第9話 悪い後味 その2
文字数 4,459文字
それを聞いていた緑祁は、正夫にも一理あると感じた。
「今までに何回、他人の意思を通してきた? 自分の意見を曲げてきた?」
「………それが、優しさと信じているから」
「おいおい、まだそんなことを言う気か? なら私が君の代わりに数えてあげようか?」
「数える?」
そう、正夫は緑祁のことを徹底的に調べていたのだ。
「天王寺修練を追い詰めた……。しかしそれは君自身の意思ではないだろう? そこにいる香恵が望んだができないことを君が代行しただけ。深山ヤイバという人物については、捕まえることすらしなかった。まだある。小岩井紫電から挑まれた勝負を、君は拒まなかった」
そして正夫が一番許せないのは、
「俱蘭辻神、手杉山姫、田柄彭侯の三人。本来なら裁かれてしかるべき人物たちと、君はどうした? 何故、庇った? どうして罪を問おうとしなかったんだい?」
「そ、それは……」
緑祁は答えられなかった。修練の時は事件に巻き込まれたせいで解決せざるを得なかったが、ヤイバの件は正夫の言う通りだ。
「全部、僕の責任ってこと?」
「そうだろう? あそこで捕まえたら、ヤイバは復讐を遂げられなくなる。それが嫌だったから、君は見て見ぬフリをしたんだ」
「違うわ」
ここで香恵が言う。
「ヤイバのことは、単純に緑祁よりも心が強かっただけよ。それに彼を捕まえるにはもっと戦い続けるしかなかったけど、あれ以上彼が傷つくのを私も緑祁も見ていられなかった。第一に、彼の思いを緑祁が折れなかった。復讐を諦めさせられないのなら……」
「悪いが香恵君、君は黙っていてくれ」
が、彼女の発言を正夫が拒む。
「紫電の時はどうだ? 何故競戦を受け入れたんだ? その理由は一つだけ! 君は、紫電の嫌がる顔を見たくなかったんだ! 辻神たちについてもそうだろう? 彼らが病棟に連れて行かれるのを、重たい罪を背負うのを見たくなかった!」
その、自分が嫌な気分になりたくないという欲。それが緑祁の優しさの正体であると正夫は指摘する。
「だから、君の思いやりには中身がないのさ。何故なら優しさが原動力ではないから!」
「そんな……」
緑祁はここで言い負かされてしまう。
(僕の思いは、全部独りよがりだったのかい? 人のことを思うことが、全部自分のためだったのかい……?)
心が悪い方向に流れ始めた。それを感じ取った正夫はここぞとばかりに攻め込む。
「そして……そんな君の悪い優しさに感化された人たちが、出てきてしまったんだよ。緑祁君、君は意図せず他人に注目される存在となっていた。そんな君が、中身のない感情に左右されている? それでは、他の人の心は傷つき廃れるばかり」
そんな緑祁の影響を受けてしまった人たちが、ドンドンと生温さに堕ちていく。今の【神代】のように。それが正夫にとって、気に入らない状況だ。
「責任感がないのなら、優しさを掲げるな! 誰かのことを思いやりたいのなら、感情に流されずに生きろ! それができないのなら、人の前に立つんじゃない!」
恐鳴の力もあってか、彼の言葉は緑祁の心に響きえぐる。
「ううっ……!」
もう聞いていられなくなった香恵は、
「そちらの妄想はそこまでよ! 優しさや思いやりなんて、人それぞれじゃないの! 傷つく誰かを見たくないことが、自分勝手なこととは私は思えないわ! 生き物は痛みを恐れるんだから、命ある者として当然の行為よ!」
大きな声で緑祁を擁護した。
「か、香恵……」
「フッ。妄信もここまで来ると病気だな……」
「妄言じゃないわ!」
香恵はそう言うと、緑祁の懐に手を当てた。すると二体の式神が、彼女たちの目の前に出現したのだ。
「ほう、式神か。それも見慣れない容姿だな」
「この[ライトニング]と[ダークネス]は、言葉を話せないけどいつだって緑祁の言うことを聞いてくれるわ。これが信頼関係よ。だから緑祁の言葉にだって、力がある! 力があるからこそ式神だって他の人だって、緑祁のことを思ってくれるのよ!」
「まあ、それも一理あるな……」
意外にも、正夫は香恵の言葉に反対しなかった。理由は簡単で、
「ではここで、勝負をしようじゃないか? 私と君、どちらが正しいのかの証明だ。人の歴史からわかるように、いつだって勝つ者が正義。負け犬が悪なのだ」
力押しして、自分の意見を通そうという魂胆のためだ。
(本来なら、あの子たちも連れてきたかった……。だが、緑祁の悪影響を受けてしまったのか? 誰にも連絡がつかない………。私の人望も、【神代】の今の雰囲気のせいで落ちた、いやコイツに落とされたか……!)
自分が正しいということのために、正夫はここで緑祁を捻り潰す。
「僕は……」
肝心の緑祁は、まだ悩んでいた。正夫に対し、何をすればいいのかわからなくなっているからだ。
(ここで勝ったら、正夫は僕のことを認めてくれる? いいやきっとそれはない。正夫にとって僕は、絶対悪なんだ。わかり合えないんだ、彼とは……)
では、返り討ちにするのか? しかしそうなると、
(きっと正夫は言うよ……。偽りの力だ、って……)
思いやることができないと、私の嫌がる顔は見たいのかと、突いて来るのだろう。
(でも……!)
しかしここで、葛藤を捨てる。
(でも、正夫の言うことは間違っている! 僕はそう信じたい! 優しさや思いやりは、自己満足のために存在しているんじゃないんだ!)
そうしたら、勇気が出て一歩前に進めた。
「ほう、やる気かい? 緑祁君、私のことを舐めない方がいいぞ? 私は霊障発展しか持っていない……つまり他の霊障は一切使えないということだが……!」
ここで、その恐鳴の強さを見せつける。指をパチンと鳴らしたら、
「……!」
出てきた。チョウやカマキリやカブトムシやクワガタやトンボやハチやセミやガガンボやコオロギやクモやサソリやムカデが大量に。しかも大きさがおかしい。どれも二メートルは余裕で越えている。
「これが、応声虫ではできないことさ。虫の大きさを人間以上にできる! その力も強い!」
この巨大虫の軍隊を越えなければ、正夫に近づくことすら叶わないのだ。
「始めようか、緑祁君、香恵君……! 君たちは今夜、この虫たちの餌となるのだ! 残骸すら残らず綺麗に食い尽くしてやろう……それが私の、君たちへの優しさだ!」
巨大虫たちが動き出した。その全ての眼が、緑祁と香恵を睨んでいる。
「香恵! [ライトニング]と[ダークネス]の側にいて!」
「緑祁はどうするの!」
「僕は……この虫たちを突破してみせる!」
突然、ムカデが突っ込んできた。幸いにも緑祁が横に飛べばかわせたが、砂が数メートル舞い上がる。凄い衝撃だ。
「鬼火で…!」
火を放った。すると着弾したムカデの足が燃えた。
「ギイイィ!」
しかし砂に潜られて、消火される。ムカデはそれができるので、今度は鬼火をチョウに向けるが、翅が起こす風のせいで届く前にかき消された。
「あ、危ないわ!」
香恵が今叫ばなかったら、緑祁はカマキリに掴まっていただろう。しゃがむと頭上を鎌が通る。
「てえぇい!」
すかさず隙だらけのカマキリに鬼火を撃ち込む。触覚を燃やせた。
「効く! 大きくても炎には弱い!」
追撃でより大きな火球を繰り出すと、カマキリは火だるまになって崩れ落ち、跡形も消えてなくなった。
「よ、よし……」
だが一々喜んではいられない。上からトンボが迫ってきている。
「ガガッ!」
読めない動きではない。ここは前に進んでトンボをやり過ごした。しかし、
「うわぁああ!」
カブトムシの角が、緑祁のことを弾き飛ばした。どうやら自分が動いた後に他の虫がどういう行動をするかまでは読めていなかったらしい。
「こ、これはマズい……!」
一匹一匹には負けない。だが虫たちが連携すると、勝てない。なら式神の手を借りるか? だが今[ライトニング」と[ダークネス」は、近づいてきた虫に精霊光や堕天闇を浴びせて退け、香恵を守っている。
(僕一人で行かないといけない! 正夫の言葉を否定するためにも!)
緑祁には、霊障合体があるのだ。これを駆使して虫たちの隙を突き、正夫を倒す。それが勝利の方程式である。
今、緑祁はあえて足を止めた。
(もっと近づけ……!)
虫たちが迫ってくる。その瞬間に、
「霊障合体・火災旋風!」
風で渦巻く炎を出現させる。反応に遅れたコオロギやガガンボ、翅がなくて素早い動きができなかったクモやサソリがそれに飲み込まれ一瞬で灰に。
「行ける……!」
いや、そうではない。火災旋風を貫いてクワガタが迫り、その大顎で緑祁のことを挟んだ。
「ぐああぁぁっ……!」
凄まじい力で、骨が折れそうだ。クワガタは捕まえた緑祁を海の方にぶん投げた。ザッパンと海に落ちる緑祁。
「しまった。もっと威力を維持していないといけないんだ! 虫たちは大量にい……」
泳いで砂浜に戻ろうとする緑祁の足を、何かが掴む。タガメだ。
「ぐゴボボぼ…!」
海中に引っ張られた緑祁。タガメは彼を溺れさせるつもりなのだ。泳げる緑祁でもこの状態では、海面に出られない。
(鉄砲水では駄目そうだ……。いいや、ここは…!)
ここで、発想を変える。緑祁が選んだのは鬼火。水の中では火は付かない。霊障であっても、頑張って一瞬維持できるかどうかだろう。
(その、瞬き程度の時間でいいんだ!)
水蒸気爆発だ。それを自分とタガメの間で起こす。すると爆発で、自分の体が上に押し上げられる。タガメはこの爆発をまともにくらったので海の底に沈んだ。
「……ぷはっ!」
海の水の冷たさを感じている暇もない。急いで浜辺に泳いで戻るのだ。
「は、ハチが!」
だがそれを拒むかのように、飛んで来るハチとトンボとチョウ。しかも緑祁は気づいていないが、海の中にはまだゲンゴロウがいる。上にも下にも、逃げ場がない。
(これはチャンスだ!)
しかし、この絶体絶命の状況を逆に緑祁は利用するつもりだ。自分を掴もうとしたトンボの足にあえて掴まる。
「おおおおおお……!」
トンボは顎で緑祁を噛み砕こうとするが、その牙を掴んで止める。彼の後ろでハチが動いた。
(刺しに来る! 今!)
そこで緑祁は鬼火を使ってトンボの足を焼き切り、再び海に落ちる。ハチの針は間違えてトンボの頭を貫いてしまった。
「ギイイヤーッス!」
海の方には海面にゲンゴロウがいて、その背中に緑祁は着地した。
「ブボオオウウ!」
暴れ出すゲンゴロウ。ここで、
「台風だ!」
霊障合体を使う。雨嵐の渦がゲンゴロウを緑祁ごと巻き込んだ。ゲンゴロウからすると回転させられているように感じるが、実は緑祁が絶妙にコントロールをしていて、少しずつ陸に近づいていく。しかも迫っていたチョウは、雨風のせいで近寄れない。
「もう、大丈夫だろう!」
陸の方を見た。コオロギがスタンバイしているが、それでいい。台風を解いて水蒸気爆発をゲンゴロウの背中で起こし、そのコオロギ目掛けて緑祁は爆風に乗って飛ぶ。
「ピャオヤ?」
コオロギの頭をクッションにして潰し、見事に着地。
「今までに何回、他人の意思を通してきた? 自分の意見を曲げてきた?」
「………それが、優しさと信じているから」
「おいおい、まだそんなことを言う気か? なら私が君の代わりに数えてあげようか?」
「数える?」
そう、正夫は緑祁のことを徹底的に調べていたのだ。
「天王寺修練を追い詰めた……。しかしそれは君自身の意思ではないだろう? そこにいる香恵が望んだができないことを君が代行しただけ。深山ヤイバという人物については、捕まえることすらしなかった。まだある。小岩井紫電から挑まれた勝負を、君は拒まなかった」
そして正夫が一番許せないのは、
「俱蘭辻神、手杉山姫、田柄彭侯の三人。本来なら裁かれてしかるべき人物たちと、君はどうした? 何故、庇った? どうして罪を問おうとしなかったんだい?」
「そ、それは……」
緑祁は答えられなかった。修練の時は事件に巻き込まれたせいで解決せざるを得なかったが、ヤイバの件は正夫の言う通りだ。
「全部、僕の責任ってこと?」
「そうだろう? あそこで捕まえたら、ヤイバは復讐を遂げられなくなる。それが嫌だったから、君は見て見ぬフリをしたんだ」
「違うわ」
ここで香恵が言う。
「ヤイバのことは、単純に緑祁よりも心が強かっただけよ。それに彼を捕まえるにはもっと戦い続けるしかなかったけど、あれ以上彼が傷つくのを私も緑祁も見ていられなかった。第一に、彼の思いを緑祁が折れなかった。復讐を諦めさせられないのなら……」
「悪いが香恵君、君は黙っていてくれ」
が、彼女の発言を正夫が拒む。
「紫電の時はどうだ? 何故競戦を受け入れたんだ? その理由は一つだけ! 君は、紫電の嫌がる顔を見たくなかったんだ! 辻神たちについてもそうだろう? 彼らが病棟に連れて行かれるのを、重たい罪を背負うのを見たくなかった!」
その、自分が嫌な気分になりたくないという欲。それが緑祁の優しさの正体であると正夫は指摘する。
「だから、君の思いやりには中身がないのさ。何故なら優しさが原動力ではないから!」
「そんな……」
緑祁はここで言い負かされてしまう。
(僕の思いは、全部独りよがりだったのかい? 人のことを思うことが、全部自分のためだったのかい……?)
心が悪い方向に流れ始めた。それを感じ取った正夫はここぞとばかりに攻め込む。
「そして……そんな君の悪い優しさに感化された人たちが、出てきてしまったんだよ。緑祁君、君は意図せず他人に注目される存在となっていた。そんな君が、中身のない感情に左右されている? それでは、他の人の心は傷つき廃れるばかり」
そんな緑祁の影響を受けてしまった人たちが、ドンドンと生温さに堕ちていく。今の【神代】のように。それが正夫にとって、気に入らない状況だ。
「責任感がないのなら、優しさを掲げるな! 誰かのことを思いやりたいのなら、感情に流されずに生きろ! それができないのなら、人の前に立つんじゃない!」
恐鳴の力もあってか、彼の言葉は緑祁の心に響きえぐる。
「ううっ……!」
もう聞いていられなくなった香恵は、
「そちらの妄想はそこまでよ! 優しさや思いやりなんて、人それぞれじゃないの! 傷つく誰かを見たくないことが、自分勝手なこととは私は思えないわ! 生き物は痛みを恐れるんだから、命ある者として当然の行為よ!」
大きな声で緑祁を擁護した。
「か、香恵……」
「フッ。妄信もここまで来ると病気だな……」
「妄言じゃないわ!」
香恵はそう言うと、緑祁の懐に手を当てた。すると二体の式神が、彼女たちの目の前に出現したのだ。
「ほう、式神か。それも見慣れない容姿だな」
「この[ライトニング]と[ダークネス]は、言葉を話せないけどいつだって緑祁の言うことを聞いてくれるわ。これが信頼関係よ。だから緑祁の言葉にだって、力がある! 力があるからこそ式神だって他の人だって、緑祁のことを思ってくれるのよ!」
「まあ、それも一理あるな……」
意外にも、正夫は香恵の言葉に反対しなかった。理由は簡単で、
「ではここで、勝負をしようじゃないか? 私と君、どちらが正しいのかの証明だ。人の歴史からわかるように、いつだって勝つ者が正義。負け犬が悪なのだ」
力押しして、自分の意見を通そうという魂胆のためだ。
(本来なら、あの子たちも連れてきたかった……。だが、緑祁の悪影響を受けてしまったのか? 誰にも連絡がつかない………。私の人望も、【神代】の今の雰囲気のせいで落ちた、いやコイツに落とされたか……!)
自分が正しいということのために、正夫はここで緑祁を捻り潰す。
「僕は……」
肝心の緑祁は、まだ悩んでいた。正夫に対し、何をすればいいのかわからなくなっているからだ。
(ここで勝ったら、正夫は僕のことを認めてくれる? いいやきっとそれはない。正夫にとって僕は、絶対悪なんだ。わかり合えないんだ、彼とは……)
では、返り討ちにするのか? しかしそうなると、
(きっと正夫は言うよ……。偽りの力だ、って……)
思いやることができないと、私の嫌がる顔は見たいのかと、突いて来るのだろう。
(でも……!)
しかしここで、葛藤を捨てる。
(でも、正夫の言うことは間違っている! 僕はそう信じたい! 優しさや思いやりは、自己満足のために存在しているんじゃないんだ!)
そうしたら、勇気が出て一歩前に進めた。
「ほう、やる気かい? 緑祁君、私のことを舐めない方がいいぞ? 私は霊障発展しか持っていない……つまり他の霊障は一切使えないということだが……!」
ここで、その恐鳴の強さを見せつける。指をパチンと鳴らしたら、
「……!」
出てきた。チョウやカマキリやカブトムシやクワガタやトンボやハチやセミやガガンボやコオロギやクモやサソリやムカデが大量に。しかも大きさがおかしい。どれも二メートルは余裕で越えている。
「これが、応声虫ではできないことさ。虫の大きさを人間以上にできる! その力も強い!」
この巨大虫の軍隊を越えなければ、正夫に近づくことすら叶わないのだ。
「始めようか、緑祁君、香恵君……! 君たちは今夜、この虫たちの餌となるのだ! 残骸すら残らず綺麗に食い尽くしてやろう……それが私の、君たちへの優しさだ!」
巨大虫たちが動き出した。その全ての眼が、緑祁と香恵を睨んでいる。
「香恵! [ライトニング]と[ダークネス]の側にいて!」
「緑祁はどうするの!」
「僕は……この虫たちを突破してみせる!」
突然、ムカデが突っ込んできた。幸いにも緑祁が横に飛べばかわせたが、砂が数メートル舞い上がる。凄い衝撃だ。
「鬼火で…!」
火を放った。すると着弾したムカデの足が燃えた。
「ギイイィ!」
しかし砂に潜られて、消火される。ムカデはそれができるので、今度は鬼火をチョウに向けるが、翅が起こす風のせいで届く前にかき消された。
「あ、危ないわ!」
香恵が今叫ばなかったら、緑祁はカマキリに掴まっていただろう。しゃがむと頭上を鎌が通る。
「てえぇい!」
すかさず隙だらけのカマキリに鬼火を撃ち込む。触覚を燃やせた。
「効く! 大きくても炎には弱い!」
追撃でより大きな火球を繰り出すと、カマキリは火だるまになって崩れ落ち、跡形も消えてなくなった。
「よ、よし……」
だが一々喜んではいられない。上からトンボが迫ってきている。
「ガガッ!」
読めない動きではない。ここは前に進んでトンボをやり過ごした。しかし、
「うわぁああ!」
カブトムシの角が、緑祁のことを弾き飛ばした。どうやら自分が動いた後に他の虫がどういう行動をするかまでは読めていなかったらしい。
「こ、これはマズい……!」
一匹一匹には負けない。だが虫たちが連携すると、勝てない。なら式神の手を借りるか? だが今[ライトニング」と[ダークネス」は、近づいてきた虫に精霊光や堕天闇を浴びせて退け、香恵を守っている。
(僕一人で行かないといけない! 正夫の言葉を否定するためにも!)
緑祁には、霊障合体があるのだ。これを駆使して虫たちの隙を突き、正夫を倒す。それが勝利の方程式である。
今、緑祁はあえて足を止めた。
(もっと近づけ……!)
虫たちが迫ってくる。その瞬間に、
「霊障合体・火災旋風!」
風で渦巻く炎を出現させる。反応に遅れたコオロギやガガンボ、翅がなくて素早い動きができなかったクモやサソリがそれに飲み込まれ一瞬で灰に。
「行ける……!」
いや、そうではない。火災旋風を貫いてクワガタが迫り、その大顎で緑祁のことを挟んだ。
「ぐああぁぁっ……!」
凄まじい力で、骨が折れそうだ。クワガタは捕まえた緑祁を海の方にぶん投げた。ザッパンと海に落ちる緑祁。
「しまった。もっと威力を維持していないといけないんだ! 虫たちは大量にい……」
泳いで砂浜に戻ろうとする緑祁の足を、何かが掴む。タガメだ。
「ぐゴボボぼ…!」
海中に引っ張られた緑祁。タガメは彼を溺れさせるつもりなのだ。泳げる緑祁でもこの状態では、海面に出られない。
(鉄砲水では駄目そうだ……。いいや、ここは…!)
ここで、発想を変える。緑祁が選んだのは鬼火。水の中では火は付かない。霊障であっても、頑張って一瞬維持できるかどうかだろう。
(その、瞬き程度の時間でいいんだ!)
水蒸気爆発だ。それを自分とタガメの間で起こす。すると爆発で、自分の体が上に押し上げられる。タガメはこの爆発をまともにくらったので海の底に沈んだ。
「……ぷはっ!」
海の水の冷たさを感じている暇もない。急いで浜辺に泳いで戻るのだ。
「は、ハチが!」
だがそれを拒むかのように、飛んで来るハチとトンボとチョウ。しかも緑祁は気づいていないが、海の中にはまだゲンゴロウがいる。上にも下にも、逃げ場がない。
(これはチャンスだ!)
しかし、この絶体絶命の状況を逆に緑祁は利用するつもりだ。自分を掴もうとしたトンボの足にあえて掴まる。
「おおおおおお……!」
トンボは顎で緑祁を噛み砕こうとするが、その牙を掴んで止める。彼の後ろでハチが動いた。
(刺しに来る! 今!)
そこで緑祁は鬼火を使ってトンボの足を焼き切り、再び海に落ちる。ハチの針は間違えてトンボの頭を貫いてしまった。
「ギイイヤーッス!」
海の方には海面にゲンゴロウがいて、その背中に緑祁は着地した。
「ブボオオウウ!」
暴れ出すゲンゴロウ。ここで、
「台風だ!」
霊障合体を使う。雨嵐の渦がゲンゴロウを緑祁ごと巻き込んだ。ゲンゴロウからすると回転させられているように感じるが、実は緑祁が絶妙にコントロールをしていて、少しずつ陸に近づいていく。しかも迫っていたチョウは、雨風のせいで近寄れない。
「もう、大丈夫だろう!」
陸の方を見た。コオロギがスタンバイしているが、それでいい。台風を解いて水蒸気爆発をゲンゴロウの背中で起こし、そのコオロギ目掛けて緑祁は爆風に乗って飛ぶ。
「ピャオヤ?」
コオロギの頭をクッションにして潰し、見事に着地。