導入 その1

文字数 4,304文字

「テストが終わった! 夏休みだ! ミッションコンプリート!」

 多くの大学生が、この試験最終日にそう感じ心の中で叫ぶだろう。それは神代閻治も例外ではなく、

(我ながら完璧だった! ……語弊があるな、過去問通りだったんだな。これなら今期の単位は修得確定だ)

 当初、閻治は留年しているししかも霊能力者であることが一個下の同級生にバレている。だから、敬遠されると思っていた。しかし一人だけ持っている過去問やプリント、レジュメの数が段違いで多いのだ。

「神代先輩! ありがとうございます! 先輩のおかげで、単位、取れました!」
「それは良かった!」
「夏休み、遊びましょうよ! 俺、群馬のいい温泉を知ってるんですよ!」
「それもいいかもしれんが、心霊スポットにだけは行くなよ? 除霊を我輩が担当してやってもいいが、そもそも祟られない呪われない努力をしろ!」
「もちろん、もう行きませんよ……」

 後輩たちはカラオケやボウリング、飲み会に閻治を誘おうとしたが、

「すまんな、予定がある。気持ちだけは受け取っておくから、我輩のことは気にせず思いっ切り遊べ!」
「はいっ!」

 元気があるということは、とても良いことだ。活気がなければ生きる気力も無くなってしまう。

「さて……」

 閻治は大学から真っ直ぐ家に帰った。家では父・神代富嶽が待っており、

「どうだった、試験は?」
「去年の内に本気を出しておけば良かった、と感じた」
「大学なんて、ゆっくり学べばいいんだ。退学にならんのなら、楽しんだ者が勝つ」

 そんな話をするために、さっさと家に戻ったのではない。閻治は予め印刷しておいた紙を自室から取って来て、父に突きつけたのだ。

「去年の今頃……八月の出来事だ。この人物に、覚えがないわけはなかろう?」

 その紙には、とある霊能力者の情報が羅列されている。名前や顔写真もだ。霊能力者ネットワークから、抽出したのだろう。

「我輩も少し調べたのだが、もう日本にはいないらしい。それだけではない、コイツは何人か、人を殺している! 関係のあった人物が、去年の八月ごろに不審な死を迎えたり、ダイレクトに殺されたりしておるのだ。それも、復讐のために!」

 閻治が一番許せないのは、そんな心霊犯罪者を【神代】が野放しにしているということだった。

「そもそも精神病棟にいたはずの人物だ、誰かが脱走を手引きしたに違いない! ソイツもどうして、拘束されていない? おかしいだろう、これは!」
「閻治……。吾輩も当初は捕まえるべく指示を出した。しかし、逃げられたのだ」

 海の向こうに逃げられては、【神代】の力は及ばない。【UON】とか他の霊能力者の秘密結社が存在しており、【神代】と仲はそこまで良くないためである。
 件の人物は、【UON】にいることがわかっている。だから富嶽は何度か、【UON】にメールを送った。

「深山ヤイバと天城照の身柄を日本に送って欲しい」

 という内容だ。しかし全て、

「それはできない」

 と返信されてしまった。要するに断られ続けているのである。

「その癖、【UON】は霊能力者を日本に送って親しいアピールしておるのだ。全く、何をしたいんだか」
「なるほど。深山ヤイバたちについてはわかった。では次の質問を」

 聞きたいことは、もう一つある。

「【神代】は、復讐を容認しておるのか?」
「閻治、いくら何でもそれはあり得ない、わかるだろう?」
「だがあの二人が捕まっていない以上、そう考えるしかあるまい!」

 これは非常にマズい事態だ。何せ、復讐しても捕まらない裁かれないのなら、第二、第三の深山ヤイバが出現してもおかしくないのだから。

「そもそも、あの天王寺修練の手下だった三人……凸山紅、凹谷蒼、平川緑がゴールデンウィークに釈放されておる! 新たな事件が起きてもおかしくはない!」
「閻治、貴様もその仲間、確か鎌村俊だっけ? を見逃しているではないか? その直後に手練が動き出したと記憶しておるが?」
「………」

 それは確かに富嶽の言う通りだ。だから閻治は黙り込んだ。

「まあ、閻治……。貴様が聞き出さなかったら、もっと被害が大きくなっていたことだろう。自分のせいだとは思うな」
「…うむ…」
「それに閻治、白鳳法積のことは知っておるよな? アイツ、貴様に復讐だと言って歯向かったであろう? だが、今は閻治の仲間の一人…」
「法積に関しては、我輩はアイツの勇敢さを買っただけだ」
「それで良いのだ」
「…?」

 富嶽は言う。

「閻治よ。例え他人の性が悪くてもだ、自分だけは性善説を信じ通せ。相手が善人じゃなくても、思いやれ。それが、相手を許すということだ。与那国秦絨蝋もそう言っておる」
「許す、か……」

 法で裁かれた罪は償うべきだ。それが終わればみんな、許される。富嶽は、

「人間は、理性を持って本能を抑制できる生物だ。そしてそれが真価を発揮するのは、相手を許す時なのだ。もし本能のままに復讐したり行動したりすることがまかり通ってしまえば、それはもう人間である必要性がない。その辺の森にいる野生動物と何ら変わらん」

 と続けた。

「確かにその通りかもしれん。だが、我輩にはどうも許せん相手は気に食わんとしか思えんぞ?」

 閻治は、富嶽の言葉は正しいと理解しつつも自分の心と照らし合わせると受け入れがたいと感じた。

「その内わかるようになる」

 とだけ。富嶽は返した。


「う~む、う~む!」

 平等院慶刻と白鳳法積と一緒に、恐霊寺に来ている閻治。

「何を悩んでいるんだ? しかめっ面しやがって、若いのにしわが増えるぞ!」
「るっさい!」

 彼の悩みというのは、

「二月に、里見可憐という霊能力者と勝負したのを覚えておるか?」
「ああ、俺たちが一方的にボロカスにされて負けたヤツでしょ? 忘れるわけがない。あんな札使いは、今までに見たことがないもの」

 実は閻治は、【神代】の制度を利用して可憐にリベンジをしようと思っていたのだ。

「勝てるのか? 弱点がわかったのか?」
「いや」

 しかし、まだ彼女の弱い部分がわかったわけではない。弱点は勝負の中で見つければいい。再戦して、そこで勝利への道筋を見つけるという手法である。
 だが、父と話していると許可が下りないと察した。何故なら彼のリベンジは、復讐心が燃えた結果生まれたものだからだ。

「【神代】の跡継ぎである自分が、巡礼者風情に負けているのが許せない。自分のプライドが、勝ち逃げを許さない」

 自分を破った相手にリベンジしたいというのは、純粋な勝負心の表れである。けれどもやはり、切り裂かれたプライドの仇を討ちたいという欲望がある。富嶽と話していたら、それを見抜かれた気分に陥ってしまった。

「ただの逆恨みだからな、閻治のリベンジは」

 法積の言う通りだ。

「ところで閻治、この封筒は何だ? 消印から察するに富山から来ているらしいが?」

 恐霊寺の跡取り息子である、蘆田(あしだ)恐太(きょうた)が聞く。

「三色神社から、重要な資料の輸送らしい。大切な物なら霊能力者の手で運んで欲しいところだが……。ま、開けてみるか」

 分厚い封筒を切ってみると、大量……五十枚以上の写真が入っていた。どうやら和風の結婚式の写真であるようだ。写真と一緒に入っている書類を手に取り、読み上げる恐太。

「原崎叢雲と鵜沢橋姫が婚姻しました、だってさ。知ってるヤツか、閻治?」
「あの二人か。叢雲の方はとてつもなく強いぞ。そう言えば、我輩との決着はまだだったな」

 閻治の中で、勝負を決めるべき人物が増えた。可憐と叢雲の二人に、自分の優位性を示したいという欲望が、湧き出たのである。

「これ、そんなに重要? ただの自慢じゃないかよ! 何を思って結婚式の写真を送りつけてるんだ、コイツは!」

 そんなことを言う法積が一番、悔しそうにしている。それもそのはずで、写っている橋姫は可愛いしその姿はとても綺麗な花嫁そのもの。これが羨ましくないわけがない。

「くっそー! コイツ、ぶん殴りたい! こんな可愛い子が、お嫁さんかよ!」
「貴様では勝てんぞ?」
「ああ、もう! もどかしい!」

 自分で自分の頭を殴っている法積。見かねた慶刻が彼の手を止め、

「で! さて恐太、ささっと用件を済ませたいんだが」
「ああ、頼むぞ!」

 閻治たちがこの恐霊寺に来たのには、理由がある。それは、

「生霊の除霊、だったよな」
「そうそれ! 面倒……というか、かなり手こずるんだ。頼むぜ?」

 恐太一人では手に負えない。そう考えて、閻治を呼んだのである。

「誰が呪われているんだ?」
「人じゃないんだ、それは」
「ほう?」

 普通、生霊は生きている人が他人に抱く恨みで生じる。しかし今回のケースは、

「これだ」

 恐太はとある掛け軸を持って来た。広げてみると、禍々しい虎が描かれている。

「これか! 確かに異様な雰囲気がある」
「綺麗に見えるだろう? だが、かなり呪われている。持ち主はこの前に亡くなられたんだが、どうやらかなり恨みを買っている人物らしくてな、遺族が発狂しそうだった」

 一枚の写真を見せながら説明をする恐太。その写真に写っているのが、件の掛け軸の元々の持ち主。
 彼が除霊を試みた。それはある程度成功したのだが、最後だけ失敗してしまったのだ。

「この掛け軸に、生霊が逃げてしまったんだ。僕の力では、どうやっても破けないし焼くこともできない。要するに、処分ができないんだ……」

 きっと、この掛け軸に宿るこの世ならざる力が邪魔をするのだろう。

「閻治なら、一瞬で消し炭に変えられると思うが……」

 慶刻は、当たり前なことを言った。しかし、

「遺族は、この掛け軸は先祖代々受け継いできた大切な物だから、汚さずに返して欲しいと」
「は、無理じゃないか? お前さっき、破いたり焼いたりしてみたんだろ?」

 恐太の話にツッコミを入れる法積。

「最初はそんなに大切な物とは知らなくて……。これ、時価五千万はするらしいんだ」
「高過ぎる! 元を辿れば紙切れだぞ?」
「室町時代の一品なんだ。本物はこれしか現存してない」

 しかもそもそも掛け軸自体が、念を込められて作られている。持っているだけで力が発揮されるのだ。だから、除霊してから返して欲しいと遺族は言っている。むちゃぶりと思わず疑わずに言っている。

「任せろ! 法積、恐太、貴様らの藁人形をできるだけ多く寄越せ!」
「流石閻治! 頼りになる!」

 二人が取り出した藁人形が、ちゃぶ台の上に山積みになる。

「何に使うんだ? こんなにいっぱい?」
「除霊だ」
「藁人形で、か? 普通、藁人形は呪いに使う物だろう?」
「普通ならな。しかし我輩は、特別だ……!」

 閻治の中には、既に除霊のメソッドが出来上がっていた。
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