第3話 誕生秘話 その2

文字数 2,909文字

 彼は有言実行した。毎日夜遅くまで勉強し、予習復習を継続させた。それでいて友人とも遊び、運動も怠らない。また彼なりの努力なのだろう、医療ドラマをよく見るようになった。
 時より疾風は息子を病院に連れて行った。

「これがメス。こっちがペアンで……」

 実際に医療の現場で使われている器具を握らせることで、息子の中にある意志を絶やさなかった。
 また彼も息抜きをした。近所の寺に行って写経をし、墓石やお地蔵様を雑巾で磨く。霊能力者としての修行も同時進行で、それが息抜きとなっていた。

「無理はしないでね」

 桜花は優しい声をかけた。医者になれなくても看護師や薬剤師、歯医者という選択肢がある。だから挫けて諦めてもいい。道は一つではない、と。

「全然大丈夫だよ母さん」

 母の予想に反し息子は弱音を全く吐かない。
 小学校卒業時の成績は、疾風に言われた通り一番だった。


 中学は私立に通う。市内で一番偏差値の高い中学だ。この頃には彼にとって、学びもまた日常となっていた。だから勉強が苦にならない。寧ろテストで高得点が取れるのが、ゲームのようで面白いと感じるほどだ。
 ひたすらに勉強の虫というわけではない。バレーボール部に入って汗水を流した。ただ彼の時代、その学校の強さは微妙であり、大会では思うように振るわなかった。それが最初の挫折かと思えばそうではない。

「いい感触だ。同時に悪い感触でもあるな」

 負けることの大切さを彼は学んだのだ。しかしその感触を勉学で味わってはいけないとも認識する。
 偏差値に合わせて高校にも進む。入学時の試験は当然、首位である。高校時代はブラスバンド部に入り、トロンボーンの演奏者になった。他にも頼まれれば楽器で綺麗な音色を奏でてみせた。

「でも、何故か! 吹くタイプの楽器じゃないといけないんだよな。ヴァイオリンとかピアノとか、吹かないのは苦手なんだ」

 苦手があるのは仕方がない。人間には向き不向きがある。彼はこの性質、勉強が肌に合わないことが不向きじゃなくて良かったと、前向きに考えた。


 忘れもしないことが、高二の時に起きる。

「【神代】から俺に命令……?」

 送られてきたメールは確かに自分宛で、決められた日時までに群馬にある狂霊寺という寺院に来ることが記載されていた。

「これは、【神代】の威厳をかけた戦争である」

 その文章が気になったこともあって、彼は現地に行ってみる。

「うお」

 自分と同じ、霊が見える人が結構いた。中には彼よりも若そうな人もいる。

「君の霊障は? それとも札使い? 式神を召喚するか?」
「電霊放だ。これ……ダウジングロッドで撃つ」
「それは頼もしい! 電霊放は強力な霊障だからな、ここの守りは完璧だ!」

 ただ、時期が戦争末期であることもあってか、一度も実戦にならないで霊怪戦争は終わる。
 しかしこの時に紫電はあることを確かに感じたのだ。

「俺、同じような人がいっぱいいるのに、彼らにないものがある……」

 戦争は睨み合う者同士の競争でもある。それを認識した時、

「競い合える人がいない……」

 ことを思い知らされた。

 思い返せば、彼は小学生中学年の時に医者になることを志し、常に自分だけの世界を進んできた。自分だけで勉強し、成績を上げ、受験という崖を登る。

 だが周りはどうだ? そのロッククライミングで、助け合う人もいる。競い合う人もいる。独りぼっちなのは彼だけだった。

「ライバル、か……」

 漫画やゲームの中にしかいないとばかり思っていた、その存在。当時の彼は勉強一筋という感じで、相手が自分と釣り合うかどうかを偏差値という定規でしか測れない。でも同じ学校には、自分よりも、いや自分と同等の成績の人はいない。競いたいと思える相手がいない。


 ポッカリと心に穴が開いた状態で、高校を首席で卒業する。同時に念願の医学部に進学した。

「大学なら、ライバルが見つけられるかもしれない…!」

 という願いを抱きながらキャンパス内を歩く。医学部に入ったからには成績はトップを維持しなくていい。だから彼は本来は学ばないであろう薬学や看護学、歯学の教科書を読み独学で知識を身に着けることで、本業に集中し切らずあえて学内での順位を落とした。けれども成績はやはりトップクラスだ。
 確かに大学には、彼よりも賢そうな学生は多い。だが今度は、霊能力者であることがそれを邪魔する。この年齢になって来ると【神代】からも依頼が来やすいので、そっちの実力も磨きがかかるのだ。そして同じ大学内に霊能力者はいないので、どうしても自分は特別だと感じてしまう。

「祖父さんがそうだったんだ。俺もそれになる」

 あの当時に彼を馬鹿にした同級生はもう、違う大学に進んだだろう。もしくは専門学校か、それとも既に働いているか。はたまた、高専に行ったかもしれない。いずれにせよ、彼のことを馬鹿にしたことはもう憶えてないだろう。事実後日に同窓会で再会した際は当時のやっかみが嘘のように落ち着いていたし、仲良くだってできた。
 でも彼の脳裏には、あの時の言葉が未だに過る。

「医者が霊能力持ってちゃ駄目か? そんなわけない!」

 最初の一年は無情にも過ぎた。

 そして大学生活の二年目が始まろうという時、それは起きる。この時彼はオーケストラサークルの打ち合わせで新青森を訪れていた。

「遅くなっちまったな……」

 予定は長引き、気づけば日が落ちている。これから家に帰ろうとしたまさにその時、町で事故が起きた。普通の事故ではない。霊が絡んでいることを彼は一発で見抜いた。

「いる! 悪霊が町に放たれている!」

 電霊放を使える彼にとって、悪霊など恐れるに足らず。成敗してやるつもりだ。実際に一体、電霊放を撃ちこむことで葬ってやった。

「おや…!」

 その悪霊は、彼を見てなかった。彼と同い年くらいの少年を見ていたのだ。そしてその少年も霊能力者であるらしく、鬼火で悪霊と戦っていたのだ。

「もう一体いるんだ」

 少年からそれを聞くともちろん彼は討伐に向かう。

「競争だな、これは」

 その少年の素性は全く知らない。ただ偶然出会った霊能力者であることだけを認識している。

(でも、何でだろう? コイツのことを俺は、越えるべきだって感じるんだよな……?)

 初めて抱いたライバル心。それが何に起因していたのかは結局のところ、わからない。でもそれはそんなに重要ではなかった。

「もう倒しただと?」

 そこに駆け付けた他の霊能力者から聞いた。あの少年が、もう一体いた悪霊を祓ったという。

「くー、悔しいぜ!」

 顔も名前も後から知ることになるその少年に対し、敗北感を抱いた。人生で初めての経験だった。そしてその時から、彼の心の中のとあるポジション……ライバルに、あの時の少年…緑祁がついたのだ。
 それからは、どうにか緑祁の前に立つことを考えた彼。でもそれができない。直接戦った時は、修練が横槍を入れたせいで勝負どころではなくなってしまったのだ。

 そしてそれからは先を越されるばかり。これがかなり悔しいのである。

「絶対に俺は緑祁! お前に勝つ!」

 抱いた闘志はメラメラと燃える。
 そしてその炎が、彼……紫電に熱を与え続けているのだ。
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