第10話 子孫に慈悲を その1

文字数 2,586文字

 緑祁と辻神の勝負から、二日が経った。この日の午前中、【神代】の本部である予備校のある一室が会議……というよりも裁判に使われた。

「名前を呼ばれたら返事をしてくれ。俱蘭辻神!」
「はい…」

 山姫と彭侯も名を呼ばれて、低い声で返した。三人はあの次の日、大人しく【神代】に出頭した。
 この裁判、緑祁と香恵も出廷している。重要な証人だからだ。

(それだけではないよ……)

 しかしそれ以上に緑祁には、どうしても言いたいことがあった。

「ではこの三人の処罰を巡る裁判、私……神楽坂満が進行する」

 裁判とはいっても、ほとんど【神代】による一方的な弾劾だ。当然辻神たちを擁護する人などいない。

「まずはそうだな……。空蝉! 慰霊碑の件を報告!」
「はい」

 空蝉は立ち上がって、メモ帳を開いて述べる。

「まずおれたちが守備していた際、迷霊が現れたのは事実です。しかし、その後の調査と当人たちへの尋問の結果、また同時に起きていたとある事件の存在もあって、この一件とは無関係と判断した次第です。これについてのみは、彼らに罪はない。四人で何度も話し合った結果をここに提出します」

 調べたところ、彼らが慰霊碑を見張っていた同時刻に他の場所に辻神たちがいた。だから『月見の会』の慰霊碑を襲ったのは他の人物という結論が出たのだ。
 でもそれ以外については、空蝉や冥佳、向日葵そして琥珀は不機嫌そうな顔をしている。

「次に移ろう。辻神、お前が【神代】への攻撃を企てたのは事実だな?」
「そうだ」

 即答する辻神。

「『月見の会』の子孫であることも認めるな?」

 今度は頷いて答える。

「そして………」

 満は教卓の方に歩いた。黒板には既に、前に緑祁たちとした予想が書き込まれている。

「……ここに書いてあることも事実だな?」
「その通り」

 拒否することはしない。

「なら話は早い。先祖の無念を晴らすべく、【神代】への攻撃を計画した。その過程でここにいる緑祁と香恵の誘拐を試みた。しかも禁霊術までしでかして……これは立派な、反逆罪だ」
「これは私が計画し、実行しようとしたことだ。山姫と彭侯には、無理強いした。だから二人には罪はなく、更正の余地があるはずだ」

 ここで初めて辻神が自分の意見を言う。

「え、待って……」

 困惑する山姫。

「それは嘘だろ、辻神? オレたちは……」

 彭侯もだ。三人で仇を討とうという約束だったのに、

「いいや! 私が脅して仲間に入れたのだ。だから二人は悪くない。悪人は私一人だけだ。責任問題を問われるというのなら、私にだけ押し付けろ」

 ここに来て全ての罪は自分が受けると取れる発言を辻神はしたのだ。そして自己弁護だけは、彼はしなかったのである。
 だがこの会場にいる十数人の霊能力者は、辻神だけが裁かれることは不愉快。

「もう三人とも精神病棟にぶち込んでしまえばいいわ!」
「いいや、禁霊術の罪は重すぎるで候。ここは【神代】の処刑人に頼み、死をもって償わせるべきでござろう?」

 冥佳や琥珀がそう言う。彼らの思考や精神が異常なのではなく、【神代】への忠誠心が高く深いがために、それに仇をなそうとした辻神たちが許せないのである。

「もう処分は決まってるんですよね、満さん?」
「ああ。これは形式的の裁判みたいなものだ」

 懐に入れてあった和紙を取り出すと満はそれを開き中身を読もうとした。

「ちょっと、いいですか?」

 それに待ったをかけたのは、緑祁である。

「……何だ緑祁君? 言いたいことなら後で……」
「僕は、辻神たちを許すべきだと思います!」

 その言葉は、周囲をざわつかせた。

「何だと?」

 当たり前だ。罪を問われている人物を、裁かないでくれと緑祁は言っているのだから。

「どういうつもりなんだ? そんなことをここで……」
「そもそも、辻神たちがどうして【神代】を恨むようになったのか、その過程を無視して話を進めるべきではないと思います! 結果だけを見て語ることは危険です!」

 その過程……それは先祖代々受け継いでしまった、血塗られた歴史である。緑祁は黒板の前に出て、

「……ここにまとめられているように、辻神たちは裏切り者のレッテルを貼られてしまっていた先祖のためを思って、【神代】へ攻撃をしようと思いました。これさえなければ、彼らは善良な霊能力者であったはずです!」
「緑祁君、悪いがそれは、お前の思い込みだろう?」

 しかし満の口調は厳しい。

「たとえ三人が『月見の会』の子孫であってもなくても、【神代】に牙を向こうとしたのは事実! それが生み出す結果は一つだけだ!」

 何としても処罰したいのだ。これは【神代】に背信行為をする者への見せしめでもある。

「僕は聞きました。『月見の会』を作った人物である月見太陰の言葉を」

 全てを覚えているわけではないが、緑祁は太陰の思いを語った。その願いは、三人にはこの世のために霊能力を使って欲しいというもの。それは【神代】へも同様だ。

「だから、許せば【神代】のために働いてくれる、と? おいおい笑わせないでくれよ」

 辛い戦いだ。ここにいるほとんどの人が、三人の処罰を前提に参加しているのだ。誰一人として緑祁の言葉に頷く人はいない。

「お願いします! 雪辱を背負う子孫に慈悲を!」
「私は、緑祁の言う通りだと思うわ」

 香恵を除いては。

「よくよく考えてみれば、彼らは計画を実行していないわよ。禁霊術こそ使ったけど太陰のご意向で失敗したようなものだわ」

 これは事実だ。【神代】は辻神たちから、何も被害を受けていない。唯一あったとしたら、戦った緑祁とその式神が負傷した程度である。でも彼が受けた傷は全部香恵が治したし、式神も新しい札に移したのでダメージは残っていない。だから、まだ裁かれるようなことはしでかしていない、と言える。

「香恵君? それは人を殺そうしても殺人未遂なら罪にはならないってレベルの暴論だぞ? 受け入れられるわけがない!」

 満はそれすらも否定する。

「で、でも!」
「でも、もない! 三人には予定通り罰を与える! 緑祁君、香恵君……。もうちょっとまともな感性を持っていると私は思っていたが………これ以上ガッカリさせないでくれ! それともお前らも、ここで処罰されたいのか?」

 折りたたまれた和紙を広げようとする満に対し、突然傍聴席の方から、

「ほう満? 今ので貴様への評価はダダ下がりしたが?」

 と、声が聞こえた。
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