第8話 意外な抜け道 その2

文字数 4,061文字

 海を漂っている邪産神のある一個体が、救命ボートにぶつかった。

「ナニ?」

 そこには見た感じは何もない。でも衝突したのだ。勘違いではないか確認するために、その空間に鉄砲水を撃ち出すと、何もないはずなのに跳ね返った。

「ダレカガキテイルナ……?」

 応声虫で虫を大量に生み出し、ボートにけしかける。虫によって大体の像が見えてきた。

「ムダナ。ココデシズメ」

 鬼火を繰り出し、焼き尽くすつもりだ。だが火を起こした途端に、船の上から金色の光が飛び出した。

「グアアア!」

 電霊放だ。それが鬼火に干渉し中和し無効化したのだ。おまけにその邪産神にも直撃し、消滅させた。

「シンニュウシャダナ? コロセ! セイキヲスエ!」

 大量の邪産神が一斉に、ボートに向かう。ジャンプして一気に扉を破って船内に侵入する個体もいた。大きさは成人男性程度であり、出入り口を通過するのにも困らない。

「ムジン……?」

 だが、その中には誰もいなかった。二体目、三体目も内部に入り手を伸ばして探ってみる。旋風を起こして空気の流れも読む。だが、本当に誰もいない。
 しかし、屋根の方からトントンという音が聞こえた。

「ウエダ!」

 中ではなく、屋根にいる。そう判断した邪産神たちはボートの上に登る。

「ドウイウコトダ……?」

 が、ここも空振り。人がいない。
 正確には、ほんの数秒前まで辻神が立っていた。彼は今、[ダークネス]の背に乗って上空に逃げたのだ。

「やはり予想通りか! 救命ボートに群がって上陸を阻む。あのままではここでゲームオーバーだった……」

 隣には[ライトニング]に乗っている香恵がいる。彼女は指示を出し、

「[ライトニング]、エンジンはあそこよ。あそこに撃ち込んで! 威力は任せるわ」

[ライトニング]が放った精霊光。周囲を昼間のように照らし出した。

(かなり大量に……。これ、全部邪産神なのね……)

 その一瞬、香恵と辻神は救命ボートにまるで虫の死体にたかるアリのように群がっている邪産神を見た。その密集している様が、命取り。
 精霊光がエンジンに命中し、爆発。それが燃料にも即座に引火し、瞬時に救命ボートが大爆発した。事前に船内に除霊用の札を大量に置いてあったので、それが爆発で散らばって周囲の邪産神を除霊。生き残った邪産神たちはただただ困惑している。

(ここで一番船舶に詳しい進市が言うんだ、このボートは陸にたどり着けないのは確実だろう? 沈没するんだったら、もういっそのこと、こちらの手で沈めてしまえ! そうすれば邪産神どもの注意は引ける。爆破できるなら邪産神も巻き込めるから尚更いいじゃないか? そうと決まれば透子、それを長治郎さんに連絡して困惑しないよう伝えるんだ)

 救命ボートは爆発してしまった。では緑祁たちはどこに消えたのだろうか?

「うおおおおお! 電霊放!」

 聖閃が雄叫びと共に電霊放を拳から放つ。彼は海上にいるのに、走っている。
 氷月兄弟が頑張ってくれた。他にも雪の霊障を使える苑子のような人らが協力して海面を凍らせ、その氷の上を移動しているのだ。救命ボートの存在に気づかれればそっちに注意が向くと判断した聖閃が考えた、囮作戦である。

「行け! 走れ! 浜辺まで凍らせた! 今のうちに上陸するんだ!」

 長時間は持たない。だからみんな、走る。

「邪魔だヨ!」

 もちろん行く手を阻む邪産神もいるが、今、山姫が鬼火で焼き払った。

「急ぐんだ、みんな! 僕の式神が援護してくれてはいるけど、長くは続かない!」

 陸まであと百メートルもない。このまま走り切る。爆発で倒せなかった邪産神は、[ライトニング]と[ダークネス]が対処だ。精霊光を使えば完全に消し去れるし、堕天闇でも邪産神の動きを止める程度は可能で、後は辻神の電霊放で蒸発させてしまえばいい。

(上陸したら、本格的な戦場だ! 陸地はもう、邪産神のフィールド! とにかく生き残るんだ!)

 緑祁の目の前に邪産神が現れた。

「ココデコロス」
「させるか!」

 瞬時に霊障合体・火災旋風を叩き込む。渦巻く炎が邪産神の体を燃やした。

(倒せる。僕でも倒せる……。でも、絵美たちは苦戦していたはずだ! こんなに弱いわけがない!)

 考えられることが一つだけある。それは、

(この大量の邪産神はコピーの偽物か! 本物がどこかに隠れているんだ! ソイツが規格外の戦闘能力を持っているんだ!)

 コピーされた邪産神は性質こそ受け継いではいるものの、そこまで強くはないし知能も高くないらしい。そのことが逆に緑祁に、さっきの発想に根拠を与えた。

「急げみんな! 氷が溶け始めているぞおおお!」

 誰かが急かした。足元を見ると、氷にヒビが入っている。湿気を帯びており、小さな水溜りまでできている。

「止まるんじゃない! 走り抜けえええ!」

 大丈夫だ、あとは陸まで走るだけ。そう考えていた緑祁だったのだが、

「危ない!」

 香恵の声がした。驚いて上を見ると、[ダークネス]が堕天闇を使って上空の何かを破壊していた。

「急いで、みんな! 邪産神が礫岩の岩石を撃ち出して攻撃し始めたわ!」
「何……!」

 相手も、緑祁たちを上陸させるわけにはいかないのだ。だが、彼らの方が少しだけ速かった。

「おおおおおお! 上陸だあああ!」

 聖閃が叫んだ。砂浜に足を踏み入れることに成功したのだ。同時に襲い掛かってくる邪産神に向けて拳を握りしめ、

「くらいな! 霊障合体・招雷拳!」

 雷を帯びたパンチで黙らせる。その隙に他の人たちも一気になだれ込む。

「押し流してやるぜ! 汚染濁流だ!」

 彭侯も霊障合体で安全な場所を広げる。

「おおっと!」

 一番最後は緑祁だった。氷が溶けて割れるその寸前にジャンプし、どうにか砂浜に着地できた。同時に[ライトニング]と[ダークネス]も降りてくる。
 上陸には、成功した。しかしここから本当の戦いが始まる。


 陸には森……邪産神の群がある。

「透子、琴乃! 僕について来い! フェリー組が到着するまで、誰も死なせないぞ!」
「わかってるわよ!」
「疲弊している氷月兄弟を守るんだ、聖閃!」

 上陸のために力を最大限使った白夜と極夜には、まともに戦える体力が残っていない。だから聖閃たち三人は、その双子を守る。

「苑子も疲れているだろう? 操縦していた進市も! オレの後ろに隠れてな!」

 勝雅は二人にそう言い、前に出た。でも彼一人では荷が重い。

「手伝います」
「お任せください」

 そこで、彩羽珊瑚と彩羽翡翠が加わった。

「ありがたい! 助かる!」

 辻神は山姫と彭侯を連れ、

「一気に叩く! 出し惜しみはするな! 霊障合体を使って、邪産神に反撃の隙を与えるな! 殲滅するんだ!」
「了解だぜ、辻神! アンタも最初から全力で!」
「ああ! 彭侯、おまえの汚染濁流で邪産神の足を止めてくれ!」
「あいよ!」

 彭侯は両手を広げ、そこから汚染濁流をシャワーのように放った。前方には味方は誰もおらず、邪産神だけだ。一滴でもその水がかかった邪産神は、毒厄が回って動けなくなる。そこに辻神が電池をばら撒いて、

「一掃してやろう……。霊障合体・風神雷神!」

 電池同士を電霊放で作った電流で結んで網目状にして、さらに旋風で電池を吹き飛ばす。あっという間に目の前の邪産神たちが風神雷神によって蒸発し、消えていく。

「シザース、おまえも霊障合体を使え! 電霊放と応声虫が使えるのなら、蚊取閃光ができるはずだ!」
「了解した……! では行くぞ!」

 雷を帯びた虫が生み出され、宙を舞った。

「山姫、おまえは緑祁と香恵の援護を!」
「わかったヨ!」

 自分たちの身の安全の保障もないこの状況で、辻神は緑祁と香恵の心配をした。

(香恵はここでは戦えない! でも絶対に重要な人なんだ! 守らなければいけない!)

 緑祁の実力を信じていないのではない。この多過ぎる邪産神の数を考えると、いくら強くても安全ではないのだ。

(緑祁は……あっちだ!)

 すぐに見つけられた。
 緑祁には、思惑があった。

(本物の邪産神を倒すんだ! そうすればコピーの偽物は、消滅するかもしれない!)

 その読みが当たっているかどうかはわからない。だが緑祁は邪産神の群に、

「霊障合体・火災旋風だ!」

 炎の渦と共に突入する。香恵も後ろについて行く。その際に彼女は山姫と合流できた。

「香恵には指一本触れさせないワ!」
「山姫、頼りにしてるわ!」

 山姫の手を握り、緑祁の後を追う香恵。山姫は鬼火と礫岩で香恵のことを護衛する。
 その進軍を邪産神も黙って見ていない。即座に群がり、霊障を使って来る。機傀で生み出されたであろう釘が飛んできた。

「その手は見切ってある! 水蒸気爆発だ!」

 鬼火と鉄砲水をすぐに合体させて、爆風を生み出す。これにより、飛んできた釘は跳ね返って邪産神に突き刺さる。そこに山姫の火炎噴石が飛び出し、邪産神を粉々にしてさらに燃やす尽くした。

「ウシロガガラアキダ」

 二人の背中にも邪産神は忍び寄り、応声虫をけしかける。スズメバチだ。

「そうはさせないわ! [ダークネス]!」

 だが香恵は注意を払っていて、[ダークネス]に命じて堕天闇を使わせて虫を破壊。その後ろから群がってくる邪産神には、[ライトニング]が自発的に精霊光を使って撃破。

「どこかにいるはずだ! 邪産神の親玉が! どこだ!」

 倒しても倒してもキリがない。無限とも思えるほどに、湧いて出てくる。しかも海で生き残った邪産神も陸地に戻って霊能力者に襲い掛かっている。

「しまった!」
「うぐわっ、やられた!」

 悲鳴が聞こえる。その悲痛な叫びが緑祁を焦らせる。

「まさか、いないのか……? 僕の思い込みなのか?」

 そして、そう思いたくない心も彼のことを急かした。
 前に進もうとした時だ、急に目の前の邪産神が下がった。

「……?」

 そして他の邪産神を押しのけて緑祁の前に出てくる個体が一体。目の色が、他の邪産神とは明らかに違う。さらに、

「何者だ、お前と共にいるその幽霊は? 幽霊なのか?」

 人語を喋ったのだ。しかも緑祁に語り掛けている。
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