第2話 闇に染まる その2

文字数 3,054文字

「香恵はここに隠れていないのか?」

 屋根から庭に飛び降りる。そこには育未、由李、絢萌の三人がいる。

「少年、無事だったか!」

 由李は純粋に無事を喜び、緑祁に手を伸ばした。だが、

(あんな炎の上にいたのに、服も肌も焦げてない? どうして? それ、おかしいじゃん)

 絢萌はその無事に、違和感を抱いた。それは当たっている。

「邪魔をするなら! お前たちも排除する!」
「……は?」

 突然こちらに向き直り、怖い顔でそんなことを叫ぶ緑祁。

「この炎に、その身を投げこんでやる! もっと激しく、くべてやる!」
「緑祁さん、それはどういう意味ですの……?」

 鬼火を生み出し、近くの木に向けて撃ち込んだ。一瞬で火炎に包まれる樹木。隣の木にも燃え移った。

「そういうことなのね……。やはり」
「どういうことだ、絢萌?」
「この火災……。緑祁! あんたが起こしたんでしょう!」

 もはやそうとしか思えない。育未も由李も、異議を唱えなかった。
 岩苔大社の火災を引き起こした犯人は、緑祁である。理由は不明だが、今、境内の木を燃やした。

「どうしてですの? 理由が全く見えませんわ……?」

 だが今は、そのワケを考えている暇がない。

「燃え尽きろ!」

 緑祁が霊障合体を使ったからだ。鬼火と旋風が合わさった、火災旋風。ただでさえ燃え盛る建物が隣にあるのに、ここでまた火の手が大きくなる。

「どうやら、緑祁! アナタにはやる気……闘志があるようですわ! この火事を起こしたのも、アナタですのよね? でしたら、捕まえさせていただきますことよ!」

 神社への放火は、立派な【神代】への背信行為だ。だから身柄を拘束する必要がある。火をつけた理由はその後……【神代】に突き出した後に聞けばいい。

「育未! 緑祁は多分強い。ここは三人で協力して戦おう!」

 三人は緑祁の功績や経歴を詳しくは知らない。だが本能でわかる。

「そうしますわよ。由李、絢萌! 準備は万全でして?」
「うん!」
「もちろん」

 三人はそれぞれポケットからペンライトを取り出した。

「一気に行きますわよ!」

 それらを緑祁に向ける。電霊放だ。三人とも使えるのだ。

「はああああ!」

 赤い稲妻が飛んだ。しかしそれらは緑祁には当たらない。横に飛ばれて避けられる。何度も電霊放を体験したことのある彼には、単純な動きは読まれて通じにくいのだ。

「くらえ!」

 今度は緑祁の方から攻めてくる。旋風に鉄砲水が乗った、台風だ。まずは由李を狙っているのか、彼女に向けて飛ばす。

「少年! そういう霊障を使うのか!」

 鉄砲水なら、由李にも使える。だから彼女は手のひらから鉄砲水を出して台風を押し返そうとした。手応えがかなりある。

(強い! だが私だって……!)

 何とか相殺すると、今度は由李から攻める。電霊放と鉄砲水を合わせるのだ。

(くらわせられれば、一撃で終わりだ! 外れても何度かチャンスがある!)

 霊障合体・水酸(すいさん)震霆(しんてい)である。水の中に予め電気を流しておくことで、触れただけで感電する鉄砲水の完成だ。

「そんなもの!」

 緑祁にはそれがわかっていないので、鬼火で抵抗しようとする。

「水ごときが、僕の鬼火に勝てると思うな! 蒸発させてやる!」
「どうかな?」

 緑祁の鬼火は、由李の水酸震霆に触れた途端、消滅した。

「何だと……?」

 水自体が炎に強く、また電霊放も混ぜられているので、二重に火には強いのだ。

「さあ少年! どう出る!」
「笑わせるな」

 鬼火が通用しないとわかった途端に、緑祁は一歩後ろに下がった。

「ただの鉄砲水ではないな? 高温度の鬼火が、そう簡単に負けるわけがない」
「どうだろうね」

 ここで絢萌が前に出て、

「行くよ? 霊障合体・極光!」

 鬼火と電霊放の合わせ技を使った。膜状の光が広がり、緑祁に迫る。

「小賢しい真似を!」

 この極光を打破できる方法が、緑祁にはない。だから彼はもっと後ろに下がる。

「行ける! 行けるよ、育未、由李! ここで緑祁を捕まえてしまえば……!」
「慌てないで、絢萌! ワタクシの霊障合体を使うその時まで、油断はなさらないで! 気も抜かないで!」
「わかってる!」

 極光の後ろから、水酸震霆を使う由李。さらに緑祁を追い込むのだ。

「育未、そろそろ出番かな?」
「そうですわね。では!」

 育未が取り出したのは、植物の種だ。彼女は木綿が使えるので、これで攻める。

「木綿と電霊放の合体! 霊障合体・深緑(しんりょく)万雷(ばんらい)!」

 電霊放を周囲の草木に中継させる大技。まずは足元の雑草に一発撃ち込んだ。それが網目を張るように電流を近くの木々に伸ばす。さらにそこから電霊放が広がるのだ。
 極光と深緑万雷で逃げ道を潰していく。そして逃げられなくなった相手を水酸震霆で叩く。これが彼女たちの常用手段かつ、必勝パターンだ。

「ふっ………!」

 かなりマズい状況であるにもかかわらず、緑祁は何と笑っている。その不気味な笑顔が、チラリと育未の目に入った。

(この状態から、逆転する方法があるって言いますの? そんなこと、できるはずがありませんわ!)

 じわじわと極光と深緑万雷が迫る。由李は水酸震霆を確実に当てるために、緑祁の動きに注意を払っている。ここから負ける方が難しいくらい、上手い具合に戦術が展開できている。だから育未が見る緑祁の顔は、絶望していなければおかしいのだ。
 彼が、手を動かした。

「由李! 避けて!」

 絢萌の忠告は間に合わなかった。

「何っ!」

 由李に旋風が襲い掛かる。鋭い風が皮膚を切り裂いてくるのだ。

「ぐうあ! こんな男から、攻撃をもらうとは……!」

 服が破れるほどの威力だ。幸いにも血は出ていない。

「なるほど、ですわ……。極光……そもそも電霊放は、旋風には干渉しない。それを利用したのですね……。ですが!」

 まだ状況はひっくり返っていない。

「育未、深緑万雷をもっと!」
「わかってますわ!」

 植物の種を放り投げ、それを成長させる。予め電霊放を帯電させておいてあるので、そこから電撃を撃ち出せる。

「そうはさせない!」

 しかし緑祁は、その種が茎や根を伸ばす前に旋風で切り刻み、殲滅した。

「駄目、でしたか……」
「大丈夫さ、育未! 極光で前から攻めることはできない! それにあんたの深緑万雷なら、もう緑祁の後ろにまで回っている! アイツはもう、逃げられないんだ!」
「そうだ。育未、絢萌、範囲を狭めろ! いつものヤツをするんだ」

 それは、極光と深緑万雷を使って意図的に安全地帯を一か所だけ生み出すことだ。相手は否応なしにそこに飛び込まざるを得ない。しかしそこは、由李が狙っている一点。詰みの状況を作り出して勝負を決めるのである。

「やってるよ!」
「実行中ですわ」

 徐々に狭まる電流。緑祁は前からも後ろからも迫ってくる霊障合体に、逃げ道を探して首を動かしている。

(そうだ、飛びこむんだ! その、右の一点に! そこなら極光も深緑万雷も当たらない。その二つ、はな! 私の水酸震霆が、一撃で全てを終わらせる! 緑祁! 観念しろ!)

 ここまで追い詰めれば、もう作戦通りに動く。そのはずだった。
 しかし緑祁は全然違う方向……燃え盛る本殿の炎の中に飛び込んだのだ。

「な、何だって!」

 予想外過ぎるこの動きに、三人は一瞬頭の中が真っ白になる。

(いいや、落ち着け! まだ私たちが有利なことには変わりない! 炎の中から出た瞬間を狙えば……!)

 でもすぐに冷静さを取り戻して、火の中に逃げた緑祁を目で追う。

「……どこからでも出て来なよ、緑祁! あたしたちのフィールドから抜け出せるんなら、ね!」
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