第10話 反省の罰則 その1

文字数 3,447文字

「いきなり集合ってどういうことなのよ、ねえ刹那?」
「事態が終わろうとしているのだ――」

 絵美と刹那は魔綾と一緒に、、香恵から連絡を受けて港区の水族館の駐車場に来ていた。名古屋市内を探索するはずの三人が、とある場所に集められている。それが意味することは一つ、刹那の言う通り。

「もしかしてさ、病射と朔那が捕まった? そういうこと?」
「だと、いいんだけど……」
「かもしれぬ――」

 三人は一番乗りだったようで、他にまだ誰もいない。

「しかし、どうなるのかしらね、その二人は」
「罪は免れぬ。【神代】へ牙を剥くとはそういうことだ。だが――」

 だが、三人はあることを考えている。それは、緑祁が二人に重い罰を与えたがっているわけがないということ。

「あの、辻神ってヤツもそんなこと言ってたわね」

 となれば、絵美と刹那はどう立ち回るか。

「罪を憎んで人を憎まず――」

 もう決まっている。緑祁や辻神と同じ意見を発するのだ。悪人を罰したがる【神代】であっても、今の雰囲気なら庇うことができる。かなり甘い考え方だが、それでも絵美と刹那は、

「許せるのなら、許したいわ」

 と、曲げる気がなかった。
 一台のワンボックスカーが駐車場に入って来た。運転席から降りたのは辻神だ。

「確か、絵美と刹那だったな。朔那と病射は、私たちが捕まえた」
「あら、そうなの?」

 後部座席から降りる緑祁と香恵。二人に連れられて、病射と朔那も車から出て来る。

「え! ちょっと、縄とかで縛るとかしないの? 馬鹿なの?」

 驚くのも無理はない。病射と朔那は本当に何の拘束もされていないのだ。逃げようと思えば逃げられるように見えてしまう。

「大丈夫だよ。もう、逃げる気はなさそう、いや、ないさ」
「性善説が過ぎるわ……」

 しかし緑祁の言うように、二人は逃げようとしない。そんな素振りを見せない。目も、顔と共に下を向いて周りを伺うことをしていないのだ。ただ無言で、香恵の後ろに立っている。

「人員は揃った。これより二人の簡略化弾劾裁判を……――」
「いや刹那、まだ待ってくれ。紫電たちが来ていない」

 形式上の裁判を始めるには、まだ役者がそろっていない。だから辻神は待ったをかけた。
 数分後、マイクロバスが水族館に到着。

「よっこらせ!」

 紫電が降りて来る。

「紫電? 雪女と一緒だとしても、こんなバスで移動する必要あるのかい?」
「何だ緑祁、辻神から聞いてないのか?」
「な、何を……?」

 降りてくるのは雪女やサイコだけではない。

「今回の任務はここで終わりじゃな!」

 緋寒だ。彼女の妹である皇紅華、皇赤実、皇朱雀もいる。

「緋寒たちが、紫電と一緒? でも皇の四つ子は、左門の護衛を担当していたんじゃ……?」
「そうだよ。だから一緒なんだろうが」
「どういうこと?」
「復讐してえヤツがいるなら、謝罪してえヤツもいるってことだ」

 緑祁は、マイクロバスから降りてくる男性を見た。知らない顔だ。

「誰……?」
「コイツが、上杉左門。だろう?」
「へ?」

 それに反応したのは、朔那だった。

「さ、左門? 何でここに? 逃げていたんじゃ?」
「………」

 左門は無言のまま、朔那を見る。

「紫電、どうしてここに連れて来たの? まさか、朔那の味方をする気なのかい?」
「違えよ! 辻神に頼まれたんだ」
「辻神に?」

 驚いて辻神を見る緑祁。

「確認したいことが二つある」

 と、彼は言う。

「それって、何なの?」

 香恵が聞くと、

「まず一つ目に、朔那は本当に復讐をしたがっているかどうか、だ」
「そんなの、試すまでもないでしょ! 実際に行動に出てるんだから、証明終了してるじゃないのよ!」

 確かに絵美の言う通りだ。朔那は左門を手にかけたいがために、ここまで行動した。

「いいや、違うな……」

 だが、辻神はあることを考えていた。

「朔那、おまえの中にまだ……復讐心はあるのか?」

 それは、もう朔那は復讐を考えていないのではないかということだ。

(さっきの戦いの中で、私は朔那の心を見た! その中には、充実感が存在していた! 復讐という暗い道を進みたいと言う暗黒の欲求なんて、もう存在していないはずだ)

 実際に、朔那と左門を対面させてみる。一応皇の四つ子が、最悪の事態だけは避けるために左門の後ろに待機。

「………」

 一瞬、左門のことを睨む朔那。だがすぐに、その目が鋭さを失う。

「もう、どうでもいい」

 意外な言葉が彼女の口から出てきた。

「何だって?」
「やはりな…」

 辻神との戦いで、朔那の心は完全燃焼を遂げた。だからこそ、

「許すかどうかは、答えたくない。でも、もういい。私は辻神に勝てなかった。潔く諦める」

 嘘は言っていない口調だった。彼女の中にあった怨みは、もう消えてしまった。

「許したって私と弥和の両親が戻って来るわけじゃない。でも、これ以上恨んでも自分が暗くなるだけだ」

 きっと、明るい人生を歩みたかったのだろう。でも両親を奪われたという事実がそれを邪魔してしまっていた。その足枷から抜け出す手段を、朔那は復讐以外にわからなかったのだ。
 しかし、彼女は許すことで抜け出すことを知った。

「左門、おまえは何か言いたいことがあるんじゃないのか」
「私は……」

 ここで初めて口を開く左門。

「……ずっと、後悔していました。一時の感情で、お二人の両親を死に追いやってしまったことを。最初は、お二人の両親が亡くなったことを知らず、自分が行ったことに対し自分をひたすら肯定していました。でも、それでも苦しく思う時がありました……。一番激しく後悔したのは、両親が自殺したことを知った時です……」

 左門は自分の犯した罪に苛まれたことを語る。

「家は、それを知った後すぐに売りに出しました。私には、住む権利がないのです。でも、お二人に返還することも当時はできなかった……。買われた家はすぐに更地にされましたが、それでも自分の中にあった感情は揺らぎませんでした」

 彼が抱いたある感情。それは、

「ずっと、謝りたかったんです。頭を地面に付けて、謝罪をしたかったんです。自分は悪者だと、誰かに認めてもらいたかった。しかしお二人にとって私は、絶対に会いたくないであろう人物。だから、行動できなかった……」

 今ここで、実際にしゃがんで土下座をしようとする左門だったが、朔那は、

「そんなことされても、両親は戻っては来ない……」

 と言って、させなかった。

「左門。お前が行ったことを罰する権利は私にはない。だから、私はもう何もしない。罰が欲しいなら、【神代】にでも相談したらどうだ?」
「そう、するつもりです……」

 過去に起きたこと、それもグレーなことに関して【神代】がどんな処分をするかはわからない。ただ、左門が真に救われるには、処罰される必要がある。

「許してください、とは言いません。ただ謝りたかった! 自分がしたことを、聞いてもらいたかった! 懺悔をしたかった!」
「そうか、じゃあもうそれでいい。もう私たちの前に出て来ないでくれ。そうじゃないと、また無駄に恨んでしまいかねない……」

 左門の懺悔を聞いて、朔那はもう気が済んだのだ。自分が復讐に燃えている間、左門もまた罪の意識に苦しんでいた。ならばそれで、過去に蓋をする。

「朔那……」

 緑祁はこの光景を、ただ黙って見ていた。辻神のやり方はちょっと強引だが、朔那と左門の過去を解決したのだ。もう左門は苦しむことはないだろうし、朔那も復讐を忘れるだろう。

「朔那、本当にいいのか。これで?」

 だが、病射の意見は違った。一緒に行動し、同じ目的を掲げた仲間だから、正直に心境を語って欲しいのだ。

「病射、いいんだよこれで。両親もこうなることを望んでいるはずだ。血生臭い結果なんて望んではいない、と思うんだ」
「朔那……!」

 それが、辻神が朔那にたどり着いて欲しかったゴールだ。

(復讐なんてしても、自己満足が得られるだけなんだ。辻神は前にそれを理解して、復讐自体が誰にも望まれることじゃないことを知ったんだ。だからそれに、朔那自身の力でたどり着いてもらいたかったんだね……)

 理解した緑祁は、改めて感心した。
 復讐のことを考えて生きていた辻神。彼がその闇の道から解放され、そして自分と同じように過去に悩む人を導く。

(僕には、できないよこんなこと……)

 辻神だからこそできることだ。彼の直感は、間違っていなかったのだ。
 左門のことを連行する赤実と朱雀。これから裁判が行われるかどうかは不明だが、本人が罰を望んでいるのなら、それに近い処罰が下るはずだ。
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