第8話 式神を叩け その2

文字数 2,797文字

「こ、これは……!」

 その姿に驚愕する緑祁と香恵。今までに見たことのあるどの式神とも、似ていない。禍々しい見た目がいかにも強そうだ。

「キウェエエエエエエアアアアアア!」

 顎は片方がない。それでも大きく開いて威嚇してみせる。

「下がって、香恵!」

 後ろに下がる香恵のことも[メガロペント]は見ているが、背中を向けた彼女よりも堂々と向き合う緑祁の方に興味が湧いているのか、彼のことを睨む。

(式神には、チカラがある……。雛臥と骸の話が正しければ、この昆虫とドラゴンが混ざったような外見の式神のは、高周波と光線!)

 種はわかっている。だから光線を避けつつ、高周波を無視して胴体を破壊すればいい。

「いくよ…!」

 まずは旋風を起こした。翅を断ち切れば動きが鈍くなるはずと睨んだのだ。しかし[メガロペント]の動きは緑祁が起こした風よりも速い。あっという間に離される。

「キシャオオオオオオ!」

 後ろに回り込んで、鎌状になっている腕を振り下ろした。

「……!」

 間一髪、緑祁はそれを避けた。だが、前髪が数本刈り取られた。

(かすっただけで、この切れ味……! 危険だ!)

 しかも、何かを挟むことも可能であり、境内に生えていた樹木を挟んで引っこ抜き、緑祁目掛けて投げつけた。

「その手は通じないよ!」

 ジャンプし、木をかわす。逆にその樹木を旋風で切断して手に持ち、鬼火を点火して投げ返した。

「キイイイイ!」

[メガロペント]は光線を吐き出して、その邪魔な木クズを破壊。だがその隙に、緑祁は[メガロペント]の足元に近づく。

(鎌をくらったら終わりだ……。でも! 近づかないと逃げられる! 勇気を振り絞って、距離を詰めるんだ…!)

 怯えた声を上げたくなる心臓を何とかして抑え込み、一歩一歩素早く動いて指先から鉄砲水を噴射した。

「キッキ!」

 外見上はダメージがあったようには見られない。だが[メガロペント]はのけ反った。

「今だ!」

 追撃を試みる。今度は鬼火で焼くのだ。手のひらに出現させると、それを撃ち込もうとした。

「……な、何だ? この、すっごく耳障りな音は?」

 しかし手は本能的に、鬼火を消して耳を覆うように動いた。

「これが、高周波……!」

 それだけではない。海神寺の建物が一部、振動に耐え切れず崩壊し始めた。つまりはこの音波、くらい続けるのは危険なのだ。

「まずは翅をどうにかしないと!」

 ターゲットは決まった。
 何とか手を動かして鬼火を再度出し、[メガロペント]に向けて撃ち込んだ。この距離なら外すことはない、と思っていたものの、[メガロペント]は信じられない器用な飛行で、紙一重で避けてみせたのだ。

「翅を狙うことすらできない……?」

 ここで緑祁、一旦自分の頭を叩く。さっきからネガティブな考えばかりに支配されている。その心境は非常にマズい。

(考え方を変えよう。あの翅さえどうにかできれば、あの式神は倒せるんだ! 動きをまず殺す、その方法を考え出して!)

 再び光線が迫る。もし彼が紫電だったら、電霊放でどうにかできるために苦労せず近づけただろう。だが緑祁には、電霊放は使えない。だから光線を使われると、逃げるしかないのだ。そうしている間にも、[メガロペント]との距離は開く。

「口を先にどうにかするべき?」

 咄嗟にそう思ったのだが、すぐに、

(いいや、駄目だ! 口を狙っても避けられるだけ! やっぱりあの翅が一番厄介なんだ…)

 否定する。
 何か、使えそうなものはないか。緑祁は周囲をパッと見て探した。

「これだ……!」

 それは、境内に転がっていたスコップ。きっと土いじりをしている人が出しっぱなしにしていたのであろう。それを拾い上げ、掲げる。同時に霊力を与えて心霊的な武器にもする。

「さあ、かかって来い!」

 こんな貧相な道具で勝てるとは、流石の緑祁も一ミリも思っていない。ただ、勝利への手助けになればいいのだ。

「キガアアア!」

[メガロペント]は片方しかない顎で襲ってきた。その先端がアスファルトで舗装された地面にスパッと突き刺さったのを見て、もしも両方が健在で挟まれたら、命はないと確信させる。

(でも今はその心配はない!)

 堂々とスコップの刃で殴り掛かる。[メガロペント]も顎で応戦。結果は双方が弾かれた。

「もう一度!」

 勇敢にも緑祁はまた一歩近づいて、スコップを乱暴に振った。だが冷静な[メガロペント]は宙を舞い、緑祁の頭上を陣取ると鎌を振り下ろし、切り裂いてきた。

「わわっ!」

 しかも器用に刃の部分ではなく柄を狙ってきた。その部分は木製であったために、いくら霊力が流し込まれていても耐久力がない。だからスコップの刃が地面に転がる。

「で、でも……。ここだ!」

 本能はしゃがむことを選んでいたが、彼の意思は全く逆。ジャンプすることを選択したのだ。

「キ、キイイイギョオアアアア!」

 綺麗な切断面が[メガロペント]の胴体に突き刺さる。血は流れ出ないが、悲鳴が聞こえる。[メガロペント]は刺さった柄を抜き取ろうと乱暴に体をねじった。その時、緑祁に一瞬だけだが背中を見せてしまった。

「うりゃあああああ!」

 もう一度飛んだ。[メガロペント]の二対の翅の内、右下の一枚にしがみつくことができた。そこからの行動は簡単だ。握っている手から鬼火を出して翅を直に焼く。

「キギャアアアアアアエエエエエエ!」

 大きな翅が、すぐに焼け落ちた。もう一枚。今度はそれと対になっている方に飛び移る。そして使うのは鬼火ではなく、鉄砲水。水でびしょ濡れにすれば、焼き落とすよりもバランスを損なうという考えだ。

「キィ!」

 バタバタと羽ばたいた翅の衝撃で振り落とされた緑祁だったが、目論見は成功した。上の翅は生きているものの、下の二枚は片方は焼け落ちもう片方はずぶ濡れ。バランスの悪さが体勢にも影響しているのか、[メガロペント]は地面に両足を着けているにも関わらず傾いている。

「勝負あったね」

 緑祁は着地後速やかに立ち上がると、勝ち誇ってそう言った。いくら敵とはいえ、相手は形式上は神。破壊するのは忍びない。だから相手が降参してくれれば……と思う。

 だが、まだ勝負はついていない。そう言いたげに[メガロペント]は首をひねり後ろを向いて、駄目になった二枚の翅の根元目掛けて光線を吐いた。そしてその二枚を自分の体から切り離したのだ。

「まさか……?」

 その悪い予感が的中した。斜めになっていた[メガロペント]の態勢は、すぐに元通りに戻る。

「キッキッキ! キイイシイイイイ……!」

 高周波は使えなくなったものの、まだ[メガロペント]には光線と鎌がある。戦いから降りる理由がないのだ。

(でも俊敏な動きはできなくなったはず……)

 そう思い、鬼火を撃ち込む。だが火球は、さっきよりは少し鈍いもののやはり器用な動きのせいで当たらない。

(まだ、こんなに動ける? ん?)

 ここで緑祁は気づいた。
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