第6話 猶予のために

文字数 4,803文字

 夜のうちに【神代】のデータベースにアップロードされた、緑祁を確保したという情報。

「終わったのか……」

 長治郎と満は、そう言ってため息を吐いた。緑祁の暴走が、やっと終わったのだ。これで変に人員を仙台に派遣する必要もなくなる。

「いや~。辻神から連絡を受けた時は安心したぞ。緑祁がこれ以上暴れずに治まって、良かった」
「そうですね。今までの報告が確かなら、誰も殺させずに済みましたので」

 しかしまだ気を休めることはできない。これから、緑祁の弾劾裁判が開かれる。あまり彼のことを動かしたくない【神代】は、仙台でそれを行うことをこの夜のうちに決定。長治郎と満は明日の朝一番に仙台に向かうのだ。

「俺は辻神と合流したい。全員の無事をこの目で確かめたいんだ」
「辻神たちは、無事でしょう。実際に戦ったのは、紫電と皇から聞いてます」
「その変更の経緯も含めて、色々と辻神から報告を聞く。実際に緑祁と紫電の戦いを見届けたらしいから、その全てを!」


 緑祁は次の日の正午には目覚めた。

「………? ここは……?」

 知らない場所にいる。左右を見ると窓、反対側には椅子とテーブルがある。そして自分はベッドの上で眠っていたらしい。どうやらここは病院の一室のようだ。

「全部、夢だったのかな……? いいや、違う……」

 起き上がろうとした時だ。腕が動かない。よく見てみると、ベッドの柵に手錠で繋がれている。

「全部、現実だったんだ………」

 それを見て、緑祁は理解する。岩苔大社で自分がやったこと、その後に行ったこと、そして自分が抱いた感情、その全てが本物だったということを。だから変に暴れたり叫んだりすることはせず、大人しく布団の中に戻った。

「おや、目が覚めておったか」

 ドアを開けて緋寒が病室に入って来る。彼女は機傀で作ったカナヅチを持っていたのだが、緑祁の様子を見てそれを消した。

「しかも、わちきが知っている緑祁の顔、目をしておるな。元に……正気に戻ってくれたか」
「ねえ緋寒、香恵は無事? 紫電はどうなったの? それと、刹那と雛臥は? 育未や由李、絢萌……空蝉や琥珀たちは………」
「安心しろ、誰も死んではおらんよ。育未たちも琥珀たちも機転を利かせて、窮地を抜け出し無事だったんじゃ。刹那と雛臥は何も困っておらん」
「香恵と紫電は?」
「……残念だが、今のそなたには二人に会わせることはできん! だが先に、香恵は安全な場所におること、無事なことは伝えておく」
「その口ぶりだと紫電は……」
「大事にはなっておらんよ。そなたの方が先に意識を取り戻した、ってところじゃな」

 緋寒は緑祁が心配している人たちのことを教えてくれた。緋寒も緑祁が目覚めたことを、【神代】に報告する。

「緋寒……。僕はこの後、どうなるんだろう…?」

 答えはわかっている緋寒。最悪な未来しかないだろう。その絶望の初期段階が、弾劾裁判だ。だが、

「今は、寝ておれ……。時が来たら、知らせる」

 緑祁にも色々とあったのだろう。それを感じた彼女は、とりあえず何も言わないで緑祁のことを休ませた。

「………」

 緑祁も緑祁で、緋寒の表情と態度から何となく感じ取れてしまう。それでも言われた通り横になった。


 二日後、大神病院の会議室に霊能力者がひそかに集まる。緑祁の弾劾裁判のためだ。

「何も心配する必要はないぞ、緑祁! 聞かれたことに正直に答えるだけじゃ」

 緑祁は何度か裁判に顔を出したことがあるが、自分が裁かれるのはこれが初めてだ。だから緊張する。

「緋寒、紫電はどうなの?」
「聞く話によれば、まだ目覚めんらしい……」

 命に別状はない。病射の慰療は見事に紫電の怪我を治した。だが意識だけはまだ戻っていない。

「それは心配だ……」

 彼もこの大神病院に入院していて、香恵と雪女が付きっ切りで看病している。そのことは、緑祁には知らされていない。

「そなたは、こっちじゃ! まずはこの手錠を。腕を出してくれ」
「はい」

 素直に両腕を前に出し、そこに緋寒が手錠をかけた。今の緑祁が暴れて逃げ出すとは緋寒は思っていないが、形式上しなければいけない。
 階段を登って廊下を進み、奥の会議室に入る。

(わっ……!)

 みんな、前を向いて座っている。その威圧感で、背中に汗が流れた。

「永露緑祁、そこに、座りなさい」

 この裁判を仕切るのは、神崎凱輝。緑祁に指示を出して席に着かせる。

「では、始めましょうか。永露緑祁の裁判を」

 まずは全員、起立して一礼。そして座る。最初に行うのは本人確認だ。

「名前、生年月日、職業、現住所を、正確に言え」
「永露緑祁です。生まれは平成六年の十二月三十一日。職業は農学部の大学三年生。住所は青森県青森市の……」

 書類や霊能力者ネットワークと違うことは何もない。

「よろしい。では、次。君の、罪状を私が述べる。何か、間違っていることがあれば、最後に異議を聞く」

 罪状が書かれた書類を広げ、一つ一つ読み上げる。

「第一、岩苔大社への放火、及び神輿育未、八百万由李、氏子絢萌ら三人への殺人未遂。第二に、東花琥珀、西鳥空蝉、南風冥佳、北月向日葵ら四人への殺人未遂。そして最後に、小岩井紫電への殺人未遂。これらについて、何か意見は?」
「ないです。言われた通りのことを、僕はしました」

 会議室がざわついた。

「何で、否定しないんじゃ?」

 というのも、【神代】側は緑祁の凶行を、洗脳されているから……自分の意思に反して行っていたと思っていたのである。だから、

「僕のせいではないです。記憶にないんです」

 と、返答されると予想していた。凱輝は裁判を進める。

「犯行について、記憶はあるか?」
「はい、あります」
「では、自分の意思を持って行っていた、と?」
「そうです」

 緑祁は素直に答えた。

「全て、僕が実際にやってしまったことです……」
「待て!」

 ここで凱輝が、緑祁に尋ねる。

「何故……。模範的だった君が? 俱蘭辻神たちを庇い慈悲を求めた君が、どうして? その理由、話せるか?」

【神代】は、そのキッカケを知りたいのだ。

「確か、岩苔大社で……。香恵、藤松香恵と揉めてしまったんです。それから急に、吹っ切れてしまって………。でも、ええっと……」

 その、直前の記憶を緑祁は頭から掘り返す。

「鬼火を使って大社に放火してしまう前に、誰かと話をしていた気が……」
「それは、誰だ? 香恵では、ないのか?」
「二人……。あれは…」

 思い出せる。雉美と峰子だ。だが緑祁は彼女たちの名前を口にしたくなかった。言えば必ず、

「では、その二人が真の罪人というわけか」

 と言われてしまう。もちろん事実なのだが、それは責任転嫁のようにも思えてしまうのだ。

「岩苔大社と言えば、垂真雉美と、逆巻峰子。その、二名か?」
「……は、はい」

 だが、凱輝の方から言われてしまってはもう頷くしかない。

「でも! やってしまったことは僕が……」
「いいや違うな。雉美と峰子が君を、悪の道に落とした。そう、考えられなくもない。事実として、今現在二人と、連絡が取れていない」

 これはかなり怪しい。

「よろしい。【神代】としては、真実を追求できれば、それでいい。緑祁、君をたぶらかした人物がいるのなら、ソイツらが、裁かれるべきだろう」

 騙されていたというのなら、緑祁は悪くはないはず。凱輝やこの場にいる皆が、そう考えた。

「待ってください! 僕の罪は、どうなるんです?」
「君の、罪? 君の、じゃない。雉美と峰子の、罪だ」
「実際に岩苔大社に火を放って、殺害紛いのことをしたのは僕です。そんな僕が、何も罰せられないのですか!」

 緑祁は、自分を裁いて欲しいのだ。雉美と峰子によって精神状態を狂わされたとはいえ、悪事を働いてしまったのは自分自身。それを償わせて欲しい。

「そこまで言うのなら、この裁判が終わった即座! 精神病棟に、入れてやる」

 絶望的な宣告をする凱輝。しかし緑祁の罪を考えれば当たり前か。
 そこで、

「待った!」

 会場の誰かが叫んだ。みんながその人物に注目する。

「精神病棟に送るのは、待った! そんなこと、私がさせない」

 辻神だ。傍聴席に山姫や病射たち五人揃って座っていたのである。

「何だ? 静かにしていろ」
「緑祁が、自分を裁いて欲しいと言うんなら、そうするべきだろう。だが私は、誰かに騙された友人が、ただ黙って幽閉されるのは見過ごせない」
「そうだヨ! 緑祁のためになることをぼくはしたい!」

 その具体的な方法とは、

「さっき言っていた、雉美と峰子! その二人をオレたちが捕まえる! そうすればいいだろう?」

【神代】が今からすることを、自分たちが行う。真犯人を捕まえるのだ。

「辻神、山姫、彭侯……。いいんだ、そんなことはしなくて。僕は神社を焼き払ったし、人も殺そうとした。殺意を実際に抱いてしまったんだ。そんな僕には、精神病棟がお似合いだ……」

 自分の罪と真摯に向き合っている。それは言い換えれば諦めているのと同じ。

「緑祁! てめーはそんな根性なしじゃねーだろ!」
「そうだ。私たちを助けてくれたお前は、そんな薄っぺらな信条を掲げているヤツじゃないはずだ! 自分の罪は、自分で返上しろ! 真犯人を捕まえて!」

 病射と朔那も加勢する。もはや凱輝が、静かにしろ、と言っても誰も聞かない。

「俺らもその意見には賛成だ」

 ここで骸や雛臥も、手を挙げて言った。

「緑祁を幽閉することは、甚大な損害を生むだろう。やらない方がマシである――」

 刹那や絵美もそれに同意。

「ワタクシたちは気にはしていませんわ。同じ場所にいたのに、アナタのことを止められなかったのですもの。感情を逆撫でしてしまったこともありますので、責任はワタクシたちにもありますわ」

 被害者であるはずの育未たちも、緑祁を擁護。

「………。空蝉、君はどう思う?」

 凱輝もこの空気で判決をしては大ブーイングが来ると察知。そこで琥珀たちの意見も聞いてみることに。

「裁かれて欲しい。個人的な怨みがあるんじゃない。悪いことをしたのなら、そしてそれを本人が望んでいるのなら、裁かれるべきだと思う。罪は罰がないと消せない」

 しかし、こう続ける。

「でも、真犯人を捕まえることができるのなら、その任務に従事するのが贖罪になると思う。もちろん捕まえられなければ、そこまでだ。精神病棟に入るのが、緑祁か真犯人か。何でかな、おれも緑祁には頑張って欲しいんだ」

 猶予を与えるべきだと、言った。

「わちきも、いいか? 若い芽をここで摘まむべきじゃないと思う!」

 なんと皇の四つ子も意見を述べたのだ。

「では、こうしよう」

 判決を言い渡す時が来た。

「永露緑祁! 君に、猶予を与える。君が真犯人と言う、垂真雉美と逆巻峰子を捕まえろ。それができれば、それを償いとする。できなければ、君には精神病棟に入ってもらう。逃げられないように、皇の四つ子の監視は続ける」
「わかりました……」

 緑祁の周り……辻神や病射が動いたおかげで、猶予が与えられたのだ。

「以上、閉廷!」


 判決は【神代】のデータベースに即座にアップロードされた。

「どうなの?」

 雪女が香恵に聞いた。

「喜ぶべきことかしら……? 緑祁、精神病棟にはまだ送られないそうよ」
「まだ、って?」

 条件付きなのだ。それは真犯人である雉美と峰子を捕まえること。

「そうなんだね」

 まだ目覚めない紫電のベッドの横に座り、ずっと彼の手を握っている雪女。

(熱さはあるんだ。でも、目が覚めない……。お願い紫電、戻って来て……)

 わからない。生理的にはもう完治しているはずなのに、意識だけが失われたまま。

「香恵は嬉しくないの?」
「嬉しいわよ。でも……」

 緑祁に会わせる顔がない。どんなことを言えばいいのか、わからない。

(謝ればいいの? それとも、殺されればいいの? 私、どうしたらいいの?)

 結局答えが出せず、だから会いにも行けず、ただ雪女と一緒に紫電の看病をすることに。
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