導入 その2

文字数 3,473文字

「目が覚めるまで、ここで寝かせてやれ」

 閻治の除霊は早く、しかも正確だ。祓うと同時に、信頼できる守護霊を何体も付かせる。不良はまだ意識を失っているが、もう心配いらない。

「済んだな。では緒方、昼を頂戴してから帰るぞ」

 儀式の最中に正午を回ったので、この神社の昼食に参加させてもらおうと思ったその矢先、

「閻治様。客人です」

 招いていない人物が二人、彼の前に姿を現した。

氷月(ひづき)兄弟ではないか。どうした?」

 無論閻治は知っている。初めて会う人物だが、全国の霊能力者の情報は頭に叩き込んであるのだ。兄の方が白夜(びゃくや)、弟の名は極夜(きょくや)である。

「どうやら閻治様にお願いしたいことがあるようです」
「そうか。では母屋に通せ。話を聞こう」

 母屋に入ったその双子は、単刀直入に、

「閻治さん、どうかお手合わせ願えないだろうか?」

 言った。

「どういう意味だ?」
「もちろん、私らはあなたの実力を知っております。おそらく【神代】の霊能力者の中で五本の指に入るでしょう。そんなあなたに挑戦してみたいのです。私らの力が閻治さんに、どこまで通用するのかを知りたいのです!」

 氷月兄弟の頼み事は単純にして明解。ただ、閻治と戦って自分の力を確かめたいのだ。

「詳しく聞こう」

 最初、手合わせしろち言われた時、閻治は、

(この二人、表立って裏切るつもりか? 宣戦布告か?)

 と思った。しかしそうではなかったので、より詳細な事情を聞いてみる。

「霊能力者として、他人よりも優れていたいというのは本能的願望です。それは私も弟者も同じ。しかし、【神代】の噂になっている実力者と言われましても、レベルは一人一人異なるでしょう。それに彼ら彼女らに勝ったとしても、何の自慢にもなりません。ああ、もちろん私らは閻治さんに勝てるとは思っておりません。ですが、力を試してみたいのです!」

 正直なところ、閻治は二人に期待はあまりしていない。
 何故なら、もし彼らが名のある霊能力者だったら、修練討伐のために全国に散らばっているはずだからだ。その場合、こんなところに来る余裕はないはず。だから、二人は大した実力の持ち主ではない。それこそ例え【神代】を裏切ったとしても閻治が直々に赴く必要のないほどに。

 が、

「よし、いいだろう! この神社の修行の間で一戦、午後の一時からだ!」

 閻治はその頼みごとを快諾した。

「いいのですか、閻治様?」

 緒方が聞くと、

「二人は悪い発想を持っているわけではない。純粋に力を追い求めているだけだ。それに我輩も、除霊だけでは物足りない! 向こうから挑戦状を突き付けてきておるのだ、断る理由はない!」

 ただ、ここで断ったら勝負に怖気づいて逃げたと思われてしまう、という考えも案外彼の中にあったりする。面子を守るためにも、ここは許容して懐の広さと心の余裕具合を見せつける。

 昼は氷月兄弟も一緒に食べる。それほど豪華ではないし量も少ないので、すぐに食べ終わり、胃の調子を整える。

「では閻治様、ご健闘を!」
「言われるまでもない!」

 この神社の関係者も、閻治の実力を直に見ることができるために修行の間に入り、壁際に正座している。緒方もその隣に立っている。

(ギャラリー付きか! ならば尚更、本気を出す!)

 相手の実力がどうであれ、閻治は常に本気だ。これは対戦相手に対する礼儀。わざと合わせて戦ったり手を抜いたりするのは、無礼極まりない。
 閻治の方の準備は整った。だがどうやら氷月兄弟は揉めている。

「私が先に行く!」
「いくら兄者でも、抜け駆けは許せない! ここは私が先だ!」
「いいや、弟者は後だ!」

 どうやら、どちらが先に手合わせるかを議論している。
 そこに、鶴の一声が飛んでくる。

「両方同時にかかって来い!」

 この間にいる誰もが、

「えぇッ!」

 と驚き声を上げた。

「し、しかし! それでは二対一……! 不平等極まる戦いになってしまいますよ!」

 白夜が言うと、

「構うものか。我輩は、問題ないと判断しておる。それとも二人同時では何か駄目な事情でもあるのか? 寧ろ双子にとって一緒に戦うことは、メリットであろう?」
「そう…ですが……」

 言い争っても意味はない。白夜も極夜も感じ、

「わかりました。この氷月兄弟、同時に閻治さんのお相手をいたします…!」

 深々と頭を下げた。


 この時、修行の間は少し暑かった。氷月兄弟の言い争いは、見方を変えると口喧嘩にも見えるからだ。だが勝負が始まった時、逆に寒く感じる。これは二人の操る霊障のせいである。

「私の、(ゆき)氷柱(つらら)は何でも貫く!」

「いかなるものでも防いでみせるのが、私の(ゆき)結晶(けっしょう)!」

 白夜は攻撃に、極夜は防御に特化しているスペシャリストだ。

(だから二人同時に戦わせた!)

 普通、一緒にかかって来いという閻治の判断は間違っているように思える。二人が力を合わせれば、攻撃と防御のバランスが取れる。そうわかっていてあえて彼は、一度に双子の相手をするのだ。

(その方が鍛錬として理想的だ。あえて! あえて二人が有利な条件の舞台に立たせ、それを打ち破る! それが我輩の流儀!)

 白夜が氷柱を撃ち出した。当たれば負傷は避けられない。だから閻治は鬼火を出して防いでみる。

「いいや! その炎すらも貫いてみせよう!」

 そしてそれは言葉だけではない。実際に氷柱は完全には溶かされず炎の中を通過できた。しかし形も勢いもボロボロで、閻治が出した鉄砲水に撃たれ、床に落ち砕け散る。

「今度は我輩からいく!」

 手を動かし、旋風を起こした。すると極夜が兄の前に躍り出て、

「その風、私が防いでみせよう!」

 結晶を作り出し、遮った。

(なるほどな。この双子、言葉だけの取り繕った強さではない。やはり二人合わさると強力!)

 ちなみに閻治、相手が強ければ強いほどやる気が出るタイプである。だから、

(倒しがいのある霊能力者! それが氷月兄弟!)

 と彼は改めて感じるのだ。
 賢い人間ならここで、あることに気づけるだろう。

「何でも貫く氷柱と何でも防ぐ結晶。これは矛盾なのでは?」

 そしてそれを利用し勝利を掴む方法を考える。だが、閻治にはそんな常人の発想はない。

「乱れ撃ちだ!」

 ここで白夜、氷柱を大量に繰り出して撃ち出した。だがそれらは滅茶苦茶な方向に進み、閻治に向かったのは数十個の内わずか三個。それも閻治は軽くあしらって終わらせる。

「よし、準備は整ったぞ! 弟者!」
「任せろ兄者!」

 何やら意味深な発言が。

(そうか!)

 さっきの乱れ撃ちの意味がわかった。床だ。粉々になった氷の破片が、散乱している。それを極夜が結晶化せるのだ。この時、床すらも凍る。そこに足をつけている閻治の足も、凍らされる。
 これが、氷月兄弟の狙いだったのだ。相手の動きを、足を氷で固定することで止める。

 だが、

「見切っておる!」

 まるで自分には通じないと言わんばかりの発言だ。

(ブラフ? でも、閻治さんに限ってそんなことは……?)

 二人は同じことを感じる。そしてそれは的中するのだ。
 次の瞬間、この修行の間に存在する氷が一斉に割れた。

「な、何で……!」

 当然二人は、いや閻治以外のこの場にいる誰もが、同じようなニュアンスのことを呟いた。

「我輩が、雪の霊障を扱えないとでも?」
「そ、そうか!」

 そうなのだ。極夜は自分の力で床全体を凍らせたと思っていたが、実は違う。一瞬だが、閻治の方が速く結晶を形成させたのだ。だから何でも防げるはずの彼の結晶が割れたし、閻治の好きなタイミングで割ることができたのである。
 これに、氷月兄弟は戦意喪失。体はまだ戦える状態なのだが、心はもう折れてしまっている。

「降参だよ。閻治さんの実力がここまでとは、予想以上だ…。次元が違う、違い過ぎる…!」


 この一戦の後、また除霊依頼がこの神社に舞い込んできた。閻治は、

「貴様らがやれ。勝負して負けて帰るのは、つまらんだろう? それにそっちの実力はどうだ?」
「できます。いいや、させてください!」

 自信満々に双子は答えた。そして除霊の光景を閻治は隅で見ていた。

(儀式に対する態度も、立派だ。この双子、やはり真面目…。氷のごとき鋭い正義感がある)

 そう確信したから、

「おい。ところで海神寺(かいじんでら)で、実力者を募集しておった。何でも心霊研究のために人材が必要と聞く。貴様ら、興味はないか?」

 この話題を振った。だが二人は、

「遠慮しますよ。閻治さんと戦えて、それだけでも贅沢なんです。なのにあなたから二つ目の、直の頼み事なんて、私らにはもったいないのです」

 謙虚を貫く氷月兄弟。その姿勢も閻治に好感を抱かせた。
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