導入 その1

文字数 3,493文字

 春学期初頭の講義では、普段よりも出席している学生が多い。

「この講義は面白いか、それともつまらないか? そして単位が取れそうか?」

 それを見極めるためだ。楽して単位を取りたいのが大多数を占める。神代閻治もそんな学生の一人であり、この講義室に座っている。

「あ!」

 その存在に後輩……いや、閻治は留年しているので同級生が気づいた。

「あれは落単を司る神では?」
「ケッセキングでしょ? 初めて見た……」
「この講義、出席してれば単位取れるんだよね? なのにどうして再履してるんだ?」
「知らねえのお前? あの人、俺たちより獲得単位少ないって噂なんだよ」
「はーえー。やる気のやの字も感じられない先輩だな~」

 そんな話をしていると閻治が睨んでくる。

(ひえ! こっち見てる!)

 変に因縁をつけて来るかもしれない。そう思った学生たちだが、

「おい貴様ら! 陰口はもっと聞こえんように呟かんか!」

 と、怒鳴られただけで済んだ。
 数分もすれば先生が現れ、講義は始まる。スクリーンにパワーポイントの画面が映され、その要点をノートに写しておけば、講義の終盤で配られる出席確認用小テストを楽々解答できる。この講義は期末レポートを課されるが、内容と難易度は大したことはない。噂によれば、そのレポートを提出していない学生にも最低評価ではあるが単位が与えられたのだとか。
 ただし、内容はあまり面白くはなく評価も香ばしくない講義。その詰まらなさに十五回分耐えられるかどうかが問題だ。

(しかし、流石に出席しない場合は駄目らしいな……)

 無論、そのような例外があっても昨年度に一度も出ていない閻治がもらえるわけがない。
 先生が講義を進めるのだが、ハッキリって退屈だ。何故なら閻治の留年を心配してくれたかつての同級生が、彼が単位を落とした講義のノートとプリントと過去問を貸してくれた。そして今年は去年と内容が全く違わない。手元にあるノートをめくれば、それだけで学習した気分になれるのだ。

(暇だな。ここは……)

 こういう時、ラジコンを飛ばす妄想をする。閻治の場合も同じだ。ただ彼はカバンから札を取り出し、式神を召喚した。

(行け、[アマテラス]! この講義室を這い回れ!)

 彼の足元に、バスケットボール程度の大きさのダイオウグソクムシが出現。これが彼の持つ式神の内の一体、[アマテラス]である。その七対の足で壁まで器用に登れる。

「ギシシ、ギシギシ……」

 どうやら汚れている部分を探しているようだ。というのもこの[アマテラス]は、ゴミを綺麗な空気に変えるチカラを持っており、それを使いたがっているのだ。でもこの教室は清掃が行き届いており、落書きすら壁にはなかった。

(お、おいおい……)

 すると何を思ったのか[アマテラス]、ゴミ箱に潜り込んだ。

「ええ、今誰か喋った? 質問があるなら手を挙げてから言ってください」

 その時に大きな音を立てたので、先生も学生も反応した。が、式神はこの場では閻治しか見ることができない。逆に言えばこの部屋の中で冷や汗をかいたのは彼だけだ。
[アマテラス]はゴミ箱の中のゴミを全て綺麗な空気に変化させると、這い出てきた。そのまま壁を伝って天井を走り、ウロウロしている。そんな気ままな動きを見せる式神を見て、閻治は退屈をしのいだ。

 講義が終わりに近づくと、

「あと十分ですけど、小テストをします! ノートやプリントを見ていいです。でもスマートフォンも可! できた人から提出してください!」

 出席確認が始まる。

(どれどれ……)

 この小テストは次の週には返還される。さらに期末試験の範囲でもあるので、誰もがクリアファイルに入れて保管するだろう。つまりは閻治の手元には、去年の答えがあるということ。

(こことここの順番が違うだけか。じゃあ、簡単だな)

 一応問題文にも目を通し、去年と変更点がないか、答えが変わっていないかを確認。

(オールクリア! 完璧だな)

 シャーペンを動かし答えを記入。解答を終えて提出し、自分の席に戻ると札を出して、

(戻って来い、[アマテラス]!)

 式神を呼び戻すと荷物をまとめて次の講義の教室に移動する。

「お、何だ……?」

 そこで[アマテラス]が閻治に囁いた。人語を話せない式神だが、何を言っているのかは閻治にはわかる。

「それは本当か?」

 他の学生が何かを喋っていたらしく、それを[アマテラス]は聞いていたのだ。

「どうして入学するとこう、馬鹿になるのだ? ま、我輩も留年しとるし人のことは言えんか……」

 今夜は面倒になりそうだ。


 この日の午後十一時五十分頃、閻治は大学から一時間くらい離れた場所にある森林公園に来ていた。観光バスから降りる時、

「待っていろ、松永(まつなが)! 多分すぐ戻れる」
「多分がついてるんじゃ、信用できません……」
「じゃあ、終わったら連絡を入れる。それまでドライブでもしておれ!」

 運転手には適当に暇つぶしを命じて、閻治は森林公園の林道を懐中電灯を頼りに進んでいく。

「どの辺だ?」

 周囲には誰もいない。ここで閻治は旋風を使って、四方八方に風を吹かせた。

「そこか!」

 その風が、誰かの気配を捉えた。二十人くらいいる。

「話に聞いていた数と違うな。他の学部学科の学生も紛れ込んでおるのか。間に合うか……いや、間に合わせる!」

 走った。すると段々と声が大きくなる。

「ひ、ひえええ!」

 悲鳴だ。学生たちは腰を抜かして地面にへばりついている。

「グオオオオオオオ!」

 その目の前には、幽霊がいる。クマのような見た目だが、大きさはその四倍ある。そしてその大きな爪で彼らを引き裂こうとしているのだ。

「う、うわああああああ!」

 この一撃が決まったのなら、間違いなくあの世行きになるだろう。しかしその爪が彼らを襲うことはなかった。

「貴様……! 良い度胸だ、相手は我輩がしてやろう!」

 閻治がその幽霊と学生の間に、割って入ったのだ。そこで機傀を使って鉄棒を出し、爪を防いでいるのである。

「え、か、神代さん? 今、どこから来たの?」
「話は後だ、まず逃げろ! ここから!」

 幽霊は逃げる学生たちを追いかけようとしたが、それを閻治が阻む。

「おいおいおい……? 我輩が怖いのか?」
「ガルルル?」

 こんな簡単な挑発に乗るとは、幽霊の方も単純だ。睨みつける相手を閻治に変え、牙を剥きだした。

「おお。恐ろしいな……。だが届かなければ、何の意味もない。ただの飾りだ」
「ギ、ギガアアアアアアオオオオオオ!」

 ここで幽霊、奥の手を繰り出した。何と炎を吐き出せるのだ。

「甘いな!」

 だがそんな火炎放射に一々怯む閻治ではない。すかさず懐中電灯を幽霊に向け、その電力を眼前に放出する。

「電霊放!」

 稲妻が炎を切り裂いて幽霊に直撃。まともにくらったその幽霊の胴体が砕け散り、上半身と下半身に分かれた。

「グギャアアアアス!」

 それでもまだ動けるのだから驚異的な執念である。上半身は閻治を睨み、下半身は逃げる学生を追いかけようとしている。

「なるほど、悪い作戦ではないな。どちらを取るか、我輩に選ばせようということか! しかし、無駄な抵抗だ!」

 彼が取った行動はというと、地面に手をつくことだ。すると地面が割れてその中から、電撃が飛び出す。

「くらうがいい! 電池開闢!」

 霊障合体で一気にトドメを刺した。幽霊は断末魔を上げることすら叶わずに消え去った。

「す、すごい……!」

 学生たちは少し離れた場所にいて、その光景を見ていた。

「おい、貴様!」
「は、はいっ? 僕ですか?」
「貴様でいい! 我輩が聞いているのと、人数が合わんぞ! 残りの五人はどこに行った?」

 彼らは新入生をこの森林公園に招き、バーベキューを開催している。しかし真の目的は、心霊スポットとして有名なこの森で肝試しをし、吊り橋効果で彼女を作ろうという魂胆だったのだ。

「呆れるほどに馬鹿馬鹿しい! だが、放ってはおけん! 早く答えんか!」
「せ、先輩三人と新入生二人です。もっと奥に行きました」
「フムっ!」

 ここで閻治はスマートフォンを取り出し、松永に連絡を入れる。

「すぐ戻って来れるか?」
「大丈夫です。ガソリンを補充しただけですので!」
「今から、学生たちが二十人ほどそっちに向かう! 車内に案内しておけ!」
「わかりました!」

 バスを呼び戻すと閻治は、

「駐車場があっただろう? そこに観光バスが来る。それに乗って、待っていろ!」
「どういうことなんです、これは?」
「質問は後だ! 今はその、大馬鹿の五人を助けに行かんといけんのだ」

 周囲には幽霊はいない。しかし一応式神を数体召喚しておき、護衛に回す。
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