導入 その2

文字数 4,140文字

 しかしここで疑問を抱く閻治。犠霊はパワーダウンしているというのに、悪の瘴気の減少を感じない。

(犠霊の他にも何かおるな……?)

 だとしたら、この戦いを長引かせるわけにはいかない。一気に畳みかける。

「終わらせる……! 霊障合体・招雷拳(しょうらいけん)!」

 電池を握りしめて拳を電霊放で帯電させ、乱舞で強化された身体能力から右ストレートを放つ。同時に、

「大気拳!」

 旋風の勢いに乗って、風をまとった左手でも拳で殴る。二つのパンチが生み出す衝撃はとてつもなくデカい。

「ギッ!」

 拳が命中した場所から全身に、一気にヒビが走る。後何かもう一つ衝撃があれば、バラバラになるだろう。そしてこのタイミングで地震が起きる。もちろん閻治が礫岩で起こした揺れだ。

「ギャアアアアアアア!」

 断末魔の叫び声を上げながら、犠霊の体が砕け散った。

「おお、流石は閻治! あの犠霊を一人で倒してしまうとは!」

 思わず拍手が出る法積。だが閻治は、

「油断するな! まだ終わっておらん! 何か、感じないか?」
「何か? ……そう言えば、空気が重い。犠霊はやられたはずなのに!」

 法積も言われて気づいた。周囲の雰囲気が、まだ死んでいる。
 閻治は天井に向かって、

「何者だ、出て来い! 貴様の従えていた犠霊はもう、この世から退場したぞ? それでもまだ、負けておらんと言うのなら、その面を出せ!」

 叫ぶ。すると奥の方の扉が独りでに開いた。そこから出てきたのは、真っ黒い少年の影。

「貴様が、ここの真の親玉!」
「何、犠霊じゃないのか?」

 驚く法積だが、理解できなくもないのだ。犠霊は強力な幽霊であるものの、他の幽霊を従える能力はない。

「ヨクモオレノコブンヲハラッタナ……? ニンゲンフゼイガ、ナマイキナ!」

 その影が、口を動かし喋り出したのだ。

「そういう性なんでな。人に害成す幽霊は見過ごせん。さっきの犠霊も、そして貴様も!」
「オモシロイ。ニンゲンゴトキガ、オレニカツツモリデイルノカ?」

 この黒い影……魔天楼(まてんろう)という幽霊は少しずつ閻治に近づいた。閻治はその場に立っていたが、法積はプレッシャーに耐え切れず後ろに下がった。

「イクゾ、ニンゲン!」

 魔天楼は腕を広げて、両手から黒い稲妻を撃ち出した。

「ぬお!」

 閻治はその雷撃を避ける。しかし追尾してくるのでかわし切れない。だから礫岩を使って岩石を床から飛び出させ、盾にした。電霊放と同じで、礫岩には通じない様子。

「ホウ? デキルヨウダナ?」
「さあな?」

 相手の言葉に余裕をもって返答する。この勝負、油断や隙を見せたら終わりだ。その瞬間に一気に敗北まで持っていかれる。

「今度は我輩の番だ」

 岩石から身を乗り出し、同時に霊障を使う。指先から水が放たれた。

(どう、対処する?)

 実は毒厄が混じっている汚染濁流なのだが、彼にはこれを当てる気がない。魔天楼の対応が見たいのだ。もっと何か色々と霊障を隠し持っている気がしてならないのである。

「ソンナヘナチョコナミズハツウジナイナ?」

 閻治の想像通りだった。魔天楼は旋風を使って汚染濁流の軌道をズラし、自分に当たらないようにした。

「ニンゲンヨ、ムダナテイコウハシナクテイイ。アンシンシテ、シニ、オレノハイカニハイレ。ニンゲンドモヲオビヤカシツヅケルノダ。オレタチノコノバショハ、ダレニモユズラン」
「その誘いは悪いが断らせてもらおうか。我輩は人々のために、霊障を使う。霊能力者というのはそういう人間だ。悪しき幽霊を祓い、人々に安全を提供する」

 言葉は通じても、話は飲み込まない。

「ソウカ、ザンネンダ。デハオマエハ……ココデシネ!」

 突然、黒い炎が魔天楼の体から噴き出た。そしてその状態で一気に閻治に向かって走り出す。速い。

「そう来るか。だがな、それほど恐ろしくもない」
「ナンダト?」

 避けられないと感じた閻治は逃げることをやめ、逆にポケットに入っていた電池をばら撒いた。それらは電流で網目を形成していて、そこに旋風を加えて吹き飛ばす。

「霊障合体・風神雷神だ」

 勢いをつけていた魔天楼の方は、これをかわせない。見事に風神雷神が炸裂した。

「ジュワアアアアア! ナンダコノ、ワザハ? オレノシラナイワザ、ダト?」
「だろうな」

 霊障合体は閻治の幼馴染である慶刻とその父、平等院覇戒が考え編み出した技術。言ってしまえば生きている人間の技。あの世の存在である幽霊は、それを知らないのだ。

「ダガ……」

 この程度でくたばる魔天楼ではない。ダメージは深刻だったが、まだ戦える。

「コロス! オマエヲカナラズ! コノキズハ、オマエノチデイヤソウ」
「……。今度はこっちから行くぞ?」

 閻治が動いた。その軌道の残像が、大量の虫に変わる。応声虫だ。

「ヤキツクシテヤル!」

 カブトムシやクワガタが一斉に魔天楼に飛びかかる。魔天楼は自分の炎の火力を上昇させ、その虫たちを焼き払おうとした。のだが、

「グワワワアアア! バカナ、コンナコトガ!」

 これも霊障合体だ。鉄砲水を組み合わせた、水虫(みずむし)。水の特性があり、炎をかき消すことが可能。
 二度も霊障合体をくらわされた魔天楼だったが、それでも自分の力……黒い炎を燃やす。

(できるはずだ、やろうと思えば。鬼火と電霊放が使えるのなら、極光が!)

 それに備える閻治。だが魔天楼は普通の電霊放を繰り出した。

「シネ!」

 もうこの攻撃は閻治には届かない。また岩が地面から飛び出し遮ってしまう。

(ワンパターンなヤツか、それとも己の信念を貫き通せるヤツか)

 戦いの中で成長することができれば、この勝負の流れは違ったかもしれない。だが魔天楼はそれをしようとしないので、閻治は指をクイッと動かし、

「霊障合体・砂塵……」

 地面が吐き出した岩や石が風に運ばれ、魔天楼の体を痛めつける。

「オイ、ユウレイドモ! ナニヲシテイル! コイツヲコロセ!」

 自分だけでは敵わないと感じたのだろう、魔天楼は配下の幽霊に命じた。数の暴力で閻治を倒そうとしたのだ。

「他力本願な性根は、叩き直してやる。法積がな!」

 招集をかけられたのに集まらない幽霊たち。魔天楼の力に抗えているのではない。

「くらえ! 霊障合体・突撃地雷!」

 法積が集まって来る幽霊に対処しているので、閻治に近づけないのである。

「クソッタレ! コイツ、フザケテヤガル!」
「死後のことを否定する気はない。だがな、前に向かって歩き続けることは……生きている者にしかできんようだな」

 トドメを刺す。機傀で大量のパチンコ玉を生み出し、それを投げる準備をする。そのパチンコ玉は電霊放で帯電しており、雷を下に向かって落とせるようになっている。

(この状態で、電雷爆撃を避けられるわけがない。一瞬で除霊してやろう)

 しかし、驚くべきことが起きた。

「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 魔天楼が両手を合わせて霊障を使ったのだ。電霊放と鬼火の両方を、だ。

「おお!」

 別個に撃ち込んだわけでもない。ちゃんと二つを合体させている。黒いオーロラが出現したのだ。

(幽霊でも、霊障合体を使えるのか! これは凄い発見だ! 慶刻の奴め、遊びに行っている暇じゃなかったぞ)

 オーロラが迫りくる中、閻治は予定していた動きをやめて逃げる。用意していたパチンコ玉は全部捨てて、礫岩を使って岩石を三度盾にする。だが魔天楼の放った極光は曲がり、遮蔽物を避けて閻治に迫った。

「しまった!」

 左腕に被弾した。一撃で服が破壊され、同時に皮膚も少しえぐれる。血が流れ出した。

「ハハハ、ドウダニンゲン! オレヲタオソウトスルカラ、コンナメニアウンダ!」

 これに気を良くした魔天楼は、極光を連発。閻治のことを完全に破壊するつもりだ。

「しかし! 我輩には敵わんさ。この程度の怪我、何も思わん」

 閻治は血で濡れた左手で胸ポケットを探り、札を取り出した。霊魂を出せる札である。それを魔天楼に向け、

「くらうがいい! 霊魂と毒厄の合わせ技! 霊障合体・幻霊砲(げんれいほう)!」

 その名前は、霊怪戦争を終わらせた……『月見の会』を滅ぼした心霊兵器にちなんでいる。つまりは実際に存在する物体の名前をそのまま、覇戒と慶刻はその霊障合体に使ったということだ。
 それはつまり、その霊障合体はそれほどに悪名高いということでもある。
 黒いオーロラを貫いて、魔天楼に幻霊砲が炸裂した。これをくらってこの世に命を繋ぎとめられる者は存在しない。

「ガ、ハ!」

 たったの一撃で、崩れ落ちる魔天楼。何が起きているのかわかっていない。直撃した霊魂が毒厄を運び、当たった体を即座に毒と病で蝕まれたのだ。

「バカナ………」

 足が崩れ、床に倒れる。立ち上がる力が出せない。指を動かすことすら叶わない。

「終わりだな、幽霊」

 魔天楼に駆け寄る閻治。

「ナンダ……? オレヲミクダシニキタノカ?」

 勝者にはその権利があるだろう。だが彼はそんなことのために来たのではない。

「苦しみながら消えるのは、貴様には合わん。幽霊でも霊障合体が使える。それを我輩に教えてくれた貴様の魂を、今我輩が黄泉の国に送ってやろう」

 経を唱え始めた。それも対象を苦しませずに成仏させることができる経だ。それを聞いた魔天楼は、

「オレノ……。オレノスイショウガ、コノバショノドコカニ……。ソレヲミツケテクレ……」
「わかった」

 その水晶を探していたから、魔天楼は工場の敷地内にいたのだ。そして他の誰にも渡したくなかったから、工事を邪魔したのだろう。閻治はその探し物を承った。

「タノムゾ、ニンゲンヨ……」

 魔天楼はこの世から消えた。同時に重苦しい空気もなくなった。


「あったぞ!」

 この日のうちに、魔天楼に頼まれた水晶を閻治たちは探した。式神を総動員して手当たり次第に敷地内を探し回ったが、以外にも屋内……それも部屋の広さと装飾からして工場長の部屋の引き出しの中にあった。多分どこかから取って来て、ここに保管したのだろう。それを魔天楼に嗅ぎつかれ、工場はその負の影響で閉鎖となったのだ。
 綺麗な暗い紫色の水晶だ。触っているだけで霊気を感じる。

「どうするんだ、閻治? あの幽霊はもう……」
「供養するさ。アイツが未練を残さなくて済むように! 大事に神社で保管しよう」

 閻治はその水晶を大切に握りしめた。
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