第3話 野望を止めろ その1
文字数 2,601文字
「永露君! 急な頼み事だったけど、今日は本当にどうもありがとう! やっぱり噂通り凄く上手かった! 君が入部して欲しいくらいだよ!」
「そ、そうですか……。でも僕は、歌うのは得意じゃないしよくわからないです」
音楽系のサークルの手伝いは賃金など発生しない。当然だ。参加費は無料なのだから。別に金銭的な問題を抱えているわけではないので気にしないが、このサークルの部長のスカウトをどうにかかわしたい。
「また次も頼めるかな?」
「……つ、次?」
「今は未定だ。でも決まったら連絡するよ」
「わかりました。それならいつでも言ってください」
ここで嫌な顔はできなかったので、緑祁はこの誘いは断らなかった。
「この後、食事会があるんだけど、どうかな?」
「遠慮しますよ、帰ります。」
部長はとても満足気な表情で、緑祁のことを見送った。しかし当の緑祁は、
(最悪の出来だった………)
と思っている。目立ったミスなどはない。演奏に集中できていないことに苛立ちを感じていた。自分でもわかるレベルで、他のことを考えてしまっている。こんな最低な演奏をしてしまった合唱部に申し訳なくて、二度目の演奏を引き受けるつもりになったほど。
「あの、言葉……」
まるで足枷のように彼の心に付きまとう言葉。あの意味がわからないことには、最高の演奏なんて不可能だ。
(僕が、何をしたって言うんだい? 誰かの迷惑になるようなことを、どこかでしたのかな? でも全然、心当たりがない……)
無理もない。自分の周りに、あからさまに彼を恨む人物は存在しないのだ。これでは勘付く方が難しいだろう。
ただ一人帰路に就き、家に帰る。
「しまった……」
冷蔵庫を開いて夕食を作ろうとしたら、食材が全然入っていないことに今気づいた。これなら合唱部の食事会に行けばよかった。
「もう、ぼうっとしてるから! ちゃんと集中力を高めないと!」
自分で自分の頭を叩いた。この脳がぼさっとしているせいで、さっきから、いやあの言葉を聞いてから上の空になってしまっている。
時計を見た。もう八時半。これからスーパーに行って食材を買って調理するより、飲食店で済ませた方が良さそうだ。脱いだコートをそのまままた着て、玄関を出る。
「中華料理屋でいいかな。あのチャーハンを再現できれば、香恵が喜んでくれるはず!」
入店しようとした時のことだ。誰かが緑祁の肩を叩いた。
「どうしました……?」
反射的に振り返るとそこには、少年がいた。
「永露緑祁だね?」
「そう…ですけど。そっちは誰?」
「誰でもいいよ! 今ここで、君を殺す!」
「…は、はあああ?」
突然の死の宣告に驚く緑祁。
「ちょっと待ってくれ! 一体何事なんだこれは?」
「何でもいい! 君を排除せよっていう命令なんだ!」
「だ、誰の?」
「もううるさい!」
当初の緑祁は、この人は酔っ払っているのだろうと感じた。だがよく顔を見ると、赤くなってないし自分よりも若そうだ。
「これで……!」
彼が腕を挙げたその瞬間、指先の爪が伸びた。それで緑祁のことを引っ掻こうとしてきたのだ。
「うわぁっ!」
間一髪横に飛んで避ける。よく見ると伸びているのは爪じゃない。氷柱のように見える。
「これは……霊障だ!」
「ああ、そうだよ! 雪の氷柱って言うんだろう?」
もう片方の指にも氷柱を生えさせ、振り下ろす。
「む!」
だが、緑祁に傷はない。鬼火を生み出して氷の先端を溶かし、当たらないようにしたのだ。
「誰だい、そっちは?」
「自己紹介、すると思うかい?」
名乗る気はない。この少年……飯盛 寛輔 は、
「重要なのは君がここで死ぬことだ!」
とだけ言う。口調も表情も本気だ。
(やるしかない!)
緑祁は悟る。誤解や勘違いはなく、話し合って解決することも不可能。戦って、相手の殺意を失せさせるしかない。
(この辺は狭い。他の人に当たったら、危ない! 離れよう)
ここで手を振り、旋風を起こす。
「くそっ! 思ったよりも風が寒い!」
その風が、寛輔の頬をちょぴっと切り裂いた。
「ああ、なるほどね……。自然の風じゃないんだ、これ。君の霊障ってやつか。聞く話によればそれは、旋風。さっきの炎は鬼火。残っているのは、水を操る鉄砲水だろう? 違うかい?」
「違わないけど、当たってもない!」
もう一度旋風を送り込む、寛輔はその風に対し、立っているのが精一杯そうだ。
(今だ! あっちの方に公園があった! そこまで誘導しよう! 彼の狙いは僕みたいだし、絶対について来るはず!)
走りだした緑祁は、次の瞬間には転んでしまう。何もない空間に、足を取られたのだ。
「な、なんだ……?」
背中を攻撃された感触はなかった。倒れこんだ時に反転し、寛輔の方を見ると、彼は藁人形を握っておりその足を少し捻っている。
「これも霊障だ」
意味がわからなかった。無理もない。緑祁は呪縛とは遭遇したことがないからである。だが、
(あの藁人形を攻撃すれば何とかなりそうだ!)
と判断し、試しに旋風で攻撃してみる。手元から吹き飛ばそうと吹雪かせると、
「え?」
逆に自分の体の方が、後ろに動いた。
「あはは! 呪縛も知らないなんて、霊能力者の肩書きが泣いているよ、緑祁!」
「こ、この……」
今の自分の行動は、駄目な一手であった。もしも旋風ではなく鬼火で攻撃していたらと思うと、ゾッとする。
(藁人形への攻撃は、全部僕に跳ね返されるのか……!)
ならばあの藁人形を寛輔から取り上げてしまえばよい。そう判断した緑祁は、
「そぉれ!」
鬼火を寛輔の目の前に繰り出し、囮にして近づいた。
「当たらないよ?」
目論見通り食いついた寛輔。
「それを預からせてもら……」
腕を掴んで奪おうとした時だ。強烈なパンチが腹に飛んできて、
「……がっ!」
緑祁のことを吹っ飛ばしてしまった。
「こ、こんな力があるとは思えない……。これも霊障……だ! た、確か……」
乱舞である。霊気を用いることで身体能力が向上しているのだ。これでは近づくのは非常に危険。
(あの藁人形さえなければ!)
今、緑祁はかなり追い詰められている。しかも相手は知りもしない人物だ。
「何者、なんだ……?」
「誰だろうね? 死んでから考えるといいさ。僕は君のような人物が大っ嫌いだからね、教えてあげないよ!」
寛輔はそう言った。彼は他人に影響を与える人を毛嫌いしており、緑祁はまさにその負のストライクゾーンのど真ん中に入っている。
「そ、そうですか……。でも僕は、歌うのは得意じゃないしよくわからないです」
音楽系のサークルの手伝いは賃金など発生しない。当然だ。参加費は無料なのだから。別に金銭的な問題を抱えているわけではないので気にしないが、このサークルの部長のスカウトをどうにかかわしたい。
「また次も頼めるかな?」
「……つ、次?」
「今は未定だ。でも決まったら連絡するよ」
「わかりました。それならいつでも言ってください」
ここで嫌な顔はできなかったので、緑祁はこの誘いは断らなかった。
「この後、食事会があるんだけど、どうかな?」
「遠慮しますよ、帰ります。」
部長はとても満足気な表情で、緑祁のことを見送った。しかし当の緑祁は、
(最悪の出来だった………)
と思っている。目立ったミスなどはない。演奏に集中できていないことに苛立ちを感じていた。自分でもわかるレベルで、他のことを考えてしまっている。こんな最低な演奏をしてしまった合唱部に申し訳なくて、二度目の演奏を引き受けるつもりになったほど。
「あの、言葉……」
まるで足枷のように彼の心に付きまとう言葉。あの意味がわからないことには、最高の演奏なんて不可能だ。
(僕が、何をしたって言うんだい? 誰かの迷惑になるようなことを、どこかでしたのかな? でも全然、心当たりがない……)
無理もない。自分の周りに、あからさまに彼を恨む人物は存在しないのだ。これでは勘付く方が難しいだろう。
ただ一人帰路に就き、家に帰る。
「しまった……」
冷蔵庫を開いて夕食を作ろうとしたら、食材が全然入っていないことに今気づいた。これなら合唱部の食事会に行けばよかった。
「もう、ぼうっとしてるから! ちゃんと集中力を高めないと!」
自分で自分の頭を叩いた。この脳がぼさっとしているせいで、さっきから、いやあの言葉を聞いてから上の空になってしまっている。
時計を見た。もう八時半。これからスーパーに行って食材を買って調理するより、飲食店で済ませた方が良さそうだ。脱いだコートをそのまままた着て、玄関を出る。
「中華料理屋でいいかな。あのチャーハンを再現できれば、香恵が喜んでくれるはず!」
入店しようとした時のことだ。誰かが緑祁の肩を叩いた。
「どうしました……?」
反射的に振り返るとそこには、少年がいた。
「永露緑祁だね?」
「そう…ですけど。そっちは誰?」
「誰でもいいよ! 今ここで、君を殺す!」
「…は、はあああ?」
突然の死の宣告に驚く緑祁。
「ちょっと待ってくれ! 一体何事なんだこれは?」
「何でもいい! 君を排除せよっていう命令なんだ!」
「だ、誰の?」
「もううるさい!」
当初の緑祁は、この人は酔っ払っているのだろうと感じた。だがよく顔を見ると、赤くなってないし自分よりも若そうだ。
「これで……!」
彼が腕を挙げたその瞬間、指先の爪が伸びた。それで緑祁のことを引っ掻こうとしてきたのだ。
「うわぁっ!」
間一髪横に飛んで避ける。よく見ると伸びているのは爪じゃない。氷柱のように見える。
「これは……霊障だ!」
「ああ、そうだよ! 雪の氷柱って言うんだろう?」
もう片方の指にも氷柱を生えさせ、振り下ろす。
「む!」
だが、緑祁に傷はない。鬼火を生み出して氷の先端を溶かし、当たらないようにしたのだ。
「誰だい、そっちは?」
「自己紹介、すると思うかい?」
名乗る気はない。この少年……
「重要なのは君がここで死ぬことだ!」
とだけ言う。口調も表情も本気だ。
(やるしかない!)
緑祁は悟る。誤解や勘違いはなく、話し合って解決することも不可能。戦って、相手の殺意を失せさせるしかない。
(この辺は狭い。他の人に当たったら、危ない! 離れよう)
ここで手を振り、旋風を起こす。
「くそっ! 思ったよりも風が寒い!」
その風が、寛輔の頬をちょぴっと切り裂いた。
「ああ、なるほどね……。自然の風じゃないんだ、これ。君の霊障ってやつか。聞く話によればそれは、旋風。さっきの炎は鬼火。残っているのは、水を操る鉄砲水だろう? 違うかい?」
「違わないけど、当たってもない!」
もう一度旋風を送り込む、寛輔はその風に対し、立っているのが精一杯そうだ。
(今だ! あっちの方に公園があった! そこまで誘導しよう! 彼の狙いは僕みたいだし、絶対について来るはず!)
走りだした緑祁は、次の瞬間には転んでしまう。何もない空間に、足を取られたのだ。
「な、なんだ……?」
背中を攻撃された感触はなかった。倒れこんだ時に反転し、寛輔の方を見ると、彼は藁人形を握っておりその足を少し捻っている。
「これも霊障だ」
意味がわからなかった。無理もない。緑祁は呪縛とは遭遇したことがないからである。だが、
(あの藁人形を攻撃すれば何とかなりそうだ!)
と判断し、試しに旋風で攻撃してみる。手元から吹き飛ばそうと吹雪かせると、
「え?」
逆に自分の体の方が、後ろに動いた。
「あはは! 呪縛も知らないなんて、霊能力者の肩書きが泣いているよ、緑祁!」
「こ、この……」
今の自分の行動は、駄目な一手であった。もしも旋風ではなく鬼火で攻撃していたらと思うと、ゾッとする。
(藁人形への攻撃は、全部僕に跳ね返されるのか……!)
ならばあの藁人形を寛輔から取り上げてしまえばよい。そう判断した緑祁は、
「そぉれ!」
鬼火を寛輔の目の前に繰り出し、囮にして近づいた。
「当たらないよ?」
目論見通り食いついた寛輔。
「それを預からせてもら……」
腕を掴んで奪おうとした時だ。強烈なパンチが腹に飛んできて、
「……がっ!」
緑祁のことを吹っ飛ばしてしまった。
「こ、こんな力があるとは思えない……。これも霊障……だ! た、確か……」
乱舞である。霊気を用いることで身体能力が向上しているのだ。これでは近づくのは非常に危険。
(あの藁人形さえなければ!)
今、緑祁はかなり追い詰められている。しかも相手は知りもしない人物だ。
「何者、なんだ……?」
「誰だろうね? 死んでから考えるといいさ。僕は君のような人物が大っ嫌いだからね、教えてあげないよ!」
寛輔はそう言った。彼は他人に影響を与える人を毛嫌いしており、緑祁はまさにその負のストライクゾーンのど真ん中に入っている。