第9話 生死の境界線 その3

文字数 2,553文字

(天井を崩せば話は違うんだが、少しでいい! 時間を稼ぎたい!)

 骸には作戦があった。そしてそれは、幽左衛門に見られていては成立しないものなのだ。

「絵美、雛臥。ちょっと耳を貸せ……」

 二人に耳打ちをする骸。

「階段を探して、二階に行くんだ。アイツはあと数秒でまた天井を破壊し降りてくる! その時に、上から狙え! 挟み撃ちだ!」
「わかったわ!」

 この場は自分と刹那がいれば大丈夫という判断。

「俺たちも行く!」

 範造と雛菊もこの作戦に乗ってくれた。四人はこのロビーの奥にあるであろう階段を探しに行った。

「そろそろ、じゃな……」

 そして緋寒が予感した通り、天井にヒビが入りまた崩落した。

「殺す! 絶対に許さんぞ、きさまら!」

 また現れたのだ。

「ふふふ、ふはははははははははははははははは!」
「何がおかしい?」
「死んだ! 【神代】のヤツが、二人! 今ので死んだ! 瓦礫の下敷きになって、死んだぁああ!」

 この場所から姿を消した絵美と雛臥のことを言っている。

「殺して何が楽しいんだ、お前は!」
「あん?」
「俺もお前も、時代は違えど同じ霊能力者だ。どうして同胞の血を流そうとする? それを喜ぶ? それをして、死んだお前の仲間は嬉しいのか?」

 ここは少しでも絵美と雛臥のために時間を稼ぐ。だから骸は相手を揺さぶるようなことを叫んだ。

「嬉しいに決まっているだろう! きさまは儂のことを何も知らないから、そんな綺麗ごとが言えるんだ」

 かつて【神代】と『この世の踊り人』が戦った際に、幽左衛門はその戦火の最中に立っていた。仲間を率いて抵抗しようとしたのだ。しかしそれが成功しなかった。【神代】の方が強く、その霊障に圧倒されて一人、また一人と命を落とした。乱舞や舞踊以外の霊障が使えなかった『この世の踊り人』の人たちは、遠距離から放たれる鬼火や電霊放、雪の氷柱になす術がなかったのである。

「【神代】こそ、悪者だ。だから儂が一人残らず殺す! 儂がされたことを、きさまらにもする! だからここで死ね!」

 これ以上はもう時間稼ぎは不可能。幽左衛門の太い足が横に迫る。

「眩暈風――!」

 室内に生じた上昇気流が二人の体を持ち上げて、キックを避けた。

「小賢しい! 死期を数秒伸ばしたに過ぎん!」
「さてそれはどうかな?」

 骸は周囲を見て言った。

「むっ!」

 皇の四つ子が、こちらを睨んでいるのだ。先ほどの崩落で死者の数が減ったために、たった今参戦できる状態に。

「雑魚が増えても意味はない!」
「そなたが言えることではない、であろう?」

 鋭い指摘を紅華はする。

「何だと?」
「何故『この世の踊り人』が滅んだのか、わからぬか? 【神代】に従えば、生き残る道が開けたはずじゃ。しかしそなたたちはそれを拒んだ! 変化を嫌う者は自然界から姿を消す。ただそれだけのこと! そして雑魚同然だったのは……乱舞しかまともに使えず他の霊障も求めなかったそなたの仲間であろう?」
「侮辱するなぁああああああああ!」

 この発言に図星を指された幽左衛門はキレた。そこら中の壁や天井、床を拳で乱雑に叩く。

「うおおおああ!」

 揺れ、瓦礫が落下。床にも亀裂が入り、割れる。

「死ね! 死ね! 死んで詫びろ、【神代】は!」
「そうはならねえんだぜ!」

 だがここで骸の狂い咲きが、真価を発揮する。なんとコンクリートにも植物の芽が生え、ボロボロになった天井や壁を補強するかのように縫い付けた。

「ば、馬鹿な?」

 幽左衛門が、決定的な隙を見せた。

「チャンスは今――!」

 刹那が起こす眩暈風に、皇の四つ子が乗って幽左衛門に襲い掛かる。緋寒は機傀でナイフを作り出し、紅華は応声虫でカブトムシを生み出し、赤実は氷柱を握り、朱雀は乱舞の手刀を。

「うぐわあああおおおおおおおおお!」

 この世のものとは思えない轟音の悲鳴が響いた。それでもまだ、トドメを刺し切れていないのだ。

「お、おのれ【神代】……! 儂の思いを邪魔するのか! 『この世の踊り人』の未来を閉ざすというのか! 許さん、許さんぞ!」

 もう理性よりも怒りが勝っている。だから幽左衛門は、このホテルごと崩壊させて骸たちを瓦礫で生き埋めにしてやろうと決めた。それをすれば自分もタダでは済まされない……もっと言えばこのホテルにいる蛭児にも損害が生じるのだが、もうそれを考慮できる知性がない。あまりの怒りで、流れていない血液が沸騰しそうなのだ。

「殺す! ここで全員、死ね………」

 だが急に、体が動かなくなった。誰かがダメージを入れたからではない。

「……ぐっ! うう……」

 まるで幽左衛門の分の重力だけ、強烈になったような感じである。これが、舞踊のデメリットだ。筋肉の限界がついに訪れたのである。戦いと怒りで夢中だった幽左衛門は、舞踊を長時間使用してはいけないことを忘却していたのである。
 そしてそれは、彼が一番最初に死んだ時と同じ。

「間に合ったわ!」

 ちょうど絵美と雛臥が到着した。絵美の踊り水を使えば自動的に最短ルートを検索して案内してくれるので、必然的に迷わない。

「いくぞ、うおおおお!」

 さらに幽左衛門は動けていない。今なら威力を上げた多少大きな業火で動きが遅くても、絶対に命中する。

「くらえ!」

 上から放たれた青い鬼火。幽左衛門がそれを目にした時、既に体に燃え移っていた。

「うががががが………。かかか、【神代】………。ほ滅ぼす………。儂らのみ、未来……」

 大きな体が黒い煙を吐き出しながら焼き落ちていく。生じた一酸化炭素は刹那の眩暈風が遮断し安全は確保している。
 生きている絵美たちは霊障を成長させることができ、それを臨機応変に使えた。対して死人の幽左衛門は、ワンパターンに舞踊を繰り返すだけ。生者と死者の境目に、勝負があった。

「やった! 倒したぞ!」

 指をパチンと鳴らす雛臥。

「いいやまだまだこれからだ。ここにいるはずの蛭児を捕まえないと!」

 そうしないと、終われない。骸がそう返事した時のことだ。
 外でまた、花火が打ち上がった。

「安心するのはまだ早そうよ……」

 絵美がそう言うと、踊り水を放ってホテルの外周を囲った。今のサインで蛭児が逃亡を決行するかもしれないからだ。

「でもこれで大丈夫だわ。逃げようとしたら、外にある私の踊り水に、必ず引っかかる!」
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