第4話 浅からぬ因縁 その2

文字数 3,456文字

「緋寒! 紅華!」

 さほど動いてないのだが、戦況は香ばしくなかった。

「くそ! 誰が本物なのじゃ?」
「わからぬ……」

 やはり虹が悪さをし、二人を困惑させている。まだ負傷していないが、首筋に汗が流れている。疲れている証拠だ。

(マズい! これでは相手の思うつぼじゃ!)

 緋寒と紅華の襟を引っ張って、

「作戦変更じゃ、二人とも! このままでは勝てぬ! 相手は蜃気楼と鉄砲水を足しておる! わたしらが見ているものは全て幻! このままでは無駄に疲れるだけじゃ!」

 そして疲労し弱ったところに本物が現れてトドメを刺すのだろう。敵ながら作戦の完成度の高さには驚かされる。

「四人で固まれ! そうすれば範造たちも簡単には手出しができぬはずじゃ」

 三百六十度見えるよう、背中を合わせた。

「で、どこを探せばよい?」
「不明じゃ」

 目で見るもの、耳で聞くもの。その全てが偽り。外からの情報はまるで役に立たない。感覚神経が機能していないのと同じだ。

「まずはこの雨をどうにかすれば……!」

 そうすれば、虹は止められる。

「天まで届くか、電霊放……」

 今動員できる電力は、スマートフォンとタブレット端末のバッテリーのみ。一応手を擦って静電気を発生させるが、それでも射程距離が足りてないかもしれない。
 いや、ここはできそうかどうかではない。しなければいけないのである。

「あの雲を蹴散らせ、電霊放!」

 手のひらを天に向け、稲妻を解き放った。鋭い電霊放が上に成長していく。

「ああっ!」

 が、それを遮るように突然岩石が地面から噴き出し、電霊放に当たった。

「電気で砕けぬ岩……。ということはあれは、礫岩じゃな? 使えるのは確か、範造じゃ! 近くに……地面の上にヤツがおる!」

 すぐに赤実が手を地に突いた。拳の中には植物の種が握られており、木綿でそれを地面に生やすのだ。

「地中の中も探れ!」

 言われなくてもそうしている。隠れているのは建物や木の陰ではなく、地面の中という可能性もあるのだ。

「ひょれ、おかしい……。いないんじゃ、どこにも!」
「どういうことじゃ?」

 それはないと赤実が言う。礫岩を使うのなら、足を地面に着けていなければいけない。今範造は礫岩を使ったので、絶対に地上か地中にいるはずだ。朱雀も旋風を地面に這わせて周囲を探索している。

「駄目じゃ、尻尾も掴めん…!」

 こんなに本気で探しているにもかかわらず、何の痕跡も掴めない。
 業を煮やした緋寒は、赤実に指示を出した。

「アレを使え! こっちも霊障合体を出すのじゃ!」
「わかった」

 命令された赤実は地面に手を突いた。

「霊障合体・液状化現象(えきじょうかげんしょう)……」

 鉄砲水と礫岩の合わせ技だ。地面を潤した上で小刻みに振動を起こし、周囲の地面を液状化させる。建物などの比重の重いものは沈むが、軽いもの……特に生き物は浮き上がる。
 これで地面の中に隠れているであろう範造たちをいぶり出すのだ。仮に中ではなく地上にいたとしても、液状化現象を解いてしまえば通常の地面にすぐに戻るので、足を絡めとることができる。

「おらん。地面の下にはおらん!」

 何も出てこない。これ以上液状化現象を続けると水道管が浮き上がって来てしまうのでやめたが、地中に隠れているわけではないことはハッキリした。

「ではどこに?」
「まさか、伊豆神宮の内部では?」

 あり得る話だ。建物の中でこちらを見ていて、安全に戦っている。神社を傷つけるわけにはいかないので、こうなってしまったら手をくわえるしかなく、汚い手を平然と使用する範造たちなら選びそうな一手。

「紅華! 本殿や離れ屋を調べよ。そなたなら簡単じゃろう?」
「任せろ」

 ここは応声虫だ。無数の虫たちを生み出し、屋内を虱潰しにする。流石の範造たちも一匹一匹を潰すことは不可能で、生み出したオニヤンマやウスバカゲロウ、シオヤアブ、スズメバチが建物を隅々まで調べてくれる。

「おっと、住職や修行僧を見つけた。酒を隠し持っておるなコイツら……。雛菊たちはおらんらしい」

 屋内にもいないことが確定。

「変じゃないか?」

 違和感がある。地中にも屋内にもいないということは、範造たち四人は今、皇の四つ子たちと同じく屋外で地に足を着けているということだ。

「じゃあどうして見つからん? 建物や木の上は探したか、紅華?」
「当たり前じゃ。既にしておるが、おらんものはおらん」

 ではどこに四人はいるのだろうか? その見当が全くつかない。この間にも範造たちは攻撃をしてきて、地面が動いて岩石が飛び出した。

「危ないヤツじゃ!」

 その岩を機傀で生み出したハンマーで打ち砕く緋寒。相手もただこちらを欺くだけではなく、疲弊させにきている。

(マズいな……わちきが薬束を、朱雀が慰療を使えるが、その二つは疲労だけは回復させることができん! 霊力の消耗も防げぬ。このまま姿が見えない状態で攻められると、不利が過ぎる……)

 一刻も早く、範造たちが隠れている場所を当てなければいけない。その焦燥感に駆られると、どうしても判断が鈍る。首をキョロキョロさせているのがその証拠だ。

(フフっ! 困惑しているな、皇!)

 そんな四人のことを範造は見て、心の中で笑った。完全に自分たちの手のひらの上で踊っているのが滑稽だ。

(ここまでサクセンドオりにイくとはオモわなかった…。でもそれでいい…。このタイカイ、イチバンヤッカイなのは皇だけ。ここでダツラクしてもらう……)

 勝負はかなり範造たちが優勢だ。ここで緋寒、

(わちきがしっかりしなければ!)

 自分の頬を自分で叩き、気持ちを切り替える。

(よく考えよ、わちき! 奴らはどこに隠れておるか! 普通の発想では見つけられぬ。考え方を変えよ!)

 そして周囲を見回す。礫岩で地面の中に隠れているわけではない。そして建物の中にはいない。だが、地面に足を着けている。

(最後に! 向こうから攻撃を仕掛けては来ない。それはすなわち、わちきたちの目に見えている物に隠れておるから……礫岩以外で攻撃すると、隠れておる場所をわざわざ教えてしまうから!)

 これらのことを総括すると、

「見えた!」

 わかった。一歩踏み出し手を出して霊障を使う。

「霊障合体・極光(きょくこう)!」

 鬼火と電霊放の合わせ技だ。火と電気を用いることでオーロラを繰り出し物理的な破壊を可能とする。その攻撃対象は、

「ご、御神木……? 緋寒、どうしてそんなものに?」

 注連縄の巻かれた立派な大木を、緋寒は容赦なく極光でへし折った。一見すると、守るべきものを傷つけるという皇の四つ子に反した行為に思えるが、

「あっ!」

 その割れた幹から、なんと人が出てくる。梅雨だ。

「隠れておったのは、建物の中でも地面の下でもない。木の中であったか!」
「何でわかったのよ、皇ぃ!」
「簡単じゃ、冷静になったのじゃ」

 自分たちを見ることが可能で、かつ地面の近く。それでいて、こちらからは見えない場所。そう考えた時、御神木の太さは人を十分に入れておけると緋寒は感じたのだ。

「厄介な考えを。だが、順当か」

 御神木には触れてはいけないだろうという価値観。それにルールを重んじる皇の四つ子なら、危害を加えることもないという判断。見事に緋寒たちを出し抜けた。

「うぐぐ……」
「赤実、朱雀! 梅雨をやっつけよ! そなたの礫岩と旋風なら、蜃気楼を使われても大丈夫なはずじゃ!」
「任せよ!」

 赤実の礫岩と朱雀の旋風なら、たとえ偽の姿を映されても本物を暴ける。さらにこの時の梅雨は、見つかったせいで焦って虹を上手く使えてなかった。

「て、鉄砲水……」
「甘い!」

 先制できたのは赤実と朱雀。礫岩で足元を崩し旋風で吹っ飛ばして後方の木の幹に叩きつけてやった。

「ぐぶ!」

 これでもまだ、脱落しない。梅雨は慰療を使えるので、ここで確実にトドメを刺す必要がある。だから紅華が、

「霊障合体・毒草(どくそう)じゃ、くらえ!」

 追い打ちを仕掛けた。木綿と毒厄を合体させることで、本来ならあり得ない毒性を有する植物を生み出すことが可能。その苗木を梅雨に投げつけ、成長した根とつたで拘束しながら毒厄を流し込む。

「………」

 これに耐えることは不可能で、梅雨は敗北。同時に雨が止んで虹が消えた。歪んだ風景は全て元通りに。

「あれも御神木ではないようじゃな」

 太い木が何本かあるが、どうやら注連縄は蜃気楼で見せていたものらしい。つまりはこれらは切り倒しても何も咎められない普通の樹木。いいや、そもそも咲が今朝持ち込んで植えた苗木である。木綿を用いて樹齢数百年の大木に成長させていただけだ。
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