第7話 零氷の故郷 その2
文字数 3,489文字
「っは!」
最初に動いたのは、翡翠だ。礫岩を駆使して地割れを起こし、その地面の裂け目にジオを突き落としてやろうと考えた。
「へへ~ん、効かないでちよ?」
だがこのジオ、突如発生した上昇気流に乗って飛ぶ。
「ゴッドブリーズ! からの……インセクトフリクション!」
旋風で自分を浮かせて、そこから応声虫で攻撃する。生じた爆音が珊瑚と翡翠の鼓膜を大きく揺さぶった。
「うう、この雑音……! 不愉快な音色……」
「任せて翡翠!」
ここで前に出たのは珊瑚だ。指先をジオに向け、鉄砲水を放つ。
「おお、アクアシュトロームでちか? でも、残念! それも意味ないでち!」
突然ジオが何かをばら撒いた。小さな黒い楕円形の物体だ。形は様々で、米粒よりも小さいのもあれば、ピンポン玉くらいの大きさのもある。
(これは……植物の種?)
まき散らされたそれが、彼女の鉄砲水を吸い取ってしまう。すると一気に発芽し成長。地面に落ちると根を張った。
「ダンシングリーブズでち!」
旋風、応声虫、そして木綿。これがジオの霊障である。
そして彼は霊障を合体させることはできないが、この三つを駆使して相手を詰みの状態に持って行く。どうやってか?
「見てるでちよ?」
最初に使用されたのは、応声虫だ。音と共に虫が作られ珊瑚と翡翠に襲い掛かる。
「ひえぇ!」
ムカデやサソリ、タランチュラやスズメバチなど明らかに殺傷能力が高いもの。さらにカブトムシやクワガタといった戦闘能力があるもの。無数の虫が弾幕を成して二人に襲い掛かるのだ。
「翡翠、撃ち落として!」
「わかってる! でも数が…」
多過ぎる。礫岩は地面から岩を吐き出させることが可能だが、それでも処理に間に合わないくらい大量だ。もちろん珊瑚も鉄砲水を撃ち込むのだが、それでも足りない。
(………この、地面の下を動く感触は!)
礫岩を使いながら、翡翠は気づいた。
「珊瑚、動いてそこから!」
「えっ?」
返事をした時、既に翡翠は珊瑚の体を突き飛ばしていた。同時に自分も横に飛ぶ。
「惜しいでち……」
二人が立っていた場所の地面から、植物の根が飛び出していたのだ。ジオはこれで二人を捕まえて縛るつもりだったのだが、地中を植物が通っていたために勘付かれてしまった。
(【UON】の戦い方は、知略的……。霊障を使ってこちらがにっちもさっちもいかない状態を作り出す!)
まるで出口のない迷路に突き落とされている感覚だ。
「ああう!」
応声虫の虫に、翡翠が捕まった。スズメバチに耳を噛みつかれた。それだけではない。足にもムカデがいて、牙を突き立てている。
「翡翠ぃ!」
鉄砲水なら正確に、虫だけを狙える。今なら助けることができるが、
「させないでち!」
今度も大きな騒音。思わず耳を塞いでしまうボリュームだ。
「安心するでちよ? そんなに大きな傷は負わせないでちから。でも負けて、捕虜になってもらうでち~!」
何とか我慢して手を動かして鉄砲水を放ち、翡翠を襲う虫を破壊した。
「ありがとう」
「今はお礼とか言ってる場合じゃない! アイツを倒すことだけを考えて!」
「アイツ? ボクチンはジオ! でちよ?」
何とか逃れた二人だが、まだ状況は安全とは言えない。
(私の礫岩と珊瑚の鉄砲水じゃ、ジオを倒し切れない!)
本人を狙おうにも、応声虫の虫と音が邪魔だ。そして立ち止まろうものなら、木綿の植物に捕まる。きっと動けなくなったところを旋風で吹き飛ばしてしまうのだろう、流れが完璧にできている。
「地下に逃げよう、珊瑚! まずアイツから離れて状態を立て直そう!」
「わかった、お願い!」
礫岩で地面に穴を開け、地中を通って逃げる作戦だ。しかし、
「ああっ!」
開いたはずの地面を植物の根が、まるで空いた穴を糸で縫いつけるかのように動いて強引に塞いだのである。
「切って、珊瑚!」
意識を集中させ、細い鉄砲水を繰り出した。それはウォーターカッターのように植物の根を切断できた。再び穴が開く。
「良し、このまま……」
が、一手遅かった。
「きゃああ!」
何と穴の中から、大量の虫が出現した。カブトムシの大きな角が腕に突き刺さり、クワガタの顎が頬を抓んだ。
「知ってるでち? 虫は空も水も陸も、地中も制覇しているんでちよ?」
強い。二人はそう思った。
(でも、負けられない……! 【神代】のためにも!)
無数の虫に囲まれても、二人は勝負を投げ出さなかった。
「感心するでちね。侍魂、女性も持っているでちか……。最後の一瞬まで決して諦めない! 素晴らしく美しい心でち!」
その姿勢に、純粋にジオは感動の拍手を送った。
(基本的な発想が違うんでちね、ボクチンらとは! だから【UON】が負けるでち。でも、それは勝負に対する態度としては美しくても、必ず勝利を運んでくれるとは限らない点が儚いでち)
現に今のこの状況、明らかにジオの方が優勢だ。
「届けぇええ!」
翡翠の礫岩が炸裂した。大きくて鋭い岩が地面から飛び出したのだ。宙に浮いているジオに迫って、そのまま衝突しそうな勢いだ。
「甘いでち」
でもそれは、突然バラバラになった。
「何で……!」
「既にボクチンがダンシングリーブズを使っていたのを忘れたでちか?」
砕け散って塵に変わった岩。だがその中で鉄筋のように形を維持しているものがある。それは、植物の根と茎だ。ジオは礫岩の岩にすら植物を這わせて、内部から力を加えて崩したのである。
「そこっ!」
しかし珊瑚はある一筋の道を見つけた。それは応声虫の虫がわんさかいる中、ジオに直接攻撃を撃ち込める逆転の糸口。すかさず鉄砲水を撃ち込んだ。
「体に一撃でも当たれば…………」
一発でも当てられたのなら、上昇気流の中から追い出すことができるかもしれない。そうすれば地面に落とせるし、翡翠の礫岩の餌食にできる。だとしたら思いっ切り突き飛ばす必要があるので、顔よりも胸か腹を狙った方がいいだろう。
だがそれも、既に対策済みだった。
「う?」
ジオはくらった感触を味わったが、それだけだ。
「どうして…? 今、確かに力を込めて撃った! 小さくても大きな男性ですらのけ反るレベルの鉄砲水の弾丸! それが効いてないなんてあり得ない!」
服にしみ込んで吸収されたのか? それはない。今までの経験から断言できる。
ではなぜジオは平然としているのか。それは、
「ボクチンの服には、種が仕込まれているでち!」
木綿が防御したからだ。種が服に散在しており、それが根を伸ばして水分を吸い取ってしまったのである。
「そ、そんな……ことって……」
「残念だったでちね~」
礫岩も鉄砲水も、通用しない相手。これほど絶望感を味あわせてくる輩は、今まで出会ったことがない。そしてその、愕然とした一瞬が命取りだった。
「し、しまった……!」
地から伸びた植物の根と茎が、翡翠の足を縛った。それはさらに伸びて体も拘束。
「うう、動けない……?」
植物の繊維は強固である。しかも木綿で強化されているのだから、人の力で引き千切ることなど不可能に近い。というよりも今のその茎と根は、野球ボール以上の太さなので端から無理だ。
「安心するでちよ? ボクチンは優しいから、痛くはしないでち! でも捕虜になってもらうでちからね?」
「させない!」
こうなったら一人だけでも、霊障が通じないとわかっていても抗う。
「はああああ……」
最大限まで鉄砲水を貯めて、撃ち出すのだ。先ほどまでの小さな攻撃ではなく、津波のような大きい水の塊を成せれば、洗い流すことができるかもしれない。しかしこれの欠点は、見えてしまっていることだ。
「それ!」
ジオがチャージしている鉄砲水の塊に植物の種を一個投げ入れただけで、珊瑚が貯めていた水は吸いつくされてしまった。しかもそれは大きな根を伸ばし、彼女の体を絡め取った。
「うあああ!」
敗北、待ったなし。この状況を抜け出す術は、もう二人にはない。
(だ、駄目なの…………)
捕虜にされたら、どうなるのだろうか? 【神代】を脅す材料に使われるのだろうか? もしもそうなら、守るべき【神代】の脅威に自分たちは変わる。そんなの二人には受け入れられるわけがない。それを感じ取りわかっていたからかジオは、
「自害することだけは駄目でちよ? 捕虜になるのは恥でも何でもないことでちからね?」
植物で手錠を作り、それで二人の手を背中の後ろで拘束する。
「くっ…!」
もはや逃げることも、自暴自棄になって突撃することもできない。
「よ~しディスに連絡でち。ボクチンちょっと疲れたでちよ?」
安心するとジオは自分が植えた樹木を倒してその上に降りた。
最初に動いたのは、翡翠だ。礫岩を駆使して地割れを起こし、その地面の裂け目にジオを突き落としてやろうと考えた。
「へへ~ん、効かないでちよ?」
だがこのジオ、突如発生した上昇気流に乗って飛ぶ。
「ゴッドブリーズ! からの……インセクトフリクション!」
旋風で自分を浮かせて、そこから応声虫で攻撃する。生じた爆音が珊瑚と翡翠の鼓膜を大きく揺さぶった。
「うう、この雑音……! 不愉快な音色……」
「任せて翡翠!」
ここで前に出たのは珊瑚だ。指先をジオに向け、鉄砲水を放つ。
「おお、アクアシュトロームでちか? でも、残念! それも意味ないでち!」
突然ジオが何かをばら撒いた。小さな黒い楕円形の物体だ。形は様々で、米粒よりも小さいのもあれば、ピンポン玉くらいの大きさのもある。
(これは……植物の種?)
まき散らされたそれが、彼女の鉄砲水を吸い取ってしまう。すると一気に発芽し成長。地面に落ちると根を張った。
「ダンシングリーブズでち!」
旋風、応声虫、そして木綿。これがジオの霊障である。
そして彼は霊障を合体させることはできないが、この三つを駆使して相手を詰みの状態に持って行く。どうやってか?
「見てるでちよ?」
最初に使用されたのは、応声虫だ。音と共に虫が作られ珊瑚と翡翠に襲い掛かる。
「ひえぇ!」
ムカデやサソリ、タランチュラやスズメバチなど明らかに殺傷能力が高いもの。さらにカブトムシやクワガタといった戦闘能力があるもの。無数の虫が弾幕を成して二人に襲い掛かるのだ。
「翡翠、撃ち落として!」
「わかってる! でも数が…」
多過ぎる。礫岩は地面から岩を吐き出させることが可能だが、それでも処理に間に合わないくらい大量だ。もちろん珊瑚も鉄砲水を撃ち込むのだが、それでも足りない。
(………この、地面の下を動く感触は!)
礫岩を使いながら、翡翠は気づいた。
「珊瑚、動いてそこから!」
「えっ?」
返事をした時、既に翡翠は珊瑚の体を突き飛ばしていた。同時に自分も横に飛ぶ。
「惜しいでち……」
二人が立っていた場所の地面から、植物の根が飛び出していたのだ。ジオはこれで二人を捕まえて縛るつもりだったのだが、地中を植物が通っていたために勘付かれてしまった。
(【UON】の戦い方は、知略的……。霊障を使ってこちらがにっちもさっちもいかない状態を作り出す!)
まるで出口のない迷路に突き落とされている感覚だ。
「ああう!」
応声虫の虫に、翡翠が捕まった。スズメバチに耳を噛みつかれた。それだけではない。足にもムカデがいて、牙を突き立てている。
「翡翠ぃ!」
鉄砲水なら正確に、虫だけを狙える。今なら助けることができるが、
「させないでち!」
今度も大きな騒音。思わず耳を塞いでしまうボリュームだ。
「安心するでちよ? そんなに大きな傷は負わせないでちから。でも負けて、捕虜になってもらうでち~!」
何とか我慢して手を動かして鉄砲水を放ち、翡翠を襲う虫を破壊した。
「ありがとう」
「今はお礼とか言ってる場合じゃない! アイツを倒すことだけを考えて!」
「アイツ? ボクチンはジオ! でちよ?」
何とか逃れた二人だが、まだ状況は安全とは言えない。
(私の礫岩と珊瑚の鉄砲水じゃ、ジオを倒し切れない!)
本人を狙おうにも、応声虫の虫と音が邪魔だ。そして立ち止まろうものなら、木綿の植物に捕まる。きっと動けなくなったところを旋風で吹き飛ばしてしまうのだろう、流れが完璧にできている。
「地下に逃げよう、珊瑚! まずアイツから離れて状態を立て直そう!」
「わかった、お願い!」
礫岩で地面に穴を開け、地中を通って逃げる作戦だ。しかし、
「ああっ!」
開いたはずの地面を植物の根が、まるで空いた穴を糸で縫いつけるかのように動いて強引に塞いだのである。
「切って、珊瑚!」
意識を集中させ、細い鉄砲水を繰り出した。それはウォーターカッターのように植物の根を切断できた。再び穴が開く。
「良し、このまま……」
が、一手遅かった。
「きゃああ!」
何と穴の中から、大量の虫が出現した。カブトムシの大きな角が腕に突き刺さり、クワガタの顎が頬を抓んだ。
「知ってるでち? 虫は空も水も陸も、地中も制覇しているんでちよ?」
強い。二人はそう思った。
(でも、負けられない……! 【神代】のためにも!)
無数の虫に囲まれても、二人は勝負を投げ出さなかった。
「感心するでちね。侍魂、女性も持っているでちか……。最後の一瞬まで決して諦めない! 素晴らしく美しい心でち!」
その姿勢に、純粋にジオは感動の拍手を送った。
(基本的な発想が違うんでちね、ボクチンらとは! だから【UON】が負けるでち。でも、それは勝負に対する態度としては美しくても、必ず勝利を運んでくれるとは限らない点が儚いでち)
現に今のこの状況、明らかにジオの方が優勢だ。
「届けぇええ!」
翡翠の礫岩が炸裂した。大きくて鋭い岩が地面から飛び出したのだ。宙に浮いているジオに迫って、そのまま衝突しそうな勢いだ。
「甘いでち」
でもそれは、突然バラバラになった。
「何で……!」
「既にボクチンがダンシングリーブズを使っていたのを忘れたでちか?」
砕け散って塵に変わった岩。だがその中で鉄筋のように形を維持しているものがある。それは、植物の根と茎だ。ジオは礫岩の岩にすら植物を這わせて、内部から力を加えて崩したのである。
「そこっ!」
しかし珊瑚はある一筋の道を見つけた。それは応声虫の虫がわんさかいる中、ジオに直接攻撃を撃ち込める逆転の糸口。すかさず鉄砲水を撃ち込んだ。
「体に一撃でも当たれば…………」
一発でも当てられたのなら、上昇気流の中から追い出すことができるかもしれない。そうすれば地面に落とせるし、翡翠の礫岩の餌食にできる。だとしたら思いっ切り突き飛ばす必要があるので、顔よりも胸か腹を狙った方がいいだろう。
だがそれも、既に対策済みだった。
「う?」
ジオはくらった感触を味わったが、それだけだ。
「どうして…? 今、確かに力を込めて撃った! 小さくても大きな男性ですらのけ反るレベルの鉄砲水の弾丸! それが効いてないなんてあり得ない!」
服にしみ込んで吸収されたのか? それはない。今までの経験から断言できる。
ではなぜジオは平然としているのか。それは、
「ボクチンの服には、種が仕込まれているでち!」
木綿が防御したからだ。種が服に散在しており、それが根を伸ばして水分を吸い取ってしまったのである。
「そ、そんな……ことって……」
「残念だったでちね~」
礫岩も鉄砲水も、通用しない相手。これほど絶望感を味あわせてくる輩は、今まで出会ったことがない。そしてその、愕然とした一瞬が命取りだった。
「し、しまった……!」
地から伸びた植物の根と茎が、翡翠の足を縛った。それはさらに伸びて体も拘束。
「うう、動けない……?」
植物の繊維は強固である。しかも木綿で強化されているのだから、人の力で引き千切ることなど不可能に近い。というよりも今のその茎と根は、野球ボール以上の太さなので端から無理だ。
「安心するでちよ? ボクチンは優しいから、痛くはしないでち! でも捕虜になってもらうでちからね?」
「させない!」
こうなったら一人だけでも、霊障が通じないとわかっていても抗う。
「はああああ……」
最大限まで鉄砲水を貯めて、撃ち出すのだ。先ほどまでの小さな攻撃ではなく、津波のような大きい水の塊を成せれば、洗い流すことができるかもしれない。しかしこれの欠点は、見えてしまっていることだ。
「それ!」
ジオがチャージしている鉄砲水の塊に植物の種を一個投げ入れただけで、珊瑚が貯めていた水は吸いつくされてしまった。しかもそれは大きな根を伸ばし、彼女の体を絡め取った。
「うあああ!」
敗北、待ったなし。この状況を抜け出す術は、もう二人にはない。
(だ、駄目なの…………)
捕虜にされたら、どうなるのだろうか? 【神代】を脅す材料に使われるのだろうか? もしもそうなら、守るべき【神代】の脅威に自分たちは変わる。そんなの二人には受け入れられるわけがない。それを感じ取りわかっていたからかジオは、
「自害することだけは駄目でちよ? 捕虜になるのは恥でも何でもないことでちからね?」
植物で手錠を作り、それで二人の手を背中の後ろで拘束する。
「くっ…!」
もはや逃げることも、自暴自棄になって突撃することもできない。
「よ~しディスに連絡でち。ボクチンちょっと疲れたでちよ?」
安心するとジオは自分が植えた樹木を倒してその上に降りた。