第8話 意外な抜け道 その3

文字数 5,151文字

「邪産神……。コイツが本物なのか!」
「じゃさんしん? そうか、俺にも名前があるのか」

 言葉も通じている。

「ああ、そうだよ。邪産神。【神代】が付けた名前だ。この世に産み落とされた邪念の神! 野放しにはできない存在だ!」
「ふ、ふははははは」

 何と邪産神は笑い出した。

「何がおかしいんだ!」
「産み落とされた? 俺が、か?」
「どういう意味……?」

 緑祁は知らない。邪産神の起源を。どういう生物の魂が、この幽霊になったのかを。

「まったく逆だ。俺はお前たち人間の手で……産まれて来れなかったのさ。命としての鼓動があったのに」
「は…? い、意味がわからない……」

 だが香恵はある程度推理した。

「もしかして……堕胎した胎児の幽霊なの?」
「ほう、わかるのか」

 邪産神は言う。

「俺は人間が憎い。どうして命を奪われなければいけなかったのだ? 何もしていないのに、産まれてはいけなかったのか?」

 産まれる望みを絶たれし怨みは、とても深い。だからこそ邪産神は人間という存在を許せず、命を奪った。

「いくら理由があっても、人に迷惑をかけていい言い訳にはならない! 産声を上げられなかったのは残念だとは思う。でも、人を襲うことはやめるべきだ!」
「わかったことを言うなよ、小僧! 俺の悲しみがお前に理解できるか? ちゃんと人として産まれて来れた、お前に!」

 緑祁は黙ってしまった。何を言えばいいのか、わからないのだ。邪産神の原動力はこの怒り。それを鎮める言葉が見つからない。

「仕方がないことだってあるワ。人って結構愚かなの。どうしても感情が邪魔して、自分が中心だと思ってしまう……」

 山姫が先に口を開いたが、

「自己中なヤツらの自由のために、犠牲になる命を無視するとでも言いたいのか!」

 しかしここで彼女は怯まない。

「君も産まれてきていたら、人間だったんでしょう? 人は他の命を奪いながら生きる者! 道が違えばぼくたちと同じだったはずなのに、それはどうなの?」

 強く反論した。

「中絶されたのは悲しいことだとは思うヨ。でもね、緑祁の言う通り! 被害者だからって、何でも許されるわけじゃない! 復讐して、人を殺してそれでいて被害者だから文句を言うなって? そんな理屈は通らないワ!」

 この気迫に邪産神は、

「……やはり生きている人間には、俺のことは理解できないらしいな」

 元からわかっていたことではあるが、言葉にした。

「言っておくがお前たちには興味はない。俺がおかしいと感じたのは、お前が持っているその二体の不思議な存在だ」

 それは、[ライトニング]と[ダークネス]である。

「何故その光と闇の霊障が、再現できない? 俺はどんな霊障だろうと人間が使ったのなら、支配できる。なのに何故だ?」
「それは、決まっているわ! [ライトニング]と[ダークネス]は式神、それは霊障じゃなくてチカラ! しかも元々の魂が、この世界の住民じゃないからよ!」
「……そうなの?」

 驚く山姫に頷いて答える緑祁。

「特殊な魂か。だがそれも、奪ってしまえば俺のものだ」

 ここで邪産神は揺さぶりをかける。

「お前……。その式神とやらを俺に寄越せ。そうすれば、ここは引いてやろう」
「何を言う、コイツ!」

 緑祁の周囲は、邪産神と戦う霊能力者でいっぱいだ。今はまだ優勢かもしれないが、いつ劣勢に傾くかがわからない。だから邪産神は言うのだ、式神を差し出せばこの場から手を引いてやる、と。完全に相手を見下した提案だ。

「そんな誘いに僕が乗るとでも思っているのか! [ライトニング]と[ダークネス]は、僕の大切な仲間だ! 何があっても、誰にも譲らない!」
「そうか。ならばここで死に、俺の栄養分となるがいい!」

 緑祁と邪産神の戦いが始まる。[ライトニング]と[ダークネス]には、香恵と山姫の護衛を任せ、緑祁一人でこの邪産神の本物と戦うのだ。


 他の霊能力者たちも頑張っている。そんな中、緑祁は邪産神との一騎打ちを選んだ。

(必ず勝つ!)

 先に動いたのは、邪産神だ。おそらく他のコピーの邪産神が見たり体験したりした霊障も繰り出せるのだろう、雪の氷柱が手の中から飛び出した。

(……もらった!)

 この飛び道具による攻撃は、緑祁にとっては好都合だ。霊障合体・水蒸気爆発で弾き返すことができるからである。すぐさま彼は右手で鬼火を左手で鉄砲水を生み出し、両手を合わせて爆風を生み出す。

「なるほど……。そういう使い方もあるのか」

 だが、この緑祁得意の戦術は邪産神には通じない。地面から礫岩の岩石が飛び出し盾となったのだ。

「うおおおお!」

 しかし勢いは自分の方に向いた。そう直感した緑祁は前進し、邪産神に近づいて、

「火災旋風だ!」

 炎の渦を叩き込む。

「甘いな…」
「何っ!」

 邪産神は特別、回避も防御もしなかった。ただ緑祁が放った火災旋風を堂々と受けて、それでいて一歩前に進む。炎の風を切り裂くように前進するのだ。そして緑祁の肩を掴むと、

「これも……霊障だったな? 乱舞という霊障……」
「うおおおああああああああああ!」

 凄まじい握力で肩を掴まれ、それから適当に放り投げられた。

「う、うぐ……」

 強さが違う。この本物の邪産神は、他のコピーとは次元が違う。

(火傷しないのか……! 炎が効かない、なんてあり得るのか……?)

 緑祁は見た。邪産神のことを注意深く観察した。火災旋風に飛び込んだために、やはり肌が焦げている。だがそれが、急に治癒していくのだ。

(慰療だ…! 回復能力まである!)

 だから、除霊されない程度の攻撃は恐れるに値しない。

「どうした、小僧……? さっきまでの意気込みはもう終わりか? 立てよ?」
「………!」

 無策にも緑祁は立った。

「次は何をしようか? 何か要望はあるか?」
「あるわけない、だろう!」
「なら俺が決めてやる」

 突然、足元の地面が割れた。しかもその地割れの中には、金属の剣や鎌や斧や槍が大量に潜んでいる。

(噂に聞く、鉱山死原か! これが!)

 そこに落ちれば命はまずない。どうにか緑祁は逃げるために横に飛ぶ。

「逃げるか、人間? いつまでも逃げられるかな?」

 だが緑祁もただ逃げるのではない。鉄砲水を放った。しかし単調で読める動きだ。

「避けてくれと言わんばかりだな」

 ちょっと動けばそれだけて外れる。
 邪産神は緑祁に向き直ると、

「俺が見せてやろう、霊障の使い方を。幽霊である俺が、生者たるお前に」

 ここから始まる地獄。まずは鬼火が出現した。緑祁はそれに反応し、鉄砲水を撃ち込んだ。小さい火球だったので、すぐに消せた。

「まだだな」

 次は鉄砲水だ。邪産神の指先から水が放たれる。それは緑祁の方にまで伸びるが、彼は後ろに下がったので、目の前に水溜りができた。
 まだ続く。風が吹いた。それも緑祁のではなく、邪産神の旋風だ。さらにそこから、雪の氷柱も繰り出す。向かい風で身動きがとりづらい緑祁に向けて発射された。

「うわあああ!」

 左肩に突き刺さる。傷は浅いが、血が出た。

「右もいただく」

 機傀で生み出された釘を投げる邪産神。緑祁は鉄砲水で釘を押し流し何とか軌道をずらしたのだが、

「う、うぐ!」

 既に応声虫で生み出されたカミキリムシが右肩に引っ付いていて、服の上から噛みついてきた。
 氷柱とカミキリムシを引き剥がすと、それを逆に邪産神に投げつける。

「愚かだな、人間」

 邪産神は凄まじいパンチ力でそれらを破壊。乱舞がなせるワザだ。
 急に小刻みに体を動かす邪産神。

(静電気を貯めている!)

 電霊放を撃ち出そうとしていることを察した緑祁は、一気に前進して、すれ違いざまに旋風を放った。今度は邪産神の体に傷を入れることができた。

(……? 成功した……?)

 だが、疑問を感じる手応えだ。ワザと攻撃を受けたようにも思える。

「人間よ、どうやっても勝ち目はない」

 邪産神の思惑だった。慰療を使って傷口を塞いだ。さらに次に電霊放が指から飛ぶ。

「それは避け……。ぶわっ!」

 横に動いた緑祁の足元に、礫岩で生じた岩が出現。それに躓き彼は転ぶ。

(なんて差だ……! アイツは、霊障を全て使えるのか! 霊障の博覧会になっている!)

 純粋な戦闘能力では、差があり過ぎる。それを今、見せつけられた。

(多分使ってこないだけで、木綿、毒厄、薬束、蜃気楼も使える! 本当に全部、だ……。しかもそこから、霊障合体までできるとなると………)

 しいて言うなら、呪いの依り代が必要な呪縛と専用の札が必要な霊魂は使えない。しかしそれは大した問題ではなさそうで、

「わかるか人間? これが、俺とお前の間にある、圧倒的な差だ。お前たち人間は、俺のことを侮り過ぎた。甘く見過ぎた。俺の恨みが浅いものだと、楽観視し過ぎた。それが命取りになるわけだ……」
「力が全てじゃないはずだ!」

 ここで反発する緑祁。今まで彼は、自分以上の強者と何度もぶつかり、勝ってきた。だからこそ、言えることがある。

「まだ、負けが決まったわけじゃない! ここから結果は変えられる! 勝利の方程式はまだ、手放すには早すぎる!」
「できるのか、お前に? 俺と違い、霊障はたったの三つしか使えないお前に! 力で押し切ることができないお前に!」
「やってみせる!」

 立ち上がり、叫ぶ緑祁。幸いにもまだ、動けなくなるほどのダメージは受けていない。霊障を大量に見せつけられ、少し衝撃を覚えただけだ。今ならまだ立ち直れる。

(どうする? 考えろ! 邪産神の方が僕よりも明らかに強い! その強さを利用すれば……! それをどうするか!)

 方程式を一行目から考える。

(やっぱりこれか!)

 緑祁は邪産神から離れた。こうすることで、相手に飛び道具を使わせるのだ。それを水蒸気爆発で跳ね返す。一番得意な戦法。

「お前の思惑通りに世界は動かないぞ、人間!」

 だが、作戦が見切られている。邪産神は離れる緑祁に近づく。

(そうくるか! でもそれも、想定内だ!)

 さっき水蒸気爆発を使った時には、礫岩で防がれてしまった。だが至近距離なら、その隙はないはずだ。逆に距離を詰めてくることを利用するのだ。仕掛けるのも緑祁の方から。

「邪産神! 絶対に除霊してやるぞおおお!」

 腕を素早く動かし、火災旋風を三つ同時に繰り出した。

「は、ワンパターンだな…。人間というのは成長するものだと思っていたが、どうやら退化する者もいるらしい」

 この攻撃で倒せるとも、退けられるとも思ってはいない。緑祁が見たいのは、邪産神の対応だ。彼の霊障に対して、どの手を打って来るのか。

「フン!」

 邪産神は腕を動かした。乱舞と鉄砲水を合わせた推進流撃で、火災旋風を消した。

「近づいても無駄だ、人間……。俺に敵うわけがない」

 反応速度が凄まじい。離れていれば礫岩で壁を作り、近づいていても的確な霊障合体で対処できる。隙がない。でも絶望したりはしない。

「いいや! これを通す!」

 右手を挙げ、その腕を中心に火災旋風をまた作り出す。赤い渦が天にまで伸びていく。

「火力を上げてきたか……。だがそんなもの、意味はない」

 緑祁はそれを振り下ろした。

「効かんぞ、ぞんなもの」

 言葉とは裏腹に邪産神は腕を挙げて交差させ、防いだ。

(やはり! いくら回復能力が高くても、ある程度以上のダメージは受けてはいけないんだ! 慶刻から聞いた通り……体全身を焼き尽くせば、再生はできない!)

 邪産神は自身の頭上に、鉄砲水を撃ち出した。火災旋風を消火して威力を和らげようとしているのだ。
 そこに緑祁が、左手を駆使して台風を繰り出した。

「ぐるるが!」

 上に注意を向けていた邪産神に決定的な隙が生まれ、そこを緑祁が突いた。横っ腹をえぐることができた。

「……………」

 その痛みが邪産神の意識を下に向ける。

「今だ!」

 生き残った火災旋風を完全に振り下ろした。

「ぐおおおおおお!」

 燃える。完全に炎に飲み込まれている。

「やったか!」

 この時、緑祁の気がわずかに緩んだ。勝利したという思い込みが、彼の脳裏に生まれたのだ。
「………は!」

 邪産神はこれくらいでは消滅しない。全身に鉄砲水を走らせ、体を燃やす火炎を消す。

「いい度胸だな、人間! では俺からもやらせてもらうぞ!」
「な、何だって……!」

 瞬時に体の傷を癒すと、邪産神は乱舞で上がった身体能力を駆使して一気に緑祁に駆け寄り、拳で彼の腹を突いた。

「……ぐふ!」

 速い。だがそこまで威力はない一撃だ。だから緑祁は反撃しようとした。しかし腕を動かすよりも先に膝が崩れた。

(え………? 声が、出ない……!)

 意識も急に遠退いていくし、寒気も感じる。これは霊障合体・毒手だ。毒厄が即座に緑祁の体を意識ごと蝕んでいるのだ。

(やら、れた………!)

 地面に倒れる緑祁。瞼が勝手に閉じる。
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