第5話 刃の鋭さ その3

文字数 2,723文字

 ヤイバが病棟を抜け出して一週間、照は彼に、外を見て回ることを提案した。それにヤイバは頷いたわけだが、ただボケっと見て歩いただけではない。

「釘だけをこんなに買うんですか?」

 最初に与えられた金で、ホームセンターから釘を大量に購入。それを電車の駅に一本ずつ、誰にも見えない形……例えば線路のバラストに刺しておくなど……で設置。この時、自分の力を入れておくことを忘れない。こうすることでセンサーのように働かせることが可能だ。ヤイバも大量の霊能力者の霊紋を記憶しているわけではないが、復讐する相手のそれはよく知っている。だから自分の知っている霊紋を持つ者が近くに来た際に、彼は勘付けるのだ。
 そしてこの日のこの時間帯に、動きがあった。

「文与のか……」

 それを辿って行けば、探せる。
 そして実際に今、ヤイバは見つけ出したのである。


「文与、どうしてオレがオマエの前に来たか、わかるな?」

 立体駐車場に照を残してそこから飛び降り着地し、ヤイバは言った。

「それは簡単。ただ一つ、オマエの命を奪うためだ」

 冷酷にも殺人宣言をした。

「まさか、この人は……」

 自己紹介をされたわけではないが、緑祁も香恵も察する。この目の前に現れた人物がヤイバであることを。

「そこの雑魚二人は退いてろ! オマエたちに用はない。怪我したくなかったら、何もしないことだ」

 ヤイバの声は、よく通った。周りが夜で静まりつつあるからだろう。

「嫌だと言ったら?」

 緑祁が答えた。

「ほう?」

 今、緑祁の心にはある疑念が一つ。それは文与たちは、このヤイバに過去に酷いことをしたのではないかというもの。だが目の前に問題の人物が現れたのなら、文与を守らねばならない。

「その女の味方をする気か? なんと愚かな」
「そっちの言うことは何も聞かないよ……!」

 話術に優れるらしいので、緑祁は有無を言わさず先制攻撃を試みる。鬼火だ。

「いっけええ!」

 火球が瞬いた。しかしそれはヤイバが弾いてしまった。

「こんなもの、怖くもない」

 よく見ると、彼の手にはサバイバルナイフのようなものが握られている。それで鬼火をかっ切ってしまったのだ。

「今度はこっちから行かせてもらう。言っておくが、その女の味方をするのなら、同罪だ」

(同罪……? つまりはやはり、何か悪いことを過去にしたってことか?)

 もう片方の手をヤイバが開いた。するとその何もない手のひらから、何かが光った。

「うっ…!」

 瞬発的に緑祁は横に飛ぶ。
 ビスっという音が地面からした。

「く、釘が!」

 コンクリート舗装の地面に刺さっている。

「これが、アイツの霊障……?」
「機傀よ、これ」

 香恵にその知識があった。

「聞いたことがあるわ。鉄や鋼を自在に操る霊障があるって。何もない空間から生み出すことすら可能みたいよ……」

 しかし弱点がある。それは、生み出した金属は一分しかこの世に存在できないこと。だから、時間が経つとその釘は消える。もちろんヤイバが持っていたサバイバルナイフも。

「しかしその一分……六十秒あれば十分だ。秒針が一回りする前に、文与、オマエの命をいただく!」
「させない!」

 鬼火が駄目なら、他の霊障を試すだけだ。緑祁は鉄砲水を繰り出した。

「無駄なあがきだな」

 鉄製の円盤が出現し、鉄砲水を防御してしまう。弾かれた水は空しく地面を濡らした。

「その女とさえ関わらなければ、明日も生きていけたのにな。オマエも今日、日付が変わる前に地獄に送ってやる!」

 動き出すヤイバ。それを拒むかのように緑祁は旋風を繰り出し、彼の体を吹き飛ばそうとした。

「だから無意味なんだよ。そんなカスな霊障じゃあな!」

 だが、一向にヤイバの体は後ろに動かない。既に砲丸を生み出し、それが重りとなって彼の体を地面に押し付けているのだ。これではいくら風を起こしても無駄である。

「マズい……」

 唾をゴクリと飲む緑祁。自分の霊障がまるで通じない相手だ。これは厄介というより、圧倒的に不利。

(でもそれを覆す! そうやって勝利は掴み取る!)

 普通なら恐れおののいて後ろに下がるだろう。しかし緑祁は逆に前に出た。

(組み合わせる! 霊障と霊障! 二重の霊気でアイツを倒すんだ!)

 まずは鬼火だ。それを次に起こした旋風に乗せ、火災旋風(かさいせんぷう)を生み出した。

「これでどうだ、ヤイバ!」

 火炎をまき散らすこの赤い渦は、緑祁の意思に従って素早く動く。

「面白い…! だがな、そんなものはオレを刺さない!」

 ヤイバが腕を広げた時、人よりも大きな鉄板が火災旋風に向かって飛んできた。そして赤い渦を二つに切り裂いてしまったのだ。

「何だって……!」

 かき消された炎の渦。その散った火の粉が地面に落ち、消える。

(いや待て! 地面は濡れている! それを利用するんだ!)

 先ほど緑祁が放った鉄砲水が、周りの地面を濡らしていた。

「今度はどうだ!」

 両手を合わせ、その間からさっきよりも大量の鉄砲水を撃ち出した。

「通じないことはわかっていると思ったが?」

 もちろん緑祁はこれで倒せるとは思ってないし、そのための一手でもない。ヤイバの前にまた鉄板が出現すると、完全にガードされてしまう。

「もういい。オマエはオレには勝てない。それだけわかったんだから、変に手を出すな。寿命を縮めるのは、産んでくれた母親に失礼だぞ? ん、何だ……?」

 足元の水溜りが、不自然に動いた。

「まさか、こっちが狙いか!」

 そうだ。真正面からの攻撃は間に鉄の防壁を築かれて防がれる。なら、真下からはどうだ? 水の量が増えればそれだけ水溜りも大きくなり、ヤイバの足元を取り囲んでいるのだ。

「よし、いいぞ!」

 その地面を濡らす水を操って、水柱を繰り出す。

「ぬおおおおお!」

 気づけたものの、一瞬行動が遅れた。ヤイバは砲丸を生み出したのだが、手が濡れてしまい、滑り落ちる。

「よ、よし!」

 ヤイバの体を宙に持ち上げた。この攻撃のチャンスに緑祁はもちろん追撃をする。

「今度こそ、旋風に鬼火を乗せて……」

 それをヤイバに向けて撃ち込もうと腕を動かしたその時だ。
 グサッという音が、肩からした。

「えっ……」

 釘だ。釘が肩から生えている。

「馬鹿なヤツだ。視界を遮る鉄板が無くなれば、オレからも攻めることができるということに気づかなかったとはな」

 機傀だ。ヤイバが緑祁に向けて飛ばしたのだ。

「ぐ、ぐううああああ!」

 激痛が肩から生じ、全身を駆け巡った。骨まで達しているのか、腕を動かそうとするだけで更なる痛みに襲われる。

「で、でも! これでまだ負けたわけじゃないよ! 鬼火と旋風が……」

 緑祁が視線を戻した時、既にヤイバは地上に降りていた。だから彼が放った二番目の火災旋風は、また鉄板に潰された。
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