第4話 超再構成力 その2
文字数 3,030文字
即座に辻神は蜃気楼を使って自分たちの存在を隠ぺいした。
「そしてそいつはどうやら、霊能力者は危険、という認識を持っている……。多分、以前どこかで遭遇して学習したんだろうな」
小声で山姫と彭侯に耳打ち。自分たちの体に周囲の風景を投影し、また偽のビジョンを元々立っていた場所に映し出す。
(早くなくていい。多分ソイツは、私たちが未だに突っ立って考えあくねていると思っている。ここは逃げ道を塞いで……)
山姫と彭侯にはこのまま向かわせる。一方辻神は一人、反対側に回り込む。既に風の流れを読んでいるが、逃げる動きはない。誤魔化せている。
(今だ!)
車の後ろに出た。
(いた!)
黒い成人男性の姿が、そこにいた。膝を立てて車の窓ガラス越しに、その向こう側の様子を伺っているのだろう。
(ここはオレが!)
彭侯が指をその幽霊……呪黙に向ける。毒厄を混ぜた鉄砲水、汚染濁流を使うのだ。いきなり決まればもう勝負を決定づけることが可能だ。
まだこちらの接近に気づいていない。当てられると確信する彭侯。指先から放水をした。
(行け! この一撃さえ当たれば、それで終わりだ!)
呪黙に対し、完全に不意打ちが決まった。
「ラガガギ?」
汚染濁流は足に向けた。万が一体を動かされて避けられそうになったとしても、立ち膝状態の足ならすぐには動かせない。
「よし! これでもう終わっ……」
だが信じられないことが彼の目の前で起きる。
なんと呪黙は、汚染濁流をかけられた足を瞬時に切断したのだ。
「馬鹿な…?」
失った足は即座に生えて元通りになり、そして立ち上がって動く。
(汚染濁流が……! 毒厄が体に回る前に、足ごと切り落として回避した、だと……! どうなってるんだ、これは!)
その再生能力にも驚かされるが、一番驚異的なのはその知能だ。呪黙は、毒厄がいかに危険かを知っている。病射との戦いで経験したからだ。
(だが、しかし! オレたちの姿が見えないのは変わりはない! 今度は胴体にくらわせてやる!)
もう一度指を構える。彭侯は、呪黙ががむしゃらに逃げようとするだろう、と思っていた。しかし呪黙は車に手を当てたまま、その腕が光り出す。
(……電霊放か!)
辻神は気づいた。車のバッテリーを使って電霊放を撃ち出そうとしているのだ。
(しまった……! 山姫と彭侯はこの幽霊を挟んで私の反対側だ!)
しかも地震が突然起きて、足元を崩される。その直後に呪黙の腕から、黒い電霊放が飛び出した。
「うぐわああ!」
「ひいいえ!」
回避する術がなかったために、二人はもろにくらった。
「こ、この野郎!」
今ので、本来の位置が完全にバレた。もう蜃気楼で姿を隠ぺいする意味がない。辻神は蜃気楼を解いてドライバーを持ち、
「やりやがったな!」
金色の電霊放を撃ち出す。しかし呪黙の背中側の地面から岩が飛び出して、彼の電霊放は遮られてしまう。
「強い…!」
霊障の扱いが上手い。毒厄に対する反応、姿が見えない敵への対処、そして電霊放の相性を理解して防御。
「うう、大丈夫か、山姫?」
「痺れた! でも、手足は動かせるヨ」
どうやら電霊放だけで、他の霊障は混ざっていなかった。二人はすぐに立ち上がり、
「もう容赦はしないぜ! この幽霊、絶対に祓ってやる!」
「落ち着け、彭侯!」
「冷静でいられるか!」
上に向けて、汚染濁流を乱射。シャワー状の攻撃をする。
「避けられるんなら、避けてみやがれだぜ! うおおおおお!」
雨が降るように汚染濁流が降り注ぐ。辻神や山姫には当たっても、すぐに毒厄を彼らに対してだけ解けばいい。この幽霊だけにターゲットは絞れる。半径にして数メートルに、それが落ちる。
「む、虫だ!」
真冬の二月にチョウやガが現れた。これは呪黙の応声虫だ。頭上を飛び、鱗粉の防壁を築いて雨を防いだ。
「応声虫が使えるのか、コイツ……。礫岩、電霊放ときて三つ目だぜ……」
こちらの攻撃が通じていない。その恐怖が彭侯の足を後ろに下がらせた。
「安心しろ、彭侯! まだ勝負は見えない。おまえの攻撃は通用していないが、向こうも圧倒的に勝っているわけではない」
辻神が合流し、肩に手を置いて耳元でそう言った。
「ああ、そうだな。何とか……」
振り向いたその瞬間だ。
「うっ!」
急に眩暈に襲われる。足に力が入らない。
(な、何だ……? 何をされたんだ、オレ……?)
彼の横に、本物の辻神はいない。彼がそうだと思ったのは、呪黙が蜃気楼で作り出した偽のビジョンだ。そして呪黙自身も自らの体に蜃気楼を使って姿を周囲の背景に溶け込ませ、彭侯に触れて毒厄を使ったのである。
「ぐ、ぶうう!」
地面に崩れ落ちた彭侯には、立ち上がれる力を出せなかった。踏ん張れないのだ。その光景を見ていた辻神は、
「彭侯! 大丈夫か! 今、助ける!」
すぐに駆け寄ろうとする。だが山姫が、
「待って辻神! アイツ……黒い幽霊が急に消えた! 蜃気楼を使い始めた!」
(だが何故だ? それが使えるなら最初から使って、誰の目にも入らないようにできるはず。どうしてそれをしない?)
この時の彼には答えがわからない。だが実は、辻神のせいなのだ。呪黙の前で蜃気楼を使ったために、コピーされて再現されてしまったのである。
「辻神、山姫……。お、オレには、意識はある……! オレに構わず、あの幽霊を、やれ!」
苦しそうにそう促す彭侯。彼は辛うじて動く手足で這いずり、遠ざかろうとする。辻神は、
「……わかった。おまえの思い、無駄にはしない!」
断腸の思いで決意する。先に呪黙を倒し、その後に彭侯を助けることを。そもそも毒厄を打ち消せる薬束がない都合上、彼を毒厄から解放させるには呪黙を祓うしかない。
「でも、どこに消えたの?」
「焦るな、山姫! 私の旋風は既に、あの幽霊の場所を掴んでいる」
空気の流れが乱れている場所がある。それは車の上だ。そこに呪黙はいる。
「山姫、彭侯は毒厄にやられたと考えられる」
「そうだよネ…。でもどうやって近づいたの?」
「その疑問は蜃気楼を使えば解決できる。私か山姫、どちらかの姿を使って彭侯に近づき体に触れたのだ。だから、こうしよう」
「どう?」
この戦いが終わるまで、お互いに近づかない。
「わかったワ」
山姫は辻神から離れた。今彼女が見ている辻神は本物だ。
車の上に立っている呪黙は、その足元に手を置いた。また電霊放を撃つつもりらしい。
「させないヨ!」
ここで山姫が鬼火を使用。火炎放射を呪黙に向ける。
「ガラギリガ」
しかし呪黙は、その迫りくる火炎を電霊放を自分の周囲に発生させて防御した。炎は電霊放に干渉され中和され無効化される。だがそれは山姫も承知の上だ。
「ガギ!」
打ち消されることをわかっていて彼女は鬼火を使ったのである。炎で相手の視界を遮ることが真の目的だ。そして隠れて礫岩で岩石を撃ち出し、それが呪黙に命中。見事車の上から転げ落ちさせた。
「ギギ!」
この状態なら、電霊放は使えない。
「今か!」
辻神が左右の手に持つドライバーの金属部分を呪黙に向け、電霊放を放つ。二重螺旋を描きながら飛ぶ金色の電霊放。
「ダブルトルネードだ、くらえ!」
この一撃が通れば勝負は決まる。そう確信できる威力だ。そして呪黙はまだ、態勢を戻せていない。
「ギルルロガゲゲ!」
見事に呪黙の頭を貫いた。
「やったワ、辻神!」
早くも勝利を信じる山姫。辻神も、
「今のは手応えがあった! 蜃気楼ではない。本体に命中した」
確信できる。
「そしてそいつはどうやら、霊能力者は危険、という認識を持っている……。多分、以前どこかで遭遇して学習したんだろうな」
小声で山姫と彭侯に耳打ち。自分たちの体に周囲の風景を投影し、また偽のビジョンを元々立っていた場所に映し出す。
(早くなくていい。多分ソイツは、私たちが未だに突っ立って考えあくねていると思っている。ここは逃げ道を塞いで……)
山姫と彭侯にはこのまま向かわせる。一方辻神は一人、反対側に回り込む。既に風の流れを読んでいるが、逃げる動きはない。誤魔化せている。
(今だ!)
車の後ろに出た。
(いた!)
黒い成人男性の姿が、そこにいた。膝を立てて車の窓ガラス越しに、その向こう側の様子を伺っているのだろう。
(ここはオレが!)
彭侯が指をその幽霊……呪黙に向ける。毒厄を混ぜた鉄砲水、汚染濁流を使うのだ。いきなり決まればもう勝負を決定づけることが可能だ。
まだこちらの接近に気づいていない。当てられると確信する彭侯。指先から放水をした。
(行け! この一撃さえ当たれば、それで終わりだ!)
呪黙に対し、完全に不意打ちが決まった。
「ラガガギ?」
汚染濁流は足に向けた。万が一体を動かされて避けられそうになったとしても、立ち膝状態の足ならすぐには動かせない。
「よし! これでもう終わっ……」
だが信じられないことが彼の目の前で起きる。
なんと呪黙は、汚染濁流をかけられた足を瞬時に切断したのだ。
「馬鹿な…?」
失った足は即座に生えて元通りになり、そして立ち上がって動く。
(汚染濁流が……! 毒厄が体に回る前に、足ごと切り落として回避した、だと……! どうなってるんだ、これは!)
その再生能力にも驚かされるが、一番驚異的なのはその知能だ。呪黙は、毒厄がいかに危険かを知っている。病射との戦いで経験したからだ。
(だが、しかし! オレたちの姿が見えないのは変わりはない! 今度は胴体にくらわせてやる!)
もう一度指を構える。彭侯は、呪黙ががむしゃらに逃げようとするだろう、と思っていた。しかし呪黙は車に手を当てたまま、その腕が光り出す。
(……電霊放か!)
辻神は気づいた。車のバッテリーを使って電霊放を撃ち出そうとしているのだ。
(しまった……! 山姫と彭侯はこの幽霊を挟んで私の反対側だ!)
しかも地震が突然起きて、足元を崩される。その直後に呪黙の腕から、黒い電霊放が飛び出した。
「うぐわああ!」
「ひいいえ!」
回避する術がなかったために、二人はもろにくらった。
「こ、この野郎!」
今ので、本来の位置が完全にバレた。もう蜃気楼で姿を隠ぺいする意味がない。辻神は蜃気楼を解いてドライバーを持ち、
「やりやがったな!」
金色の電霊放を撃ち出す。しかし呪黙の背中側の地面から岩が飛び出して、彼の電霊放は遮られてしまう。
「強い…!」
霊障の扱いが上手い。毒厄に対する反応、姿が見えない敵への対処、そして電霊放の相性を理解して防御。
「うう、大丈夫か、山姫?」
「痺れた! でも、手足は動かせるヨ」
どうやら電霊放だけで、他の霊障は混ざっていなかった。二人はすぐに立ち上がり、
「もう容赦はしないぜ! この幽霊、絶対に祓ってやる!」
「落ち着け、彭侯!」
「冷静でいられるか!」
上に向けて、汚染濁流を乱射。シャワー状の攻撃をする。
「避けられるんなら、避けてみやがれだぜ! うおおおおお!」
雨が降るように汚染濁流が降り注ぐ。辻神や山姫には当たっても、すぐに毒厄を彼らに対してだけ解けばいい。この幽霊だけにターゲットは絞れる。半径にして数メートルに、それが落ちる。
「む、虫だ!」
真冬の二月にチョウやガが現れた。これは呪黙の応声虫だ。頭上を飛び、鱗粉の防壁を築いて雨を防いだ。
「応声虫が使えるのか、コイツ……。礫岩、電霊放ときて三つ目だぜ……」
こちらの攻撃が通じていない。その恐怖が彭侯の足を後ろに下がらせた。
「安心しろ、彭侯! まだ勝負は見えない。おまえの攻撃は通用していないが、向こうも圧倒的に勝っているわけではない」
辻神が合流し、肩に手を置いて耳元でそう言った。
「ああ、そうだな。何とか……」
振り向いたその瞬間だ。
「うっ!」
急に眩暈に襲われる。足に力が入らない。
(な、何だ……? 何をされたんだ、オレ……?)
彼の横に、本物の辻神はいない。彼がそうだと思ったのは、呪黙が蜃気楼で作り出した偽のビジョンだ。そして呪黙自身も自らの体に蜃気楼を使って姿を周囲の背景に溶け込ませ、彭侯に触れて毒厄を使ったのである。
「ぐ、ぶうう!」
地面に崩れ落ちた彭侯には、立ち上がれる力を出せなかった。踏ん張れないのだ。その光景を見ていた辻神は、
「彭侯! 大丈夫か! 今、助ける!」
すぐに駆け寄ろうとする。だが山姫が、
「待って辻神! アイツ……黒い幽霊が急に消えた! 蜃気楼を使い始めた!」
(だが何故だ? それが使えるなら最初から使って、誰の目にも入らないようにできるはず。どうしてそれをしない?)
この時の彼には答えがわからない。だが実は、辻神のせいなのだ。呪黙の前で蜃気楼を使ったために、コピーされて再現されてしまったのである。
「辻神、山姫……。お、オレには、意識はある……! オレに構わず、あの幽霊を、やれ!」
苦しそうにそう促す彭侯。彼は辛うじて動く手足で這いずり、遠ざかろうとする。辻神は、
「……わかった。おまえの思い、無駄にはしない!」
断腸の思いで決意する。先に呪黙を倒し、その後に彭侯を助けることを。そもそも毒厄を打ち消せる薬束がない都合上、彼を毒厄から解放させるには呪黙を祓うしかない。
「でも、どこに消えたの?」
「焦るな、山姫! 私の旋風は既に、あの幽霊の場所を掴んでいる」
空気の流れが乱れている場所がある。それは車の上だ。そこに呪黙はいる。
「山姫、彭侯は毒厄にやられたと考えられる」
「そうだよネ…。でもどうやって近づいたの?」
「その疑問は蜃気楼を使えば解決できる。私か山姫、どちらかの姿を使って彭侯に近づき体に触れたのだ。だから、こうしよう」
「どう?」
この戦いが終わるまで、お互いに近づかない。
「わかったワ」
山姫は辻神から離れた。今彼女が見ている辻神は本物だ。
車の上に立っている呪黙は、その足元に手を置いた。また電霊放を撃つつもりらしい。
「させないヨ!」
ここで山姫が鬼火を使用。火炎放射を呪黙に向ける。
「ガラギリガ」
しかし呪黙は、その迫りくる火炎を電霊放を自分の周囲に発生させて防御した。炎は電霊放に干渉され中和され無効化される。だがそれは山姫も承知の上だ。
「ガギ!」
打ち消されることをわかっていて彼女は鬼火を使ったのである。炎で相手の視界を遮ることが真の目的だ。そして隠れて礫岩で岩石を撃ち出し、それが呪黙に命中。見事車の上から転げ落ちさせた。
「ギギ!」
この状態なら、電霊放は使えない。
「今か!」
辻神が左右の手に持つドライバーの金属部分を呪黙に向け、電霊放を放つ。二重螺旋を描きながら飛ぶ金色の電霊放。
「ダブルトルネードだ、くらえ!」
この一撃が通れば勝負は決まる。そう確信できる威力だ。そして呪黙はまだ、態勢を戻せていない。
「ギルルロガゲゲ!」
見事に呪黙の頭を貫いた。
「やったワ、辻神!」
早くも勝利を信じる山姫。辻神も、
「今のは手応えがあった! 蜃気楼ではない。本体に命中した」
確信できる。