第1話 意図しない関与 その1
文字数 4,207文字
「今日の仕事は、楽勝ね!」
朝、カフェのとある席に座っている廿楽絵美は、資料に目を通しながらそう言った。故郷徳島から車で愛媛まで移動。そこにある焼物神社にて、供養の依頼がある。それに参加するのだ。
カフェのドアが開き、チャイムが鳴った。そっちの方向を彼女が見ると、レンタカーの鍵を持った女性が一人入って来て、絵美の向かいの席に着いた。
「準備は万全。今出発すれば、全て上手くいくと天は言っている――」
神威刹那だ。彼女は絵美の相棒。
「じゃ、行きましょう!」
免許証は刹那しか持ってないので、絵美はカフェの隣のレンタカー屋に駐車された車の後部座席に乗り込んだ。
「いざ、参らん――」
運転席に座り、エンジンをかける刹那。さっき借りてきたばかりなため、ガソリンは満タン。そして免許証の有無もチェックし、バックミラーとサイドミラーをいじる。ETCカードも準備して、さらにカーナビに目的地をセット。
「出発よ! 予定なら昼頃に焼物神社 には着くわ。ちゃっちゃと終わらせるわよ」
ギアを変えて、アクセルを踏み込んだ。出発だ。まずは一般道を走り、そこから高速道路に入る。そしたら目的地付近のインターチェンジで降りるつもりだ。仕事がなければ、小さな旅行である。
「早く終わったら、観光でもしよっか!」
「賛成である――」
それは、彼女らの腕にかかっている。供養が調子よく行けばすぐに終わるし、全然駄目ならだらだらと長引いてしまう。でも二月が終わっても三月があり、新学期まで時間がある。だから心に余裕がこの時はあった。
二、三時間走れば高速から降りて一般道へ。そこから田舎道を走ると橋本 陶芸工場 という建物が一軒存在する。
「こんにちは、誰かいない?」
扉をノックし声も出して呼んでみる。すると中から同い年くらいの男性が一人、急いで走って来た。
「もうちょっと遅れると思ってましたが……」
「刹那は素早いのよ」
彼はこの工場の主、栗花落洋大だ。真面目な青年で、すぐに絵美たちを客間に案内し、お茶も出した。
「今日は家内が、旅行に出かけてましてね。私一人なんですよ」
「そうなの。それは大変ね……」
なぜこの工場に寄り道しているかというと、まずはここで供養するべき焼き物を回収する必要があるからだ。洋大は結構職人気質な人であり、気に食わない焼き物には容赦なく失敗作の烙印を押し付ける。
「だって、お客様にお売りできる品物とは程遠いんですよ?」
しかし素人の絵美たちからすれば、どこが駄目なのか理解に苦しむ品ばかり。
「中々良い肌触りだ。是非自分用として使いたいが――」
刹那が、マグカップの失敗作を手に取って言えば、
「失敗作はタダでもお譲りできません!」
と大声で注意される。
「あなたたちと同じですよ? 霊能力者はいつでもベストな仕事……除霊をするでしょう? 私にとってそれは、陶芸品作りなのです」
「は、はぁ……」
「言えている。陶芸家は、一辺も欠けてはならぬ。霊能力者は除霊に失敗して魂が漏れてはならん。作る仕事と祓う仕事では百八十度違うように見えるが、完璧を求め続けなければいけないのだ――」
一緒くたにされた絵美はやや引き気味。でも刹那の方は共感できるらしい。
この工場から焼物神社は、五キロ離れた場所にある。ちなみに洋大は免許を持ってないので、工場の軽トラを使うことはできない。だから供養してもらう焼き物をまず大きめのリアカーに乗せる。かなり大量だ。
「何作失敗してんのよ、ちょっと……」
リアカーは洋大が引き、絵美と刹那は気持ち後ろから押す。ほどなくして焼物神社に到着した。
「久しぶり、洋大君。話は聞いているよ。そちらのお嬢さん方が、霊能力者の方だね?」
「ええ、そうよ」
「いかにも――」
ここの神主、崎元 武視 がリアカーに載せられた焼き物を本殿の中に運び入れる。焼き物はお焚き上げはできないので、奉納して供養するのだ。その際に絵美と刹那の力が必要になる。
「では、どうぞ。準備は整っているよ」
「じゃあ始めさせてもらうわ!」
全てを並べるのに、大体三十分。ズラリと並んだ焼き物の失敗作の前に二人は立ち、読経を始める。実は二人の家は宗派が違うのだが、今回は絵美が刹那に合わせる。
供養にはそれほど時間はかからない。
「おお……!」
しかし武視は、二人の実力の高さに驚愕した。
生き物に魂があるように、物にも魂はある。生まれながらにして失敗作であるその品物たちの魂は、とても無念そうな表情をしている。それらが二人の経読を聞くと、やすらかな雰囲気を身にまとって天に召されていく。
「ふう、終わったわよ?」
供養完了。あとは壊しても誰も文句は言わないし祟られもしない。
「よし! じゃあ奉納殿に納めよう。これだけの量、全部入るよな……」
「破壊し、自然に返すのはどうか――?」
刹那の提案も悪くはない。バラバラにして埋めて、自然の一部にするという手もあるが、武視的にはこの神社に寄越されたものは全て、納めないと気が済まないのだ。
「ちゃちゃっと終わらせるわよ!」
テキパキ働く絵美。ちょうど全部片づけ終わったというタイミングで、
「ああ、しまった。まだ供養してない焼き物があったんだった、忘れてた!」
武視が思い出したらしい。実際に奉納殿には、真新しい焼き物がいつくかある。割れたり曰くが付いたりした焼き物が全国から送られてくる神社なので、それも相当な量になる。武視はそこまで霊能力が強くないので、【神代】が派遣してくれた霊能力者が次に来た時に任せようと思ってほったらかしにしてしまっていたのだ。
「ズボラである。管理は下手くそか。だが幸運なことに、我らがいる。任せよ。今日中に供養し災いもたらす魂を浄化してみせよう――」
頼もしい発言を刹那はした。
「ええ? でも君たちはもう疲れたろ? これらはまたの機会に……」
「また、っていつ来るのよ? 今、しちゃうわ! さあ準備するわよ!」
絵美もやる気だ。その気迫に飲まれて武視は、また供養の準備をした。
(彼女たちが供養してくれるんだし、私が文句を言うべきではない、か……)
それもすぐに終わり、また戻す作業に追われる。気が付くと服は埃まみれで肌も煤だらけ。
「今日は私の工場兼家に泊まってください、二人とも。今からどこかに外出なんて、そんな汚い格好ではせっかくのお顔が台無しです」
「そうさせてもらおう――」
この日は橋本陶芸工場に宿泊することに。荷物は前もって準備済みなので、有難く上がらせてもらった。
「嘘! 【神代】の跡継ぎ予定の人と、友人ですって?」
にわかには信じられないことを洋大は言ったのだ。
「私は中学生時代に、彼に助けてもらったんですよ。それ以来、私はここに住んで彼が定期的に訪ねてくるんです。確か今、大学は春休みでしょう? 今年も来る予定になっていたはずですが……遅れてますね…」
カレンダーに目を通しながら、洋大は予定を言った。去年は今頃にはもう、跡継ぎは来ていた。今年、未だに来れないのは【神代】の方で何かあるためなのだろうか、と感じる。だが洋大は霊能力者ではないので、詳しい話は知らない。
「【神代】の跡継ぎって、どんなのなの?」
「噂に聞くところによると、同じ世代では彼に敵う霊能力者はいないらしい。また、【神代】が認知している全ての霊障を扱えると聞く、まさに跡を引き継ぐに相応しい人物――」
と聞くと、何か怖そうな人物を思い浮かべてしまう。少なくとも前の代表である標水は、鬼が人の体をしていると陰で言われていたほどに恐ろしい性格の持ち主だった。
「全然、ですよ。寧ろ素晴らしく優しくて、それでいて向上心を絶対に捨てない人です」
洋大は実際に何度も会話をし、遊んだ仲。だから彼の良い部分を述べる。だが絵美と刹那からすれば会ったことすらない人物の長所を言われても、素直に頷けない。
「その時代が来た時、荒れなければそれでいいわ……」
「大丈夫ですって! 私が保証しますよ」
嫌に自信満々の洋大の態度が、余計に不安を煽るのだった。
会話を終えると、夕食も済ませて風呂にも入った。あとは寝るだけとなり、客間に案内された二人。布団は既に敷いてあるが、多分長い間押入れに仕舞ってあったに違いない。
「刹那、ダニとか埃とかあると嫌だからさ」
「任せよ――」
敷布団と掛布団、そして毛布の間に、彼女は突風を吹かせた。ゴミを風圧で追い出す。だがそんなに汚れてはいなかった。
「そう言えば、【神代】の跡継ぎかこの時期に来るって言ってたわね……」
客人用なら、今の季節に綺麗にしていても何らおかしくはない。絵美は疑ったことを心の中で洋大に詫びた。
「もう寝よう。と、我の瞼が言っている――」
「そうね」
面白そうなテレビ番組もないので、電気を消し、布団に入った。それから絵美はタブレット端末を開いて、【神代】の情報をチェックする。
「ん? ねえ刹那、面白い依頼があるわよ?」
その画面に表示された文面を、隣の刹那にも読ませる。
「幽霊退治、募集中――」
何の変哲もない内容だ。だが絵美が心惹かれたのは場所。
「秋田県の田沢湖周辺ですって。どう? 行ってみない?」
思えば東北地方には、青森以外は足を運んだことがない。旅行がてら行って、依頼をこなすのも悪くはないのだ。
「良きアイディア――」
刹那は文句を言わず、賛成した。
「決まりね! 依頼主に連絡入れるわ!」
すると、すぐに返事が来る。詳しい話は直接会ってしたい、とのこと。いつごろ来れるかどうかも聞かれた。
(愛媛から広島に移動、それから新幹線で東京に行って、そこから秋田まで……。明日は移動日になりそうね)
空の移動手段を使わないなら、二日はかかるだろう。
(まあ二月と三月は長いんだし、気長に、ね!)
依頼主には、明後日合流できることを伝える。今夜のやり取りはそれで終了だ。
「じゃ、お休み! 刹那!」
「ゆっくりと休もうではないか――」
「えっ! もう出発ですか?」
朝早くから身支度を済ませていたので、洋大は驚いた。今日は陶芸体験をするかと思ってたからだ。
「ごめんなさいね、次の仕事が入っちゃって……」
それに絵美と刹那は、徳島に住んでいる。その気になれば愛媛のこの工場には、日帰り旅行感覚で行ける。だから仕事を優先した。
「そうですか、それは大変ですね………。頑張ってください!」
彼は切り火をし、二人を見送った。
朝、カフェのとある席に座っている廿楽絵美は、資料に目を通しながらそう言った。故郷徳島から車で愛媛まで移動。そこにある焼物神社にて、供養の依頼がある。それに参加するのだ。
カフェのドアが開き、チャイムが鳴った。そっちの方向を彼女が見ると、レンタカーの鍵を持った女性が一人入って来て、絵美の向かいの席に着いた。
「準備は万全。今出発すれば、全て上手くいくと天は言っている――」
神威刹那だ。彼女は絵美の相棒。
「じゃ、行きましょう!」
免許証は刹那しか持ってないので、絵美はカフェの隣のレンタカー屋に駐車された車の後部座席に乗り込んだ。
「いざ、参らん――」
運転席に座り、エンジンをかける刹那。さっき借りてきたばかりなため、ガソリンは満タン。そして免許証の有無もチェックし、バックミラーとサイドミラーをいじる。ETCカードも準備して、さらにカーナビに目的地をセット。
「出発よ! 予定なら昼頃に
ギアを変えて、アクセルを踏み込んだ。出発だ。まずは一般道を走り、そこから高速道路に入る。そしたら目的地付近のインターチェンジで降りるつもりだ。仕事がなければ、小さな旅行である。
「早く終わったら、観光でもしよっか!」
「賛成である――」
それは、彼女らの腕にかかっている。供養が調子よく行けばすぐに終わるし、全然駄目ならだらだらと長引いてしまう。でも二月が終わっても三月があり、新学期まで時間がある。だから心に余裕がこの時はあった。
二、三時間走れば高速から降りて一般道へ。そこから田舎道を走ると
「こんにちは、誰かいない?」
扉をノックし声も出して呼んでみる。すると中から同い年くらいの男性が一人、急いで走って来た。
「もうちょっと遅れると思ってましたが……」
「刹那は素早いのよ」
彼はこの工場の主、栗花落洋大だ。真面目な青年で、すぐに絵美たちを客間に案内し、お茶も出した。
「今日は家内が、旅行に出かけてましてね。私一人なんですよ」
「そうなの。それは大変ね……」
なぜこの工場に寄り道しているかというと、まずはここで供養するべき焼き物を回収する必要があるからだ。洋大は結構職人気質な人であり、気に食わない焼き物には容赦なく失敗作の烙印を押し付ける。
「だって、お客様にお売りできる品物とは程遠いんですよ?」
しかし素人の絵美たちからすれば、どこが駄目なのか理解に苦しむ品ばかり。
「中々良い肌触りだ。是非自分用として使いたいが――」
刹那が、マグカップの失敗作を手に取って言えば、
「失敗作はタダでもお譲りできません!」
と大声で注意される。
「あなたたちと同じですよ? 霊能力者はいつでもベストな仕事……除霊をするでしょう? 私にとってそれは、陶芸品作りなのです」
「は、はぁ……」
「言えている。陶芸家は、一辺も欠けてはならぬ。霊能力者は除霊に失敗して魂が漏れてはならん。作る仕事と祓う仕事では百八十度違うように見えるが、完璧を求め続けなければいけないのだ――」
一緒くたにされた絵美はやや引き気味。でも刹那の方は共感できるらしい。
この工場から焼物神社は、五キロ離れた場所にある。ちなみに洋大は免許を持ってないので、工場の軽トラを使うことはできない。だから供養してもらう焼き物をまず大きめのリアカーに乗せる。かなり大量だ。
「何作失敗してんのよ、ちょっと……」
リアカーは洋大が引き、絵美と刹那は気持ち後ろから押す。ほどなくして焼物神社に到着した。
「久しぶり、洋大君。話は聞いているよ。そちらのお嬢さん方が、霊能力者の方だね?」
「ええ、そうよ」
「いかにも――」
ここの神主、
「では、どうぞ。準備は整っているよ」
「じゃあ始めさせてもらうわ!」
全てを並べるのに、大体三十分。ズラリと並んだ焼き物の失敗作の前に二人は立ち、読経を始める。実は二人の家は宗派が違うのだが、今回は絵美が刹那に合わせる。
供養にはそれほど時間はかからない。
「おお……!」
しかし武視は、二人の実力の高さに驚愕した。
生き物に魂があるように、物にも魂はある。生まれながらにして失敗作であるその品物たちの魂は、とても無念そうな表情をしている。それらが二人の経読を聞くと、やすらかな雰囲気を身にまとって天に召されていく。
「ふう、終わったわよ?」
供養完了。あとは壊しても誰も文句は言わないし祟られもしない。
「よし! じゃあ奉納殿に納めよう。これだけの量、全部入るよな……」
「破壊し、自然に返すのはどうか――?」
刹那の提案も悪くはない。バラバラにして埋めて、自然の一部にするという手もあるが、武視的にはこの神社に寄越されたものは全て、納めないと気が済まないのだ。
「ちゃちゃっと終わらせるわよ!」
テキパキ働く絵美。ちょうど全部片づけ終わったというタイミングで、
「ああ、しまった。まだ供養してない焼き物があったんだった、忘れてた!」
武視が思い出したらしい。実際に奉納殿には、真新しい焼き物がいつくかある。割れたり曰くが付いたりした焼き物が全国から送られてくる神社なので、それも相当な量になる。武視はそこまで霊能力が強くないので、【神代】が派遣してくれた霊能力者が次に来た時に任せようと思ってほったらかしにしてしまっていたのだ。
「ズボラである。管理は下手くそか。だが幸運なことに、我らがいる。任せよ。今日中に供養し災いもたらす魂を浄化してみせよう――」
頼もしい発言を刹那はした。
「ええ? でも君たちはもう疲れたろ? これらはまたの機会に……」
「また、っていつ来るのよ? 今、しちゃうわ! さあ準備するわよ!」
絵美もやる気だ。その気迫に飲まれて武視は、また供養の準備をした。
(彼女たちが供養してくれるんだし、私が文句を言うべきではない、か……)
それもすぐに終わり、また戻す作業に追われる。気が付くと服は埃まみれで肌も煤だらけ。
「今日は私の工場兼家に泊まってください、二人とも。今からどこかに外出なんて、そんな汚い格好ではせっかくのお顔が台無しです」
「そうさせてもらおう――」
この日は橋本陶芸工場に宿泊することに。荷物は前もって準備済みなので、有難く上がらせてもらった。
「嘘! 【神代】の跡継ぎ予定の人と、友人ですって?」
にわかには信じられないことを洋大は言ったのだ。
「私は中学生時代に、彼に助けてもらったんですよ。それ以来、私はここに住んで彼が定期的に訪ねてくるんです。確か今、大学は春休みでしょう? 今年も来る予定になっていたはずですが……遅れてますね…」
カレンダーに目を通しながら、洋大は予定を言った。去年は今頃にはもう、跡継ぎは来ていた。今年、未だに来れないのは【神代】の方で何かあるためなのだろうか、と感じる。だが洋大は霊能力者ではないので、詳しい話は知らない。
「【神代】の跡継ぎって、どんなのなの?」
「噂に聞くところによると、同じ世代では彼に敵う霊能力者はいないらしい。また、【神代】が認知している全ての霊障を扱えると聞く、まさに跡を引き継ぐに相応しい人物――」
と聞くと、何か怖そうな人物を思い浮かべてしまう。少なくとも前の代表である標水は、鬼が人の体をしていると陰で言われていたほどに恐ろしい性格の持ち主だった。
「全然、ですよ。寧ろ素晴らしく優しくて、それでいて向上心を絶対に捨てない人です」
洋大は実際に何度も会話をし、遊んだ仲。だから彼の良い部分を述べる。だが絵美と刹那からすれば会ったことすらない人物の長所を言われても、素直に頷けない。
「その時代が来た時、荒れなければそれでいいわ……」
「大丈夫ですって! 私が保証しますよ」
嫌に自信満々の洋大の態度が、余計に不安を煽るのだった。
会話を終えると、夕食も済ませて風呂にも入った。あとは寝るだけとなり、客間に案内された二人。布団は既に敷いてあるが、多分長い間押入れに仕舞ってあったに違いない。
「刹那、ダニとか埃とかあると嫌だからさ」
「任せよ――」
敷布団と掛布団、そして毛布の間に、彼女は突風を吹かせた。ゴミを風圧で追い出す。だがそんなに汚れてはいなかった。
「そう言えば、【神代】の跡継ぎかこの時期に来るって言ってたわね……」
客人用なら、今の季節に綺麗にしていても何らおかしくはない。絵美は疑ったことを心の中で洋大に詫びた。
「もう寝よう。と、我の瞼が言っている――」
「そうね」
面白そうなテレビ番組もないので、電気を消し、布団に入った。それから絵美はタブレット端末を開いて、【神代】の情報をチェックする。
「ん? ねえ刹那、面白い依頼があるわよ?」
その画面に表示された文面を、隣の刹那にも読ませる。
「幽霊退治、募集中――」
何の変哲もない内容だ。だが絵美が心惹かれたのは場所。
「秋田県の田沢湖周辺ですって。どう? 行ってみない?」
思えば東北地方には、青森以外は足を運んだことがない。旅行がてら行って、依頼をこなすのも悪くはないのだ。
「良きアイディア――」
刹那は文句を言わず、賛成した。
「決まりね! 依頼主に連絡入れるわ!」
すると、すぐに返事が来る。詳しい話は直接会ってしたい、とのこと。いつごろ来れるかどうかも聞かれた。
(愛媛から広島に移動、それから新幹線で東京に行って、そこから秋田まで……。明日は移動日になりそうね)
空の移動手段を使わないなら、二日はかかるだろう。
(まあ二月と三月は長いんだし、気長に、ね!)
依頼主には、明後日合流できることを伝える。今夜のやり取りはそれで終了だ。
「じゃ、お休み! 刹那!」
「ゆっくりと休もうではないか――」
「えっ! もう出発ですか?」
朝早くから身支度を済ませていたので、洋大は驚いた。今日は陶芸体験をするかと思ってたからだ。
「ごめんなさいね、次の仕事が入っちゃって……」
それに絵美と刹那は、徳島に住んでいる。その気になれば愛媛のこの工場には、日帰り旅行感覚で行ける。だから仕事を優先した。
「そうですか、それは大変ですね………。頑張ってください!」
彼は切り火をし、二人を見送った。