第9話 断ち切る その2

文字数 4,730文字

(豊雲の霊障は、震霊! 礫岩の上位種の、霊障発展だ。さっき転ばされたみたいに、地面を揺らすなんて息することなくできてしまう!)

 状況はかなり悪い。何せ緑祁は、鍾乳洞の中……四方八方が岩石に囲まれているのだ。動き出す岩は、足元だけとは限らない。頭上で、ピシッという音がした。緑祁は上を向かずに横に飛んだ。

「やはり!」

 上から落ちてきたのは、鍾乳石だ。大き過ぎる岩石の氷柱が、襲い掛かって来たのである。

「どうした緑祁? 逃げることしかできないのに、随分とデカいことを言えたものだな?」
「いいや、ここからだ!」

 まだ勝負は始まったばかりだ、焦る必要はない。まずは鉄砲水で攻撃を行う。

「行くぞ! これで洗い流せば……!」
「無駄だな?」

 地面から大量の砂が噴き出し、緑祁の鉄砲水を吸い取ってしまった。

「なら、炎なら!」

 今度は鬼火だ。とりあえず一通り霊障を試してみるのだ。

「むっ!」

 水よりも速い。また砂が出現したのだが、鬼火はギリギリ避けれた。

「……だが!」

 しかし、天井から岩石の壁が出現し、炎をシャットアウトしてしまった。

(これも駄目か……。でも、諦めるわけにはいかない!)

 最後は旋風だ。渦巻く風なら砂にも邪魔されないし、軌道を変えれば遮蔽物にも当たらない。その目論見通り、豊雲に届いたのだ。

「うぐっ! 中々鋭い風だな……」

 だが威力が弱かった。様子見のためだったからだ。

「次はこんなものじゃないぞ! くらえ!」

 もっと大きな風を生み出し、放つ。今度の旋風は、服ぐらいなら切断できるほど。

「どうだ……?」

 豊雲は、それを避けるために動いた。だが右でも左でもない。前や後ろでもない。

「な、何……? しまった、礫岩の延長上ということは、そういうこともできる……!」

 下だ。地面の中に潜り込んだのである。

(ヤバい! 足元を取られる!)

 逆に動かないといけなくなったのは、緑祁の方である。豊雲がどこから出て来るか、全くわからない。足元かもしれないし、頭上かもしれないのだ。

「で、でも!」

 すかさず緑祁は鉄砲水と旋風を混ぜて台風を生み出し、その中心に入った。これで、横からの襲撃には反応できる。その状態で、右手を上に、左手を下に向けて鬼火を放つ準備をする。後は動きながら豊雲の出現を待つだけだ。

(どうでる……?)

 後ろの地面が割れた。その地鳴りが緑祁にもハッキリと聞こえた。

「そこか!」

 振り向くと同時に、両手を向けて火災旋風を叩き込んだ。
 が、

「ダミー? してやられた!」

 その割れ目から出てきたのは、人と同じ大きさの岩石。囮だったのだ。まんまと引っかかってしまった緑祁を、

「若いな」

 足元から飛び出た豊雲が持ち上げる。還暦を迎えているとは思えないほどの力だ。

「うわわわ!」

 力いっぱいぶん投げる。おまけに緑祁が落ちるであろう地面の先に、鍾乳石が飛び出て串刺しにしようとしてもいる。

「案外、早かったな」
「いいやっ!」

 ここで鉄砲水だ。下に向けて手のひらから大量に撃ち出すことで、滞空時間をわずかに伸ばした。そのおかげで、鍾乳石は回避できた。でも、転げ落ちた。

「ぐっ! だけど、そう簡単には終わらない!」
「だろうな。簡単に片づけられるなら、正夫が苦労していない」

 痛みを気にせず即座に立ち上がり、豊雲の方を向いた。

(地面の中に逃げられたら、マズい! どこから出て来るかわからない……僕の反応を見てから、豊雲は行動できる! おまけに、地中には僕の霊障が届かない!)

 圧倒的に、不利。

(でも! それを貫いてこそ、初めて豊雲に勝てるんだ!)

 普通なら絶望し、悪い流れになってしまうだろう。だが緑祁はその負の感情が生じる前に、やる気に昇華させた。

「うおおおお! 霊障合体・火災旋風!」
「芸がないな…」

 旋風と鬼火を合わせ、渦巻く赤い炎を繰り出した。これに対し豊雲は、やはり地中に身を隠す。

(また、消えた!)

 だがこれは、予想ができていた。自分が動けば相手もそれに対応し、動く。肝心なのはその先である。
 緑祁は動いた。ちょうど上の方に鍾乳石がある場所を陣取ると、止まる。
 目の前の地面が割れ始めた。

「そこか!」

 また、フェイクの可能性もある。だが攻撃しないといけないのだ。台風を繰り出す緑祁。当然こんな見え見えの攻撃を豊雲がするわけがなく、出てきたのは岩石の偽物だった。

「ここだ……」

 ここで緑祁、自分の上に向け火災旋風を使った。赤い風が鍾乳石を攻撃し、その先端を折り曲げる。同時に彼は後ろにジャンプした。

「何……?」

 豊雲はやはり緑祁の予想通り、真下の地面から出てきた。しかしそこに緑祁はおらず、上から折れた鍾乳石が落ちてくるのみ。

(私をおびき出すために、わざと囮に攻撃したな? 小賢しい真似を!)

 鍾乳石の落下は、豊雲の方がより硬い岩を出現させて弾いた。しかしその直後、

「ぬう?」

 鉄砲水だ。緑祁が後ろに下がると同時に、放っていたのである。正確に目を狙っており、豊雲は手で防ごうにも間に合わなかった。

「こ、この……ガキが!」

 目潰しだ。でも、完全に眼球を潰すつもりはない。目に水を入れて、拭き取られるまでのほんのわずかな時間を稼ぐのだ。

「えい、やあああ!」

 その隙に、火災旋風を放った。この距離、そして見えていない豊雲。確実に当たる間合いだ。
 だが、火災旋風は豊雲の体には届かなかった。地中に潜られて逃げられたのだ。

「僕が甘かった…! 視力を一瞬でも奪えば、目の方に気を取られると思っていたけど、逃げることを選んだか!」

 再び動き出す緑祁。さっきと同じ手が通用するとは思えない。次の攻撃は、豊雲は確実に緑祁が、空振りしたと確認してから仕掛けてくるだろう。

(どうにか、地面の中から出させないと!)

 ここで緑祁は、自分の方から動くことを選んだ。

「うりゃああああああああ!」

 がむしゃらに鉄砲水を、周囲にまき散らす。自分でも思うくらいにめちゃくちゃな動きだし、本当に何も考えていない。

(……何だ?)

 だが、地中の豊雲は疑念を抱いた。鉄砲水がまき散らされているのは、地面の湿り気が変化していることから伝わってくる。

(もしや……私の場所が、わかっているのか? それともわからないから、適当な動きを? だが緑祁のヤツは、そんな愚かではないはずだ……)

 考えれば考えるほど、わからなくなっていく。
 急に、地面の温度が変わった。鬼火も使われているのだ。

(そうか……! 地表を水や炎で覆って、私を出現させないという作戦だな? ならば……こうしてやる!)

 一旦鍾乳洞の壁を登り、上に移動。鍾乳石の中に入って、そこから出る。

「どうした、緑祁……って、何だと?」

 予想外だった。

「出てきたな、豊雲!」

 緑祁は、鍾乳洞中を炎や水で包もうとは思っていない。本当に適当に、周囲に霊障を放っているのだ。
 結果としては、何も起こっていない。だがそれが、豊雲に隙を作らせた。

「台風だ!」
「ぐおおおおお!」

 水を乗せた渦巻く風が、豊雲に命中。そのまま鍾乳石から豊雲を吹き飛ばした。

「どうだ!」

 効いている。手応えがあったのだ。初めてまともなダメージを叩き込めた。

「油断してしまったな。だが緑祁、この程度で勝ったと思うな……。私の力を侮られては、たまったものではない」

 注意は常に配っている。いつまた地中に逃げられるかわからないのだから。

「緑祁、次は確実に仕留める」

 そう宣言する豊雲。しかし、地面の中に入ろうとはしない。
 突如、大きな地響きが鍾乳洞の中で起きた。

「うわ、地震……だ! よりにもよって、こんな時に!」

 激しい揺れだ。立っていられず、しゃがむ緑祁。

(でも、待って……。震霊って、自然に起きる地震ですらも制御できるはずじゃ?)

 そう考えた瞬間、わかった。これは自然が起こしている揺れではないのだ。豊雲が意図的に起こしている、地震。

「立てないだろう、緑祁? 当たり前だ…震度が大きくなり過ぎると、人間は立っていられなくなる。今のお前のようにな」
「くっ………!」

 しかしどうやら豊雲は別のようで、立っているし悠々と緑祁に近づいている。

(手を挙げれば……)

 霊障合体・火災旋風を使った緑祁だったが、揺れのせいで外してしまった。

「無様だな、緑祁!」

 そんな彼を思いっ切り蹴り飛ばす豊雲。

「わあああ!」

 伏せている状態から、体が跳ね飛んだ。ズザザザと地面に打ち付けられる緑祁。

「こ、今度こそ、正確に……」

 右手を豊雲に向け、左手で右腕を掴んでブレないようにした。それでもまだ、揺れのせいで狙いが定まらない。

「抵抗もできないか!」

 また近づき、蹴りを入れようとする豊雲。

「いやっ! ここ、だ!」

 だが緑祁は、確実に霊障を叩き込める瞬間があることを把握していた。それは、自分が蹴られる瞬間である。

「死ぬがいい………。な…?」
「ぐえ! で、でも! 今のは避けられなかったらしいね……?」

 蹴り飛ばされはしたものの、同時に台風を撃ち込めた。

「中々、油断ならないヤツだな……」
「当たり前さ! 僕は沢山の人と、戦ってきた。誰しもが強くて、勝負の行方がわからないほどの苦戦の連続だった! その苦難という壁を、何度も乗り越えて来たんだ! 打ち壊してきたんだ!」

 実戦経験が豊富な緑祁と、そうではない豊雲。その経験値の差が、緑祁にチャンスを与えてくれているのだ。

「……近づかない方が、いいらしいな」

 豊雲は足を止めた。でもまだ、地面は揺れている。

「だが? 離れた状態でも、私はお前のことを殺せる。震霊を駆使すれば、な!」

 その通りだ。地面から岩石を噴き出させたり、地割れに飲みこさせたり、鍾乳石を上から落としたり。方法はいくらでもあるのだ。

「どう料理してやろうか? どんな死に方がお望みかな?」
「こんなところでは、死なないよ! 僕は香恵と約束したんだ、絶対に戻るって!」
「そうか。ならば……死体が見つからないようにしてやる!」

 豊雲は決めた。緑祁のことを地割れで飲み込むつもりだ。ピキッと音がして、地面が開いた。その底は見えない。

「落ちろ! 奈落の底……地獄に落ちていくがいい!」

 瞬時に人が入れるほどまでに割れ目は広がり、緑祁のことを飲み込もうとする。

「落とせるのは、下に、だけかい?」

 しかしここで緑祁、鉄砲水を下に放出した。その反作用で体が起き上がり、そして揺れる地面を蹴った。

「上だ!」

 ジャンプして天井の鍾乳石にしがみつく。

「馬鹿め……。私の霊障発展・震霊を忘れたのか? 私の目の中に入る岩石……この鍾乳洞は全てが、私の意のままに動かせるのだぞ?」

 だから、鍾乳石はその気になれば何度でも落とせるのだ。他の石に移って逃げられないように、緑祁が捕まっている鍾乳石の周辺の岩を全部、落とす。全てがポッカリ開いた穴の中に、緑祁とともに落ちていく。

「終わったな、緑祁」

 確信する豊雲。だが緑祁は、

「今がチャンスだ!」

 反対に、勝つことを考えている。
 鍾乳石と一緒に落ちる緑祁。その中心で、霊障を使う。鬼火と鉄砲水を合わせて、水蒸気爆発を起こしたのだ。

「爆発、だと……? ここで、か!」

 爆風で飛んで来る鍾乳石。豊雲はすぐさま震霊を用いて壁を繰り出すが、量が多過ぎる。それに大きな鍾乳石がぶつかって壁を砕かれ、小さな鍾乳石が体にぶつかった。

「ぐうぉおおおおおおおお!」

 全身に凄まじいダメージが走り、背中から地面に倒れた。震霊の力を維持できず、揺れが止まった。
 一方の緑祁は、豊雲とは反対側に飛ぶ鍾乳石を掴んで一緒に移動。対岸に着陸できた。

「や、やった!」

 豊雲を殺すことなく、倒すことができた。だから緑祁は思わずガッツポーズをした。
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