第4話 確保命令 その3
文字数 3,946文字
だがこの瞬間を、雛臥は待っていたのだ。指の先端から業火を繰り出し、それを寛輔に撃ち込んだ。
「甘いよ?」
しかし予想ができる動き。寛輔は左手に握っている藁人形を突き出してガード。赤い炎が藁に少し燃え移ると雛臥にもそれがダメージとして反映され、肩から煙が出た。
「甘い? 君の方がな!」
藁人形で防がれる。そんなことは雛臥も予想している。今、雪で氷漬けになっている藁人形が炎で燃えれば呪詛凍結が解除される、と踏んだのだ。
「それっ……」
振り下ろされた氷斬刀は、雛臥が受け止めた。
「う、動ける……だって? そんな馬鹿な? 呪詛凍結はどうなって……」
「氷は溶かした。僕が無駄な攻撃をするって本当に思ってたのか?」
「しまった!」
先に動いたのは雛臥。寛輔の腹に蹴りを入れた。
「ぐぶっ!」
地面に倒れ込む寛輔。でもまだ立てる。手を動かし足を立てるのだ。だがこの時、左手の藁人形が指からすり抜けていた。それを雛臥はもちろん焼き払う。
「どうした? 頼みの綱の呪縛はもう使えそうにないぞ?」
「一つだけだと思っているかい?」
予備用の藁人形をポケットに用意してある。そこに手を突っ込もうとした瞬間、火花が彼の手の甲に直撃した。
「あ、あああ熱い!」
「そこに仕舞ってあるんだな? 取り出させないぞ!」
厄介な呪縛だが、呪いの依り代を取り出される前に手を打った。
(落ち着けよ、僕……。まだコイツに勝てる方法はいくらでもある! 乱舞と呪縛を組み合わせればいいんだ)
薬束では怪我を治せないと聞いている。それは火傷もだ。だから寛輔には回復手段がない。業火を受けたらそれは敗北に直結する。
(アイツには雪は通じないと思う。業闘は何をしている……?)
チラリと視線を雛臥から逸らした。
「どりゃあああい!」
業闘は苦戦している様子だ。骸の木霊で生み出された木の根っこが体に絡まって、身動きがとれていない。
(マズい! アイツも僕の方に来る! こうなってはどうすれば……)
短い時間で必死に思考を巡らせる。やはり勝利には、業闘が必須。ここは助けることを選択した。乱舞を使って勢いよくジャンプして雛臥を飛び越え、業闘の隣に来ると、
「霊障合体・氷斬刀!」
絡みついている根っこを切り裂く。
「骸! 寛輔を止めてくれ!」
「任せな」
植物の種を寛輔に投げつける。ぶつかるまでに成長して根や茎を伸ばし、彼の足に絡みついた。
「こ、この!」
足を縛ればそこからはもう動けない。この隙だらけの状態を骸が攻める。太い枝を持ち出し、これで殴るのだ。
(気を失わせればそれでいいか。この即席の棍棒で殴ればそんなに怪我にもならないだろうし!)
それを持って近づいた時だ。急に寛輔に絡まっている植物が、引き千切れた。
「何だ?」
業闘も束縛から解放され、自由になる。それを実現したのが霊障合体・地獄 万力 だ。
「次に千切れるのは、君かもね!」
これには骸と雛臥、驚きを隠せない。
(あんなの防ぎようがないじゃないか! もし次に寛輔が新しい藁人形を取り出したら……俺か雛臥、どちらかの胴体が、ままま真っ二つ!)
呪縛という避けにくい霊障に対し、これは本当に悪質だ。骸は本能的に一歩下がる。
だが反対に雛臥は前に出た。
(あの霊障合体は強力だ、それは間違いない! でも! あれをやるには、毎回藁人形を駄目にしないといけない! そこに隙がある!)
寛輔が何体の予備の藁人形を持っているかはわからない。しかし今持っていた一体は霊障合体のせいで壊れた。だから次の一体を取り出す必要があるのだ。
(完全に引き千切られる前なら、脱臼程度で済んで大丈夫なはず!)
臆している暇はない。今がチャンスなのだから。
「追い払え、業闘!」
しかし寛輔も、毎回補充しなければいけないデメリットを理解している。まずは業闘を解放し、自分の行動に余裕を持たせている。
「ギャガアアアアアア!」
猛突進を繰り出す業闘。
「づあ!」
対する雛臥は業火を手のひらから噴き出した。炎に包まれても進むことをやめない業闘だが、炎のせいで雛臥を一瞬見失ってしまう。
「ギギ?」
右にも左にもいない。首を動かしキョロキョロしていると、腹に高熱が走る。
「下だ!」
炎に紛れてしゃがんでいたのだ。どちらかの方向に逃げたという先入観を利用し見事に今の一撃をくらわせた。
「まだ、除霊できないか……!」
でもこの一撃だけでは、業闘は祓えない。
「当たり前! 業闘の特徴は、頑丈なことなんだ。君のしょぼい炎になんか、負けないよ!」
まだ勝てる。まだ余裕がある。そういう認識を、寛輔は抱いていた。業闘は足踏みをして雛臥を踏みつぶそうとした。その足の間を抜けて寛輔の方に行こうとした雛臥であったが、尻尾による払いのけが邪魔でそれ以上進めない。一旦業闘の胴体の下から抜け出し、
「む、骸! もう一度木霊でこの業闘の動きを封じるんだ!」
火炎放射をしながら骸の方に戻った。
「いいぜ。でもよ、どうやって勝つ? あの地獄万力をどうやって攻略する?」
藁人形に攻撃すれば、普通の呪縛が発動してしまう。しかし無視して突っ込むことはできない。
「卑怯だけどさ、ちょっと揺さぶってみる?」
「は?」
雛臥は思い出していた。緑祁と連絡を取った際、
「寛輔は嫌悪をあまり感じない少年だった」
その言葉が真実なら、説得が通用するかもしれない。
「本気かよ? 失敗したら……」
「失敗を恐れていては一歩も前に進めないぞ、骸!」
それに通じなかったら、青い鬼火を使うだけのことだ。
「寛輔!」
両腕を左右にバッと開いて雛臥が叫んだ。
「何をしているんだい?」
こんな隙だらけの彼を見て寛輔はまず、雪の氷柱を生み出し構えた。
「攻撃してくれって言っているようなものだね! 馬鹿だなぁ」
「馬鹿でもいい。でも話を聞いて欲しい」
「んあ?」
寛輔が反応したのを見て雛臥は言う。
「君は……。どうして緑祁や僕らを攻撃するんだ? 誰も市内に入れたくない理由って、何なのさ?」
「そんなの、邪魔だからだよ」
「じゃあどうして邪魔だ? 言っておくが骸も僕も君のことなんてつい先日まで知らなかったし、緑祁もそうじゃないの? 君は最近霊能力者になった……それが事実なら、緑祁と【神代】上の交流もなかったはずだ」
「う、うるさいなぁ!」
この時の寛輔は少し、動揺していた。
(そう言えば僕は、どうしてコイツや緑祁と戦っているんだろう……?)
理由は一つだけだ。それは豊雲の野望のため。
(……そう、だったっけ?)
いいや違う。少なくとも野望の邪魔になるということは、正夫の時だけだったはず。そんな正夫はもう【神代】に捕まって、そして自分は他の仲間と共に豊雲に従うことに。彼の野望が正夫のそれと似ていたから、そのまま以前のように動いている。
(それは、僕の意思だったのかな……?)
孤児院の仲間は特別だ、何せ自分の人生の半分以上を一緒に過ごしたから、絆がある。その仲間のために動くことは何も間違ってない。
(え……?)
だがその仲間たちは、【神代】へ攻撃するなんていうことを目論んだだろうか? 正夫や豊雲に言われるまま動いていた。つまりはこの行為は洋次や秀一郎たちが望んでいることではないのだ。
その矛盾に、彼は今気づいた。
寛輔には、緑祁や雛臥、骸と戦う理由が……【神代】を攻撃する理由がないのだ。
「で、でも! 僕は……!」
「寛輔! 君の望みがこれなのか!」
今、無防備な雛臥は業闘に突き飛ばされた。倒れながらも説得を続けているのだ。
「知りもしない誰かを、他人の指示で傷つけるのか? それが君が、霊能力者になってまでしたかったことだったのか!」
「ち、違う……」
「そんな小さな心じゃ、聞こえない!」
業闘に踏みつけられても雛臥は何の抵抗もしない。ただ寛輔の心に語り掛けている。
「違う、はずだ!」
今自分が行っていることは、彼をかつていじめていた同級生と同じことだ。誰よりも傷つくこと、その痛みを知っているはずの寛輔自身が、そんなことをしてしまっている。
「何で僕はこんなことを……」
どうして言われるまで気づけなかったのか。自分で自分が許せない。
気が付くと寛輔は、涙を流していた。きっと本能と心が罪悪を感じているのだろう。
「で、でも僕は後戻りできない……」
そう溢すと、
「いやそうでもないぜ? 今ならまだ間に合う! そうやって、悪の道に進む前に戻れた人は多い。仲間もまだ間に合うはずだ。寛輔、もうやめよう!」
骸が種を捨てて続ける。
「お前の仲間たちも誰かに命じられているだけだろう? そんなのお前たちは望んでいないはずだ! 誰かのために何かをすることは大事なことだ。でもその前に、自分の心に正直になってくれ!」
彼もまた、戦うことをやめて説得を選んだのである。
数秒、沈黙が彼らを包んだ。そしてそれを突き破ったのは寛輔。彼は藁人形を両手で持って、地獄万力を使った。
「うあああああ………!」
引き千切られた藁人形。そのダメージは雛臥でも骸でもなく、業闘に向けられた。
「ギョオオオオガアアア……!」
真っ二つになるとすぐに体が空気に溶け消滅する業闘。
「う、ううううう!」
泣きながら寛輔は崩れ地面に手をついた。
「ごめん、みんな………」
その彼に雛臥と骸が駆け寄り、
「よく頑張った、寛輔! 偉いぞ!」
と言い、寛輔のことを二人で抱きしめる。同時にハンカチも貸して涙を拭き取る。
「みんなを、助けてくれ……。誰も失いたくないんだ……」
「よしよし! 大丈夫だそれは。俺たちの仲間なら!」
もしかしたら、寛輔から黒幕が誰か、どこに潜んでいるのかを聞けるかもしれない。しかし今その話は、この状況に水を差すのでしない。ただただ、彼の背中をさすって慰める。
「甘いよ?」
しかし予想ができる動き。寛輔は左手に握っている藁人形を突き出してガード。赤い炎が藁に少し燃え移ると雛臥にもそれがダメージとして反映され、肩から煙が出た。
「甘い? 君の方がな!」
藁人形で防がれる。そんなことは雛臥も予想している。今、雪で氷漬けになっている藁人形が炎で燃えれば呪詛凍結が解除される、と踏んだのだ。
「それっ……」
振り下ろされた氷斬刀は、雛臥が受け止めた。
「う、動ける……だって? そんな馬鹿な? 呪詛凍結はどうなって……」
「氷は溶かした。僕が無駄な攻撃をするって本当に思ってたのか?」
「しまった!」
先に動いたのは雛臥。寛輔の腹に蹴りを入れた。
「ぐぶっ!」
地面に倒れ込む寛輔。でもまだ立てる。手を動かし足を立てるのだ。だがこの時、左手の藁人形が指からすり抜けていた。それを雛臥はもちろん焼き払う。
「どうした? 頼みの綱の呪縛はもう使えそうにないぞ?」
「一つだけだと思っているかい?」
予備用の藁人形をポケットに用意してある。そこに手を突っ込もうとした瞬間、火花が彼の手の甲に直撃した。
「あ、あああ熱い!」
「そこに仕舞ってあるんだな? 取り出させないぞ!」
厄介な呪縛だが、呪いの依り代を取り出される前に手を打った。
(落ち着けよ、僕……。まだコイツに勝てる方法はいくらでもある! 乱舞と呪縛を組み合わせればいいんだ)
薬束では怪我を治せないと聞いている。それは火傷もだ。だから寛輔には回復手段がない。業火を受けたらそれは敗北に直結する。
(アイツには雪は通じないと思う。業闘は何をしている……?)
チラリと視線を雛臥から逸らした。
「どりゃあああい!」
業闘は苦戦している様子だ。骸の木霊で生み出された木の根っこが体に絡まって、身動きがとれていない。
(マズい! アイツも僕の方に来る! こうなってはどうすれば……)
短い時間で必死に思考を巡らせる。やはり勝利には、業闘が必須。ここは助けることを選択した。乱舞を使って勢いよくジャンプして雛臥を飛び越え、業闘の隣に来ると、
「霊障合体・氷斬刀!」
絡みついている根っこを切り裂く。
「骸! 寛輔を止めてくれ!」
「任せな」
植物の種を寛輔に投げつける。ぶつかるまでに成長して根や茎を伸ばし、彼の足に絡みついた。
「こ、この!」
足を縛ればそこからはもう動けない。この隙だらけの状態を骸が攻める。太い枝を持ち出し、これで殴るのだ。
(気を失わせればそれでいいか。この即席の棍棒で殴ればそんなに怪我にもならないだろうし!)
それを持って近づいた時だ。急に寛輔に絡まっている植物が、引き千切れた。
「何だ?」
業闘も束縛から解放され、自由になる。それを実現したのが霊障合体・
「次に千切れるのは、君かもね!」
これには骸と雛臥、驚きを隠せない。
(あんなの防ぎようがないじゃないか! もし次に寛輔が新しい藁人形を取り出したら……俺か雛臥、どちらかの胴体が、ままま真っ二つ!)
呪縛という避けにくい霊障に対し、これは本当に悪質だ。骸は本能的に一歩下がる。
だが反対に雛臥は前に出た。
(あの霊障合体は強力だ、それは間違いない! でも! あれをやるには、毎回藁人形を駄目にしないといけない! そこに隙がある!)
寛輔が何体の予備の藁人形を持っているかはわからない。しかし今持っていた一体は霊障合体のせいで壊れた。だから次の一体を取り出す必要があるのだ。
(完全に引き千切られる前なら、脱臼程度で済んで大丈夫なはず!)
臆している暇はない。今がチャンスなのだから。
「追い払え、業闘!」
しかし寛輔も、毎回補充しなければいけないデメリットを理解している。まずは業闘を解放し、自分の行動に余裕を持たせている。
「ギャガアアアアアア!」
猛突進を繰り出す業闘。
「づあ!」
対する雛臥は業火を手のひらから噴き出した。炎に包まれても進むことをやめない業闘だが、炎のせいで雛臥を一瞬見失ってしまう。
「ギギ?」
右にも左にもいない。首を動かしキョロキョロしていると、腹に高熱が走る。
「下だ!」
炎に紛れてしゃがんでいたのだ。どちらかの方向に逃げたという先入観を利用し見事に今の一撃をくらわせた。
「まだ、除霊できないか……!」
でもこの一撃だけでは、業闘は祓えない。
「当たり前! 業闘の特徴は、頑丈なことなんだ。君のしょぼい炎になんか、負けないよ!」
まだ勝てる。まだ余裕がある。そういう認識を、寛輔は抱いていた。業闘は足踏みをして雛臥を踏みつぶそうとした。その足の間を抜けて寛輔の方に行こうとした雛臥であったが、尻尾による払いのけが邪魔でそれ以上進めない。一旦業闘の胴体の下から抜け出し、
「む、骸! もう一度木霊でこの業闘の動きを封じるんだ!」
火炎放射をしながら骸の方に戻った。
「いいぜ。でもよ、どうやって勝つ? あの地獄万力をどうやって攻略する?」
藁人形に攻撃すれば、普通の呪縛が発動してしまう。しかし無視して突っ込むことはできない。
「卑怯だけどさ、ちょっと揺さぶってみる?」
「は?」
雛臥は思い出していた。緑祁と連絡を取った際、
「寛輔は嫌悪をあまり感じない少年だった」
その言葉が真実なら、説得が通用するかもしれない。
「本気かよ? 失敗したら……」
「失敗を恐れていては一歩も前に進めないぞ、骸!」
それに通じなかったら、青い鬼火を使うだけのことだ。
「寛輔!」
両腕を左右にバッと開いて雛臥が叫んだ。
「何をしているんだい?」
こんな隙だらけの彼を見て寛輔はまず、雪の氷柱を生み出し構えた。
「攻撃してくれって言っているようなものだね! 馬鹿だなぁ」
「馬鹿でもいい。でも話を聞いて欲しい」
「んあ?」
寛輔が反応したのを見て雛臥は言う。
「君は……。どうして緑祁や僕らを攻撃するんだ? 誰も市内に入れたくない理由って、何なのさ?」
「そんなの、邪魔だからだよ」
「じゃあどうして邪魔だ? 言っておくが骸も僕も君のことなんてつい先日まで知らなかったし、緑祁もそうじゃないの? 君は最近霊能力者になった……それが事実なら、緑祁と【神代】上の交流もなかったはずだ」
「う、うるさいなぁ!」
この時の寛輔は少し、動揺していた。
(そう言えば僕は、どうしてコイツや緑祁と戦っているんだろう……?)
理由は一つだけだ。それは豊雲の野望のため。
(……そう、だったっけ?)
いいや違う。少なくとも野望の邪魔になるということは、正夫の時だけだったはず。そんな正夫はもう【神代】に捕まって、そして自分は他の仲間と共に豊雲に従うことに。彼の野望が正夫のそれと似ていたから、そのまま以前のように動いている。
(それは、僕の意思だったのかな……?)
孤児院の仲間は特別だ、何せ自分の人生の半分以上を一緒に過ごしたから、絆がある。その仲間のために動くことは何も間違ってない。
(え……?)
だがその仲間たちは、【神代】へ攻撃するなんていうことを目論んだだろうか? 正夫や豊雲に言われるまま動いていた。つまりはこの行為は洋次や秀一郎たちが望んでいることではないのだ。
その矛盾に、彼は今気づいた。
寛輔には、緑祁や雛臥、骸と戦う理由が……【神代】を攻撃する理由がないのだ。
「で、でも! 僕は……!」
「寛輔! 君の望みがこれなのか!」
今、無防備な雛臥は業闘に突き飛ばされた。倒れながらも説得を続けているのだ。
「知りもしない誰かを、他人の指示で傷つけるのか? それが君が、霊能力者になってまでしたかったことだったのか!」
「ち、違う……」
「そんな小さな心じゃ、聞こえない!」
業闘に踏みつけられても雛臥は何の抵抗もしない。ただ寛輔の心に語り掛けている。
「違う、はずだ!」
今自分が行っていることは、彼をかつていじめていた同級生と同じことだ。誰よりも傷つくこと、その痛みを知っているはずの寛輔自身が、そんなことをしてしまっている。
「何で僕はこんなことを……」
どうして言われるまで気づけなかったのか。自分で自分が許せない。
気が付くと寛輔は、涙を流していた。きっと本能と心が罪悪を感じているのだろう。
「で、でも僕は後戻りできない……」
そう溢すと、
「いやそうでもないぜ? 今ならまだ間に合う! そうやって、悪の道に進む前に戻れた人は多い。仲間もまだ間に合うはずだ。寛輔、もうやめよう!」
骸が種を捨てて続ける。
「お前の仲間たちも誰かに命じられているだけだろう? そんなのお前たちは望んでいないはずだ! 誰かのために何かをすることは大事なことだ。でもその前に、自分の心に正直になってくれ!」
彼もまた、戦うことをやめて説得を選んだのである。
数秒、沈黙が彼らを包んだ。そしてそれを突き破ったのは寛輔。彼は藁人形を両手で持って、地獄万力を使った。
「うあああああ………!」
引き千切られた藁人形。そのダメージは雛臥でも骸でもなく、業闘に向けられた。
「ギョオオオオガアアア……!」
真っ二つになるとすぐに体が空気に溶け消滅する業闘。
「う、ううううう!」
泣きながら寛輔は崩れ地面に手をついた。
「ごめん、みんな………」
その彼に雛臥と骸が駆け寄り、
「よく頑張った、寛輔! 偉いぞ!」
と言い、寛輔のことを二人で抱きしめる。同時にハンカチも貸して涙を拭き取る。
「みんなを、助けてくれ……。誰も失いたくないんだ……」
「よしよし! 大丈夫だそれは。俺たちの仲間なら!」
もしかしたら、寛輔から黒幕が誰か、どこに潜んでいるのかを聞けるかもしれない。しかし今その話は、この状況に水を差すのでしない。ただただ、彼の背中をさすって慰める。