第4話 瞞される雷光 その1

文字数 3,953文字

 皐は紫電のことを連れて、駅前のカフェに行った。

「で! その緑祁って人のことを詳しく聞かせてくれない?」

 自分に協力してくれるなら、最低限情報は共有したい。そう皐が言ったために紫電は、

「俺が知ってることはあまり多くはないが…?」

 彼女に教える。謙虚な前置きをする割には、

「緑祁はゼネラリスト、三つの霊障を操れる。が、それぞれ業火、激流、突風の下位互換だ」
「それ一番重要じゃん!」
「そうか? 俺としては、電霊放を上回ることはないだろうから、そんなに大切とは思えないんだが……」

 今度は逆に、紫電から質問する番だ。

「お前は式神の何について研究してるんだ? 霊能力者ネットワークには履歴がないぞ?」
「ああ、秘密なんだよ。他の人に先を越されたくないから」

 それっぽい返事をして誤魔化す皐。

「でも、緑祁の式神は十分研究するに値する!」
「俺のじゃ駄目かな?」

 紫電は札を三枚取り出した。[ヒエン]、[ゲッコウ]、[ライデン]を召喚してみせる。

「おお、いいね! それも調べさせてくれない?」

 と、皐はまるで札を自分に渡せと言わんばかりに手のひらを出した。

「待てよ! 俺は緑祁を攻略するにあたって、式神たちの協力が不可欠と考えているぜ? ここでお前に預けたら、戦力が下がっちまう」
「そっか…。それで緑祁から式神をもらえなくなったら本末転倒だね。じゃ、今はいいや」

 式神を札に戻したのと同じタイミングで、皐のスマートフォンが鳴った。

「電話? しかも、神奈の実家から? 何だろう?」

 紫電に断ることもなく電話に出る皐。

「はい、はい。そうだけど、え? 死んだ? 昨日、階段から落ちて? ふうん」

 この電話でのやり取りを見ていて、

(訃報なのか。それじゃあ俺がでしゃばるのは失礼だな。心も痛んでるだろうし、俺には慰めの言葉がかけられねえ。今日はもう解散した方がいいな)

 そう判断した紫電だったのだが、皐はなんともう電話を切ってしまった。

「ちょっと、どこに行くの? まだ話し合いは終わってないよね?」
「だが、親しい人が亡くなったんだろう? ここは一旦その霊を弔ってやるのが……」
「そんなこと、別にどうでもよくない?」

 皐が放った言葉に衝撃を覚える紫電。

(………実家に電話番号を教えているレベルの知人が死亡したってのに、何でこんなにドライっていうか、関係ないって感じになれる?)

 この時に抱いた違和感は、紫電の頭から離れなかった。そして後にそれが正しかったことを、彼は思い知ることになるのだ。


 神奈の死を知ったある三人は、県内のとあるカフェに集まった。

「みんなもう聞いていると思うけど……」

 切り出したのは、吉池(よしいけ)文与(ふみよ)。他の二人を集めたのはそもそも彼女だ。

「事件性はないらしいけど、やっぱり俺には引っかかる」

 新聞を取り出しそう言ったのは、山県(やまがた)高師(たかし)である。同時に二枚をテーブルに広げる。一つは神奈の死を知らせる記事。もう一つは、

「これ、ヤイバが放り込まれた病棟でしょう? 行方不明者が一人……表にはなってないけど、【神代】に聞いてみたらヤイバだった……」

 芳賀(はが)霜子(しもこ)が言った。

「じゃあやっぱりヤイバがやったのか?」
「でも奇怪な事件でなければ、【神代】も警察に力を貸さないよ。本人かどうかは、あたしたちが実際に行って霊紋を見てみないと」
「いいや、ヤイバに決まってる!」

 霜子はそうと決めつけた。ここで高師、

「皐はどうした? 呼んでないのか?」
「う~んあたしも電話はしたんだけど、留守だったんだ。さっきもかけ直したけど、それでも駄目」

 本当は皐も交えたかったこの会議だが、連絡が取れない場合は参加させるのを諦めるしかない。

「だいたい、皐があの時の言い出しっぺなのに! 一番の当事者が不在ってどうなんだ?」
「どうもこうもあるか! 悪いのはヤイバだけだろう? さっさと殺すか捕まえるかすればいいんだよ!」

 そういう話もしたい。だが本題は、

「まず、神奈を殺したのがヤイバであると仮定しよう。どうやったか知らないが、病棟を抜け出すことができた。そして俺らに復讐を始めたんだ……」

 だから自分たちの安全を確保するべきだと、高師は言う。

「それ、あたしも賛成。正直ヤイバの霊障って結構強力。だからあの時も、実力行使じゃなくて周りを騙して言いくるめて、戦いに引きずり込むのを避けるしかなかったんだし。それに今の彼、殺意に目覚めてるなら異常だよ」
「私はそうは思わないが? かかってくるなら返り討ちにしてやる!」
「……話がそれたぞ、戻す!」

 身の安全の確保となれば、真っ先に思いつくのは逃げることだ。【神代】の霊能力者ネットワークに住所を握られている以上、今の住まいは危険だ。だから高師は今日から、首都圏内のホテルを定期的に移りながらヤイバが捕まるのを待つべきと提案した。でも、千葉から逃げることは言わない。

「どうしてあたしたちが、アイツから逃げるためにここを出ないといけないのかな? ヤイバがもう一回病棟に放り込まれればそれで解決でしょう? それまで鉢合わせないようにすればいいだけ」
「賛成だ。でもよ、最悪の事態を考えないといけない。もし目の前にヤイバが現れたら、おそらく逃げることはできないだろう。立ち向かうことも難しい」

 霊能力者ネットワークを取り出し広げて、言う。

「雇うんだ。代わりに戦ってくれる、ボディーガードをさ。ソイツがヤイバを止めている間に、俺たちは逃げる。ヤイバにやられたら新しく雇い直す」

 幸い、彼らにはそれを正当化できる理由がある。

「精神に異常をきたしたヤイバに狙われている」
「でも、【神代】に言うワケ? そしたら………」

 確実に過去にしたことを調べ直される。そうしたら、今度病棟に入れられるのは間違いなく自分たち。

「しかし器用なことができるのが、【神代】なんだ」

 【神代】の本部に頼むのではない。個人に依頼すればいいのだ。

「つまりは派遣されてくる人を待つんじゃなくて、あたしたちの方から手頃な人を捕まえるってわけね?」
「そうだ。それしかないだろう」
「フン、臆病だね! 私はお断りだよ!」

 安全策を受け入れようとしない霜子だ。彼女曰く、

「逃げられた【神代】の体勢に問題があるんだ! やっぱり富嶽は骨なし野郎さ、ここは私たちの意見をハッキリわからせようじゃん?」

 敵対する霊能力者の命を奪ってやる。彼女はヤイバのことを逆に狙うと宣言した。

「大丈夫なのか、霜子……?」
「ああ、やったるよ! 八年前は確かに実力に差があった。でも今はどう? ヤイバは病棟に押し込まれて外に出られず霊障も使えず。対する私は、何度も何度も幽霊を祓った! 経験値の桁が違うのさ!」

 財布から、自分の注文したコーヒーとケーキの代金を取り出しテーブルに置くと、一人先に帰ってしまった。

「健闘を祈る……。さて、誰を雇うかだが………」

 周囲の人は避けた方がいい。できれば八年前に起きたことを知らない人物が適任。そうなると首都圏以外の霊能力者に的を絞るべきだろう。

「ねえ高師……。これで本当にいい……んだよね?」
「おや? どうした?」
「やっぱりさ、洗いざらい過去のことを告白して」

 それを聞いた高師はテーブルをドンと叩き、

「できるわけがないだろう!」

 怒鳴った。

「俺も確かに不本意だった! でも皐がやれって言うから、書類を偽造したんだ! 君も嘘の証言をした! 霜子は実際に破壊を行った! 神奈はその虚偽の報告を上に無理矢理通した! もう戻れないだろうが、今更何を言うんだ!」

 高師も過去に戻れるのなら、皐を止めたい。だがそれをしたのなら、自分がヤイバの代わりに病棟送りになっていたかもしれない。必ず誰かが不幸になってしまうのだ、踏み外した道にはもう復帰できない。

「だ、だって……。あたし、死にたくないもん」

 文与の心配は、自分の命についてだ。

「何で命を狙われないといけないの? あたし、言ったんだよ皐に? 間違ってるんじゃないかって!」
「でも頷いたのは君だろう?」
「まあ、そうなんだけど……。でも命を優先するなら、正直に【神代】に説明して、保護してもらうっていうのが……」

 なんと自分勝手な発想だろうか。彼女には、過ちをヤイバに謝罪するという選択肢がないのだ。誠心誠意頭を下げれば、怒りを鎮めてくれるかもしれないのに。自分さえ助かるのなら、それでいいと本気で思っている。

「【神代】には言えない。俺たちの過去を暴かせるな! 墓場まで持って行くんだ」

 ネットワークを探っている最中、ちょうど良さそうな人物を見つけた。

「青森出身の霊能力者、永露緑祁という人物がこっちに来ているらしい。結構な実力者みたいだな。彼を君につけるぞ? 俺は、猫屋敷骸と大鳳雛臥に依頼してみる」

 それで文与は文句を言わなかったので、依頼メールをその場で送った。

「これで安心だ。ヤイバさえ止めれば、俺たちの今は何も変わらない。過去に怯える必要もない。確かに昔は俺らが間違っていたが、今過ちを犯しているのはヤイバの方だ」

 ここでもう一度、文与は皐に電話をする。

「もしもーし? どうしたの、文与?」

 今度は出てくれた。文与はワケを説明すると、

「あーそういうことになっているの? ヤイバが? でもそれってさ、高師の憶測でしょう?」
「で、でも! 危ないかもしれないんだよ!」
「焦らないで。アタシも既に霊能力者を一人見つけて協力してもらうことにしたから」

 皐はヤイバのことを信じていない。だが、ボディーガードを雇う提案には頷いた。

「紫電っていう、馬鹿なんだけど使えそうな駒。アタシの方はこれで大丈夫だから」
「うん、わかった。皐も気をつけて!」

 用件は伝えられたので電話を切る。

「じゃあお暇するか」

 それでこの場は解散となった。
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