第4話 偽善者へ天罰 その1
文字数 2,724文字
「着いたぞ。ここの孤児院は大きいな……」
辻神はまた福島に来ていた。今度は手杉山姫を連れている。場所は四人の行方不明者を輩出した、件の孤児院。情報が足りないと感じた辻神はここで事情聴取を行うことに決めたのだ。
外をまず見て回る。結構大きめの施設で、児童館と塾も兼ねているのだとか。学校だと言われたら、信じてしまいそうである外見だ。
「大きいネ。でも秋田にあるのはもっとデカいってヨ。まあ一番大きいのは東京にあるんだけど」
「【神代】は何故か教育に熱心だからな。でも高校や大学の運営はしていない」
表向きのビジネスが欲しかっただけだと、辻神は思っている。霊能力者に関する仕事は公にはできないので、法人化するための表向きの仮面事業が必要。それが予備校、塾、孤児院、児童養護施設の運営だった。
「あの詠山が、子供が好きだったとは思えないからな……。むしろ言うことを聞かない子供をビンタして叱りつけて、さらに泣かれてまたビンタ、の繰り返しになるだろう」
雑談をしながら歩いていると、窓越しに職員に発見された。会釈して返し、入り口に進む。
「早かったですね。確か【神代】の……」
「はい。私は俱蘭。こちらは手杉です」
事前に来ることは伝えてあったので、不信感は抱かれなかった。そのまま施設内に入り、小さい会議室に通された。
「今回聞きたいのは、行方不明になった四人のことです。手元の資料だけでは、どうも行き先を予想しにくいので」
職員に聞くのは辻神の役目。山姫の方は実際の子供たちに尋ねる。
「あたらしいおねえちゃんおっぱいちいさーい!」
「こらー! そういうことは思っても言っちゃ駄目だヨ?」
子供と言っても、保育園児から大学生までいる。
「それぞれの子供に、事情がありますからね……」
「ここに来たのには、様々な理由があるってことですね。しかも悲しいワケが」
事故で両親を失った、生まれた時に捨てられた、経済的に育児ができなくなった、虐待を受けていた、等々。親元で育った辻神にはその悲惨さが想像できない。
「で、本題に入りましょう。彼らについて、より詳しく教えて欲しいのですが」
「わかりました」
まず、一人目の資料を取り出す。寛輔のだ。
「彼は、いじめられっ子だったんです。だから一番心配ですよ……」
「思いつめて自殺、は一番想像したくないですね……。でも、だった、ということは……今はいじめには遭っていない?」
「高校時代には、その手の話は聞かなくなりました」
本人は春から始まる大学生活に胸を躍らせていたという。
「出身地はどこです?」
「会津若松市だったはずです。両親が事故で亡くなり、三歳の時に来ました」
実家だったアパートは既に取り壊されているという。ということは、生まれた場所に戻ろうとした可能性も消える。幼稚園に入る前にこの孤児院に来たらしいので、当時の友人などもいそうにない。
(職員ですら、心当たりのある場所を知らないのか。となると増々、困難になるな……)
ちょっとベクトルを変えてみる。
「生活態度とかは? 勉強や人間関係に困っているような様子はありましたか?」
「ない、ですね……。いじめを受けていた当時ならよく泣いていましたが、今は全然。寛輔君は熱心に勉強に取り組める子でしたし、院の子供たちとは結構仲が良かったように見えます」
「そうですか」
最近になって様子が変わったようには見られないと言う。
他の三人についても同じだった。突然いなくなる理由が見当たらない、とのこと。
「ごめんなさい、力になれなくて……」
「それだけわかれば、十分です」
山姫は院内の広場にいて、子供たちとゲームをしていた。
「うわ! おねえちゃん強い!」
「よし! また勝利!」
一見すると遊んでいるように見えるが、
「寛輔はね……。悪いヤツじゃないよ。性格はいい方だった」
「うんうん。それじゃあ他の三人は?」
「嫌なヤツもいたよ。自分の方が相応しいとか言って、平然と人のデザート盗るんだぜ? 後はダブルスタンダード糞野郎と……」
「と?」
「アイツは何て言うか……? 表現しづらい?」
いつも一人でいるらしい。子供たちが歩み寄っても、中々輪に入ってくれないようだ。
「偉そうにしてるって感じじゃないし、俺たちのことを馬鹿にしている態度もないんだけど。でも、仲良くしてくれないんだ。話しかけても返事をくれないこともある」
「その、桧原 秀一郎 って子が?」
山姫は思った。相当深く心に傷を負っているのだろうと。それ故に未だに、人と打ち解けることができないのだろうと。
(きっと、酷いいじめや虐待に遭って誰かのことを信じられなくなっちゃんだネ…)
聞き取り調査でも、特に目立った違和感はなし。職員も子供たちにも、失踪した理由はわからない。
資料にない話を聞けたので、ここからさらに消去法でいくつかある可能性を消していく。
「誰かに相談できなかったっていう可能性はあるが……。それでも四人の間でだけ、計画を進めていた可能性があるが……」
「でも、四人は特に仲が良かったわけじゃないって聞いたヨ? それに学校も違うじゃん」
そう。接点がないのだ。しいて言うなら、【神代】の系列の孤児院に所属していることだけ。
「よくわからんな……。興信所や警察にも頼ってみるか? まだ捜索願は出していないみたいだし、それ以上は私たちの動ける領域ではないかもしれんな」
車に乗り込むと、エンジンをかけてアクセルを踏み道路に出る。
「ちょうど福島に来たんだし、行きたい場所があるんだ。山姫、そこに寄るぞ」
「彭侯と一緒に行ったっていう、あの山荘ネ?」
「そうだ」
あの場所はもう、行方不明の四人とは関係ないのだろう。だが満に未確認の霊能力者のことを伝えると、その捜索も考えなければいけないと言われた。辻神に命じたわけではないが、どうしてのあの五人のことが気になって仕方がない。それに昨日、
「実は、緑祁から電話があってな。顔も名前も知らない霊能力者と遭遇し、命を狙われたというんだ」
「そんな事件が?」
それが誰だったのかは、不明だ。緑祁は霊能力者ネットワークで探せなかったとしか言っていない。だが、
「これは私の根拠のない直感だが、関係ある気がしてな。行方不明になった四人。山荘にいた未確認霊能力者。そして緑祁に襲い掛かった刺客……」
一連の事件が、流れるように繋がっている気がしてならない。
「でも! 行方不明は四人で未確認霊能力者は五人だよネ? 数が合わないよ?」
「だから、根拠はないって言ったんだ! ただ、時期が一致しているからっていうこじつけなんだから」
ただ、火のない所に煙は立たない。怪しいと思うのなら、暴くだけだ。
「行くぞ。ここからならすぐに着く!」
辻神はまた福島に来ていた。今度は手杉山姫を連れている。場所は四人の行方不明者を輩出した、件の孤児院。情報が足りないと感じた辻神はここで事情聴取を行うことに決めたのだ。
外をまず見て回る。結構大きめの施設で、児童館と塾も兼ねているのだとか。学校だと言われたら、信じてしまいそうである外見だ。
「大きいネ。でも秋田にあるのはもっとデカいってヨ。まあ一番大きいのは東京にあるんだけど」
「【神代】は何故か教育に熱心だからな。でも高校や大学の運営はしていない」
表向きのビジネスが欲しかっただけだと、辻神は思っている。霊能力者に関する仕事は公にはできないので、法人化するための表向きの仮面事業が必要。それが予備校、塾、孤児院、児童養護施設の運営だった。
「あの詠山が、子供が好きだったとは思えないからな……。むしろ言うことを聞かない子供をビンタして叱りつけて、さらに泣かれてまたビンタ、の繰り返しになるだろう」
雑談をしながら歩いていると、窓越しに職員に発見された。会釈して返し、入り口に進む。
「早かったですね。確か【神代】の……」
「はい。私は俱蘭。こちらは手杉です」
事前に来ることは伝えてあったので、不信感は抱かれなかった。そのまま施設内に入り、小さい会議室に通された。
「今回聞きたいのは、行方不明になった四人のことです。手元の資料だけでは、どうも行き先を予想しにくいので」
職員に聞くのは辻神の役目。山姫の方は実際の子供たちに尋ねる。
「あたらしいおねえちゃんおっぱいちいさーい!」
「こらー! そういうことは思っても言っちゃ駄目だヨ?」
子供と言っても、保育園児から大学生までいる。
「それぞれの子供に、事情がありますからね……」
「ここに来たのには、様々な理由があるってことですね。しかも悲しいワケが」
事故で両親を失った、生まれた時に捨てられた、経済的に育児ができなくなった、虐待を受けていた、等々。親元で育った辻神にはその悲惨さが想像できない。
「で、本題に入りましょう。彼らについて、より詳しく教えて欲しいのですが」
「わかりました」
まず、一人目の資料を取り出す。寛輔のだ。
「彼は、いじめられっ子だったんです。だから一番心配ですよ……」
「思いつめて自殺、は一番想像したくないですね……。でも、だった、ということは……今はいじめには遭っていない?」
「高校時代には、その手の話は聞かなくなりました」
本人は春から始まる大学生活に胸を躍らせていたという。
「出身地はどこです?」
「会津若松市だったはずです。両親が事故で亡くなり、三歳の時に来ました」
実家だったアパートは既に取り壊されているという。ということは、生まれた場所に戻ろうとした可能性も消える。幼稚園に入る前にこの孤児院に来たらしいので、当時の友人などもいそうにない。
(職員ですら、心当たりのある場所を知らないのか。となると増々、困難になるな……)
ちょっとベクトルを変えてみる。
「生活態度とかは? 勉強や人間関係に困っているような様子はありましたか?」
「ない、ですね……。いじめを受けていた当時ならよく泣いていましたが、今は全然。寛輔君は熱心に勉強に取り組める子でしたし、院の子供たちとは結構仲が良かったように見えます」
「そうですか」
最近になって様子が変わったようには見られないと言う。
他の三人についても同じだった。突然いなくなる理由が見当たらない、とのこと。
「ごめんなさい、力になれなくて……」
「それだけわかれば、十分です」
山姫は院内の広場にいて、子供たちとゲームをしていた。
「うわ! おねえちゃん強い!」
「よし! また勝利!」
一見すると遊んでいるように見えるが、
「寛輔はね……。悪いヤツじゃないよ。性格はいい方だった」
「うんうん。それじゃあ他の三人は?」
「嫌なヤツもいたよ。自分の方が相応しいとか言って、平然と人のデザート盗るんだぜ? 後はダブルスタンダード糞野郎と……」
「と?」
「アイツは何て言うか……? 表現しづらい?」
いつも一人でいるらしい。子供たちが歩み寄っても、中々輪に入ってくれないようだ。
「偉そうにしてるって感じじゃないし、俺たちのことを馬鹿にしている態度もないんだけど。でも、仲良くしてくれないんだ。話しかけても返事をくれないこともある」
「その、
山姫は思った。相当深く心に傷を負っているのだろうと。それ故に未だに、人と打ち解けることができないのだろうと。
(きっと、酷いいじめや虐待に遭って誰かのことを信じられなくなっちゃんだネ…)
聞き取り調査でも、特に目立った違和感はなし。職員も子供たちにも、失踪した理由はわからない。
資料にない話を聞けたので、ここからさらに消去法でいくつかある可能性を消していく。
「誰かに相談できなかったっていう可能性はあるが……。それでも四人の間でだけ、計画を進めていた可能性があるが……」
「でも、四人は特に仲が良かったわけじゃないって聞いたヨ? それに学校も違うじゃん」
そう。接点がないのだ。しいて言うなら、【神代】の系列の孤児院に所属していることだけ。
「よくわからんな……。興信所や警察にも頼ってみるか? まだ捜索願は出していないみたいだし、それ以上は私たちの動ける領域ではないかもしれんな」
車に乗り込むと、エンジンをかけてアクセルを踏み道路に出る。
「ちょうど福島に来たんだし、行きたい場所があるんだ。山姫、そこに寄るぞ」
「彭侯と一緒に行ったっていう、あの山荘ネ?」
「そうだ」
あの場所はもう、行方不明の四人とは関係ないのだろう。だが満に未確認の霊能力者のことを伝えると、その捜索も考えなければいけないと言われた。辻神に命じたわけではないが、どうしてのあの五人のことが気になって仕方がない。それに昨日、
「実は、緑祁から電話があってな。顔も名前も知らない霊能力者と遭遇し、命を狙われたというんだ」
「そんな事件が?」
それが誰だったのかは、不明だ。緑祁は霊能力者ネットワークで探せなかったとしか言っていない。だが、
「これは私の根拠のない直感だが、関係ある気がしてな。行方不明になった四人。山荘にいた未確認霊能力者。そして緑祁に襲い掛かった刺客……」
一連の事件が、流れるように繋がっている気がしてならない。
「でも! 行方不明は四人で未確認霊能力者は五人だよネ? 数が合わないよ?」
「だから、根拠はないって言ったんだ! ただ、時期が一致しているからっていうこじつけなんだから」
ただ、火のない所に煙は立たない。怪しいと思うのなら、暴くだけだ。
「行くぞ。ここからならすぐに着く!」