第5話 刃の鋭さ その4

文字数 2,672文字

「どうした? オレに勝つんじゃなかったのか?」

 さらに追い込むつもりなのかヤイバは、日本刀を生み出し握る。そして緑祁に迫り、切りかかる。

「死ね!」
「くっ!」

 刃を避ける。それが精一杯で、反撃に移れないでいる。

「フン。その程度かやはり」

 そう言うとヤイバは後ろにジャンプして一旦距離を取った。そして日本刀を捨て、今度は新しくレイピアを左手に生み出す。右手には金属バットを。

「に、二刀流……!」

 一本の刀から逃げることにすら難儀していた緑祁が、これを両方ともかわし切れるはずがない。今度は緑祁が下がる番だ。
 手を肩にやると、傷口があるだけでもう釘は消えていた。

(時間の経過で、機傀は消える! だから一度日本刀を捨てたのか。でもということは、一分間逃げ切れば、両手の武器も無くなるってこと!)

 逃げればいい。そう感じた緑祁は反転し、走った。突破口を見い出せた気がしたのだ。

(追いかけてこない! 逃げ切……。違う!)

 何故ヤイバが緑祁を追いかけないのか? その理由はただ一つ。
 最初から眼中にない相手だからだ。

「守ってくれているヤツは逃げていったぞ、文与!」

 香恵と一緒にいる文与の方にヤイバは向かった。

「し、しまった!」

 ヤイバは文与に対し、バットを振り下ろす。その時、

「やだ……!」

 なんと文与は、隣にいた香恵を突き出したのだ。

「きゃあ!」

 腕を前に出したが、力は強く防ぎ切れない。一撃で香恵は地面に倒れた。

「か、香恵!」

 これに怒りを覚えない緑祁ではない。

「地獄行きだって? それはそっちのことじゃないかな?」

 口調は冷静そのもの。だが心の中は沸騰している。旋風を生み出しそれに乗って、瞬時にヤイバの側に移動すると、

「香恵に手を出したこと、許さないよ僕は?」

 手のひらに大きな鬼火を生み出す。夜の駐車場がまるで昼間のように明るく照らし出された。

「何をする気だ……?」

 一瞬、汗を流すヤイバ。何か、マズい地雷を踏んだ気がしたのだ。

(コイツ、侮るのはオレの方が命取りになる……! 完全に息の根を止めるまで、舐めない方がいい!)

 そう心でも本能でも判断したヤイバは、下がり距離を稼ぐ。しかし緑祁の目は彼の動きをちゃんと追っている。

「これで終わりだ……」

 軽自動車ほど大きな鬼火が、緑祁の真上に解き放たれた。それは膨らんだと思ったら分裂を繰り返し大量の火球となると、一気にヤイバ目掛けて降り注ぐ。

「……焦ったオレが馬鹿だったぜ、それだけとはな…!」

 普通なら、この炎の雨を見て絶望するだろう。だがヤイバは違った。流した汗が引っ込んでしまったぐらい、安心している。

「炎が鉄に勝てると? オレの意見は違うぞ!」

 腕をクロスさせ、そして展開した。その時にヤイバは、大量の手裏剣をばら撒いたのだ。回転し空気の流れを生み出しながら火球一つ一つにぶつかるその手裏剣は、火をかき消してしまう。さらに逆に、緑祁にそれが降り注いだ。

「そ、そんな……!」

 攻撃が、通じない。怒っている緑祁でもそれがわかり、そして体が反射的に後ろに下がる。

「おっと、逃がさないぜ!」

 さらに追い打ちを。指先から釘を数本、緑祁に発射した。彼の動きは見切っているので、避けさせない。

「うううっ、ぐ!」

 胸に数本、突き刺さる。その衝撃で緑祁の体は地面に崩れた。

「り、緑祁!」

 香恵が痛む腕を押さえながら、立ち上がって彼の方へ歩み寄る。

「う、うう……」

 生きている。だが、ダメージが深刻だ。もう戦える状態じゃないのは、誰の目にも明らか。

「どうする、オマエは?」

 彼女の後ろにもヤイバは迫る。彼としては、一時的であっても文与に味方した人間は生かしておけない。顔を見られてしまっているし、ヤイバ本人が犯人であることも確実にバレてしまうからだ。

「………」

 香恵がとった行動。それは緑祁の懐に手を入れることだ。

(お願いよ、式神! 出てきて、[ライトニング]、[ダークネス]!)

 自分では勝つどころか互角に戦うことすらできないことは香恵本人が痛いほどわかっている。だから式神の力に頼ったのだ。
 問題は、緑祁の代わりに召喚できるかどうかであった。しかし香恵は見事にその賭けに勝った。二体の式神が、その場に現れたのである。

「な、何! これは、式神か! コイツ、こんなものまで隠し持ってやがったのか!」

 驚いたヤイバは、一歩下がる。
[ライトニング]と[ダークネス]はすぐに、自分たちの主である緑祁が倒れていることも確認した。すると、彼のことを[ライトニング]が背中に乗せた。そして香恵の方は[ダークネス]が無理矢理背に乗せる。

「え、ちょっと……?」

 式神の判断は簡単だ。この場から、逃げなければいけない。もしかしたら周囲を確認することにまで気が回らず、ヤイバや文与の存在に気づけなかったのかもしれない。逃げると判断した二体の式神は、翼を羽ばたかせて民宿へ向け夜空を駆けた。

「……ま、待ってよ! 戻って来て!」

 図らずも見捨てられる形になってしまった文与。

「ふ、ふはははははははは!」

 彼女の耳をヤイバの笑い声が貫く。

「やはり、役立たずが頑張っても無駄なんだな。文与、オマエなんぞ守るに値しない! 少なくとも二人はそう判断し、逃げて行ったぞ?」
「こ、これは何かの間違いだ!」
「いいや、違うな。オマエの命はここまでだ」

 レイピアもバットも捨て、ヤイバは包丁を握った。

「ままま、待ってったら! ヤイバお願い、話を聞いて!」
「何のだ?」
「あたしは、アナタのことが心配だったの! いつかは面会に行こうと思ってたし、ずっと罪の意識に苛まれてたんだよ! 皐も本当は止めたかったんだけど、言うことを聞いてくれなくて、それで仕方なかったの……。だから……」
「無駄に命乞いするな。消費される酸素に失礼だ」

 文与の話は聞き入れない。ヤイバはかつて、自分の訴えを聞き入れてもらえなかった。それと同じことをし返すのだ。
 照に与えられ腕に巻いていた腕時計を確認するとヤイバは言った。

「明日になるまであと一分。オマエの命日、やはり今日だったな……?」

 恐怖で転び尻餅を着いてしまった文与。そんな彼女に対し、ヤイバは歩み寄るのをやめない。

「ち、ち、ち、チャンスを、ください! 土下座でも何でもするから、助け……」

 包丁を握る手を振った。それで文与の唇と舌を切った。

「うぶ、うぶううええええ……!」

 命乞いの声の代わりに血が出た。

「死ねぃ、文与ぉっ! オマエが踏み外した道、オマエの血で洗ってやろう!」

 トドメの一撃が、文与の首を胴体から切り離した。
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