第1話 目的地は呉 その2

文字数 4,845文字

 七時ごろ、やっと海神寺に到着。瀬戸内海を一望できる場所だ。そこに海神寺という大きな寺院は存在している。

「もう、疲れたよ…」

 呉の駅からは徒歩しか移動手段がなかったので、新幹線での長距離移動もあって疲労が二人を襲う。
 境内に二人が踏み込んだ時のことである。

「誰や? こないな時間に二人の客人は聞いてへんぞ!」

 怒鳴り声が飛んできた。

「あ、あのう…実は、ええっと…」

 言葉に詰まる緑祁。対して香恵は、

「この寺院で行われる儀式に参加するために、【神代】から派遣された者よ。決して怪しくはないわ」

 少しも焦らず答える。

「おお、とすると……あれ? 夏目聖閃なら、仲間が二人で計三人のはずやけど……? 合わへん?」

 事情を説明するためにファイルを渡した。

「彼が私たちに役目を譲ってくれたの。だから私、藤松香恵とこの永露緑祁が来ることになったわ」

 この相手……背黒(せぐろ)道雄(みちお)は物分かりが速く、

「そういうことやな? なら怪しくあらへん。客間に案内するさかい、ついてきなはれ」

 素直に通してくれた。

(おや?)

 だがこの時、緑祁と香恵は変な違和感を覚えた。それは道雄の口調にではなく、その存在に。

(何考えてるんだ、僕。彼はちゃんと生きているんだ、変に疑っちゃ駄目じゃないか)

 その正体には、今は気づけない。


「ようこそ、海神寺へ!」

 この寺院の責任者である姫後(ひめあと)増幸(ますゆき)が直々に出迎える。

「増幸はん、今日はもう遅いわ。それに猫屋敷と大鳳が来るのは明日やろう? 今日は疲れているみたいやし、挨拶程度にしときなはれ」
「わかっているよ、道雄。しかし驚いた。聖閃君は結構華奢な体なんだな。もうちょっとガタイがいいって聞いていたが?」
「僕らは違いますよ」

 改めて事情を話す。

「ええ、そうなのか? 聖閃君が出番を?」
「はい、そうです。人の好みにとやかく言いたくはないんですけど……。麻雀だけじゃなく、パチンコやスロット、競馬、競輪、ボートレース、宝くじ……。ここまでくると呆れてしまいます…」

 聖閃のギャンブル伝説は置いておいて、増幸は、

「ま、今日は休んでくれ。明日、もう一組の霊能力者のチームが午前中に到着し、日が暮れたら件の儀式を始めるから。その時にまた改めて説明しよう」

 緑祁らを気遣い、休息することを勧めた。二人はそれに頷いて客間に案内される。

「この海神寺は、どんな寺院なの?」

 緑祁が道雄に聞くと、

「心霊研究が盛んな場所や。増幸はんはな、まだ二十代やけど、その道のエキスパートや。でもな、特別強い霊力はない。ワイも儀式には参加するんやが、それでも足りんのや…」

 実践的なことよりも研究を進めるのが本業の様子。事実道雄も、除霊の類はあまり得意ではないという。
 部屋は二人にとっては大きすぎず狭すぎず。ただ、三人分の布団が敷いてあったために一つだけ片付け、そこに荷物を置く。

「夕食は?」
「駅で食べたよ」
「そうか。じゃあ風呂やな。風呂場は……」

 簡単に寺院内部の構造を教えてもらった。

(温泉が男女でわかれてるのか。ちょっとした旅館みたいになってるんだね)

 宿泊施設としての機能も備えているのが、海神寺の大きな特徴の一つだ。道雄をはじめとして、多くの者が住み込みでここで修行をしている。そして増幸も、ここに住んでいる。

「じゃ、どうぞごゆっくり」

 もみじ饅頭を一箱、道雄はテーブルに置いてから去った。早速それに手を伸ばす二人。

「美味しいわね」
「うん」

 甘い味が疲れた体に染み込んでいく。まるで心が浄化されるかのような感触だ。

「こうなると、体の汚れも落としたいわね。緑祁、私お風呂に入ってくるわ」
「うん、僕はここで待ってるよ」

 貴重品があるのでこの場を離れたくはない。この寺院にいる者は誰も盗まないだろうが、万が一のことを考えると一人は残るべきだ。だから緑祁が、香恵が戻って来るまで待機する。

「明日の儀式って、何だろう…?」

 一人でいる時、緑祁はそのことを考えていた。
 そもそも、聖閃からは内容は聞かされていない。そしてもらった資料にも書かれていない。ただそこには、「強力な霊能力者が必要。この書類を持つ者がその証」としか。

「だいたい、僕でいいの?」

 自信もない。修練を追い詰めたと言えばよく聞こえるかもしれないが、実際に彼がやったことと言えば、霊界重合を鎮めて故霊をこの世からあの世に戻しただけだ。もし修練が生きていることを看破できていたとしても、自分一人で彼を探し出しても抵抗されて終わっただろう。だから、

「僕が修練に、完全に勝ったとは言い切れない」

 と考えている。

 一方、温泉に浸かっている香恵の発想は逆だ。

「緑祁がいれば、百人力よ」

 彼女は緑祁のことを高く評価している。経緯はどうであれ、【神代】のお尋ね者である修練を捕まえるに至った。その結果にたどり着けたのは、緑祁のおかげだからだ。

 ただ、

「明日行われる儀式って、どんなものなのかしら」

 この点に関しては、二人の思考は一致している。思い返せば、【神代】の情報網にすらその行事のことは話されていない。

「極秘? まさか、だわ」

 自分で呟いて、そして否定した。というのも、【神代】に黙って大事に足を突っ込めば、それだけで裏切り者認定を受けかねない。しかし増幸の名は、心霊研究家として広く知られている。ちょっとした実験ぐらいは【神代】の許可がいらないのかもしれないのだ。
 体、頭、顔の順番に洗うと香恵はもう一度湯船に浸かり、そして体を温めてから出てシャワーで軽く流し、風呂場を出た。


「ただいま。いい湯だったわ」

 浴衣姿の香恵が客間に戻って来る。普段は見かけないその姿に一瞬、緑祁はドキッとした。

「じゃ、僕の番だね」

 そう言って扉を開けようと手を伸ばしたら、何と扉の方が勝手に開いたのだ。

「え…?」

 驚いて思考が一旦止まる。だがことは簡単で、単純に向こう側から扉を開けられただけのこと。

「おおお! 道雄に聞いた通り! ねえそこの姫カットにストレートロングのお姉さん、ワテの部屋に来ん?」
「誰?」
「ああ、申し遅れましたわワテ、二紋(ふたもん)勇悦(ゆうえつ)ってええます。よろしうお願ええたします。自分は何て名前なん?」
「僕は……」
「あんさんじゃないわ! ワテはこっちのべっぴんさんに話しかけとるんや、見てわからへんのかい!」

 答えようとすると理不尽に怒鳴られる。

「……香恵よ」
「ええ名前や! さ、こっちにおいで!」

 勇悦はかなり女癖が悪い様子で、しかも男に興味もないため、緑祁のことが視界に入っていない。そればかりか、彼の前で香恵のことを誘っているのだ。
 香恵は一度緑祁の顔を見てそれから、

「ごめんなさいね、今日はもう疲れているの。またの機会にしてくれないかしら?」

 と言った。

「なら近う内に!」

 勇悦はそう返事をして廊下を走って帰っていった。

「緑祁…。私が尻の軽い女に見える?」
「そうじゃないって信じてるよ。でも、ヒヤッとした…」

 冷や汗の流れた体を流すためにも、緑祁は風呂場に向かった。


「むむ!」

 緑祁と香恵が広島に向かったことを、小岩井紫電は感じ取った。霊的勘と占いの結果がそう出ているのだ。また【神代】の一部関係者に聞くと、

「行ったと思うわよ。私たちに代わって、ね!」

 確認も取れた。

「ならば俺も! 行くしかないな!」

 どうして緑祁がその地方に向かったのかは知らない。だがこれには何かしら理由があるはずだ。そしてそれは、きっと霊能力者としての仕事だろう。
 ここで彼の心の中にある、ライバル心に火が付く、いいや電流が走る。

「緑祁………。お前が追い求めるモノを、次こそは俺がもらう! そして証明してやるぜ…。俺の方がお前よりも上ってことを、なぁっ!」

 早速ホテルの予約を済ませて飛行機のファーストクラスチケットを取り、広島に飛来。時間的には、紫電の方が緑祁たちよりも先に広島市内に入ったことになる。

「ちょうどいい。俺もこの地にいつか行かないとって思ってたんだぜ? まずは用事を先に済ませるか!」

 空港から出た彼はタクシーを拾い、ある場所を目指す。


「ここ、でいいんですか? お客さん?」
「ああ! 支払いはクレジットカードで頼むぜ! それと、ちょっと待ってろ。帰り道も頼むからな」

 タクシーが停まったのは、林道の横である。周りには何もない。だからタクシードライバーは、紫電が何をしたいのか、全然見えない。

「さあて、とよ!」

 地図を広げ、道なき道を歩く。そうしてたどり着いたのが、廃墟だ。

「あったか、大内(おおうち)病棟(びょうとう)!」

 この廃墟にはちゃんとした名前があるが、それよりも心霊スポットとしてネットで有名だ。

「末期癌の患者で非人道的な実験を行った、三十年ぐらい前に潰れた病院!」

 悪名はそれだけではない。戦時中は捕虜を生きたまま解剖したり、戦災児も実験に用いたり、遺族の許可なく遺体を病理利用したり……。とにかく罪深い建物だ。
 そしてそんな病棟には、霊が存在する。

「名前は、何つったかな? まあいいや。廃墟にいるんだ、シンプルに廃墟霊にしよう」

 その霊を祓うつもりでいるのが、紫電だ。
 この病棟に霊が潜んでいることは、八戸に住んでいる紫電が知っていたぐらいなので、【神代】も把握している。だが、危険度も高くなくそしてあまり利益にも評判にも繋がらないので放置されているのだ。

「肩慣らしにはちょうどいいぜ!」

 この異国の地に来た紫電にとっては、腕を慣らすのにもってこいの対象だ。
 廃墟は完全に放置されている。まず紫電はインスタントカメラで廃墟を撮影し、すぐに写真を見る。それにはたくさんのオーブが写り込んでいる。これで、他の誰かがこの廃墟を祓っていないことがわかる。

「逃げてもいいが、向かう先は地獄しか残ってないぜ?」

 錆びついた扉を強引に開き、内部に侵入。
 大内病棟は二階建ての建物で、また地下室も存在する。しかしネットにある体験談によれば、三階に上がったという証言も。まずは階段を登ってそれを確かめる。

「ああ、あああ………」

 二階に上がったところで早速霊と遭遇だ。悪い雰囲気を感じる。そしてその霊の向こうには、あるはずのない階段が。

「ああああああああああ!」

 目が合うと同時に、襲い掛かって来る。

「落ちな、地獄に!」

 容赦はない。ダウジングロッドから電霊放を撃ち込み、この廃墟に住まう霊を砕く。眩い光が稲妻を成して飛び、それが霊に当たると弾ける。

「ああ、あああああ、ああああああ、ああ……」

 今の一撃で、もう勝負はついた。すかさずトドメを。再び電霊放が放たれると、廃墟霊の姿は完全に消えた。同時に、その後ろに存在していた階段もなくなっていた。
 でもこれで終わりではない。

「あとは地下室だな」

 あの廃墟霊は、元をたどれば浮遊霊の一種だ。それがこの廃墟に流れ着き、力を蓄えた結果、あのようになったのである。そしてその霊の悪影響は、架空の三階を作り出すことだけではない。

「この病棟で亡くなった人たちの霊が、未だに成仏できずに閉じ込められてんだ」

 その存在のせいで、この世から離れられなくなっていたのである。生前は命をないがしろにされ、死後は安息の地へ行くことすらも踏みにじられる。これほど気の毒なことはない。だからその霊を弔ってやるのだ。
 地下室の扉は固く、紫電一人の力では開きそうにない。

「そういう時も、電霊放だぜ!」

 パワーを最大にし、撃ち込む。鋼鉄の扉に、人が通れるほどの穴が開いた。その穴を通って地下室に入ると、足元は汚い水が溜まっていた。
 だがそれよりも、紫電の視線は、目の前にある犠牲者たちの霊魂に奪われている。

「今、解放してやるぜ」

 読経する。すると浮かばれない霊魂は一つ一つ順番に、安らかな表情を浮かべてから薄くなって、光の粒になって消えていく。

「天国に行って、安らかな眠りについてくれよ? 生者からの願いだぜ!」

 時間にして、二十分もかかってないだろう。紫電は来た道を戻りタクシーと合流すると、市街地に戻った。
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