息のためだけに、生者に助け船を出した、ということ。それにうまく乗れたのが、絵美たち四人だったわけだ。
「じゃ、行くか! まずは富山付近のホテルを予約して、今日は移動だ。明日は谷に行って弔いをしてさ、それから観光でもしようぜ」
「それ、目的が観光じゃないの?」
「何かおかしいかよ? そもそも俺と雛臥はお前たちを誘って旅行しようと思ってたんだぜ?」
慰霊碑破壊について処罰されたとは言え、真犯人は自分たちではないと、蛭児を捕まえて自分たちの無実を証明できたのだ、その祝福のための旅行も悪くない。
「良し、決まりだな! 富山に岐阜、新潟とか……。思えば訪れたのに観光してないじゃん! もっと見て回ろうぜ! もちろん神社や寺院への巡礼も!」
「賛成である――」
早速スマートフォンを操作して、旅行のプランを立てることに。こうなると絵美も自分の意見を言って、より良い旅へと昇華させようとした。
この二月は、激動の時期だった。絵美たちは心霊犯罪に巻き込まれて、その解決のために動いた。しかし大変だったのは彼女たち四人だけではない。緑祁や香恵、紫電や雪女も同じ時期にそれぞれの試練とも言える事件を経験していた。
そしてそれらは全て、【神代】に関係していることでもあった。だから、【神代】にとっても長く厚い月だったのである。