第3話 屈辱の雪解け その1

文字数 3,913文字

 次の日に緑祁と香恵は実家の一室で話し合っていた。

「まずは【神代】に報告するわ。でも多分、追加の任務を言い渡される」
「迷霊についてだよね?」

 人の言うことを聞くその幽霊がどうして怨霊の中に入れられていたのか。二人にとってはそれが疑問だ。

「誰かが入れた。それはもうわかっているわ。でもその先よ。誰が何の目的でそれをしたのか、がわからないとこの一件は解決したとは言えないわね」
「修練に関係ある人かな?」

 緑祁はそう想像する。理由は前に迷霊と遭遇した時は修練が呼び出した個体だったから。彼並の実力者でないと、コントロールできないという発想だ。

「でも……その事件を起こした修練とその手下は、【神代】の所有する精神病棟にいるわ。だからその可能性は低いと思う」

 しかし、彼と関りがあるであろう人物に全く心当たりがない。いたとしても緑祁の生まれ故郷である大間町を選ぶ理由が不明だ。緑祁が今どこにいるのかは霊能力者ネットワークに記載されているので、彼に報復したいのであれば青森でことを起こせばいいだけだからである。

「となると、第三者? 修練とはまた違う目的を持った人がいて、その人が仕込んだってこと?」

 そうだと言わんばかりに香恵は首を縦に振った。
 コンコンとドアをノックする音が聞こえた。開けてみると父がオボンにジュースとお菓子を乗せて持って来てくれたようで、

「これからも息子を末永くよろしくお願いね、香恵さん」

 と言い残してササッと消える。

「……昨日も思ったけど、面白いご両親ね」
「勘違いだけはしないでくれって言ったのに、何も伝わってないよ………」

 束の間に訪れた休息のタイミング。二人は差し出された饅頭を食べ、リンゴジュースを飲む。
 夕方ごろまで【神代】のデータベースとにらめっこしていたが、とうとう結論にたどり着けなかった。

「緑祁、今日は香恵ちゃんと一緒にレストランにでも行きなさい」

 と母がお小遣いをくれたので二人は外食に行く。緑祁にとっては久しぶりの故郷でありどこが美味しい店かよくわからず、とりあえず近場のイタリアンに駆け込んだ。

「正直、この大間町で起きた事件だけど……手掛かりが全然見つからないわ」

 夕食の場でも話題はそれだ。ただし調査は暗礁に乗り上げているので進展はない。

「一度【神代】の本店に行って、応援を呼ばない? 僕たちだけじゃわからないことだらけだよ……」

 二人の意見は一致したので、一度東京にある【神代】本店に行くことに。緑祁は【神代】には事情を説明するだけでいいと思ったのだが、向こうの方から詳しく話を聞きたいので来てくれと言われたから、次の日には移動を開始する。
 ちなみに帰り際、緑祁の両親は結構うるさく、次に来るのはいつになるのかを聞かれたほどだ。


 時間こそかかるものの、新幹線に乗ればそれだけで東京には行ける。

「【神代】の本店は予備校なんだよね? 別に【神代】としての会社的な建物があるわけじゃないって話は聞いているよ」

 行ったことはないので、噂話程度の認知度だ。

「予定は夕方よ。それまでは適当に時間を潰しましょう」

 そのため、二人は上野で降りて観光をすることにした。危機感がなさそうに感じるが、一応は悪い霊が町中に潜んでいないかのパトロールも一緒に行う。同時に上野動物園の動物慰霊碑の霊を弔ってやる依頼があったのでそれもこなすのだ。

「僕はパンダを生まれて初めて見たけど、今はもう並ばないで見ることができるんだね」
「いつの時代の話をしているの?」

 一通り園内を見て回り動物に幽霊が取り憑いていないことを確認。その後管理事務所に行って話の通じる人……【神代】のことを理解している担当者と一緒に慰霊碑の前で数分ほど合掌し拝む。

「どうか、安らかな眠りを! 過ちは繰り返しません。この園の明るい未来を照らしてください!」

 この慰霊碑は、園内で亡くなった動物以外にも戦時中に殺処分にされた猛獣の霊も供養している。

「動物たちは、何と言っているでしょうか? 恨みつらみをブツブツと言っていたりは…」

 担当者が聞くと香恵は、

「子供たちの笑顔が眩しいって、言っているわ」

 天に召された動物は、来園者の明るい表情に癒されているようだ。
 慰霊が終われば担当者は戻り、緑祁と香恵は早めに夕食をとることにして園内を出て、駅近くのレストランに寄る。

「【神代】でも今、結構な騒ぎになっているらしいわ」
「それは僕の故郷のことが? それとも他のこと?」
「色々な出来事が立て続けに起きてて、手がいっぱいなんですって。だから霊能力者を青森に派遣できなくて、私たちの方から来いって話になって……」

 香恵のその説明が突如、止まる。

「え、香恵? 一体どうしたの?」

 緑祁のポケットのスマートフォンが鳴った。メッセージの送り主はなんと目の前に座っている香恵だ。

「隣のテーブルの会話を聞いて」

 そう書かれていたので緑祁は仕切り一つで隔てられている隣の会話に耳を傾けた。

「……だから何度も言わせるな、彭侯。幽霊を操るって作戦自体はいいんだ。が、問題は百パーセント作戦通りに動かない。迷霊であっても、祓われたら終わりだ」
「それはわかってんだけどよ、オレたちだけじゃ人員が絶対に足りないだろう? だったら幽霊の手を借りるのもありだなとは思うんだが…」
「スー、スー」
「おい起きろ山姫!」
「ああ、ごめんネ。いつも集中しようとすればするほど、急に眠くなっちゃうから……」
「まあそれは昔からだからここでは置いておく。問題は、だ。いかに【神代】にダメージを与えるか。そのプランを練るぞ」
「だから辻神? 強力な幽霊をだな……」
「おまえの腕を疑うわけじゃないが、せっかく用意した迷霊は指示を出す前に北の空に逃げて行っただろう? 私としてはその、従順ではない態度が気になる。それに除霊されると途端に無力化されてしまう欠点にも目を瞑れない」
「でも待って辻神、ぼくと君たちだけでやるつもり? 僕と辻神と彭侯……たった三人しかいないんだヨ?」
「『月見の会』はやり方が間違っていた。今更【神代】を滅ぼすことなどもう不可能だ、だから逆に滅んだ。だが私たちの目的はそこじゃないだろう?」

 何やら物騒で、しかも意味ありげな会話が交わされているのだ。緑祁はスマートフォンで香恵に返事を送る。

「もしかして……僕の故郷に迷霊を解き放った張本人たち?」
「かもしれないわ。もっと話を聞きましょう」

 だが、その肝心の三人はもう席を立った。彼らの後ろ姿がレジを通って出口に消えていく際、

「後を追いかけよう!」

 緑祁と香恵はそう思い立ち、尾行することにした。


 その三人組は少しの間駅前を歩いていたが、夜の町中の方へ向かった。緑祁と香恵はバレないように後ろをつける。

「名前は………あったわ!」

 霊能力者ネットワークで検索してみると、三件ヒットした。俱蘭辻神、手杉山姫、田柄彭侯の三人だ。どうやらこの辺に山姫の実家があるらしく、そこに向かっているのだろう。

「普通に登録されてるよね…? じゃあ悪い人たちではない? でも、迷霊を大間町に寄越した……というか、そういうことをしでかす魂胆があった人たち?」
「備考欄には特に悪いことは書かれていないわ。要注意人物ですらないもの。でも……」

 気になることが、香恵の頭を過ぎる。

「『月見の会』……。それに【神代】に対して何かを行いたいと思える言動。これは黒だと思うわ」

 だから迷わず【神代】に連絡を入れる。参考人となるかもしれない人物をマークしている、と。

「あっちの角を曲がったよ」

 こっそりと電信柱や建物、駐車されている自動車の後ろに隠れながらついて行く。

「【神代】が霊能力者をここに寄越せるって。お願いするわね」
「うん。僕と香恵だけじゃ捕まえられない可能性もあるから。応援が到着するまで見張ってよう」

 また三人は角を曲がったので、コソコソと後ろ姿を追いかける。
 が、

「あっ!」

 思わず声が出てしまった。というのも今曲がったばかりだというのに、その道の先は袋小路だというのに、彼らの姿がなかったからだ。

「消えた……の?」

 香恵もこれには驚きを隠せない。そしてこういう状況に陥った場合に真っ先に考えるのは、

「尾行がバレていた?」

 ことである。事実そうだから二人は三人に一杯食わされたのだ。

「マズいよ香恵! あの三人組、どこかに消えた! 襲い掛かってくるかもしれない!」
「緑祁、落ち着いて。焦ったら勝ち目はないわ。どこかに隠れたのなら、探し出すまでよ。三人の内一人でも捕まえられれば、事件は全て露わに……」

 注意深く観察をする二人の後ろから、

「ネズミが住宅街に紛れ込んでいるとはな…」

 声が聞こえた。

(う、後ろ…? 僕と香恵はずっと、前を見ていたのに回り込まれている!)

 振り返ると、三人は緑祁たちの逃げ道を塞ぐように立っていたのだ。

「誰だお前たちは? 私たちの後をつけるということは、霊能力者か? 【神代】はもう私たちの計画を知ったというワケか?」

 リーダー格の辻神が聞く。

「計画? 何のことだい?」
「とぼけるか。まあいい、ここで潰してしまえばいいだけのことだ」

 彼はポケットからドライバーを取り出した。右手にはマイナスの、左手にはプラスのドライバーが握られている。

「あ、危ない!」

 この、既視感のある構えに気づいた緑祁は香恵のことを抱えて横に飛んだ。それと、ドライバーの金属部から黄色の稲妻が瞬いたのは同時の出来事だった。

「や、やっぱりだ! 電霊放……! 紫電の構えと一緒! 二刀流だ!」
「ほう、私の電霊放を避けるだけではなく予知すらもしていたか。意外とできるようだな」
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