第4話 超再構成力 その1

文字数 2,933文字

「……わかった。同じ話は満さんと重之助さんにもしてるんだな?」
「ああ」
「で、その件の幽霊の特性はよくわからない、と……」

 辻神は病射に対し、深く追求はしなかった。

(戦った病射本人が理解できないのなら、仕方ない。ここで詳細を言わせて考察も求めるのは酷な話だ……)

 今は大きな被害を出さずに除霊できたことを褒めたい。

「今はゆっくり休め……」
「わかってるっスよ」

 病射の話はとても興味深いものだった。幽霊が霊障を使うのはよくある話だ。寧ろ人間の方が、模倣していると言っても過言ではない。もちろん幽霊の中にも霊障を使えないヤツもいる。

(戦いの中で成長しているということか? 生きていない……死んだ存在の幽霊が? そんなことがあり得るのか……)

 辻神は心霊研究家ではないので、答えはよくわからない。しかし得られた情報から判断するに、そうらしいのだ。

「辻神も来月卒業式控えてるんスから、変な詮索はしないで。もう終わったことなんスからね」
「私は卒業後は院に内部進学するから、別に構わないが…」

 しかし病射は彼に心配事をさせたくないため、話をここで打ち切るよう促した。辻神も、

「朔那と弥和によろしくな。今回はこの辺で切るぞ、また何かあれば連絡する」
「はいっス」

 電話を切った。直後に電話がかかってくる。相手は病射ではなく、手杉山姫だ。

「どうした、山姫?」
「辻神ももう卒業するんだよネ? なら、旅行に行こうヨ!」

 よくある話だ。卒業を記念しどこか遊びに行く。辻神は高校卒業後一年間浪人しているし六年制の薬学部に進んだので、今がそのタイミングなのだ。

「それにさ……」

 山姫が去年大学を卒業した時も、仲間である田柄彭侯が高校を卒業した時も、旅行には行っていない。そうい間柄じゃないからではなく、ちょうど一年前までは彼ら三人は復讐心に燃えていたからだ。華々しいこととは無縁の生活を送っていた。

「……行くか!」

 重い腰を辻神は上げた。自分と山姫と彭侯の分の卒業旅行を今、してしまう。

「行きたい場所とかあるか? もちろん、彭侯の意見も取り入れたい」

 ここで電話していても決まらないので、一旦集まることにする。次の日にカラオケボックスに集合だ。

「もう二月も半ばだ、今から大きな計画なんて立てられない。地味でもいいが、一か所に絞って旅行しよう。彭侯、おまえはどこか行きたい場所はあるか?」
「逆にアンタはないのか?」
「そうだな……」

 行ってみたい場所はある。風神雷神図屛風がある、京都の建仁寺(けんにんじ)だ。

「いいんじゃないか! 京都に行けるなら、朔那と弥和にも会える!」
「しかし逆に言えば、アイツらに会いに行くついでに見に行けてしまうということだ。今回の旅行は特別なんだし、もっとこう……縁がなさそうな場所を」

 だから辻神は自分の希望を叶えたいとは思っていないのである。

「うーん、どうしようかネ……」

 考え込む山姫。辻神とは逆で、行きたい場所が多過ぎる。

「海外に行くのは駄目だよネ。私、パスポート持ってないもん」
「オレも」
「私もこの六年間で、留学とかしなかったから……」

 しかし国内なら、飛行機で移動する分には問題ない。

「よし、沖縄にしようか! 定番中の定番だ! ニライカナイの伝説の場所!」
「ええ~沖縄? 私は北海道に行きたいヨ? 大自然を堪能したい!」
「こんな真冬にか? 氷漬けになるぞ!」
「いいじゃん! 寒いところに行って、雪見て!」

 彭侯は沖縄、山姫は北海道。

(両極端な……)

 これはまとめるのが面倒になりそうだ。

「二人とも、旅費の方は大丈夫なのか?」
「ああ!」
「もちろん!」
「ならもういっそのこと、北海道と沖縄! 両方に行ってしまうか」

 互いに折れそうにないので、辻神はもう面倒になりそんなことを言った。本当は旅疲れしたくないので一か所に絞りたいが、それだと不公平感がある。

「いいのか?」
「春休みは長い。金さえあれば北の端から南の端まで行けるのが、今の世の中だ。ホテルの予約さえ取れれば……」

 金銭面の心配があったが、二人とも、大丈夫だと答えた。

「じゃあ早速日程を組もう。まずは北海道に行く」

 そこで見て回る場所を考える。その後に沖縄で、観光したい場所を挙げる。

「………こんな感じか」

 ある程度決まった。後はホテルや飛行機の手配をするだけだ。

「よし! じゃあ後は時間が来るまで歌うヨ!」
「あ、マイク貸せ!」

 話し合いが終われば、あとはカラオケを楽しむ。喉が渇けばジュースを飲み、自分の番が来れば歌う。何でもない日常を謳歌する三人。


 しかしそんな日常にすら、怪しい影が付きまとう。

「もう喉がカラカラだぜ!」

 カラオケボックスから出たら、もう日が落ちていた。冬の夜は寒く長い。

「次は飲もうヨ」

 まだ解散するには早い。だから次は居酒屋に行って夕食を食べようと、山姫は提案した。

(明日は特に予定もない。少し羽目を外して楽しむか)

 卒業式も旅行も何も明日あるわけではないので、一晩くらいは無茶しても大丈夫だ。

「それなら、近頃近所に新しい居酒屋ができた。そこに行ってみないか?」
「おう! どの辺にあるんだ?」
「確か、私立病院の隣の通りにあったはず。潰れてなければだが……」

 早速移動だ。途中、その病院の前を横切る。

「待って」

 足を止めたのは、山姫だった。彼女は病院の方を見ている。

「どうしたんだ? 何かあるのかよ?」

 もうとっくに、診療時間は過ぎているのでロビーは暗い。

「山姫、何か見えるのか?」

 辻神もその方角を見たが、救急車が出入りしている様子すらないのだ。

「今……。屋上から、誰かが落ちた気がしたワ……」
「何だって!」

 もしそれが本当なら、事件だ。でも辻神は、

「この距離なら、落下した時の衝撃音が聞こえるはずだ。私の耳には飛び込まなかったぞ」
「そうなんだよネ……。ぼくにも聞こえなかった。でも、人くらいの大きさの影が、上から下に動いた気がしたの」
「茂みに落ちたとか?」

 柵が邪魔で、落ちた地点の様子がわからない。アスファルト舗装の上ではなく、生垣に落ちたのかもしれないと彭侯は言う。

「気になるなら、確認してみるか。どうせ時間はある」

 迷った際の辻神の判断は素早かった。実際に見てみることが一番の安心に繋がる。幸いにもこの病院の門は開いているので、建物の入り口の前までは行ける。

(何もなければ面倒ごとは起きないんだが……)

 少し緊張感を持って進む。山姫が見たという場所にたどり着くと、

「ごめん。気のせいだったみたいだワ……」

 そこには何もない。人の体やその他、靴や帽子、服すらも落ちていないのだ。だとしたら、見間違いだったと考えるのが自然。

「いや、そうではなさそうだぞ、山姫。あれを見ろ」
「え?」

 辻神は違和感を抱いた。その正体は、地面にある水溜りだ。

「それがどうかしたの?」
「よく見ろ……」

 足跡の形に見える。まるで水の中に入っていたずぶ濡れの人物が歩いたみたいだ。それは近くの車の影に続いているのだ。

「おそらく、幽霊がいるのだろう。私たちがこちらを向いたことに気づいたので、隠れてやり過ごすつもりなんだ」

 そういう選択肢を取るということは、霊能力者に見つかると不利益を被る幽霊……悪霊であるということだ。
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