第5話 好敵手の決意 その4
文字数 3,314文字
ブーンと、紫電と雪女の間を一匹のカブトムシが飛ぶ。そのカブトムシは緑祁の体に着地した。
「な、何が起こっている……?」
突然、緑祁の体の傷が元通りになっていくのだ。まるで慰療を使ったみたいに。
「この虫か! 報告にあった、協力者! 確か応声虫を使えるヤツ……!」
「紫電、気を付けて……」
雪女の忠告は遅れた。完全回復した緑祁はカブトムシを握りつぶすと同時に、紫電の足に沸騰水をかけたのだ。
「ぐぶわわわああああああああああ? やられた、のか!」
そして立ち上がる緑祁。反対に崩れ落ちる紫電。
「幸運だ! 奇跡が起きているんだ! 怪我? してないよ! 見てごらんよ、塞がっちゃってるし!」
瞬く間もなく、立場が逆転。
(誰かが近くにいるんだ……。蜃気楼を使って姿を消し、緑祁が負けそうになったから慰療を乗せたカブトムシを送りつけた。ソイツは今、この場所にいる)
雪女は自分がするべきことを判断し、実行する。雪の氷柱を生み出して周囲に投げる。手応えはない。
(駄目…? でも、誰かがいるはず。近づけさせなければ……。虫にも気を配って……)
この勝負をこれ以上邪魔させない。だから二人に近づく虫は、本物だろうが容赦なく氷柱で貫かせてもらうつもりだ。
(待って。今、緑祁は何て言ってた……?)
ここで雪女は違和感に気づく。
(仲間がいるなら、慰療のことを真っ先に言うはずじゃないの? 言わない? もしかして協力者っていうのは、緑祁が把握してないのに勝手にサポートしてるんじゃ……?)
このヒートアップした戦場に、辻神たちが到着した。
「紫電、大丈夫か!」
そうには見えない。彼は今、しゃがんで足を押さえている。
「手を出すな! これは……俺と緑祁との戦い! 他の誰にも邪魔させない!」
「わかっている!」
しかし驚くべきは、緑祁。
(あれが……緑祁なのか?)
紫電が傷ついているのに、笑っている。怪我を負わせることに対して、罪悪感を抱いていない。その異様さは、辻神だけじゃなく山姫や彭侯、病射や朔那も感じ取れる。
「何か、おかしいスよ……。辻神、ここは……」
「言っただろう、横槍を入れるな! 乱入したら、許さねえぜ…!」
何とか立ち上がる紫電。足はまだヒリヒリと痛むが、いつまでもしゃがんでいられない。
「その意気込み、いいね、紫電! 地獄に送ってあげるよ、精神ごと!」
上から水滴が落ちてくる。また低気圧だ。
「く、クソ!」
強い雨風だ。バックパックコイルの紐が千切れそうになる。
(だったら!)
緑祁はこれを狙っている。それなら、あえて与えてやる。
「緑祁ええええええええええええ!」
「えっ?」
バックパックコイルを外し、緑祁に向かって投げつけた。
「うぎっ!」
投げつけられたコイルは爆ぜ、緑祁にダメージを入れた。
「そこだっ!」
集束電霊放を即座に撃ち込んだ。もちろん今の紫電は体が濡れており、電霊放は逆流する。それを承知で彼は撃った。即席だったためにチャージできなかったが、それでも結構な威力は出せた。
「ずわわわあああああああああああ!」
どうやら肩に命中したらしい。
「ぬおおおおおおお! 緑祁! 回復はさせねえぞ!」
「紫電、来る気なのか! 君の体は濡れているというのに、電霊放を使う気なのか!」
メリケンサックに念を込めて拳を握り、思いっ切り緑祁に殴り掛かる。
「打ち抜け、闇を!」
「させるか!」
ここは大熱波で行く手を阻むのだ。
「く、風が……!」
「どうだい、紫電? 動けないだろう! この大熱波で、森ごと燃えてしまえ!」
ただでさえ風圧が強いのに、紫電の足は火傷で正常に動いてくれない。この状態では、前には絶対に進めない。寧ろ風に吹き飛ばされ、後ろに下がり始めてしまう。
「だが俺には、電霊放がある!」
ダウジングロッドを構えて電霊放を撃つ。
「……ぐ!」
大した威力ではないのに、電霊放の逆流が紫電の体を蝕む。大部分が逆流したせいか、緑祁に当たっても大したダメージにはなっていない様子で、
「もう、限界みたいだね……。こんな惨めな最後なのか、紫電。僕はガッカリだよ……」
トドメを刺そうと緑祁が、指を彼に向けた。
「んまだ、だぁ!」
まだできることがある。紫電は指にはめたメリケンサックを取り、緑祁に投げつけた。
「おっと、危ない」
でも、同じ動きが二度も緑祁に通じるわけがない。避けられる。
「いいや、今だぜ!」
が、それは紫電も百も承知だ。本命はメリケンサックではなく、十手。これも投げつける。
「っうぐ!」
避けた後の回避行動は難しい。緑祁の喉に当たった。そこに電霊放が炸裂した。しかも幸運なことに、投げた十手は紫電の方に転がってきた。すかさず拾い上げて構え、
「うううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
怒声で足を動かし、前に進む。
「な、何だって! 大熱波の中を、突っ切れるのか!」
ゆっくり、本当にゆっくりだが、前に一歩ずつ進めている。これに焦りを覚えた緑祁は、さっき避けたメリケンサックを拾って、
「なら、来なよ! 大熱波、止めてあげるからさ!」
大熱波を解き、自分に迫ってくる紫電を迎え撃つのだ。
「うりゃああああああああああああああああああああああ!」
「甘いんだよ! 叫んで気張って勝利ってのは、さあああ!」
十手もメリケンサックも潰せば、もう紫電は命を削りながらダウジングロッドで電霊放を撃つしかなくなる。そうなれば緑祁の勝利が決まる。
「ぬううううううおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああああああああ!」
それに至近距離からなら、沸騰水はもう避けられない。
「逆に死ね、紫電!」
十手にメリケンサックをカチンと合わせる緑祁。反動で二つとも爆ぜた。
「これで、僕の勝ちだ! 魂ごと、闇に溶け落ちろ!」
最後に沸騰水を頭から浴びせる緑祁。
「俺には、最後に残された手段がある…!」
「なっ! まだ生きて……!」
紫電が手を伸ばしたのは、雪女からもらったペンダントの鏡だ。これを握り、緑祁の心……左胸に押し当てた。
「無意味だよ、こんなことはね! そんなことをして………」
油断が緑祁に墓穴を掘らせた。紫電はもう一方の手で、緑祁の肩を掴んでいる。
目をギョッとさせ、気づいた。
「……ハッ!」
「理解したようだな、緑祁! あの時……去年と同じだ。今度は俺が、お前と俺の体を繋いでやる!」
「や、やめろおおお!」
鏡に仕込まれていたボタン電池が稲妻を吐き出した。それは緑祁の体に流れ、紫電の体に戻り、それからまた緑祁へと流れる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うびゃああああああああああああああああああ! ぎゃああああああああああああ!」
凄まじい状態だ。紫電は血まみれ火傷まみれで、もうボロボロだ。それでも緑祁の体を話さずに電霊放を流し続ける。雪のように青白い電霊放が四方八方に飛ぶ。まるで昼間のように付近が明るくなっていく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ぐああああああ………!」
数秒の攻防の末、鏡は割れ爆発が二人を包んだ。
「紫電!」
もう我慢できず駆け付ける辻神。病射に指示して慰療を使わせる。
「今、すぐに傷を治してやる! 踏ん張れ! この世に留まっていろ!」
周囲を警戒する、山姫と彭侯と朔那。雪女曰く、
「誰かが近くにいる。緑祁のことを回復させた誰かが……」
だから見張ると同時に、できればその協力者も捕まえたい。しかしどうやら辻神たちが合流した時点で逃げ出していたらしく、もう付近にはいないようだ。
「どうだ、病射?」
「慰療は、死んでいなければ治せる霊障だ。おれのは、間に合った! 二人とも!」
地面に横たわっている緑祁と紫電。結果だけ見れば紫電は見事に、緑祁のことを相打ちだが討ち取ったと言える。低気圧を押しのけ、大熱波を切り開いて、沸騰水すら耐え抜いたが故の任務完了。
「後は目が覚めるのを待つだけだ…」
「よし、なら皇の四つ子に連絡して、救急車を呼ぶ! 緑祁が目覚める前に、病院に収容させるぞ」
スマートフォンを取り出し、連絡をする。
「な、何が起こっている……?」
突然、緑祁の体の傷が元通りになっていくのだ。まるで慰療を使ったみたいに。
「この虫か! 報告にあった、協力者! 確か応声虫を使えるヤツ……!」
「紫電、気を付けて……」
雪女の忠告は遅れた。完全回復した緑祁はカブトムシを握りつぶすと同時に、紫電の足に沸騰水をかけたのだ。
「ぐぶわわわああああああああああ? やられた、のか!」
そして立ち上がる緑祁。反対に崩れ落ちる紫電。
「幸運だ! 奇跡が起きているんだ! 怪我? してないよ! 見てごらんよ、塞がっちゃってるし!」
瞬く間もなく、立場が逆転。
(誰かが近くにいるんだ……。蜃気楼を使って姿を消し、緑祁が負けそうになったから慰療を乗せたカブトムシを送りつけた。ソイツは今、この場所にいる)
雪女は自分がするべきことを判断し、実行する。雪の氷柱を生み出して周囲に投げる。手応えはない。
(駄目…? でも、誰かがいるはず。近づけさせなければ……。虫にも気を配って……)
この勝負をこれ以上邪魔させない。だから二人に近づく虫は、本物だろうが容赦なく氷柱で貫かせてもらうつもりだ。
(待って。今、緑祁は何て言ってた……?)
ここで雪女は違和感に気づく。
(仲間がいるなら、慰療のことを真っ先に言うはずじゃないの? 言わない? もしかして協力者っていうのは、緑祁が把握してないのに勝手にサポートしてるんじゃ……?)
このヒートアップした戦場に、辻神たちが到着した。
「紫電、大丈夫か!」
そうには見えない。彼は今、しゃがんで足を押さえている。
「手を出すな! これは……俺と緑祁との戦い! 他の誰にも邪魔させない!」
「わかっている!」
しかし驚くべきは、緑祁。
(あれが……緑祁なのか?)
紫電が傷ついているのに、笑っている。怪我を負わせることに対して、罪悪感を抱いていない。その異様さは、辻神だけじゃなく山姫や彭侯、病射や朔那も感じ取れる。
「何か、おかしいスよ……。辻神、ここは……」
「言っただろう、横槍を入れるな! 乱入したら、許さねえぜ…!」
何とか立ち上がる紫電。足はまだヒリヒリと痛むが、いつまでもしゃがんでいられない。
「その意気込み、いいね、紫電! 地獄に送ってあげるよ、精神ごと!」
上から水滴が落ちてくる。また低気圧だ。
「く、クソ!」
強い雨風だ。バックパックコイルの紐が千切れそうになる。
(だったら!)
緑祁はこれを狙っている。それなら、あえて与えてやる。
「緑祁ええええええええええええ!」
「えっ?」
バックパックコイルを外し、緑祁に向かって投げつけた。
「うぎっ!」
投げつけられたコイルは爆ぜ、緑祁にダメージを入れた。
「そこだっ!」
集束電霊放を即座に撃ち込んだ。もちろん今の紫電は体が濡れており、電霊放は逆流する。それを承知で彼は撃った。即席だったためにチャージできなかったが、それでも結構な威力は出せた。
「ずわわわあああああああああああ!」
どうやら肩に命中したらしい。
「ぬおおおおおおお! 緑祁! 回復はさせねえぞ!」
「紫電、来る気なのか! 君の体は濡れているというのに、電霊放を使う気なのか!」
メリケンサックに念を込めて拳を握り、思いっ切り緑祁に殴り掛かる。
「打ち抜け、闇を!」
「させるか!」
ここは大熱波で行く手を阻むのだ。
「く、風が……!」
「どうだい、紫電? 動けないだろう! この大熱波で、森ごと燃えてしまえ!」
ただでさえ風圧が強いのに、紫電の足は火傷で正常に動いてくれない。この状態では、前には絶対に進めない。寧ろ風に吹き飛ばされ、後ろに下がり始めてしまう。
「だが俺には、電霊放がある!」
ダウジングロッドを構えて電霊放を撃つ。
「……ぐ!」
大した威力ではないのに、電霊放の逆流が紫電の体を蝕む。大部分が逆流したせいか、緑祁に当たっても大したダメージにはなっていない様子で、
「もう、限界みたいだね……。こんな惨めな最後なのか、紫電。僕はガッカリだよ……」
トドメを刺そうと緑祁が、指を彼に向けた。
「んまだ、だぁ!」
まだできることがある。紫電は指にはめたメリケンサックを取り、緑祁に投げつけた。
「おっと、危ない」
でも、同じ動きが二度も緑祁に通じるわけがない。避けられる。
「いいや、今だぜ!」
が、それは紫電も百も承知だ。本命はメリケンサックではなく、十手。これも投げつける。
「っうぐ!」
避けた後の回避行動は難しい。緑祁の喉に当たった。そこに電霊放が炸裂した。しかも幸運なことに、投げた十手は紫電の方に転がってきた。すかさず拾い上げて構え、
「うううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
怒声で足を動かし、前に進む。
「な、何だって! 大熱波の中を、突っ切れるのか!」
ゆっくり、本当にゆっくりだが、前に一歩ずつ進めている。これに焦りを覚えた緑祁は、さっき避けたメリケンサックを拾って、
「なら、来なよ! 大熱波、止めてあげるからさ!」
大熱波を解き、自分に迫ってくる紫電を迎え撃つのだ。
「うりゃああああああああああああああああああああああ!」
「甘いんだよ! 叫んで気張って勝利ってのは、さあああ!」
十手もメリケンサックも潰せば、もう紫電は命を削りながらダウジングロッドで電霊放を撃つしかなくなる。そうなれば緑祁の勝利が決まる。
「ぬううううううおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああああああああ!」
それに至近距離からなら、沸騰水はもう避けられない。
「逆に死ね、紫電!」
十手にメリケンサックをカチンと合わせる緑祁。反動で二つとも爆ぜた。
「これで、僕の勝ちだ! 魂ごと、闇に溶け落ちろ!」
最後に沸騰水を頭から浴びせる緑祁。
「俺には、最後に残された手段がある…!」
「なっ! まだ生きて……!」
紫電が手を伸ばしたのは、雪女からもらったペンダントの鏡だ。これを握り、緑祁の心……左胸に押し当てた。
「無意味だよ、こんなことはね! そんなことをして………」
油断が緑祁に墓穴を掘らせた。紫電はもう一方の手で、緑祁の肩を掴んでいる。
目をギョッとさせ、気づいた。
「……ハッ!」
「理解したようだな、緑祁! あの時……去年と同じだ。今度は俺が、お前と俺の体を繋いでやる!」
「や、やめろおおお!」
鏡に仕込まれていたボタン電池が稲妻を吐き出した。それは緑祁の体に流れ、紫電の体に戻り、それからまた緑祁へと流れる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うびゃああああああああああああああああああ! ぎゃああああああああああああ!」
凄まじい状態だ。紫電は血まみれ火傷まみれで、もうボロボロだ。それでも緑祁の体を話さずに電霊放を流し続ける。雪のように青白い電霊放が四方八方に飛ぶ。まるで昼間のように付近が明るくなっていく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ぐああああああ………!」
数秒の攻防の末、鏡は割れ爆発が二人を包んだ。
「紫電!」
もう我慢できず駆け付ける辻神。病射に指示して慰療を使わせる。
「今、すぐに傷を治してやる! 踏ん張れ! この世に留まっていろ!」
周囲を警戒する、山姫と彭侯と朔那。雪女曰く、
「誰かが近くにいる。緑祁のことを回復させた誰かが……」
だから見張ると同時に、できればその協力者も捕まえたい。しかしどうやら辻神たちが合流した時点で逃げ出していたらしく、もう付近にはいないようだ。
「どうだ、病射?」
「慰療は、死んでいなければ治せる霊障だ。おれのは、間に合った! 二人とも!」
地面に横たわっている緑祁と紫電。結果だけ見れば紫電は見事に、緑祁のことを相打ちだが討ち取ったと言える。低気圧を押しのけ、大熱波を切り開いて、沸騰水すら耐え抜いたが故の任務完了。
「後は目が覚めるのを待つだけだ…」
「よし、なら皇の四つ子に連絡して、救急車を呼ぶ! 緑祁が目覚める前に、病院に収容させるぞ」
スマートフォンを取り出し、連絡をする。