第10話 野望は潰えない

文字数 2,803文字

「はあ……。もはやため息しか出ないぞ」

 正夫が病棟に連行された後、虎村神社は剣増と豊雲が陣取っていた。いつもは【神代】への愚痴で盛り上がるのだが、この時の剣増は、

「あんなことを勝手にやりおって! ……いや、前もって断られても駄目に決まってる! そもそも【神代】を変えるには、それにふさわしい意見を発信する必要があるのであって武力じゃないんだぞ!」

 捕まった正夫のことをボロクソに非難する。

「ワシはな、豊次郎君が不審死したのを聞いた時から怪しいおかしいと思っていたんだ。あんなに元気だった男性がいきなり死ぬか、普通? 絶対に正夫が絡んでいたんだよ」

 三月の頃から、正夫は狂い出していたのではないかと彼は言う。

「………」

 その間、豊雲は黙って悪口を聞いていた。

「あんたも何か、言ったらどうだ? ワシ一人だけ喋ってたらつまらんだろう? 何か聞かせろよ」

 いつもは豊雲も口を動かすのだが、何故か今日は全然話そうとしない。

「一緒にいてもわからないとは、愚かすぎる」
「だよなあ! 全くアイツは駄目駄目だ。だが仲間だし、【神代】に釈放の願い出でもしておくか?」
「その必要はない」
「おいおい……。あんたも薄情者だな。こうしてここで胡坐をかいていられるのも、正夫のおかげではあるんだぞ?」

 彼には仲間以上の絆がある。だから富嶽や【神代】の上層部と話し合って、どうにか正夫を解放してもらおうと剣増は考えている。
 のだが、

「アイツが駄目だったのは、尻尾を出したからだ。怪神激を使わなければ、正体がバレることはなかったはず。もっとスマートに行けば良かったのだ」
「愚か者にはできんよ、そんなこと」
「それは、お前も、だろう?」
「ん?」

 どうやら豊雲の意見は違うらしい。

「まだ気づかないのか?」
「何がだ?」
「衰えたものだ、剣増……。お前も所詮はその程度だったか」
「だから、何が言いたいんだ?」

 さっきから、話が合わない。剣増の話題に豊雲が乗っていないのだ。

「逆に聞こう。私が何をしていると思う?」
「何を、って……? もう【神代】に対し交渉しているのか?」

 それを聞くと豊雲は、

「……やはりお前を混ぜなくて良かったと思っている」
「は? だからさっきから何だって聞いてるんだ?」

 不意に、天井から木屑が降ってきて剣増の頭に落ちた。

「何だ?」

 上を見ると、天井にシロアリがびっしりと群がっている。それらが天井を食べているらしい。

「これは…!」

 だがそのシロアリは、本物ではない。

「応声虫……?」

 霊障によって生み出された虫だ。だがここで混乱する剣増。そういうことができるのは正夫であって自分や豊雲ではないのだ。
 天井がミシミシという音を出したので、剣増は後ろに下がる。次の瞬間、天井が崩れた。上の階から木材とともに少年が一人降りてくる。

「誰だ、あんた!」

 それは洋次であった。

「もう流石に気づいたよな、剣増?」

 突然現れた霊能力者。もうここまで来ると嫌でも勘付く。
 この広間に寛輔、秀一郎、紬と絣も集まってくる。

「豊雲……! あんた、正夫の子分たちを見つけ出したのか!」
「違うな。彼らが私を見つけてくれたのだ」

 当初、豊雲は剣増と同じく彼らとは何の連絡も取っていなかった。しかし正夫が負けて拘束されたことが【神代】のデータベースに上げられた途端、洋次たちの方からアプローチしてきたのだ。

「正夫は無能なヤツだった。しかしきさまはどうかな? わたしたちの目的を達成するのに、緑祁は邪魔だ」

 洋次は自分を負かした緑祁を倒したい。自分が優秀であることを、勝利をもって証明したい。優秀な者だけが霊能力者であればいいと思っている。
 秀一郎は緑祁たちの持つ善意が邪魔だ。それを排除し、自分こそが正しいと満足したい。
 寛輔は複雑だった。だが緑祁と仲間を天秤にかけたところ、仲間の方が重かった。それに緑祁とわかり合いたくない。自分を失いたくないからだ。
 紬と絣は、同じ思考回路を持っている。紫電を出し抜きたいが、彼が悔しがることにも興味がある。そしてそれは、彼よりも先に緑祁を倒すこと。

 最初こそ彼らの目的はバラバラだった。しかし今はどうか? 一枚岩ではないにしても、それぞれの目的のために協力することを惜しまない。

「その期待に応えてみせよう」

 影でのやり取りだったので、剣増も気づけなかったのである。

(ま、マズい! 殺されるのか、ワシは!)

 五人、加えて豊雲から殺気を感じた剣増は、この神社から逃げることを選ぶ。

「無駄なことを」

 ここでまず秀一郎が動こうとしたが、豊雲が手で制した。

「お前たちへの誠意を見せる。ここは私にやらせろ」
「ふんっ! ではきさまの実力を見物させてもらおうか」

 豊雲が指を振ると、地震が起きる。礫岩か?

「違うな。私のは、霊障発展・震霊……! 大地の自然な動きすらも操れるのだ……」

 この神社だけが大きく揺れている。壁に寄り掛かっている洋次たちは何とか立っていられたが、走っている剣増は転んだ。

「ひ、ひいいえええええ!」

 その彼に歩み寄る豊雲。

「お前は無能だ、だからいらない。そして正夫の研究成果は全て【神代】に押収されてしまったし、ここがアイツの本拠地であることもバレている。このことの意味がわかるか?」

 それは、もう虎村神社に存在価値がないということだ。【神代】に怪しまれた以上、ここを拠点にするのは不可能。

「この……豊雲ぉ!」

 倒れこんだ状態でも剣増は抵抗してみせる。彼の霊障発展は、荒魂(あらたま)。霊魂の上位種であり、札に仕舞っていない……つまり他にコントロールしている人がいない霊魂を何個でも操れるし威力も高められる。

「くらえ、豊雲!」

 その荒魂を解き放った。しかし豊雲は、震霊をもっと強くし建物に損傷を加え、廊下の壁を崩して遮蔽物として防いだ。

「なに……!」

 そのまま揺れはより大きくなり、本格的に壁や天井にミシミシとヒビが入る。

「く、崩れる……! このままでは…!」

 早く脱出しなければいけない。しかしこの地震では、立ち上がれない。這って外に出ようにも、目の前に積み上がった瓦礫が邪魔だ。

「最後に一つ、言っておこうか剣増?」
「やめろ、豊雲! こんなことをしても何の意味はない! やめるんだ!」

 剣増の説得も空しく豊雲は、

「正夫はな、やり方が間違っていたのだよ。だが目指したものは何も間違ってはいなかった。寧ろ正しいくらいだ。【神代】は一度、最初からやり直さなければいけないだろう……この、私の手で!」

 自分の野望を述べた。原点回帰への欲だ。
 まず洋次たちを神社から脱出させる。五人の力をもってすれば、揺れている建物から出ることは十分に可能だ。その直後に豊雲は震霊を使い、虎村神社を地面の下に沈めてしまった。もちろん、剣増ごとである。

 更地になった虎村神社。そこに豊雲と洋次たちが立っている。

「では、始めようか諸君。新時代の幕開けを!」
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