第8話 最後の恐怖の黄金 その3

文字数 2,910文字

「緑祁、大丈夫?」

 香恵の慰療が受けた傷を癒す。同時に緑祁は立ち上がったが、その時に千切れたアース線がズボンの裾から落ちた。

「香恵……。かなり信じがたいことだけど、一つわかったことがあるよ」
「それは、何?」
「ここにいる辻神は全員、本物だ……」

 言っている緑祁本人が、全く信じれていない。でも確かに感じたのだ。
 三人の人間が、旋風に当たっていた。それは紛れもない事実。

「意味がわからないわ…? だって残る二人は蜃気楼が見せている幻覚なのよ?」
「違うんだ。僕もさっきまでそう思っていた。でも、そうじゃない! 本当に三人の人間が、この場所にいるんだ!」
「え、でも……」

 緑祁は香恵に説明した。さきほど、旋風で掴んだ感触は紛れもなく人のものだ。それが三つ。これはもう、この場所に三人いなければ説明できない。

「これは何て霊障なんだい?」
「そんな霊障は、ないわ……」

 それを聞いた緑祁の反応はシンプルで、

「じゃあやっぱり、三人いるんだ」

 というものだった。

「でも、誰が?」
「誰って、辻神の仲間は山姫と彭侯しかいないよ?」
「えぇっ…。でも目の前にいるのは辻神……。そ、そういうことね!」

 そこで香恵も気が付いた。

「蜃気楼は自分の姿を誤魔化せる。自分に周囲の風景を投影すれば、透明人間になれるって聞いた。でも今辻神たちがやっているのは、その応用だ! 実はここに山姫と彭侯がいて、蜃気楼で辻神の姿になっているんだ!」

 持っているドライバーだけは本物であり、この三人の内の本物の辻神が、それを使って電霊放を撃っているのだ。

(だから、旋風で掴んだ反応は三人分! そして!)

 手のひらに鉄砲水の水球を出現させると、それを横向きにして渦巻く旋風に乗せて発射した。撃ちこまれた辻神は、礫岩を使ってそれを防御した。

「辻神が鬼火や鉄砲水を使っているんじゃない。山姫と彭侯が、それぞれの霊障を使ってるんだ!」

 どうやらこれが正解であるらしく、辻神はパチパチと拍手をした。

「当たりだ。鋭いな、緑祁……! その洞察力、褒めるに値する! だがそれがわかっただけでは、勝負を決めるまでは至らない。私たちは三人いて、おまえたちは二人……だが香恵には攻撃能力がないので、実質緑祁一人。これは動かしようのない事実だ」
「そう……かもね…」

 緑祁は完全に立ち上がった。

(でもまだわからないことがある。辻神は一人だけで、残りは山姫と彭侯なんだ。それは確か。でも、どれがそうなんだ? 山姫の礫岩は、割と場所を選ばないで使えるから、さっき僕が狙った辻神=山姫と考えるのは駄目だ。そしてバレた以上、向こうも蜃気楼以外の手段で誤魔化してくるに違いない!)

 いいや、誤魔化しようのない霊障が一つだけある。緑祁は地面に手を突いて、鉄砲水を放ち伸ばした。それは地面を這って進んで、三人いる辻神の方に伸びる。

「それで何をしようと企む、緑祁?」

 威力はなく、ただ辻神たちに触れるだけだ。でもそれでいい。直接触れることで判別する術があるのだ。

「……っ!」

 この時の緑祁の手は、鉄砲水と繋がっている。だからわかった。

(毒厄! やはり触れば流してくると思っていた! だって僕の方から触ってくるなんて、絶好のチャンスだからね……!)

 急に頭がふらついた。それは疲労のせいではなく、病気のためだ。頭痛に襲われたのだ。

「彭侯! わかったよ誰がそっちなのか! 斜め後ろの方だ!」

 毒厄の効果を流し込んだのは、彭侯以外にはあり得ない。だから緑祁は叫び振り向いた。

「うりゃああああおおおお!」

 旋風を使って彭侯を攻撃する。

「無駄だ」

 しかし鉄砲水がその風を遮る。

「電霊放では風に触れられない。なら水だ。鉄砲水なら十分にガードでき……」

 この時、彭侯の腹に激痛が走った。

「な……?」

 飛んできたのは、ただの風ではないのだ。

「我慢して…! 後で治してあげるから……!」

 緑祁は旋風に、香恵を乗せていた。その香恵が彭侯の腹に膝を入れたのである。

「ぐ、が……!」

 一撃で意識が飛び、地面に倒れこむ彭侯。

「何だと……! だが今、緑祁は毒厄に侵されている! 今なら叩ける!」

 残った二人の内、片方が緑祁に迫った。確かに今の彼は、フラフラだ。彭侯は気絶したが、毒厄がまだ生きているのだ。しかも香恵は今彭侯に一撃加えたために緑祁とは距離がある。

「ま、待て!」

 けれど、それも緑祁の作戦。

(こっちのは、辻神本人かな? それとも山姫の方か……?)

 急に地面が割れ、開いた穴から炎に包まれた岩石が出現した。

「火炎噴石! これは、山姫だ!」
「くらえ、緑祁!」

 その火をまとった岩が緑祁に向けて発射された。

(避けられるはずがない! だって緑祁は今、毒厄のせいでふらついている!)

 必ず当たるはずの火炎噴石。

「うわおおおおおおおおお!」

 ここまで来ると緑祁も叫ぶ。大声を出して意識を集中させ、台風を繰り出した。

「無駄だ。おまえの鉄砲水で火は消せても、岩石の威力は生きている! 当たればおまえの負けだ!」
「違う! 防御のための台風じゃない!」

 緑祁はその、青い風に乗った。持ち上げられた彼の体は、山姫の頭上を簡単に取った。

「馬鹿め! 上に逃げたらもう、かわしようがない!」

 すかさず地面が火炎噴石を吐き出そうとした。

「無駄だって言ってるんだ! 火を消しても結局は……。ぐう!」

 実は、今の緑祁には攻撃する意思がなかった。ただ山姫の視線を顔ごと上に向けさせたかったのである。
 香恵だ。山姫の背中を力いっぱい突き飛ばしたのである。その衝撃で前に出た山姫は、間違えて自分の肩に火炎噴石を撃ちこんでしまった。

「ああああああ!」

 骨が砕ける威力なのだ。しかも炎に包まれていたために、火傷もする。

「ぐううう! こ、こんな……!」

 まだ勝負を諦めていない様子で、香恵の方を向いた。

「そこだぁ!」

 すかさず緑祁が降りてきて、旋風で山姫の意識を切り裂いた。

「………」

 これは彼女に効きやすいのか、山姫はその場に倒れた。

「香恵、すぐに手当てを!」
「任せて」

 患部を香恵が撫でれば、流れでる血も折れた骨も火傷もすぐに元通りだ。でも意識までは戻させない。彭侯と一緒に、気絶していてもらう。

「どうだ、辻神!」

 あっという間に二人が負けた。残された辻神は本人。もう蜃気楼を使う意味もなく、山姫と彭侯は姿を取り戻した。

「これでもまだ、戦うのかい?」
「……………」

 一気に戦況が変わった。さっきまでは緑祁がかなり不利だったのに、今はどうだ? 三人の辻神の正体を暴き、さらに山姫と彭侯を倒したのである。

「僕はできれば辻神のことも傷つけたくはないんだ。僕とそっち、きっとわかり合えるはずだよ」
「……………」

 しかし辻神は無言だ。ただ、怒りの眼差しで緑祁のことを睨んでいる。

(駄目なのか……)

 そもそも辻神にとって、二人はただの囮でしかない。だから彼は、自分が劣勢になったとは考えていないのである。

「……いいだろう、緑祁。ここまで追い詰められたのは初めてのことだ。おまえのその、強い意志に応えてやろう」

 戦意を向き出した辻神。いよいよ二人の戦いは最終局面に突入しようとしている。
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