第20話 葬送の鎮魂曲 その2

文字数 5,332文字

 紫電と雪女も、病院に到着した。同じタイミングで、

「おお、紫電。八戸ではおまえがいてくれたおかげで問題を解決できた。雪女もかなり貢献してくれた。ありがとう」

 辻神たちと合流する。

「病射に朔那もいるのか?」
「そうッスね。絵美や骸ももう来ているはずっス」

 事件の解決に携わった人物は大方招集されているようだ。
 裁判は二日間にわたって行われる。初日である明日は、午前中に蛭児と皐に関して。午後は修練に関しての事件についての確認だ。二日目は審議して判決が出る。

(たった二日! しかも明々後日には、全部終わってしまう……)

 そんな限られた短い時間で、全ての人を説得して回るなんてまず不可能。現に先ほど、長治郎にすら全然伝えられなかったのだから。
 最初の朝が来た。緑祁が事件に関わったのは修練の件だけなので、午前中は貸し与えられた部屋で香恵と共に待機する。
 病院の大会議室では、早速始まっていた。

「まず確認したいことがある。廿楽絵美、神威刹那、大鳳雛臥、猫屋敷骸、姉谷病射、鉾立朔那、骨牌弥和……。貴様らが目撃し体験したことは、本当なんだな?」
「はい」

 七人を代表して絵美が答える。

「あれは確かに、蘇った死者でした。前にも経験があります。だからわかります」
「他には? 何か言っていなかったか?」
「『月見の会』を潰した【神代】に復讐する、とだけ」
「そうか」

 その負の感情に染まったが故に、蛭児の命令に従ったのだろう。

「美田園蛭児……。妻の死は気の毒には思う。だが貴様、何度禁霊術を使えば気が済む?」
「うぐ……!」

 蛭児としてはこの場、どうにか乗り切りたいところだが、相手が富嶽となればそうはいかない。おまけにこの会議室には結界が張ってあり、霊障が使えない。

「貴様が破壊したのは、『月見の会』の房総半島の慰霊碑だけか? 蘇らせたのも、会の者だけか?」
「私ではない! 修練だ! アイツが慰霊碑を破壊したんだ! 私の蜃気楼では、物理的な破壊は不可能だから、アイツが!」
「やったのは修練でも、やらせたのは貴様だろう?」

 以前にも蛭児は、攻撃的な霊障を自分が持たないから他の人に慰霊碑を壊させたことがある。それに元々修練は禁霊術のやり方を知らないし『月見の会』とも関係がないので、慰霊碑を自分から破壊する理由がない。

「修練は【神代】の予備校、その本店を攻撃した後、ゆっくりとだが北上することを選んだ。青森に行くためだ。だが貴様は……北西、それも富山に向かったな? 何故だ? 答えは簡単だ。そこにも『月見の会』の慰霊碑があるから。自分は手を直接下さなくても、最初に蘇らせた誰かにやらせればいい。だから修練たちと別れて行動した、と……」

 ここまで説明されれば、慰霊碑の破壊を目論んでいたのは他の誰でもない蛭児であることは明白だ。

「最終的な目的は前と同じか? 【神代】や社会への攻撃! 許すと思うか、前も許さなかったのに、か?」

 ここで蛭児は最後の反撃に出る。

「だ、大体! 【神代】の方がいけないんです! 一度、たった一度間違えただけで、死ぬまで精神病棟に幽閉だなんて、極端すぎます! 酷すぎます!」
「貴様の場合は二度目だろうが!」
「お願いです! もうあんな暗くて狭くて冷たい場所は嫌だ! いつも通りの生活をさせてください!」
「それは無理だな」

 無情にもそんな彼を切り捨てる富嶽。

「開廷してから一度も、反省の言葉を聞いておらん。さっきから言い訳ばかり」
「ですが……!」
「ごめんなさい、の一言も言えんのか貴様の口は!」

 そこに富嶽は怒りを表した。

「うう、くう……」

 結局最後まで蛭児は、反省の意を見せなかった。少しでも誠意を見せれたのなら、罪を軽くすることも検討していたが、彼は無駄に頑なだったのでその思いやりも水泡に。

「決まりだ。もう一度精神病棟行き! 今度は死んでも出てくるな!」
「ひえええええ!」

 一旦関係者が退場し、今度は紫電や雪女、辻神と山姫と彭侯、それに雛菊が入廷する。

「日影皐の件だが……」

 この案件の処理はかなり難しい。何せ当事者である皐は既に死んでいるから。下手にあることないこと言えば、

「死人に口なしか?」

 と非難される。

「まずは事情説明を聞きたい。俱蘭辻神、できるか?」
「了解しました」

 指名されると辻神は解説を始める。

「日影皐ですが、修練の仲間が病棟を襲撃した際にそれに便乗し、逃げることを決めます。まずその際に、上杉左門という人物を毒厄で殺害。その後は修練と蛭児たちと行動を共にします。彼女の復讐対象はおそらく三人。内二人は【神代】のデータベースにのみ形跡が残っている、深山ヤイバと天城照でしょう。この二人が海外に逃亡していることを知ると、今度は自分を捕まえた紫電に報復することを決めます。そして蛭児が離脱した後は修練と共に行動し、一旦は宮城で待機しますが……」

 その後、どういうわけか勝手に八戸にやって来る。そこから先は、雛菊が喋る。

「ワタシがタシかに、コロしました。メイレイドオりです。トウショ皐はテイコウしましたが、ナンなくできました。しかし富嶽サマ、ワタシのメはゲンカイです。イゼンよりもコントラストがはっきりしません」
「これ以上は失明するというわけだな……。こんな汚れ役を押し付けて済まない」
「いいえ、ジブンでノゾんだことです。そもそもワタシのイチゾクはそういうシュクメイ」

 雛菊の暗殺は手際が良かったはずだが、ここで皐は魂だけの状態で逃げ出す。きっと、この世への執着心と紫電への復讐心が強く働いた、負の奇跡の結果だろう。
 雛菊はバトンを辻神に戻した。

「その後です。皐は八戸の町で、霊障発展を使いました。劇仏です。一般人もみんな巻き込んで、霊的なパンデミックを引き起こしたんです」

【神代】は皐の動機が、紫電への復讐だということを事前に知っていた。修練に裏切られた洋次たちの証言があったからだ。

「八戸の町、そして住民たちを救うには、悪霊と化した皐を除霊するしかありませんでした。紫電や雪女、そして私のチームが対処した次第です」
「……ふむ」

 劇仏は、【神代】によって使用を厳重に規制されている霊障発展だ。それを町中で使った時点で、もう皐には何の擁護も不可能だ。生きていれば蛭児と同じく一生精神病棟で過ごすことになっていた。

「死後でも罰することはできる。病棟の敷地内にある集合墓地に遺骨は埋葬する」

 そういう罰則もある。
 ここで紫電が突然手を挙げた。

「どうした、紫電?」
「一つ提案……というよりも、許可が欲しいのですが」

 会議室が少しざわついたが、富嶽は止めずに続けさせた。

「八戸に陸奥神社があります。そこに、無縁仏の墓を建ててもいいですか?」
「何のために?」
「供養です」

 今度は雪女が答えた。またも会場はうるさくなった。裁きの対象である皐に対し、手を差し伸べるかのようなことを紫電と雪女が提案したからだ。

「皐は悪人です。でもだからと言って、その死を蔑ろにするのは失礼極まりないことです。だからせめてもの弔いを」
「ふむ……」

 死後に怨霊となり害悪をこの世にまき散らす霊は、よくある話だ、それこそ日本は何度も体験したことがあるくらいには。皐を神格化したり信仰の対象にしたりするわけではないが、かつて八戸でそのような事件があり、それを後世に伝えるための役割をその墓ないし慰霊碑が担っていてもおかしくはない。

「許可しよう。だが遺骨は譲れん。それでも構わんか?」
「はい、十分です」

 費用は【神代】が出す。それこそ富嶽が直々に許可した証拠だ。

「………これにて午前の部は閉廷だ。午後は十三時半から始めるぞ!」


 昼食を院内食堂で済ませると緑祁と香恵は、裁判に向かう。

(緊張する………。でも!)

 行けるはず。勇気を振り絞って、扉を開けた。

「緑祁か……」

 宗像重之助がホワイトボードを消して綺麗にしていた。

「午後の裁判にはまだ時間があるが、どうしたんだ?」

 あまり関りがない重之助に対し、説得は不可能だろう。

「重之助さん、修練はどうなると思いますか?」
「どう、って……? 裁かれるだけでは? 刑の話をしているか?」
「そうです」

 緑祁は【神代】の法について詳しくないのでどのような罰則があるのかわからない。せいぜい、数回出席したことがある程度だし、

(ほとんどの場合は精神病棟に行くかどうかしか、聞かない……。それか奉仕に勤しむくらい? 多分ちゃんとしたルールがあるはずだけど…)

 すると重之助は、

「あそこまで罪を重ねたら、もう誰も擁護できないだろうな。もしかしたら、死刑……」
「そんな馬鹿な? あ、すみません……。でも富嶽さんが、命を損なわせる判断をするとはとても……」

 だが、思い当たる節がある。それは前に範造と会話した際のことだ。前に彼に会った時、言っていた。処刑の許可が下りた、と。事実皐は雛菊に処刑されたようだ。
 だから、死刑もあり得なくはない。

「しかし、当然の結果だろう。何せ多大な迷惑を生じさせたのだから、もはやどこにも同情する余地はないし、弁護する理由もどこにもない」
「そう………ですか……」

 長治郎と同じ意見だ。この時緑祁はあえて重之助の見解に意を唱えなかった。それをここでしても反対されるのが目に見えているからだ。裁判前に説得して味方を作るのは、まず不可能。そんなことここまでくれば緑祁でもわかる。
 この会議室に休憩を終えた者たちが次々と戻ってくるが、緑祁はその誰にも説得を試みなかった。
 そして裁判が再開する。緑祁と香恵は証言をするために、その席に待機。そこに富嶽がまず、入って来た。

「これから、午後の部を始めるぞ。まずは容疑者を入廷させろ」
「わかりました」

 神保百合子が返事をしスマートフォンを操作して促すと、扉が開いた。皇の四つ子に先導され、峻や緑、蒼や紅が入る。
 その四人の後に、修練が入って来た。パイプ椅子が五つ用意されており、そこに座らせられる。

「揃ったな? 梅雨、事情の説明を」
「はい」

 指示を受けた梅雨は立ち上がり、解説する。それはあの新月の夜、精神病棟を強襲した時から遡って、死返の石が奪われたこと、取り返すために峻たちが動いたが負けたこと、最後に残った修練が自ら動くことになったことを丁寧に説明。聞いていた緑祁も、噓偽りのない話だと頷ける内容だった。

「……以上です」
「うむ、よろしい。では修練とその一派、反論はあるか? 今梅雨が述べたことに、異論はあるか?」

 静かに修練が挙手する。富嶽は彼に答えさせた。

「全ては私が指示したことです。峻、蒼、緑、紅に責任はありません。裁くのなら私だけを。どんな罰でも受け入れます」

 一連の事件は、自分が原因だと言い切った。それに対し峻は、

「ま、待ってください修練様! そんなこと……」

 あり得ない。事実として修練は二年の間精神病棟にいたし、その間に峻たちとの接触は【神代】が許さなかった。だから病棟への攻撃は自分たちの責任。峻たち四人はそういう認識だが、

「彼らは幼いころに親を失った。私が代わりに育てたが、私に依存させ過ぎた。育て方が悪かったせいで、私のことを盲信してしまったのだろう。それは私の責任。だから彼らは檻の中の私を頼るしかなく……」

 修練は、病棟への攻撃すらも自分に起因したことと言うのだ。

(辻神の時と同じだ)

 あの時も、辻神は自分一人で責任を取ると言って山姫と彭侯は悪くないと言っていた。

(ならば!)

 機会を伺う緑祁。
 富嶽は、

「そう貴様は言うが、実際のところどうなのだ? 洋次たちの証言もある。アイツらは貴様と、貴様が病棟を抜け出すまで面識すらないぞ?」

 洋次たちを利用したのは、峻たちの独断。その筋で富嶽は責任を追及するつもりだ。
 すると修練は、

「彼らにも、申し訳ないことをした。峻たちと同じく、私に利用されただけの被害者だ」
「ほう……。だから悪いことをしても罪はない、とでも?」

 そんな理屈は通らない。以前に慰霊碑を破壊した絵美たち、岩苔大社を焼き払った緑祁を処罰しなかったのは、自らの手で無実を証明……真犯人を捕まえたからだ。しかし修練はそういう状況ではない。最初から犯人がわかっている。

「少なくとも、私よりは罪深くはない。一番重い罰は、私だけが受ける」

 修練もそれを理解している。だからこそ、本当に申し訳ないことに巻き込んでしまったと後悔している。

「富嶽、恨むのならば私だけを恨め。【神代】の本店の予備校を襲うと決めたのは私だ」
「その前に言うべきことがあるだろう、修練?」
「………」

【神代】を攻撃した理由だ。二年前に修練は、そのワケを話さなかった。富嶽は、いいや【神代】は知りたい。何故修練が【神代】を襲ったのか、その理由を。

「【神代】に取って代わろうとしていたことまでは、吾輩たちでも推測できる。だが、その先に何がある? 貴様の過去にはやましいことなど、特にはないはずだ。純粋に峻たちの親の復讐がしたかったのか? 厚くない待遇をした【神代】に、傷をつけたかっただけか? それとも自分の力を誇示したかったのか?」
「違う……」

 大それた原動はない。ただ一つだけ、求めていたことがあっただけだ。
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