第5話 侵入者 その2
文字数 3,139文字
二号館は全て見て回ったが、それらしい人影も霊もいなかったので二人は中から出た。他の建物を見てみるのだ。
「………う~む」
ここで緑祁は悩む。盛り塩が崩れているのだ。
「さっきは崩れてなかったのに、今度はどうしてかな?」
「それは不自然ね…」
この矛盾することに答えを見い出せないでいる二人。ちなみに内部の罠は一つも壊れてなかった。
「どういうことだろう?」
「ねえ緑祁? 相手の罠なんじゃないの?」
「えっ……」
その可能性に勘付いたのは、香恵が先だった。
緑祁は自分たちが有利になるよう罠を仕掛けた。だから自分たちが追い込んでいるという先入観があったのだ。だがこの相手は違う。罠や盛り塩を壊したりあえて残したりして、逆に二人を誘導している。
その結果、彼らがたどり着いたのが医学部実験棟の屋上だ。不自然にもそこにはチョークで魔法陣が描かれ、真ん中に水晶玉が置いてある。
「これは、あの森で見つけたのと同じだよ!」
緑祁はそれを拾い上げようとした。
「待って、緑祁!」
香恵の忠告は間に合わない。彼はそれを手に取った瞬間、目の前に突如現れた屍亡者に突き飛ばされた。
「うわああ、しまった……? ハメたと思ったら、ハメられていた?」
これは罠だ。水晶玉を人為的に動かすと、そこに屍亡者が召喚される仕掛け。
「デ…テ…イ…ケ…」
おぞましい体が、ゆっくりと声を出す。緑祁は慌てて立ち上がると、香恵の前に立った。
「なんて奴だ…! 巧妙に仕込んでいるとは」
「緑祁、さっさと倒しちゃいなさい」
「言われるまでもないよ」
緑祁は両手の間に鬼火を出現させた。火力は十分で、火の玉の大きさはバスケットボールぐらい。これが当たれば霊は確実に砕け散る。
「いけええ!」
撃ち込んだ。火が崩れないようスピードは遅いが、相手も鈍い。だからこの火球は必ず当たるはずだった。
突然、札が飛んできて鬼火に当たると、火をかき消したのだ。
「だ、誰だ?」
何者かの襲来に、周りを見回す二人。するとフェンスの向こう側……つまりは下から声が聞こえる。
「無駄ですよ? 修練様がくれた祓いの札は、どんな霊障でも消せちゃいますからね!」
その声の主…凸山紅はなんと、壁を登って這い上がって来る屍亡者の腕の上に座っていた。
「正体を現したわ…」
「邪魔者は排除します! それが【神代】のやり方ですから」
紅は裏切り者なのにそういうことを口にした。これは二人へのあてつけだ。
「緑祁、大丈夫?」
「何とかしてみせるよ」
旋風を起こし、一体の屍亡者を倒そうとしたが、また札が飛んできて風を切り裂いた。
(あの、札が邪魔だ…。飛び道具で攻撃するのは難しいから、ここは彼女を直接叩くしかない! でも、あの子は屍亡者に守られている……)
二体の禍々しい霊が、紅の側にいる。それが邪魔である。
(この状況をどうにかひっくり返さないと、勝ち目はない……。ここは一つ!)
緑祁は香恵に耳打ちした。
「……本気なの?」
「そうだよ! ここでやり合うのは不利でしかない…。だから一旦、逃げるんだ!」
有無を言わさず、香恵の腕を掴んで屋上から逃げる。
「あれえ? 蒼さんを撃破した霊能力者のくせに、敵を前にして逃亡するんですか? ちっとも骨もない面白みに欠けるクソガキだなあ? 味がねえぞ、オイゴルァ!」
すぐに地上に降りて来た。
「来るか……」
この時緑祁は、紅が屍亡者を一体のみ派遣すると思っていた。だが実際には、二体とも屋上から降って来た。もちろん紅も一緒にだ。彼女は、どうして緑祁が逃げたのかを的確に把握していたのである。
「数で不利だと思ってるんですよね? ならば私が、その人数有利を捨てると思います? お前の脳みそにウジでも湧いてんのか、あああぁっ?」
これで逃げてきた意味が消えた。だが、
「いいや、違う! 僕は諦めない!」
希望は捨てない。その勇気が緑祁に、紅に立ち向かう原動力を与えた。
まず、香恵と一緒に距離を取る。
「また逃げる気なのですか?」
紅の言葉には耳を傾けない。
「どうするの、緑祁?」
「札を使わせない状況を作り出すんだ!」
「でも、どうやって?」
この時既に緑祁の頭の中では、方程式が出来上がって途中式まで書けている。だが、香恵に説明する暇はなかった。緑祁は香恵のことを、結界が破られていない二号館の前まで連れて来ると反転し、追いかけて来る紅の方を向いた。
「ちゃんと来てる。二体同時だけど……」
事態は全く好転していない。
「でも、それでいいんだ…」
しかし、緑祁は何を思ったか、二体の屍亡者に突撃する。
「りゅ、緑祁…?」
「アホですか? そんな馬鹿丸出しな行動、意味ねえんだよ!」
香恵の心配する声と紅の罵倒は同時だった。
「違うさ」
その両方を、彼は否定する。そして片方の屍亡者に向かって鉄砲水を放った。
「無駄ですよ?」
当然、紅が投げた札がそれを遮り、水は屍亡者まで届かない。
「霊障が駄目なら、実物でどう?」
「は?」
ポケットに入っている、フィルムケース。これには盛り塩の際に余った塩がある。それを屍亡者に向かって撒くのだ。
「コイツ…!」
これを紅は妨害しない。
(狙い通りだ。あの札は霊障はかき消せても、塩や僕の札を邪魔するまでの力はないんだ!)
幽霊に対し、塩は効果的である。それは屍亡者に対しても同様。
「ウ…グ…ブ…ワ…ワ…!」
体のパーツをまき散らしながら屍亡者はもがく。苦しんでいる証拠だ。
「何をやっているんです? さっさとあのハエを叩き潰せ! こっちは二体いるんだぞ!」
もう一方が緑祁を睨みつけ、力任せに腕を振り下ろした。
「うわっと!」
読めない動きではないので、横に飛んでかわす。打ち付けられたアスファルトがへこむレベルの一撃。
ここでさらに緑祁は後ろに下がる。当然屍亡者は彼を追いかけるのだが、塩をくらった方の動きは鈍い。二体の間に、差が生じているのである。
その、わずかな距離に緑祁が割って入った。
「ああ!」
思わず紅が叫んだ。
「こ、コイツ…! こんな姑息な手を!」
屍亡者が邪魔で、札を飛ばせない。これが緑祁が作りたかった状況だ。
「投げつけることはできるだろうね。でも、その生者の起こした霊障すら無理矢理鎮める札が屍亡者に当たったら、どうなるか…? 僕でも想像できるよ」
屍亡者は、砕け散るだろう。
「しかし! 私が動けばそれでいいんですよ!」
当然そんな状況を紅が放っておくわけがない。走って緑祁に近づいた。
「それは、駄目な手だ…!」
緑祁は紅に対し、鉄砲水を撃ち込んだ。同時に両側の屍亡者に、鬼火と旋風を送りつける。
「こんな子供騙しが私に通じ……」
紅の言葉が途中で切れたのには理由がある。彼女は自分に対する鉄砲水を、札を目の前で交差させて防いだ。だがそうすると、屍亡者への攻撃に介入できないのだ。
「ガ…ア…ア…ア…」
鬼火は歪な体を燃やし、旋風は不自然なところに生える手足を切り落とした。
「何……?」
紅からすれば、自分への攻撃を防いでいると思ったら屍亡者が攻撃されている、のだ。
「そんな器用な芸当が? だから蒼さんを倒せたのですか…!」
ここで彼女は下がる。札を取り出すこともしない。
「うりゃああああああっ!」
緑祁は鬼火を屍亡者に撃ち込み、その体を爆ぜさせた。これは屋上に仕掛けられていた罠の方だ。次に元々紅が従えていた方を旋風でみじん切りにすると、その胸にはめ込まれていた水晶玉が砕け散り、同時に屍亡者も塵と化した。
「いいでしょう。私はあなたを舐めていました。その報いとして、屍亡者はわざと倒させましたよ。どうやらあなたは甘く見てはいけない相手なのですね……。今、気持ちを切り変えないといけません………」
紅は宣言した。本気を出す、と。
「………う~む」
ここで緑祁は悩む。盛り塩が崩れているのだ。
「さっきは崩れてなかったのに、今度はどうしてかな?」
「それは不自然ね…」
この矛盾することに答えを見い出せないでいる二人。ちなみに内部の罠は一つも壊れてなかった。
「どういうことだろう?」
「ねえ緑祁? 相手の罠なんじゃないの?」
「えっ……」
その可能性に勘付いたのは、香恵が先だった。
緑祁は自分たちが有利になるよう罠を仕掛けた。だから自分たちが追い込んでいるという先入観があったのだ。だがこの相手は違う。罠や盛り塩を壊したりあえて残したりして、逆に二人を誘導している。
その結果、彼らがたどり着いたのが医学部実験棟の屋上だ。不自然にもそこにはチョークで魔法陣が描かれ、真ん中に水晶玉が置いてある。
「これは、あの森で見つけたのと同じだよ!」
緑祁はそれを拾い上げようとした。
「待って、緑祁!」
香恵の忠告は間に合わない。彼はそれを手に取った瞬間、目の前に突如現れた屍亡者に突き飛ばされた。
「うわああ、しまった……? ハメたと思ったら、ハメられていた?」
これは罠だ。水晶玉を人為的に動かすと、そこに屍亡者が召喚される仕掛け。
「デ…テ…イ…ケ…」
おぞましい体が、ゆっくりと声を出す。緑祁は慌てて立ち上がると、香恵の前に立った。
「なんて奴だ…! 巧妙に仕込んでいるとは」
「緑祁、さっさと倒しちゃいなさい」
「言われるまでもないよ」
緑祁は両手の間に鬼火を出現させた。火力は十分で、火の玉の大きさはバスケットボールぐらい。これが当たれば霊は確実に砕け散る。
「いけええ!」
撃ち込んだ。火が崩れないようスピードは遅いが、相手も鈍い。だからこの火球は必ず当たるはずだった。
突然、札が飛んできて鬼火に当たると、火をかき消したのだ。
「だ、誰だ?」
何者かの襲来に、周りを見回す二人。するとフェンスの向こう側……つまりは下から声が聞こえる。
「無駄ですよ? 修練様がくれた祓いの札は、どんな霊障でも消せちゃいますからね!」
その声の主…凸山紅はなんと、壁を登って這い上がって来る屍亡者の腕の上に座っていた。
「正体を現したわ…」
「邪魔者は排除します! それが【神代】のやり方ですから」
紅は裏切り者なのにそういうことを口にした。これは二人へのあてつけだ。
「緑祁、大丈夫?」
「何とかしてみせるよ」
旋風を起こし、一体の屍亡者を倒そうとしたが、また札が飛んできて風を切り裂いた。
(あの、札が邪魔だ…。飛び道具で攻撃するのは難しいから、ここは彼女を直接叩くしかない! でも、あの子は屍亡者に守られている……)
二体の禍々しい霊が、紅の側にいる。それが邪魔である。
(この状況をどうにかひっくり返さないと、勝ち目はない……。ここは一つ!)
緑祁は香恵に耳打ちした。
「……本気なの?」
「そうだよ! ここでやり合うのは不利でしかない…。だから一旦、逃げるんだ!」
有無を言わさず、香恵の腕を掴んで屋上から逃げる。
「あれえ? 蒼さんを撃破した霊能力者のくせに、敵を前にして逃亡するんですか? ちっとも骨もない面白みに欠けるクソガキだなあ? 味がねえぞ、オイゴルァ!」
すぐに地上に降りて来た。
「来るか……」
この時緑祁は、紅が屍亡者を一体のみ派遣すると思っていた。だが実際には、二体とも屋上から降って来た。もちろん紅も一緒にだ。彼女は、どうして緑祁が逃げたのかを的確に把握していたのである。
「数で不利だと思ってるんですよね? ならば私が、その人数有利を捨てると思います? お前の脳みそにウジでも湧いてんのか、あああぁっ?」
これで逃げてきた意味が消えた。だが、
「いいや、違う! 僕は諦めない!」
希望は捨てない。その勇気が緑祁に、紅に立ち向かう原動力を与えた。
まず、香恵と一緒に距離を取る。
「また逃げる気なのですか?」
紅の言葉には耳を傾けない。
「どうするの、緑祁?」
「札を使わせない状況を作り出すんだ!」
「でも、どうやって?」
この時既に緑祁の頭の中では、方程式が出来上がって途中式まで書けている。だが、香恵に説明する暇はなかった。緑祁は香恵のことを、結界が破られていない二号館の前まで連れて来ると反転し、追いかけて来る紅の方を向いた。
「ちゃんと来てる。二体同時だけど……」
事態は全く好転していない。
「でも、それでいいんだ…」
しかし、緑祁は何を思ったか、二体の屍亡者に突撃する。
「りゅ、緑祁…?」
「アホですか? そんな馬鹿丸出しな行動、意味ねえんだよ!」
香恵の心配する声と紅の罵倒は同時だった。
「違うさ」
その両方を、彼は否定する。そして片方の屍亡者に向かって鉄砲水を放った。
「無駄ですよ?」
当然、紅が投げた札がそれを遮り、水は屍亡者まで届かない。
「霊障が駄目なら、実物でどう?」
「は?」
ポケットに入っている、フィルムケース。これには盛り塩の際に余った塩がある。それを屍亡者に向かって撒くのだ。
「コイツ…!」
これを紅は妨害しない。
(狙い通りだ。あの札は霊障はかき消せても、塩や僕の札を邪魔するまでの力はないんだ!)
幽霊に対し、塩は効果的である。それは屍亡者に対しても同様。
「ウ…グ…ブ…ワ…ワ…!」
体のパーツをまき散らしながら屍亡者はもがく。苦しんでいる証拠だ。
「何をやっているんです? さっさとあのハエを叩き潰せ! こっちは二体いるんだぞ!」
もう一方が緑祁を睨みつけ、力任せに腕を振り下ろした。
「うわっと!」
読めない動きではないので、横に飛んでかわす。打ち付けられたアスファルトがへこむレベルの一撃。
ここでさらに緑祁は後ろに下がる。当然屍亡者は彼を追いかけるのだが、塩をくらった方の動きは鈍い。二体の間に、差が生じているのである。
その、わずかな距離に緑祁が割って入った。
「ああ!」
思わず紅が叫んだ。
「こ、コイツ…! こんな姑息な手を!」
屍亡者が邪魔で、札を飛ばせない。これが緑祁が作りたかった状況だ。
「投げつけることはできるだろうね。でも、その生者の起こした霊障すら無理矢理鎮める札が屍亡者に当たったら、どうなるか…? 僕でも想像できるよ」
屍亡者は、砕け散るだろう。
「しかし! 私が動けばそれでいいんですよ!」
当然そんな状況を紅が放っておくわけがない。走って緑祁に近づいた。
「それは、駄目な手だ…!」
緑祁は紅に対し、鉄砲水を撃ち込んだ。同時に両側の屍亡者に、鬼火と旋風を送りつける。
「こんな子供騙しが私に通じ……」
紅の言葉が途中で切れたのには理由がある。彼女は自分に対する鉄砲水を、札を目の前で交差させて防いだ。だがそうすると、屍亡者への攻撃に介入できないのだ。
「ガ…ア…ア…ア…」
鬼火は歪な体を燃やし、旋風は不自然なところに生える手足を切り落とした。
「何……?」
紅からすれば、自分への攻撃を防いでいると思ったら屍亡者が攻撃されている、のだ。
「そんな器用な芸当が? だから蒼さんを倒せたのですか…!」
ここで彼女は下がる。札を取り出すこともしない。
「うりゃああああああっ!」
緑祁は鬼火を屍亡者に撃ち込み、その体を爆ぜさせた。これは屋上に仕掛けられていた罠の方だ。次に元々紅が従えていた方を旋風でみじん切りにすると、その胸にはめ込まれていた水晶玉が砕け散り、同時に屍亡者も塵と化した。
「いいでしょう。私はあなたを舐めていました。その報いとして、屍亡者はわざと倒させましたよ。どうやらあなたは甘く見てはいけない相手なのですね……。今、気持ちを切り変えないといけません………」
紅は宣言した。本気を出す、と。