第6話 精神の減退 その3

文字数 3,607文字

「や、やっ………」

 しかし、直後に二人のことを襲ったのは、勝利の感情や雄叫びではない。稲妻だった。

「え……? な、何……?」

 電霊放だ。陸……津波が届かなかった陸の方から飛んできた。

「そんな……! はめられたのか、俺たちは………」

 勝ったと思ったのは、錯覚だった。
 怨完は蜃気楼を使っていた。それも車にたどり着いた時既に。車と自分を、津波が届かないであろう奥の方に動かし、自分たちがいた場所には、礫岩と蜃気楼の霊障合体である幻影砂漠で、ビジョンと触覚を偽る。そして安全な場所から、電霊放を撃ち出す。

「ぐっ!」

 地面に崩れ落ちる二人に、更なる追い打ちが待っている。怨完は今、霊障合体を使った。礫岩と毒厄の合わせ技、鉱毒だ。砂や石に毒厄を運ばせるため、砂浜では絶大な力を発揮する。あっという間に立ち上がる力が腕と足に入らなくなる。

「く、来るぞ……。アイツが…」
「い、嫌……! 来ないで……」

 そして動けなくなった二人の命を奪うために、悠々と歩み寄る怨完。だがその歩みが突然止まった。

「ダレダ、ジャマダ……」

 怨完が顔を向けた方向から、火球が飛んできた。それを鉄砲水で防ぐ。

「非常にマズい状況だ……!」

 雛臥が飛ばしたのである。刹那も彼の横にいる。

「大丈夫か――?」

 地面に横たわる二人に歩み寄ろうとした刹那に対し、骸は手のひらを見せた。止まれ、という意思表示である。一瞬疑問を抱いた刹那であったが、その意図を理解。

(彼らの周りに、目には見えない霊障が展開されている。二人を助けるのは、今は不可能。ならば、この邪悪な幽霊を祓うのみ――!)

 今、雛臥と刹那は状況をある程度理解していた。骸と絵美が負けているということは、この相手=怨完は、強い。自分たちだけでは勝てないかもしれない。

(でもな、時間さえ稼げればそれでいいんだ! コイツは、聖閃たちがここに向かって来ていることを知らない! いくら強くても、数十人がかりなら必ず倒せる!)

 業火を使う雛臥。通常よりも熱く、そして火力も高い。先ほどの火球は気を引くために弱めだったが、今度はそうはいかない。怨完も鉄砲水で抵抗してみせるが、消火が間に合っていない。

「ギギギ……」

 おまけに刹那の突風も、雛臥に味方している。火炎放射が追い風に乗って、さらに広がる。これには怨完も怯んだくらいだ。

「レイショウガッタイ、ツカウ」

 ここで怨完は次の手に出た。自分の周囲には、大量の砂がある。それを利用するのだ。霊障合体・砂塵だ。砂が火を消すように動き、さらにそこに台風も追加した。徐々にだが状況が変わりつつある。

「マズいな……。刹那、このままだと負ける! どうする?」
「我らの力では、これが手一杯だ。しかし応援は確実にここに向かっている。ここは一択、粘るのみ――!」
「そうだよね」

 とにかく、時間が欲しい。だから勝てるかどうかは重要じゃない。近づけさせないことが大事なのだ。

「業火だ! もっと、燃やしてやる! 焼き尽くしてやるぞ!」
「我の風に、屈するがよい――」

 再び逆転した。怨完の方が、後ろに下がりつつある。

「よし、いいぞ! このまま………」

 だがそれは、怨完の作戦だったのだ。
 雛臥の声が途中で途切れ、膝も崩れた。

「どうした――?」

 彼の動きを目で追った刹那には、すぐにわかった。足元にケラが一匹いる。

(応声虫で、毒厄を中継した! 霊障合体・毒蟲が……――!)

 砂の上では刹那の風が吹き荒れ雛臥の炎が舞っている。でも地下は、何ともない。だから怨完がケラを作って地面を掘らせて、雛臥の足元に出現させたのだ。後は足首ら辺の肌を少し、引っかけばいいだけ。
 これに焦りを感じざるを得ない刹那。ここは砂浜、周りは砂だらけ。地面の中を進む毒蟲の存在には、地表に出て来なければわからない。

「だが――!」

 ならば、空中に逃げる。刹那の突風ならそれが短時間だができる。上昇気流に乗って、砂浜を蹴った。

「ん――?」

 直後、何かが頭上にあってそれにぶつかる。カブトムシだ。

(しまった! これも想定内なのか――!)

 思い知らされることになる。怨完の手のひらの上で踊らされていたことに。下が駄目なら上に逃げる。

「………――!」

 駄目だ。髪の毛が少し触れただけだったのに、毒厄を流し込まれた。上昇気流は消え、ボトリと刹那の体が地面に落ちた。

「マトメテ、クウ……」

 四人を毒厄で一網打尽にした怨完は安全を確認し、近づいた。肩から新たに腕を二本出し、一人ずつ首を掴んで生気を吸い取り、精神を自分のものとする。

「………」

 毒厄のせいで悲鳴を上げることすら叶わない四人。ろくな抵抗もできず、ただ力が抜けていくのを感じることしかできなかった。

「ナンダ、コレハ?」

 怨完は、もう十分生気を奪って殺したと思った。だが、四人の腕に巻かれていた数珠が千切れただけで、まだ生きているのだ。予想外……今までに体験したことのない現象に、思わず怨完は四人から手を離してしまった。

(い、命繋ぎの数珠だ! 死を一回だけ、肩代わりしてくれたんだ!)

 しかし怨完も冷静で、四人がまだ生きていることを見たら、もっと生気を吸うことができると判断し、再び腕を伸ばした。

「ううっ……!」

 この時の怨完は、気分が高揚していた。一般人よりも霊能力者の方が、生気の量も質も違う。人間でいうと美味くて栄養もカロリーも高い物を食べている感覚だ。だから、異様な音に気づけなかったのである。
 突然、周囲を昼のように照らし出す光が空中から現れた。照明弾だ。

「あそこだ! 緋寒、近づけるか?」
「任せよ」

 それはヘリコプターに乗っている人物が撃ったらしい。突然の眩しい光に怨完も気づき、その方を向いた。

「ナンダ……?」

 その隙に、絵美たち四人に近づく者が四人。賢治や柚好のチームだ。彼らは比較的房総半島に近い位置にいたため、すぐに駆け付けることができたのである。

「毒厄は、人から人にはうつらない。彦次郎、まずは薬束で解毒だ!」
「オーケー! 霊障合体・薬草だ!」

 硯彦次郎が取り出した植物の種が、あっという間に解毒薬に早変わり。それを使って賢治や柚好、黛一が絵美たちの毒を取り除いてやり、同時に安全な場所まで避難。

「おい、大丈夫か?」
「ああ、何とか……」
「数珠が千切れてる……。相当、切羽詰まってたんだな……! でももう、大丈夫だ心配するな! 皇の四つ子がヘリを飛ばしてくれている!」

 皇緋寒、皇紅華、皇赤実、皇朱雀の四人がそれぞれ一機ずつ操縦している。緋寒の機には、土方範造が乗っている。彼は霊魂の札を大量に持ち込んでおり、

「あの邪産神を逃がすな! この浜辺で潰すぞ!」

 霊魂を発射した。鬼火との合わせ技である、焼夷弾だ。

「アツイ……」

 上を見て、飛んでいるヘリコプターを目視する。霊障を使えば簡単に撃ち落とせるだろう。だから火炎噴石を使おうとした。しかし、

「そうはさせないわ!」

 赤実のヘリに乗っている御門梅雨が、霊障合体・泡を大量に繰り出した。それだけではない。彼女は蜃気楼も使えるので、自分たちの位置情報を隠ぺいする。さらに朱雀の機体に乗っている冠咲も、

「音に頼ることもさせないぞ」

 応声虫で音を消した。さらに霊魂と混ぜて霊障合体・音響魚雷で、かなりうるさい霊魂を撃ち出す。

「…………」

 視覚も聴覚も遮った。そこに紅華の操縦するヘリコプターにいる天川雛菊が、

「オわらせるわ……」

 雪と電霊放の合体、雷雪崩で攻撃。これには怨完もたまらず、

「ウウウオオオオオガ!」

 叫んだ。

「効いているぞ! このまま………」

 このまま電霊放で攻めれば勝てる。と言いたいところだったが、怨完が海の方に向かって走り出した。

「海上に逃げる気じゃ! どうする、範造!」
「今、本部と通信中だ!」

 彼の片手にはビデオカメラがあり、それで【神代】の本部に映像を送っている。凱輝からの指示を待つ。

(海に逃げて水中に潜られたら、電霊放で攻撃できないぞ……? 海水は電気をかなり通しやすく、すぐに分散してしまう! 俺の鬼火も、流石に海の中にまでは届かねえ!)

 しかも海に逃げられたら、今度はどこに上陸するかわからない。日本に戻ってくるのか、それとも外国の方まで逃げるのか。
 凱輝は無線で範造に、

「追尾、できるか?」
「皇に任せる。燃料は多分大丈夫だ、と思う!」
「どこまで逃げるか、わからない。邪産神を、追え」

 追尾命令が出た。幸いにも邪産神は人間のように、体を海面に浮かせて泳いでいる。だから追うこと自体は難しくはない。事実皇の四つ子と範造たちは、常に怨完の姿を目とカメラで捉えていた。

「コースを、変更させろ。左に、ずらせ。手段は、任せる」
「了解!」

 また焼夷弾を繰り出す。そうすると怨完はそれを避けるために、やや左に軌道を変えた。

「頼むぞ、皇! 範造たち! 上手くいけば、邪産神を、隔離できるかもしれない!」
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