第10話 光への帰還 その4

文字数 4,251文字

 雉美の身柄はこの夜のうちに、【神代】に連行された。

「じゃ、わちきらが責任を持って輸送する。お疲れ様じゃ!」

 皇の四つ子が車に乗せ、そのまま大神病院に連れて行くのである。もちろん裁判を受けさせるためと、逃げられないようにするため。

「頼んだぞ」

 辻神は、駆け付けてくれた大勢の霊能力者の方を向き、

「ありがとう! みんなのおかげで、今回の真犯人……垂真雉美を逃がさずに済んだ! 私の友人も無実も証明できた! 何度頭を下げればいいのかわからないくらいに、感謝している!」

 かなりギリギリだったと思う。雉美は仙台から脱出することを考えており、そのために動いていた。除霊があと少し遅れていたら、間違いなく逃げられていただろう。

「気にするな。困った時は助け合うのが人間だ。また何かあれば、すぐに駆け付けるさ」
「報酬だけで動くわけじゃない。人の原動力は感情だ! 誰かのためを思うと、自然と体が動くよ」
「何もしないで帰るなんて、つまらないじゃないか。いい運動になった」

 聖閃たちは辻神の感謝の言葉とお辞儀に対し、対価を要求することなく一礼したのちに帰っていった。

「緑祁、大丈夫か?」
「何とかね」

 緑祁は無事だった。駆け付けた朱雀が慰療を使ってくれたおかげだ。

「雉美を捕まえることはできなかった。それが心残りだよ」
「何言ってんだ、緑祁? アンタが雉美を足止めできたから、捕まえられたんだ。オレたちも除霊が間に合ったから、あのタイミングで駆け付けることができたし。これは、みんなで掴んだ勝利だぜ!」

 彭侯に言われ、緑祁は頷く。

「うん、その通りだ! 僕だけではできないことでも、みんなとならできる!」

 この夜は、疲労感もあってこのまま解散する。

「ホテルでゆっくり休め、緑祁。【神代】も雉美と峰子の裁判は、明日以降に開くはずだ。見に行くか?」
「遠慮するよ。今回の僕の任務は、ここで終わりだ」

 辻神に誘われたが、緑祁は断った。二人を庇うことも考えたが、育未から、

「峰子が、香恵が怒るように仕込んだ、と自供したらしいですわ。全部、緑祁を利用するための作戦でしたのよ……」

 と聞いたので、自分だけではなく香恵にも危害を加えていることがわかったので、ここはみっちりと反省してもらいたい。緑祁が許しても香恵は許せないだろう。


 ホテルの一室に戻った緑祁。

「僕はいつになれば、香恵と会えるんだろう……」

 窓の外を見ながら、そんなことを考える。また、

「紫電は無事だろうか……。早く目覚めて欲しい……」

 自分がしてしまったことがなかったことにしたいから、ではない。個人としてライバルとして、紫電のことが気がかりなのだ。

(明日、お見舞いに行こう。僕と会えば紫電も何か、感じてくれるかもしれない)

 翌日に辻神たちに事情を話し、大神病院に行くことに。

「病射と朔那はな、解決して良かった、って言ってたぞ。まあ、仙台空港の方に雉美はいなかったわけだが……」

 山姫と彭侯は仙台駅に残り、二人と合流する。だから病院に行くのは緑祁と辻神だけだ。

「お見舞いに行かなかったなんて、不謹慎で無情なヤツって思われるかも……」
「事情が仕方ないんだ、誰も思わないさ。現にあの二人を捕まえる任務が、おまえにはあったわけだしそっちを先に解決しなければいけなかった」

 病院の受付で手続きを済ませて、紫電が入院している部屋に向かう。この時、香恵と雪女は朝食を食べに院内の食堂にいたのですれ違わなかった。
 ノックをし、部屋に入る緑祁と辻神。やはり紫電はベッドで眠っている。

「紫電……。私たちの代わりに、緑祁を止めてくれたこと、感謝している…。おまえがいなければ、今頃緑祁は引き返すことができない線を越えてしまっていただろう……」

 緑祁を止めるために、紫電は自分の身を使った。そのおかげで緑祁は止まることができた。ただ、大切な人……ライバルを失うことは、とても辛い。

「目を覚ましてくれ、紫電! 紫電がいないのなら、僕は誰と競えばいいのさ?」

 彼の手に自分の手を伸ばす緑祁。そっと握ってみる。強く握っても、紫電の手は反応しない。

「駄目なのかい……。僕じゃ、力不足? どうして……」
「念じてみよう、緑祁。おまえの感情なら、彼を助けられるかもしれないぞ」

 二人で、念を送ってみる。除霊のような感じだ。

(紫電! 僕は、紫電に目を覚まして欲しい! 元気な姿を見せてくれ、お願いだ!)

 すると、

「………」

 今、唇が動いた気がした。

「紫電! おまえ、意識があるのか! 今、動いただろう!」
「え、本当に?」

 緑祁は集中し過ぎて気づいてなかったが、辻神によればそうらしい。

「なら、もっと……。僕の思いを紫電にぶつける! 紫電は僕のことを引き止めてくれたんだ! 今度は僕が、紫電を取り戻すんだ!」

 手を握り直し、目を閉じてひたすら祈った。

(神様、お願いです! 紫電の意識を戻してください! 僕は、紫電に恩返しをしたいんです! 彼がいなかったら僕は今頃、誰かを殺めていたでしょう……。その未来が来なかったのは、紫電のおかげなんです! 僕のライバルを助けてください!)

 その祈りが通じたのか、

「う、う~ん……」

 紫電が声を出した。

「い、今! 喋ったぞ! 聞いてたよな、緑祁!」
「あ、うん!」

 体を揺すってみる辻神。すると紫電は

「……何だよ、一体…。ん、どこだここ?」

 完全に目覚めたのだ。

「うわああん、紫電! 良かったああ! 目を覚ましてくれたんだね!」
「緑祁じゃないか! お前……。あれ、俺確か、公園の林の中にいたんじゃ……?」

 どうやら彼の記憶は緑祁と戦ったところで止まっている様子だ。辻神がことの顛末を説明すると、

「そうか……。俺は緑祁に勝ったんだな」

 と呟く。

「ん? ちょっとそれは違くない? 確かに僕は正気に戻ったけど、紫電も気を失っているじゃないか?」
「でも! 俺が勝ったから、【神代】に拘束されてねえんだよな?」
「いやいや」
「いやいやいやいや!」

 二人とも自分だけが負けたことを認めたくなく、軽い言い争いに発展。

「随分と元気だな……。さっきまで眠ってたんじゃないのか、おまえ?」
「寝てたんなら、元気は充電されているはずだろう?」

 とりあえず辻神は部屋から出て医者を呼んで紫電が目を覚ましたことを伝えることに。その際、

「え、辻神?」

 香恵と雪女の二人と遭遇した。

「久しぶりだな、香恵、雪女。私たちもお見舞いに来たんだ」
「私、たち……? きみと誰が一緒なの?」
「緑祁だ」
「え、緑祁が? き、来ているの?」

 咄嗟に雪女の後ろに隠れる香恵。まだ心の準備ができていないのだ。

「紫電もちょうど目を覚ました」
「それ、本当なの?」

 本当かどうかを確認するために、雪女は辻神を避けて部屋に入る。

「紫電……」
「おお、雪女! 心配だったぜ、緑祁に攻撃されてないかどうか……」
「良かった……。目を覚ましてくれたんだね……」

 涙を流し、ベッドに横たわる彼のことを抱きしめる。紫電もそんな雪女の頭を優しく撫で、

「誰がお前をひとりぼっちにさせるかよ! 俺は絶対に戻って来る! 心配はしなくていいぜ! いつでも側に俺がいる!」

 と言う。
 部屋に居づらくなった緑祁は廊下に出ることに。その時、

「……香恵、なの?」

 辻神の横に、香恵がいた。

「緑祁……」

 香恵は緊張している。緑祁にもそれがわかり、

「場所を変えよう。屋上に行ってみない?」

 香恵のことを連れ出した。


 屋上には、上手い具合に他に誰もいなかった。

「色々心配かけて、ごめんなさい。僕のせいで、様々なことが起きて大変なことになってしまった……」
「それは、私も悪いわ。私があそこで怒らなければ、何も始まらなかったはずよ」

 お互いに頭を下げて謝った。

「僕は、香恵のことを殺そうとしてしまった。雉美や峰子に言われるがまま、そういう感情を抱いてしまったんだ……」

 だから、もう会えないのかもしれないと思っていた。だが香恵は、

「そんな寂しいこと、言わないで。人には誰だって独占欲なんてあるわ。それが、あの二人のせいで制御できなかっただけよ。私の方こそ、すぐに会いに行けなくて……」

 今、【神代】から二人に接近禁止命令は出ていない。だから、会ってはいけない相手というわけではないのだ。

「香恵……。僕は、香恵の横にいたい。ずっと一緒にいたいんだ。僕が側にいても、香恵は大丈夫?」
「私だって、緑祁がいいわ。今まで信頼関係を築けていたんだし……。それに、一緒にいたいと思える人って緑祁以外には考えられないわよ」

 恥ずかしがりながら、二人は会話をしていた。

(自分に正直になって……)

 雪女に言われた通り、香恵は自分の感情を表に出す。

「緑祁、どんなことがあっても私の横にいて。私のことを信じて! 私も、緑祁のことを信じ抜くから!」

 その答えは、彼のことを信じるということだった。一時の感情の変化で、今までの関係が崩れるなんてことは多々あることだろう。しかしそれでも香恵は、今までの緑祁を選んだ。

「うん!」

 緑祁も、自分と一緒にいてくれることを選んでくれた香恵の想いを素直に受け入れた。

「僕は、香恵と一緒に未来に向かって歩みたい。一緒に未来を描いて、それを手に入れたいんだ!」

 気づけば二人の距離はかなり縮まっていた。そこで緑祁は大胆にも香恵に腕を伸ばし、

「きゃっ!」

 彼女のことを抱きしめる。

「離したくないよ。香恵、今だけでいいから、僕の我儘を聞いてくれないかな?」
「いいわよ…」

 香恵も緑祁のことを抱きしめ返した。

「僕は、岩苔大社を燃やしてしまった。その埋め合わせのために、今まで以上に【神代】のために働く必要があるよ。それにもついて来てくれるかい?」
「もちろんよ。どこまでも私は緑祁について行くわ」

 緑祁はこの時、改めて自分は光の中……正しい道に戻って来れたと感じた。雉美と峰子を捕まえ、紫電が意識を取り戻し、そして香恵に受け入れてもらえたのだ。

「緑祁、これを返しておくわ」

 それは、[ライトニング]と[ダークネス]の札。雛臥から預かったものだ。式神の主は本来緑祁なので、彼に返す。

「でも、僕に召喚できるかな……? 前に拒まれたんだ」
「今なら大丈夫よ」

 実際に札を取って念じてみる。すると、ちゃんと[ライトニング]たちの姿が札から飛び出した。彼女たちもまた、元に戻って来た緑祁を受け入れたのである。
 夏は終わり、秋を感じさせる寒い風が仙台市に吹いていた。それでも二人の仲は、とても暖かかった。
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